2015-03-23 22:52:19

リアルな演技がいい理由

テーマ:プロダクションマガジン
こんにちは。


リアルな演技について以前お送りしましたが、

さて、なぜリアルな演技がいいのでしょうか。

今日は、なぜリアルな演技がいいのか?
ということについてお話したいと思います。


演技で求められるのは、ドラマです。
この場合のドラマとは、感情や考えの変化ということです。


リアルな演技は、なによりそこに影響を生み出します。

例えば、リアルに怒っている人は、
怒られている人の心に影響を生み出し、
その人は怒っている人の言葉や行動に反応し、
影響されて次の演技を生み出していきます。


また、これこそが「その演技がリアルかどうか?」
を判断する唯一の基準となります。
つまり、受け手や観客の心にどれだけ影響を与えることができるかで、
リアルさを推し量ることができるのです。
心にグッとくる演技とはこのようなものですね。


いくら上手くセリフを話そうと、
表情が豊かだろうと、
人に与える影響がなければその演技は真にリアルではないのです。

そしてもし、演技がリアルでなければ、
その相手役の心には、次のセリフを言う理由が生じなくて、
正に「台本どおり」に演じなくてはいけません。
相手役に影響を受けて行動するのではなく、
台本で決められているからセリフがそこに存在するという、ただそれだけになってしまうのです。


人が作品に感動するには、いいストーリーがなくてはいけません。
でも、ストーリーだけなら、
小説やシナリオを読めば済むことなのです。
映画やテレビドラマ、そして演劇などを創る理由はそこに生身の人間がいて、
反応し合ってストーリというメロディーを奏でていくということです。

またアドリブ芝居でないかぎり、
演技には当然台本があります。
台本には当然、結末まで書いてあります。
リアルでない演技は、その演じている人が「その先」が分かってると観客にバレてしまい、
観客は退屈してしまいます。

「この先どうなるのだろう?!」とドキドキハラハラするからこそ、
思わず感情移入することができるのです。

「そこに生身の人間が存在する」ということを、
観客に確信させることがリアルな演技ということであり、
それはそのことだけで大きな「影響」をもたらすのです。

これこそが演技の醍醐味であり、
それが理解できていない人はただ台本のセリフを一生懸命きちんと発声しても、
退屈な空間を創り上げるだけになってしまいます。


「子供と動物には勝てない」

とよく言います。これから次に何をするかが見ていて読めないからです。
人は不安定なものがどうなるのかが見たいのです。

それこそが、なぜリアルな演技がいいのか?ということの明確な理由なのです。

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2015-03-22 10:28:22

本当にリアルな演技がしたいですか?

テーマ:プロダクションマガジン
こんにちは。


あなたに嫌いな食べ物があるとします。


例えば私は梅干が嫌いです。
もし、CMのオーディション話が来ても断ります。


でもドラマの役が納豆好きだったならば、
ムシャムシャ食べるでしょう。


そう、リアルな演技とは、
例えるなら好きな食べ物を「大嫌い!」と思ったり、
大嫌いな食べ物を美味しいと思って食べたりするようなものです。

初対面の相手役でも、恋に落ちたり、いがみ合ったり、憎しみあったりします。
その「考えを持つ」ことこそリアルな演技です。

自分はその考えを持っていなかったのですから、当然、そうしようとすると問題が生じます。

「だってオレ、納豆嫌いだから……」「別にこの人嫌いじゃないし……」「そんなこと考えたこともないから……」

そう思うともうリアルな演技ではなく、ただセリフを棒読みするだけの「心のこもってない演技」になります。

「ある考えを持て!」と、誰かに強く強制されても、脅されても、報酬をちらつかされても、自分で持たないかぎり、それはできません。

モノではなくて、考えだからだと思っているからなのです。
考えはみんな「自分の一部」だと考えています。「自分(人格)は考えでできている」とも。「オレって納豆嫌いの人だから……」

