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2015-01-31 12:03:26

真似するのではなく同じものを新たに生み出す

テーマ:プロダクションマガジン
こんにちは。

今日は
マネをするのではなく、全く同じものを新たに生み出す
ことについて書かせてもらいます。


相手の言うことを”理解”するには、
まず相手の言うことをそのまま自分の中でくり返す
ことが必要です。

これはもうちょっと詳しく言えば、
単にマネをするということではなく、
「全く同じものを新たに生み出す」ということです。

「すみません、ローソンはこっちに行けばいいんですか?」
「ああ、ローソン。それなら、”ここをまっすぐ行って、2つ目のかどを左に曲がって3軒目です”」
「えーっと……、”ここをまっすぐ行って、2つ目のかどを左に曲がって3軒目です”……よね?」
「そうです」
「ありがとうございました」

正確にくり返すことによって、自分の中で理解が生まれます。

人は会話の中では、口に出そうが出すまいが、
実は毎回必ず必ずこの作業を行っています。
しかし、注意しなくてはいけないのは、これは
単なるセリフだけではないということです。

相手がセリフ、
つまり言葉によって表している「イメージ」と正確に同じものをイメージすることに努めるということです。

これができるようになると、いきなり会話のシーンでのリアリティーが増してきます。
つまり相手のセリフが聞けるようになる。そしてその結果、
相手のセリフに反応して自然に動いたり、答えたりできるようになるのです。


日常生活の何げないシーンの再構築。
それは、リアルな演技を生み出す大きな要素の一つです。

そのためには、まずそこで何が起こっているのかという「観察力」が必要です。
表面上に出てくるものはまさに「氷山の一角」です。

(1)その人が何を見たのか?聞いたのか?感じたのか?……という、その人の知覚の対象。(これは必ずしも事実を知覚しているというわけではありません。トーンが低くなるにつれ、事実は大きくねじ曲げられてその人に”知覚”されるのです)
(2)その近くされたものに対して抱く、正にその人を突き動かす気持ち=”衝動”。

この2つに注意して、人の行動を観察してみましょう。

例えば、こういった道順を聞く場合、トーンの高い人は一発で複雑な道順も把握できます。
逆に、トーンの低い人は、何度説明しても誤解してしまいます。
つまり、「知覚が鈍り、そこにあるありのままの事実がねじ曲げられて知覚されている」状態なのです。

例を挙げると、道に迷って待ち合わせに間に合わないと慌てているときなど人に道を尋ねても、
結局誤解してしまったりしますよね?
つまりはそういうことです。

まず、正確な繰り返しができるようになりましょう!
きっと何か新たなものが知覚できるはずです!

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2015-01-27 22:58:37

退屈を演じる

テーマ:プロダクションマガジン
こんにちは。


今日は退屈について書かせてもらいます。
退屈を演じるのを苦手な人は本当に多いです。
そして、そういう人は「退屈」を見ることができません。


「退屈」ができない人は、退屈している人が見えないのです。
見たくないと言い換えてもいいかもしれません。
興味もないし、もし視界に入ったなら一抹の腹立たしささえ感じるかもしれません。

これは、他のトーンでも同じです。
「怒り」が苦手な人は、怒っている人を本能的に避けようとします。
「泣き」が苦手な人も、実際に泣いている人は完全に「人ごと」だと思っています。


「退屈」はとても重要な感情表現の一つです。
主演も脇もできる人は必ずこれが上手いです。


素敵な「退屈」が表現できるように、
まず自分の周りの退屈そうにしている人を観察してみましょう。
そしてそれをマネしてみましょう。
きっと「あっ、これだ!」と何かが見つかるはずです。

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俳優になりたい


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2015-01-25 09:24:06

芸名をつけよう

テーマ:プロダクションマガジン
こんにちは。

役者としての自分を客観視することの重要性に付いて述べていますが、
やはり、どうしても「自分」と「役者としての自分」を
同一視してしまう人がいます。

それでうまくいってるなら問題ないのですが、たいていは混乱に陥ってしまい、あまり成功できていません。
そういう人の特徴として、まず、

(1)ダメ出しをされると、「自分自身」をも否定された気がしてひどく落ち込む。または反発して意味もなくキレる。

(2)人から決められた範囲でしか表現をすることができない。または逆に全くその場にふさわしくない表現をしてしまう。

(3)常に「セルフコーチング(自分で自分を評価すること)」し続けているので、自然なコミュニケーションが表現できない。

 他にも沢山ありますが、その表面的な特徴として、そういう人は、

(4)本名のままで活動している。

という場合が多いです。

その人は、仕事として誰かのためにというより、自分が「誰かに怒られないように」、また「誰かに認めてもらえるように」、そのためだけに演技をしています。
ですから、俗にいわれるように、「演技が小さい」「自己満足」「ひとりよがり」「共感しない」「人のセリフを聞いていない」「人にセリフを届けていない」……、そういった演技になってしまうのです。

