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2017-12-28 09:23:00

今年最後の入線

テーマ:鉄道模型
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今年最後の入線です。
今回もSimplogからのダイジェスト版です。

南武線で活躍していた209系2200番台が入線してきました。

何気に東急車両製の209系は多数派にもかかわらず製品に恵まれていなかったのですが、マイクロエースの房総向けの2100番台に続いてようやくモデル化されました。
2200番台としては初の製品です。

Tomixの209系は過去に発売された川重仕様の0番台がありますが、東急製の特徴である窓隅とドア上の隅のRが小さい所や妻面がフラットな所などが、しっかり作り分けされています。
惜しむらくは乗務員扉のドア窓が最初期に見られる縦の長いものになっている所でしょうか。(実車はクハ209-12以降やや窓が小さくなっており、2200番台も同様になっています。)

今回もTomix製品なので屋根パーツなどがユーザー取り付けになっています。
また、ナンバーもインレタ式です。

入線整備はこれからですが、とりあえずアンテナ等の屋根上パーツを取り付けました。

この後インレタ地獄が待っていますw

詳しくはまたアメブロに投稿しようと思います。


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2017-12-13 22:26:00

Tomixの103系ウグイス色入線

テーマ:鉄道模型
さて、Simplogからダイジェストでお知らせしましたが、Tomixの103系ウグイス色が入線してきました。

前々から導入しようと思いつつも優先順位は低めだったのですが、自分がよく使う模型店で品切れになりかかっていたので緊急確保です。


製品ままのTomix103系。
ウグイス色の103系は103系の原点とも言えるもので、やはり代表的なのは山手線でしょう。
関西の方は関西本線をイメージする方が多いと思いますが。
実は我が家には103系が結構いるのですが、ウグイス色は初の入線です。
というわけで、入線整備をしていきます。

103系と言えば長年KATOの103系が決定版になっていた感がありますが、さすがにTomixの103系は設計が新しくHGをうたっているだけあって、素晴らしいディテールです。

別パーツがいっぱい。
排障器にジャンパケーブル、信号煙管、ATCアンテナと、細かいパーツが多く、なかなか手ごわいです。KATO製品は後付けパーツが減っているので対照的ですね。



最近のTomix製品らしく、ナンバーや表記は全てインレタ式です。Tomixのインレタはフォントが大きいので、今回も製品付属のインレタは使わずに、レボリューションファクトリー製(中央)のものを使うことにしました。フォントの大きさの違いがわかると思いますw


ATCアンテナを付ける時は治具を使っての穴あけが必要です。説明書には上級者向けと書いてありましたw

諸々パーツを取り付けました。信号煙管は小さいので難儀しました。取り付け治具はついているのですが、あれを使ってうまく付けられたことがありませんw
ジャンパケーブルはジャーマングレーで塗装しました。手抜きしてプライマーを塗ってないのですぐ剥げますがw
片方はのクハにはケーブル無しのパーツを付けました。
これは実際に偶数ナンバー車はケーブル無しだったためです。

さて、ここから表記類を付けていきます。
・ナンバー
・ATS標記
・所属標記
までは標準として、今回は
・エンド標記
・ドアコック
・検査表記
・シルバーシート(車体・窓)
・乗務員室
を全てインレタで取り付けていきます。インレタ地獄ですねw
さらに側面方向幕にステッカーを取り付けていきます。

さて、ウグイス色の103系と言えば、関東では山手線、埼京線、八高・川越線、関西では関西本線がありますが、我が家のものはオーソドックスに山手線仕様にしていきます。
モデルは昭和56年頃の池袋電車区にいた、全て冷房車で揃った編成。ナンバーはレボリューションファクトリー製のものをそのまま使います。本当は中4両を非冷房車にしたかったのですが、中古を含めて在庫がないので将来検討ですw


早速バラバラ事件ですw
窓ガラスのインレタをやる以上、避けられない宿命ですwww


そしていきなり作業後ですw
やはり表記類がつくと、車両が生き生きしてくるように思います。
ナンバーの位置はちょっと低かったかも。

検査表記とシルバーシート、方向幕もこのとおり。

4両分の作業が終わりました。
さすがにインレタの数がおおいので、作業は日をまたいでいます。
とりあえず4両ですが、今後少しずつ増やしてフル編成に持って行こうと思います。