道に落ちている石ころを拾うように、ポケットの中のちり紙を捨てるように、「考え」を持ったり捨てたり自由にできなくてはいけません。他のもの(納豆とかシイタケとか)に左右されるのではなく、自分自身で「ある考え」を自分に持たせることができるかどうかがリアルな演技なのです。

そこで重要になるのが「演技の目的」です。
その目的が「自己表現」ならば、私は納豆を決して食べません。自分を分かってもらうことが目的なのですから。

「演技の目的」は、そのある考えを自分が持つことによって、観ている誰かを楽しませることなのです。
だから、嫌いな納豆も食べます。好きでもない人に愛を告白します。さっきまで冗談言って笑い合っていた人を怒鳴ります。それはそれが目的ではないのです。

いま公開中の映画「どろろ」の中で、命を賭けてでも会いたい人を次の瞬間は、殺したいと思い、そしてまた次には身体を盾にして助けたいと思う。そんなシーンがいくつか出てきます。
「殺したい!」「死んでも助けたい!」この本当に両極端な感情を正に劇的に自然に成立させるのも、「自分にその考えを持たせる」ことができているからです。(そのためにはその前に「感情の準備段階」を設定しておかなくてはいけませんが、それはまたの機会に)

くり返しますが、リアルな感情を表現して演技するというのは「ある考えを持つ」ということです。
そしてそれは、”自分の目的のため”「それがしたい!」と思うことができないかぎり、
決して為されることはないのです。

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2015-03-21 10:33:14

詳細に想像する

テーマ:プロダクションマガジン
こんにちは。


想像についてお送りします。

役者は
フィクションの中で詳細に
想像をすることが必要です。


どういうものでしょうか?
フィクションの中ではなく、
実生活で体験してみましょう。


春になると梅雨入りし多くのところで雨音を聞くことができると思います。
雨音を聞いてみましょう。

ただ聞いてください。
しかし漠然とではなく、ちゃんと。

一粒一粒、きちんと。
手前の雨音から、遠くの雨音まで。

僕のところではカエルの鳴き声も。
あ、今、車が水音を立てて家の前を通過。


いかがでしょうか?
雨音を聞いているだけで
雨の強さ、外の景色
一瞬でも頭の中に映像が浮かびませんでしたか?

カエルの鳴き声や車の音が聞こえたりすると
カエルの姿や走る車の種類、色まで勝手に思い浮かべたりします。


人間って外の景色やカエルを想像しようとしなくても
実にごく普通に、いろんな想像が勝手に動いているものなのです。

でも演技中には、そっちに集中してしまい消えてしまうんですよね。


ただし実生活でもそうですが
漠然と聞いていたのでは「あ、雨か」程度に流すもの。
よって演技では具体性が重要、ということになってきます。

ここで紹介した例は、日常の一こま。
例え日常でも、怖い表情をした先生や先輩、上司の方、ご両親などに
「あとで自分のところへ来なさい」なんて言われたら
起伏に富んだ、いろんな想像が動くはずです。