監督や演出家は、例えていうなら、「その人が描いた絵」について話をしているのです。なのに、その人は「その人が描いた絵=その人自身」と同一視をしてしまいます。それでは、その人はいつまで経ってもいい絵が描けるわけありませんし、他人の意見を素直に聞き入れて向上することもできません。

もちろん、その人はそういった演技がしたいわけではありません。むしろそういう自分の演技に嫌悪感を持っています。でも結果的にいつもそうなってしまうのです。

これには、様々な原因があります。また、その効果的な解決法も沢山あります。
でもそれらは、レッスンで行なうことですからおいといて、ここでは、もっと根本的な側面を見てみましょう!


【商品に名前を付けること】
どうしても客観的に自分が見れない人は、つまり、「自分が一人しかいない」のです。
(成功する人は、役者でなくとも、仕事、家庭、趣味などと、「様々な自分」を使い分けていますよね?そういう意味での”一人”です)

そういう人は「役者としての自分」にまず「名前=芸名」をつけて、自分から離してしまえばいいのです。

そもそも、なぜ本名から芸名に変えるかと言うと、「商品の特徴」を表すためということがまず第一にあります。
「市川染五郎」「ビートたけし」「毒蝮三太夫」「大地真央」「サンプラザ中野」「葉月里緒菜」「猫ひろし」……、それぞれ見ただけでどのようなキャラクターの人なのか、明らかに分かります。

あと、もちろん、歴代の名跡を継いだ人、縁起をかついで「画数」などにこだわって変える人、師匠格の人や尊敬する人に付けてもらう人、自分の演じた役名をそのまま芸名にしてしまう人……など、様々な人がいますよね?

しかし、何より、自分に芸名を付ける大きな理由は、「商品として客観的に見る」ためです。

役者やタレントは、その人自身が「商品」です。しかし、当然のことですが同時に「その人個人」でもあります。自分がもし自分自身と役者である自分を「同一視」してしまうと、様々な弊害が生じてくるのです。

仮に、自分が商売人で、お客さんに新商品を売っていると考えてください。しかし、その商品の悪い所をいっぱい知っていて、自分としては実はあまり自信を持っていないとします。つまりその人は、

「これ、あまり性能は良くないですが、もし気に入ったら、買ってやってください……」

そう考えて、売っています。
それならまだいいですが、

「欠陥だらけの商品で使いモノにならないかもしれませんが、そちらでどうにか改善して使ってやってもらえませんか……?」

そんなことまで考えてしまっています。
これではとてもそんな商品を買ってくれる人はいませんよね?

これが「自分=役者としての自分」となってしまっている人です。
何でそう考えてしまうかと言うと、自分が一番その商品を良く知ってると思っているからです。

「過去の惨めな自分と決別して、役者の道で自分の大きな可能性を見つけよう!」

そう思って役者を始めたはずなのに、その「自分」が売れない商品であると自分で思いこんでしまっているので、結局、内向して自由に表現できなくなってしまっているのです。


人は、「何らかの形で幸せにしてくれるモノ」にお金を支払います。

食料、家具、家電、マッサージ、家、おもちゃ、クルマ、旅行、教室、掃除、……なんであってもそうです。

それが「商品の価値」です。

あなたが役者なら、「役者としての商品の価値」を高めることを考えなくてはいけません。なのに、「ごめんなさい、これあまりいい商品じゃないです……」と自分で思い込んでいたら、そこでとても深刻な葛藤や問題が起こるのは当然ですよね?

そういうことが自覚できたなら、そしてあなたがまだ本名で活動しているなら、ここで思い切って「芸名」を付け、自分から切り離しちゃいましょう!

「芸名」とは、あなたがこれから売っていく「お客様に素敵な夢を見させてくれる新商品の名前」なのです。

いつまでも自分の演技でグダグダ悩むタイプの人は、ダマされたと思って試しに芸名を付けて、スパルタでそいつ(芸名の自分)を鍛えてみてください。スッキリすること請け合いですよ!