さて、最後に軽く山手線の103系のお話しを。

103系は昭和38年に登場した通勤形電車です。
103系デビューの地が山手線で、ここを起点に最大約3500両の大勢力になりました。

さて、山手線においては、登場当初101系と72・73系か活躍していましたが、短い駅間の苦手な101系が苦戦する中、ウグイス色の103系は加速性能を生かして運用を改善し、利用客の増大する山手線の救世主となりました。
その後続々と投入されて旧形の72・73系どころか101系も追い出し、山手線の主となりました。
当初は8両編成で登場。昭和43年に10両化しています。10両貫通編成というのは国鉄の通勤形電車としては初のものとなりました。
昭和48年には山手線のATC導入に伴い、運転台の高運転台化、冷房装置搭載、窓のユニットサッシ化等の仕様変更を行った後期形が投入され、103系で103系を置き換えるという現象も発生しました。
当初は冷房化率向上のため編成丸ごと置き換えたりしましたが、当時の国鉄の厳しい財政事情
を反映してか、やがて中間の2~4両が非冷房の初期形のまま存置され、分割民営化後までそのような編成が見られたのは年配の方にはご存知の方も多いと思います。また、昭和55年頃からは初期車の冷房改造も行われました。このような経緯から、山手線では新しい103系が投入される一方、初期の車両も比較的長くみられました。
ここで少し脱線しますが、山手線は103系発祥の地だけあって色々な試作車も投入されています。まず、103系自体の試作車である900番台が投入されたのはもちろん、地下鉄千代田線乗り入れに先立ち、加速性能を改善するための超多段制御試作車(910番台)や、国鉄の通勤形としては初となる冷房車の試作車も投入されました。900番台はクハが青梅線に転出したものの、他は分割民営化まで山手線を離れることはありませんでした。
また、短期間ながら、低運転台のままながらヘッドライトをシールドビームの2灯化したほか、ユニットサッシ・冷房装置付きの中期形の活躍もみられました。
さて、山手線への103系の投入は中央線に201系が登場したあとも行われ、0番台としては最後の増備車となるモハ103-793+モハ102-2050も山手線に投入されました。最終増備車の登場は昭和58年。20年間に渡る103系増備の歴史は山手線に始まり山手線に終わったということになります。

長年山手線の主として活躍した103系でしたが、昭和60年に後継者である205系が登場します。ステンレスボディーの眩しい205系に比べると103系はさすがに見劣りすることは否めず、次第に山手線を追われて地方路線のほか、新規開業の埼京線や、101系が残る総武緩行線等に転出していきました。
その後、205系は分割民営化後急ピッチで投入され、103系は次第に山手線から姿を消していきました。そして、昭和63年6月25日にさようなら運転が行われ、103系は25年間活躍を続けた山手線を去っていきました。


余談ですが、103系を追い出した205系も今や関東ではすっかり旧形となり、首都圏からは姿を消しつつあります。現在はE231系500番台が山手線の主になっていますが、昨年登場したE235系がやがてとって代わることになるのでしょうね。いやはや、時代の流れというのは早いものです。

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2017-12-09 21:15:00

丸い緑の・・・

テーマ:鉄道模型
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ご無沙汰してます。
なかなか思うように時間がとれず投稿サボっていましたが、久々の投下です。

某大手家電量販店の歌で出てくる「丸い緑の山手線」の先駆けであり、国鉄最大多数勢力を誇った通勤形電車国鉄103系の、発祥の地である山手線仕様のウグイス色が入線してきました。

入線整備していますが、相変わらず色々やってますw

今回はとりあえずSimplogからのダイジェストのみ。そのうちアメブロに詳細を投稿しようとおもいます。

写真1番目
製品ままのTomixの103系。今時の製品らしい、さすがに素晴らしいディテールです。

写真2番目
入線整備を済ませたクハ103-485。
色々レタリングしてみました。

写真3番目
歴代山手線並び。来春にはE235系も発売。我が家にも姿を見せることになるでしょうw


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2017-11-21 09:46:00

”20系のバックサインとテールランプの再検討”