フィクションであれば尚の事
とんでもない想像の動きが待っている場合も。

大事なのは、音を一つ一つ聞いたように
演技中にきちんと見たり、聞いたりすること。

それはケースによっても違うはず。
仲のいい友達の様子を見るのと
初対面の、ちょっと怪しい人の様子を見るのでは、
「見る注意」の集まるところがまるで違います。

これが演技なら、今まで演技と思っていたものはなんだ。

それが「フィクションの中で想像が動く」、ということです。

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2015-03-15 11:12:19

もし○○だったら

テーマ:プロダクションマガジン
こんにちは。


今日は"もし"についてお送りします。

欧米では定番の演技理論ですが、
考え方は至って簡単。


子供たちがする「ごっこ遊び」。

これが手本です。


その基本は

「もし、今目の前に空が飛べる怪獣がいるとしたら」

「もし、この椅子が戦闘機の操縦席だったら」。


というように、
想像を膨らませ、実に豊かに、そして見事に

たくさんのアイディアと、彼らなりのリアリティを持って

夢中になって遊びます。



「“もし”、今、手のひらにネズミがいるとしたら?」

その言葉だけで巧みに遊びます。


状況や人物に身を置きかえて考えるという

とってもシンプルなシステムです。

子供っぽいと思われますが、
欧米では魔術や魔法と呼ばれるほど

この“もし”が演技の中で大きく活躍しています。


そしてこのやり方は

「行動の線」を追いかけたり探ったりするのにも

かなり有効なやり方です。



気をつければいけないのは

「“もし”、私がこの人だったら」と

「“もし”、この人が私だったら」を混同しないこと。

このパラドックスは成り立ちません。


前者はいわゆる自分を役に近づけるもの。

後者は、役を自分に近づけるもの。

「自分だったらこんなことはしない」「こんなことは考えない」

本の中の人物の行動を、無視することにもなります。


もうひとつ、大事な事があります。

それは大きな想像力が必要であるということ。


日本でこのやり方が重要視されず、浸透しないのは
俳優育成のプログラムに「想像力の訓練」がないからだと思います。


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2015-03-14 11:57:21

演じるための手段

テーマ:プロダクションマガジン
こんにちは。


演じるため手段について書かせていただきます。

前回は演技の目的を書いたのですが、
その目的を達成するための手段と言うわけです。


流れとしては、
1、自分のやることをイメージする。

2、それをやろうと決断する。

3、それをやる。


まず、
自分のやることをイメージするには、
データを集める必要があります。

台本に書かれていることが自分でイメージできなくてはいけません。
これは「言葉の理解」のセンスがとても重要になってきます。


これがとても重要な基本になります。
これは実は、なるほどね~で通り過ぎるなんてとんでもない!
とても重大なテーマなのですよ。


次に2、

それをやろうと決断できるには、
勇気が必要です。
勇気がないと演技は小さく遠慮がちになったり、
逆にやけくそで支離滅裂になったりして、
結局何も伝わらないことになります。
これもとても重要な基本です。

そして3、
それができるには、自分を外からコントロールしていくことが必要になってきます。
これが簡単に明確に理解できるのが
怒りながらセリフを正確に言うという訓練です。
本当に怒っている人は言葉はまともに話せません。
皆さんの周りで本当に怒っている人を観察してみてください。
同じことばかり言ったり、
何言ってんだかさっぱり分かりませんよね?


ちゃんとリアルに怒りながら台本に書かれているようにセリフを言おうとすると、
必ず最初はセリフが飛んでしまうのです。
それを両立させようとすると、
自分を外からコントロールする感覚が得られてきます。

これはもちろん他のどのような感情のときも同じことなのです。
セリフと感情の両方をコントロールするには、
自分を外からコントロールする感覚が不可欠なのです。
これも演技の手段の重要な基本です。



これらの基本を訓練するには、
エチュードを行なったり、発声練習を行なったりするだけでもできるのです。
しかし、これらのことを意識して行なうことが重要なのです。それが視点を変えるということです。

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2015-03-11 23:23:18

演技の基本~その目的について

テーマ:プロダクションマガジン
こんにちは。


今日は演技の基本について書かせていただきます。


身体表現としての演技なら、
まず発声やそれこそダンスなどが基本となるでしょう。
それらはどこの演技学校でもまず最初に行なっているものです。
しかし、いくらそれらの訓練を真面目にやっても、
演技自体の上達には繋がりません。


それでは真の演技の基本とはいったい何なのでしょう?
そんなものはあるのでしょうか???


まず「目的と手段」に分けて、
演技の基本について考えていきましょう。


・演技の目的
演技は、人に伝わることによって初めてそれが完成します。
よく言うように観客は芝居の重要な構成要素なのです。
送り手である役者の責任は当然ありますが、
受け手の観客も芝居を作っています。

テレビや映画ではそれは同時に同じ所でというわけではありませんが、
芝居を作るという意味では舞台と何ら変わりはありません。

伝わった観客のところにこそ、演技の結果は存在するのであって、
舞台や映像自体が「結果」ではないのです。
そこで大前提として「演技の目的」というものが明確でないと演技は伝わらなくなってしまいます。


観客を何らかの形でハッピーにすることが演技の目的であって、
それ以外の目的がメインになってしまうと、
結局どんなに素晴らしい演技も台無しになりかねません。

これはスケートや体操など、他のあらゆる「演技」においてもそうです。

逆にその気持ちを強く持っているだけで、演技は成功します。
つまりどんなに下手な演技でも”伝わる”のです。
ですから、その「観客をハッピーにしよう!」というプロ意識こそが、
一番の演技の基本と言えるのではないでしょうか?