【芸名あれこれ】
(1)まず、本名と全く違う芸名の場合です。
ちょっと前までの歌手や役者は、ほとんど芸名を使っていて、
「松山数夫→五木ひろし」
「木本龍雄→西城秀樹」
「鈴木末七→松平健」
「武藤兵吉→石坂浩二」
「前田禎穂→千葉真一」
などと、本名を知るたびに「へエ~っ」となったものです。

今活躍中の人では、
「宮川美紀→夏川結衣」
「岩井堂聖子→高橋真唯」
「青木秋美→遠野凪子」
「大崎丈二→高知東生」

このような完全に芸名の人は、「自分は芸能界で生きていくんだ!」という決意を感じますよね?

(2)名字は本名のままの場合です。
「丹波正三郎→丹波哲郎」
「鈴木寛→パパイヤ鈴木」
「唐沢潔→唐沢寿明」
「松下幸枝→松下由樹」

この場合、自分の家族や先祖、育ってきた環境にスゴく愛着を持っている人が多いと思います。ですから性格にもムラがなく、仕事もムリなくマイペースでこなし、晩年になってから成功する人も多いと思われます。
まあ、中には「萩原敬三→萩原健一」のような人もいますが……。

(3)名字を変えて、名前が本名のままの場合
「野口隆史→反町隆史」
「峯島礼子→高島礼子」
「橋本広司→役所広司」
「下澤広之→真田広之」

自分のそれまでの人生を一旦リセットし、新たに「役者」としての自分を創造していきたいと思っている人です。しかし、「自分という存在にそれなりにプライドを持って生きてきたので、名前(呼ばれ方)までは変えたくない……」そんな気持ちが表れています。(ちなみに私もこのタイプです)

(4)本名に限りなく近い場合。
「中村亨→仲村トオル」
「薬師丸博子→薬師丸ひろ子」
さて、ちょっと微妙だな?と思うのは、この本名をちょっともじってる場合です。
読み方を変えたり、漢字だけを変えてみたり……。
「それまでの自分に自信がなく、自分を変えてみたいのだけど、スッパリと決断する勇気がない……」そんな感じの中途半端な印象は否めません。


ーーーーーーーーーーーーーーーーー
さて、つらつらと挙げていきましたが、もちろんこれはそのような傾向を感じるということで、個々の役者さんについての実際の印象を述べているわけではありません。

また、実際には現在では、芸名を使うより本名のままで俳優として活躍している人の方が、圧倒的に多いことも事実です。ジャニーズのタレントや最近のアイドルも、たとえ変わった名前や読みにくい名前でも、本名のままでデビューする人が大部分を占めています。

しかし、本名のまま活動していて、「自分自身」と「役者(=商品)」としての自分の狭間で、どっちつかずで苦しんでいる人が多いのも事実だと思います。

古来、日本では、特に男性は、幼名から成長するにつれ様々に名前を変えていくのが当たり前でした。例えば、

日吉丸(幼名)→木下藤吉郎→木下秀吉→羽柴秀吉→平秀吉または藤原秀吉→豊臣秀吉

のように……。
改名するというのは、明らかに単に名前(字面)を変える以上の意味があります。せっかく、自分自身を売っていく仕事をしようとするのだから、この際みんな芸名を付けてもいいのでは?と個人的には思うのですが……。

もし、自分を肯定していて、客観的に見れて、勇気と行動力があり、自律ができる人、つまり、一言で言えば意思の強い人なら、本名のままでも、自分をコントロールして成功していけると思います。まあ、本名かどうかに関係なく、意思が強いからこそ成功できているとも言えますが……。

ともあれ、役者の仕事は、あなたの傷ついた人生の癒しや修復のためのものではなく、もっと積極的な、「他人の心の中にハッピーを生み出すサービス業」なのです。

「認めてもらう」ことを求めるのではなく、「自分という存在」を使って、相手に対して何がサービスできるかをもっと考えていきましょう。

「自分」と「商品としての自分」が混乱してしまっている場合、スッキリするとても有効な方法の一つが「芸名を付ける」ことだと思います。

新しい名前の商品を積極的に磨いていくことで価値を高め、もっと技術とパワーを身につけていきましょう。

また、もし本名のままこれからも活動するならば、自分自身を客観的に見ていくため、より日常的にも気を配らなくてはいけません。また本名の場合であっても、「自分を客観的に見てコントロールする」ことや「他人からの評価や批評は、自分の創造物に対してであって、自分を批判しているわけではない」こと、また「人はいくらでも多くの【自分】を持つことができること」などが重要なことは言うまでもありません。

