GWの話題その2
テーマ:乗り物の話題とか5/7日はバス調査。
5/3~6は特に変わったこともせず、Aさん宅でのんびりしていた。
7日は那覇バスターミナルへバス調査へ向かったのだが・・・・
Aさんを職場に送り届けてクルマでバスターミナルに向かっていると、国道329号を那覇に向かっている途中で青くて丸っこいバスが前方からやってきた。
ここは東陽バスも多く、緑色の丸っこいバス(日野RE101)はしょっちゅう来るのだが、一瞬目を疑った。
やってきたのは噂の動態保存車である沖縄バスの1064号車こと三菱MP117Kだった。
日中40系統で運用に入っているとの情報は持っていたのだが、たった一台だから見ることはほとんどないだろうとたかをくくっていたのだ。
40系統は大城行きなので、大城で車庫入りせず再び那覇へ戻ってくることを祈りつつ、とりあえずは那覇バスターミナルへ向かい、バス撮影に励む。
東陽バスにいる出所不明中古のP-HT233BAやまだまだ頑張るRE101、琉球バスや沖縄バスなどを一通り撮った後、先ほどMP117Kと出くわした地点の近くへ戻ることにした。
あの近くにはショッピングセンターがあり、そこに車を駐車できるからだ。そして、近くのバス停からMP117Kを捕まえる魂胆である。
さて、一日橋にあるショッピングセンターに車をとめ、印刷団地というバス停に歩いていると、道路を横断しようとして信号待ちをしているときに、丁度MP117がやってきた。
しかし、信号は一向に変わる様子がなく、目の前でバスは走り去ってしまったのである。
仕方がないので、とりあえず次のバスで追いかけることにする。
ここは30,37,38,39,40,109と那覇バスターミナルへ向かう多数の系統が走っており、一つ一つの系統はそれほど多く本数があるわけではないが、総合すれば何十分という単位で待たされる心配はない。
余談だがここには191番という東陽バスのRE101が100%でやってくる系統も走っている。残念ながらコレに乗ってしまうと那覇バスターミナルには行かないのだが・・・。
果たして、5分たたないうちにバスはやってきた。
やってきたのは沖縄バスの39系統。クルマは251号車の三菱エアロスターP-MP218K。元横浜市営の車両だ。
車内には横浜市時代の「この車は緑305号車です。電話番号XXX-XXXX」というプレートが塗りつぶされただけで残っていた。(調べたところ、どうやら88年式で、横浜時代の社番は8-2305だったようだ。)
呉羽ボディーの通称エアロスターKも首都圏からは急速に姿を消し始めていて、懐かしのクルマの仲間に入りつつある。
エアロスターにはボクシーなスタイルの三菱ボディーの通称エアロスターMもいるが、自分はどちらかというと同時期のほかのバスに比べて屋根が丸く、後ろから見ると先代のMP118の面影が残り、洗練されつつもちょっと野暮ったい所がある、Kの方が好きだった。
なお、呉羽ボディー製も1994年から三菱ボディー同じデザインに変わってしまうため、最新のものでも11年前のクルマということになるわけだ。
バスはエンジン音も高らかに加速型ギア比の走行音を響かせながら那覇バスターミナルへ。
那覇バスターミナルに着くとMP117は既に入り口近くのスポットで休んでいた。
MP117は両脇をエアロスターに固められていたが、幸いにも両脇のエアロスターは先に運用へ入って行った。
そこですかさず撮影開始。系統番号のプレートと行先幕が109に変わっており、どうやら109系統に入るようだ。
バス停を見ると109系統は40系統の一部経路違いでほぼ同じコースを取り、自分が車を駐車したショッピングセンターの前も通る。
一日に3本しかない希少系統だがどうやら15分も待てば乗ることができそうだ。
ついでにいろんなバスを撮影しながら時間をつぶし、時間前に乗り場に着くと、暫くしてお目当てのMP117がやってきた。
動態保存目的だけあって、あちこちが車体が痛んでいる東陽バスのRE101に比べて綺麗に整備されている。
車内に入ると、やはり何処となく懐かしい感じがする。特に後ろの部分は冷房用のダクトがついてることを除けば、大きな背面の二枚窓といい、最後部側面の引き違い窓といい、幼少の頃によく乗ったまだまだ新車だった西東京バスのMP117Mと一緒だった。