それは学んで身に付くというものではありません。
自分が誰かの演技を見て感動して、それを自分もやりたい!と強く思うことによってわき上がる衝動です。
ですから、これは才能の一種であって、それが開花しないかぎりどんな演技レッスンも効果はありません。

「演技の基本」とはまず第一に、「自分も演技で人を感動させたい!」と言う強い気持ちということです。
そしてこればっかりはいい作品をいっぱい観て、
自分自身で培っていくしかありません。

またあなた自身の心を磨くことです。

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2015-03-07 12:48:53

一度捨ててから拾う

テーマ:プロダクションマガジン
こんにちは。


オーディションのときの自己紹介では、
「いい子」を演じてしまいがちです。
これはもちろん大人もそうです。

「いい子を演じる」というのはどういうことかと言うと、
仮面をかぶっているということです。
自分を奥にしまい込んで、
自分が「これが気に入ってもらえる」と思い込んでいるものだけを外に出してしまいます。

審査をする人にとっても、
それを何十人、何百人と見せられたら溜まったものではありません。


事務所は当然、ハキハキと元気に明るく……などと指導します。
もちろんそれは大切です。でも実際に受かるのは、
意外と「オレなんでこんな所にいるんだろう……」
みたいな物怖じしない興味無さげな図太い態度で
「そこにいる」人だったりします。


そう、つまり「退屈」そうな人です。
不思議ですが、人は退屈そうな人にとても興味を持ちます。
これは「本能的」と言っていいほどです。
特にオーディションの審査員の前などといったある意味
「極限状況」で「退屈そう」に見える人は、
もうそれだけで審査員の合格のリストに名を連ねることができるかもしれません。


もちろんこれは、勇気さえあれば意図的にもそうすることはできますが、
「この人、ホントにやる気ねぇんじゃねえか?」と思われてしまう危険もはらんでいますので、
注意は必要です。


要はその人が魅力的に見えればいいのです。
つまり、上っ面で隠そうとするのと対極的な考え方です。



現実の生活においてもある出来事をきっかけとして、
「見えるもの」が全く変わってしまったりします。俗にいう「価値観の変化」「パラダイムシフト」と言われるようなものです。

もっと身近な例で言えば、たまたまアクセサリーを一つ買っただけでその方面のファッションに目覚めたり、すごく好きだったダイエット情報がねつ造事件をきっかけに全く興味がなくなったりしたりしますよね?