役者でも、また他の職業の人でも、作家としてのペンネームや、作曲家や演出家などの別の仕事での名前、また華道や書道、日舞などでの名前、時にバンドなどのグループの中の一員としてのニックネームなど、沢山の名前の「自分」を使い分けて楽しんでいる人は大勢います。

一つの「自分」だけでいると、”絶対に”役者はできません。
本名でやるやらないに関わらず、ふだんからいくつもの「自分」を持つことが重要です。

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2015-01-23 15:26:54

その人になって考える

テーマ:プロダクションマガジン
こんにちは。


今日はその人(役)になって考えることについて
書かせていただきます。

その人になって考えることはそう難しいことではありません。

ただ、その人になって考えればいいだけです。


大げさに捉えて頭で考えてしまうと、
演技が楽しくなくなってしまいます。


自分と役との共通点は?
役の生い立ちはどうだったか?
など。

役作りというのはいろんなアプローチがありますが、
それはただ、
その役に関してのデータを集めることに過ぎません。


肝心なのはその人になって考えること。
それはとても楽しい作業です。

それはある種の無責任さがあります。

自分が考えているのではなく、
その人がそう考えているから仕方ないよ、というような。


自我があまりにも強すぎるとそれは演技ではなくなってしまいます。
観客の視点、客観的な視点が失われてしまうからです。


その人になって考えることで、
自分が別の人となることはとても
劇的なことです。

新たな視点を手に入れ、
その人になって考えることにどんどん熟練しておかなくてはなりません。


役者として活動する

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2015-01-21 21:43:18

チャンスへの扉 宣材(プロフィール)

テーマ:プロダクションマガジン
こんにちは。

今日は宣材=プロフィールについて書かせてもらいます。

宣材は宣伝材料の意味で、
ご自身のプロフィールのことですね。


実際宣材だけで決めてもらえる仕事も多いです。
なので、せっかくですからお金をかけて撮ったほうがいいです。


チャンスを運んできてくれる宣材なので、
写真を撮る費用を抑えて値段だけを見て安いところに
するのは避けたほうがいいでしょう。


一度ちゃんとしたものを作れば、
あとはあなたのためにチャンスを運んできてくれる大切なものです。


写真を撮るときはカメラマンさんに
必ず宣材写真やオーディション用の写真を撮っていただけるかを
確認しておきましょう。
バストアップと全身の写真を撮りましょう。


プロフィールに記載するサイズは実寸のサイズが必要ですし、
芸歴があればそれも書きます。

趣味や特技はできるだけアクティブな感じものがいいと思います。

また、特技は明確であったらその方がいいので、
例えば弓道歴5年とか、ヒップホップ歴5年とかあった方がいいです。


あくまでも宣伝材料なので、
クライアント側から可能性を感じさせるものである必要があります。

趣味や特技もその辺りを踏まえ、
また宣材写真も写真を見てくださるファインダーの向こうのお客様を
意識してしっかりと撮影に臨みましょう。


宣材はあなたという商品を売るためのパンフレットです。

わからなかったら業界を知る第三者に相談してみるといいでしょう。



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2015-01-20 12:18:08

つまらないことを笑う

テーマ:プロダクションマガジン
こんにちは。


笑う演技について書かせていただきます。

上手く笑えない人は、「面白くないから笑えない」と思ってしまいます。
ただ笑うことができるには、
自分のトーンを高い位置に保っておく必要があります。

できるかなとか笑える事がないとか、消極的な気持ちにって、
トーンが落ちてしまっているときは、とても「大笑い」などできません。


「笑う」というのは、とてもエネルギーのいることなのです。
それでも、むりやり必死で笑おうとすると、
顔が引きつったり、声がかすれて痙攣してるだけのように聞こえたりします。
見てる方も辛いです。


そんなときの解決法が、
つまらないことを笑うことです。

「つまんねえハッハッハッ」
「それ、面白ないハッハッハッハッ」

とやると、不思議にスムーズに笑いがこぼれてきます。

一度笑えるとあとは、
勝手に面白いものが目に飛び込んできます。
それを見つけてまた笑えば良いのです。

笑いのパワーというのは強くて、
観ている人にとても大きな影響を与えます。
この訓練の合格ポイントは、「観ている人がつられて笑ったかどうか?」です。
それが起これば、あなたはとても素晴らしい「笑い」がつくりだせています。