さて、時間になって走り出すと、あの懐かしい走行音がする。
バスに興味のない人からすればおかしなことかと思うかもしれないが、なんだかとても幸せな気分になってしまった。
ほぼ大通りをトレースする39系統と違い、40,109系統は与儀十字路から国場まで裏道のような細い道を通る。
沖縄大学前を通るためだと思われるが、ちょっとした車窓のアクセントになって楽しい。
幸か不幸かそのあいだずっと乗客は自分ひとりのみ。空調は入っているが絶好の録音チャンスには変わりなく、録音機材を持っていないことをすごく後悔した。
国場から国道329号に出るとバスは交通の流れに乗って快調に走り、まもなく車を止めているショッピングセンターが見えてきた。
後ろ髪を惹かれる思いでバスを降車し、独特の後姿を見送ったのである。
後から考えてみれば特に後で用事もなかったので、終点まで乗ってしまえばよかったかなとも思う。
沖縄に行く機会は幸か不幸か今後も何度もありそうなので、そのときまでの楽しみということにしておこうか。
8日。雨の中の帰京
この日はAさんが休みだったので一緒にのんびり過ごし、夕方になってからAさんの車で空港に向かう。
家の玄関を出たところで、それまで降った形跡がなかったのが土砂降りの雨。あまりのタイミングのよさ?に思わず二人で大笑い。
さらに車にのったら小降りになるというおまけつきで、加えて空港でも駐車場に入るちょっと前から大降になり、ターミナルに入った直後に小降りになった。
なんだかすっかり雨男になった自分を象徴しているようだった。
帰りの飛行機はすっかりおなじみになったANA994便だ。飛行機は福岡からANA491便としてやってきて東京へ向かう。
空港ターミナルの4階にあるレストランで滑走路をみながら夕食を取っていると、ほぼ時間どおりにANA491便が到着するのが見えた。
いよいよ搭乗時刻が迫り、6泊7日でお世話になったAさんに別れを告げて飛行機に乗り込む。機材はB767-300。レジナンバーはB767の中でも新しいJA602Aである。
ボーディングブリッジを渡っているときもまたもや土砂降りだった。
風向きが変わったせいか、食事中に窓から見ているときは滑走路18(南向き)を使っていたのが、20分前に出る一本前のANA992便から滑走路36(北向き)を使い始めたようだ。
搭乗がすんなり行ったのか、定刻の3分前にドアクローズ。飛行機は雨の中、滑走路36から夜空に飛び立った。
この日は米軍の演習がないせいか、いつもの1000フィートの高度制限による水平飛行がなく、まっすぐ巡航高度へ上がっていく。
梅雨前線の影響で飛行機は時々フルスピード走行の新幹線並に揺れるが、睡魔が襲ってきてぐっすり寝てしまった。
一度目がさめてドリンクのサービスを受けた後再び寝て、目がさめると暗黒の闇の中にぼ~っとオレンジの明かりが見える。
どうやら雲の薄い部分から地上の町の明かりが漏れてきているようだ。
機長のアナウンスによると、巡航高度は41,000フィート(約13,000メートル)だそうで、ずいぶん高い。
おそらく雲の影響でだいぶ上まで上がったのであろう。そのおかげかどうか、巡航中はほとんど揺れもなく、きわめて快適であった。
本州一帯も雲に覆われているようで、さっきの明かり以外ははずっと闇の中。降下が開始するとまたもやガタガタ揺れだした。といっても、せいぜいバス程度だったが。
最終の着陸態勢に入ってからもずっと真っ暗だったが、着陸直前になって急に視界が開け、京浜工業地帯の夜景が目に飛び込んできた。
飛行機はドスッという衝撃と共に滑走路34R(C滑走路北向き)に着陸。少しタキシングをして第2ターミナルの59番スポットに到着した。
到着は定刻より15分ほど早く、59番スポットが出口に近いこともあって、23時15分には出口を出ることができた。
いつもはここでバスに乗るのだが、バスの出発時刻までに時間があるので、電車を使うことにした。
電車は急行の高砂行き。車両は京急600形603F。
電車に乗っていると東京に帰ってきたことをことさら実感する。
久々に帰りに電車を使ったが、改めて電車は速いことを実感する。家に着いたのは23時半過ぎで、バスだったらまだ空港敷地を出ていない時間だった。