人は、考え(興味、意図、衝動、こだわり……)などでできています。
それをがらりと変質させることこそが他人になるということであり、演じる面白さなのです。

そして、それを意図的に行なう訓練をすることで、
それに”慣れる”ことができます。

自分の好みやこだわりなんかは、みんなとても大切なものだと思っています。
でもそれは変えようと思えば一瞬で変えることができるのです。

そう、人は、どのような人にもなることができます。


実生活においても、飽きてきたら、また嫌になったら、
自分が見えるものを変えてみてください。
それは「何かを捨てて、何かを拾う」という行為です。

捨てられない人は、
いつまで経っても同じものしか拾うことができません。

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2015-03-03 07:15:30

初心者のための泣き演技

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こんにちは。


以前も書かせてもらいましたが、
泣く演技についてお送りします。

よくドラマや映画で泣く演技がありますが、
なぜ必要なのでしょうか。


もちろん悲しみを伝えたいのですが、
どれだけ大切なモノを失ったかを伝えたいのです。


その失われたものの大切さを伝え、
大きな喪失感がドラマを引っ張るエネルギーとなっていきます。

なので、
どれだけ大切だったかを伝えることができれば、
必ずしも涙を流して泣く必要はないと思います。


逆にただワーワーと泣く演技を見せ付けられると逆に観ている側としては
冷めてしまいます。


でも涙がどうしても欲しいシーンはあると思いますので、
涙を流して泣く方法についてみてみましょう。


・ウソ泣き
一番簡単な泣く方法は、この「ウソ泣き」です。
つまり、「本当は悲しくないのに、泣くフリをすること」です。

さて、ウソ泣きとは何のためにするのでしょう?
それは、それを見ている人に、
「自分は悲しんでいる」ということを分からせたいからです。
そしてそれで何かを得ようとしているんですね。
いま自分は本当に悲しいと思い込むということです。


「ウソ泣き」で涙が流せる人は、それを「伝わる演技」にする必要があります。
そのままでは「勝手に泣いてろ」と思われてしまいがちです。
つまり、「自分の失った物の大切さ」に想いをどんどん馳せていけば、
「リアルな泣き」になっていきます。

とにかくまず、「ウソ泣き」にトライしてみましょう。
コツは、やはり「目の動きと呼吸」です。

・悔し泣き
悲しみの涙を流すことができなくても、この「悔し泣き」なら泣ける人がいます。
これは「人から屈辱を受け、でも直接相手に怒り返すことができなくて、
相手と自分の両方に怒りを感じて泣く」ということです。

ここでの失われたと感じているものは、「自分のプライド」です。
「プライド」とは、「自分を素晴らしいと思う気持ち」のことです。
それを相手から否定されて、そして自分でもそれに同意してしまったので、それを後から考えて怒って泣いているのです。
「プライド」は、演技をする上でとても重要な要素です。


泣く演技ができることは、あらゆる演技の悩みを解消するカギになるほどの大きなステップです。

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2015-03-01 11:52:24

セリフの棒読みをなくす

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こんにちは。

「棒読み脱出法」(セリフで相手の心を動かす)
さて、今日のレッスン(基礎クラス)は、趣向を変えていきなりエチュードをやりました。

演技を始めたばかりの方だと
よくわかると思いますが、
どうもセリフが棒読みになってしまう人が多いです。


内容を相手に伝えるというよりも、
ただ書かれていることを声を出して空間に発している。
そんな印象です。


なぜか?
台本に書かれているセリフの言い回しは、
普段話している言葉と違ったりします。


例えば
「どうしたんですか?ずっとこんなところに座っていると変質者みたいですよ」

たったこれだけのセリフですが、引っかかってきます。
最初はみんな言えるのです。音をただ発しているだけですから。
「変質者って何?」と聞かれるとハッキリと答えられません。


そうなるともういきなりボロボロになってしまいます。
「意味がよく分かっていない」言葉がセリフの中にあることに気づくと、
意識がそのことに引っ張られてしまいます。

なので、
その言葉を自分が普段使っている言葉として言えないと、
そのセリフはウソになる

ということです。
解決方法は一つしかありません。


その言葉の意味を調べて、そしてその言葉に慣れる。



「変質者」という言葉は、辞書には、
「性格、気質の異常な者」(広辞苑)とあります。
今日のレッスンでは、辞書ではなく口頭で説明しました。
つまり、「変質者とは、おかしな人、アブナい人」というようにです。

それでわかれば、その次にはその言葉に慣れることです。
これは、その言葉で何でもいいので自分で文章を作ります。
「変質者はアブナい人だ」
「変質者がこっちに来た」
「変質者には近寄るな」
「変質者にはなりたくない」
など、即座に例が出てくるまで、
何個も何十個も例を作って言います。
こうするとあるとき、そのセリフが突然自分のものになります。
劇的に変わります。

身体になじませておくということが重要です。


自分のセリフで相手に影響を与えることを
意図しましょう。

セリフセリフと意識してしまうのではなく、
普段私たちが周りの人とコミュニケーションを取るときと同様に
相手に伝えます。

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