意外な事ですが、最初、あまりうまく笑えない人ほど、
この「つまらない事を笑う」ことができるようになれば、
「つられ笑い」を起こす事ができます。

また、どんなに高らかに笑ってセリフが言えてる人でも、
この「つられ笑い」が起きなければ、高いトーンではありません。
つまり、その人は「セリフで笑おう」としている人です。
観ている人には「何か勝手に笑ってる人」のようにしか感じられません。

一度体験してみれば分かります。

そういう人は、セリフとして笑わずに、一度「つまらない事を笑って」みてください。
きっと「つられ笑い」を起こす事ができますよ。

慣れてきたら、いきなり高いトーンの「ハッピー」に飛び込む事を始めていきましょう。
もちろん、「箸が転んでもおかしい」年頃の若い女の子たちなら、
最初からこれは簡単にできると思います。

本当の「楽しさ」「笑い」「ハッピー」には、理由などいらない。
つまり「ただ楽しい」「ただ笑える」「ただ幸せ」なのです。

結局、笑いも他の芝居と同じく、
「どれだけ声が大きいか?」や「笑顔がはじけているか?」などではないのです。

「どれだけリアルか」がその強さを決めます。

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2015-01-19 13:00:52

考えを伝える

テーマ:プロダクションマガジン
こんにちは。


役者というのは台本に沿ってセリフをいうのは
ご存知の通りです。

セリフをいうにもその人の経験や考え方が現れます。



例えば、「ムカついてきた」というセリフも、
その人の今まで見てきた経験とつながって、相手に伝わるから個性的な表現になるのです。

それがなければ、誰がセリフを言っても同じです。

その日の朝、たとえば電車がこんでいる中で、
2~3人分の席平気で一人で座っている男の人がいたとします。
それに君が「ムカついた」と感じると、そこから「なぜムカついたのか?」
「今までも似たようなどういうことがあったのか?」
「これからそんなときはどうしようと思ったのか?」
などなど、色んなことを考えて、それを例えばスピーチなど
でみんなに伝えることができます。

他の経験や考えについても同様です。


人は何かを考えるからそれを「伝えたい」と思い、
言葉を話すのです。

「人に考えを伝える」ということに常日頃慣れておきましょう。

演技する上でとても大切なことです。

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2015-01-17 15:06:05

慣れてないセリフの言い回しについて

テーマ:プロダクションマガジン
こんにちは。
今日は慣れていないセリフ、
普段使わないセリフの言い回しについて書きます。


台本に基づいて演技をする役者なら必ず
自分の知らない言葉に遭遇することがあるでしょう。

言いなれない言葉を使うとどうしてもわざとらしくなります。

板についてない言葉使ってるな、っていう印象を与えてしまいます。

どうするかというと、
きちんと言葉を調べ、
例文をいくつも作って慣れておきます。
自分が常に使っているようにしておくということです。


例えば
「サイトにアクセスしてアプリをインストールするんだよ」
というセリフがあったとします。

今では日常会話で聞いても何ら違和感もありませんが、
10年前だったらどうでしょう。

普通に使う人は今よりもぐっと減りますよね。

このように例を出すとわかりやすいと思いますが、
慣れてない言葉は何度も使っておきましょう。


時代劇で使うようなセリフの言い回しもそうですよね。
「殿がお越しになったでござる」

など普段使わない言葉は、
音で伝えるように慣れておきましょう。

セリフを話している自分のイメージをつくり、
それがちゃんと出てくるまで慣れることです。

段々と板についてくるものです。

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2015-01-16 11:54:12

なんでわざとらしく硬い声になっちゃうのか

テーマ:プロダクションマガジン
こんにちは。


今日は発声について、
なぜ硬い芝居じみた声になってしまうのか?
特に、古い演劇の発声練習を一生懸命やってしまった人に多いのですが、演技でセリフを話そうとすると「硬い耳障りな声」になってしまう人がいます。

意外にベテラン俳優と言われている人にも、結構このような”硬い発声”をしている人がいます。
セリフに、自然な「抑揚」や「緩急」、感情の動きに沿った「断続」がなく、一本調子で、話している内容が伝わって来ない……聞いている方はたまったもんじゃありません。それでも本人は「自分は発声ができている」と思っていたりします。

そういう人は、一言で言えば、緊張して硬く締めた声帯に、息をぶつけて声を出しているのです。
どうしてそうなるのでしょう?


【発声のメカニズム】
ではまず、発声のメカニズムから見てみましょう。


声は、肺に入った息がノドにある声帯という薄い一対の膜の間を通り、その声帯を震わせて音が出ます。

基本的には、声帯が引っ張られていると高い声、緩んでいると低い声が出ます。
当然、声帯の間が開いていると息が通るだけで声は出ないので、声帯の間を閉じて、その間に息を通して振動させて声を出します。

これは無意識に皆さんやっていますよね?

さて、日常生活で自然な声が出せるのに、いざ演技となると「硬い耳障りな声」になってしまう人は、この声帯を無理矢理に力づくで閉めてしまっているのです。

また、そういう人は、たいてい口を大きく開け、顔面をこれでもかと異常なまでに大きく動かして発声しています。
大体、母音自体、ノドの形と舌の位置とで、作られていますし、子音は主に舌の動きで作られています。
発音に口を動かす必要は実際のところないのです。もし口を動かさないと決して発音できないのなら、「腹話術」は不可能だということになりますよね?

その人は、演技の発声はそうするべきだと思い込んでいるんですね。
声帯は、例えば、トイレでキバッたり重いものを持ち上げようとしたときにもビタッと閉まります。つまり、緊張したそういう状態で声を出しているんです。


声は、基本的には肺に入れた息を吐くことによって出します。そのとき、強く閉まった声帯に息をぶつけると、攻撃的な硬い声となるのです。何となく耳障りのある、聞き取りがたい声です。『息が合わない』気のする声で、こういう人は「うまく相手役と絡めない」「独りよがり自分勝手」「説得力がない」などと言われます。また「声がれしやすく、ポリープが出やすい」のです。

また、そういう人は、息自体、横隔膜を下げ、胸郭(肋骨のカゴ)の下部を広げて、そこに空気を入れて吸っているのではなく、肩を上げたり、肋骨の上部を広げたりして、息をしています。ひどい人になると、息を吸うたび肩が上がるのがはっきり見えるほどです。これではアコーディオンを閉じたまま、大きな音を出そうとしているようなものです。

胸郭を開き、身体のアコーディオンを目一杯広げて、そこで動かすと、大きな張りのある声が出せるだけでなく、少し動かす、つまり小さな声を出すときでも、余裕のある、聞き取りやすい声になります。

「硬い声」の人は、舌の付け根の筋肉を使って、声帯を閉じているので、ゴスペルなどの発声練習でよくやるように、舌を大きく前に出して声を出そうとすると、舌が中に引っ込んで行ってしまいます。
自分でよく分からない人は、それで判断してみましょう。

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2015-01-15 13:45:51

客観的視点を実践する

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こんにちは。



演技がうまくいくとほめられます。
そして、その人は満足顔で微笑みます。


それではこの「ほめられた人」は誰なのでしょう?

リアルな人に伝わる迫真の演技”ができたとき、「素晴らしかったですよ!」と言うと、
ありがとうございますと答えているのはもちろん
「役者本人」であり、「その役」ではありませんね。
役者本人がその役の人物をうまく自分の身体をコントロールして,演じたということです。


ところが、不自然な演技の場合、
小劇場の芝居など(悪く言っているわけではありません)は、
「良かったよ!」と言って,「ありがとう」と答えているのは,「その役自身」です。
つまり「さらけ出している自分自身」をほめられたということです。

さて、この違いはどこからくるのでしょう?



例えて言うなら,リアルな芝居のときはその人が描いた絵を、
離れた位置からその人と一緒に見ながら「これ素晴らしいですね!」とほめています。

不自然な芝居のときはその人自身が絵になっていて、
それを「面白いよ!」と言ってほめているのです。


不自然な芝居の方は
、やることに一生懸命になって「観客の視点」が欠如しているのです。


「その役の人」は絶対に自分自身であってはいけません。
世阿弥の時代からこの「客観的視点」は、役者にとってとても重要なものだとされています。

離見の見と言いますね。


ちなみに「ちょっとこっちに来て見てください」と
その時、ビデオに撮ったその人の演技をすぐに見てもらう時
必ずみんなこの「客観的視点」を持ちます。

離れたところから自分の演技をみるので、
当然ですが。


言葉で説明するのはわかりにくいですよね。
観客としては、「その人の演技空間」に
自分が入っているかどうかでハッキリと感じ取ることができます。

不自然な芝居では、その人の空間の中に観客はいなくて、
その人はただ「見て!」と思い「見られている」のです。

自然な芝居では観客が見ていることは分かっていながら
それを全く知らないかのように自然に振る舞うのです。

それが演技における「客観的視点」です。
これは、当然のことです。
なぜなら、あなたの肉体は,あなたの乗り物であり
あなた自身ではないからです。


自分に対していかに客観的視点を持てるか。

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