テーマ:鉄道模型
お久しぶりです。
最近なかなか忙しくて模型もいじれず、駄ネタを書く気力すらなかったのですが、今回は素晴らしい記事のご紹介です。
JR湘南茅ヶ崎線さんが以前私が投稿した記事に対抗してすごい方法でスマートなライトユニットを作られました。その行動力といい、発想といい、ひたすら脱帽です。

力作をぜひご覧ください。

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2017-11-14 20:21:00

さよならカニ21

テーマ:鉄道模型
先日「カニ対決」で登場した20系客車の電源荷物車カニ21形ですが、早くも我が家から消滅してしまいました。

と言うと何やら衝撃的ですが、事故った訳でも譲渡したわけでもなく、実車同様「カヤ21」への改造を行った次第でありますw


というわけで、「カニ21形」としての最後の勇姿。
「あさかぜ」のバックサインが誇らしげです。
直接旅客が乗らない客車としては最も美しい車両と言えるでしょう。様々な寝台特急列車の心臓部として活躍しました。

ナンバーはカニ21 11。初期の20系セットに入っていたものです。ナンバーのサイズが何故かちょっと大きめなんですよねぇ。

さて、改造メニューは
・ナンバー変更
・艶有りクリア吹き付け
・ライトユニットの筐体を乗務員室部分だけフラット化
・内装パーツのライトグリーン化
・純正室内ユニット用の支えを撤去
・乗務員室内に壁面ステッカー貼り付け
・上野乗り入れ車に存在したワイパーの取り付け
と、わりと大掛かりです。

まずはナンバーから。

無水アルコールを浸したティッシュを爪楊枝に巻きつけて消していきます。
仕上げはダイソーで売ってる電動消しゴムを使いました。
見事にナンバーが消えて名無し状態です。

レボリューションファクトリーのインレタを使ってナンバーを変更しました。
新ナンバーはカヤ21 122。実車はカニ時代に尾久に在籍し東北・上信越方面の寝台特急で活躍しましたが、宮原に転属と同時にカヤ21に改造されました。他形式併結対応も行われ、急行「だいせん」をメインに「銀河」等で活躍したと思われます。

艶有りクリアを吹いてツヤツヤにしてみました。なかなかの質感ですw

さて、お次は室内の加工です。

せっかくチップLEDでライトユニットを省スペースにしたので、埋まってしまっていた乗務員室部分をフラット化してみました。
レザーソーでガリガリ切り取り、プラ板で穴埋めする荒仕事ですw


さらに荷物室部分にあった無粋な室内灯ユニット支えをニッパーとヤスリを使って除去しました。
室内はGMの伊豆急ペールブルーで塗ると良い感じにライトグリーンになります。
ちなみにガンダムカラーのザクグリーンも良い色で甲乙付け難しと言ったところです。


折角無粋な出っ張りを無くしたので、乗務員室壁面にオリジナルシールを貼り付けてみました。
ライトを完全に作り直して、バックサイン部分をもっと薄くすることも不可能ではありませんが、そこまでやると面倒なのでやってませんw

車体を被せました。最後は尾久所属時に付けられたワイパーを取り付けます。案外ワイパー付改造する人は少ないようなのでちょっとチャレンジしましたw

ペンギンモデルの銀河のイラスト入りバックサインシールを入手したので付けてみました。
なかなか映えますね。

余談ですが、実車のカヤ21 122は他形式併結対応のためマイクロスカートを削られてちょっと不格好になってました。
こちらもそれに合わせるかどうかは検討中ですw


見事に電源車のカヤ21となり急行メインの仕様になりましたw
本当なら旧荷物室に大型のコンプレッサーが載るところですが、資料が無いのと面倒くさいのでつけてませんw
折角乗務員室にシールを貼ったので、室内灯も付けてあげたいところですね。

さて、最後にカヤ21形について軽く解説を。
カヤ21形は、20系を急行転用する際に同系列の「増圧装置付電磁指令式自動ブレーキ」を機関車なしで作動させるために、カニ21形の荷物室を潰して大型コンプレッサーを積んだものです。上記のとおり荷物室が無くなったため形式が「ヤ」になったわけですが、見た目はカニ21そのものでした。(後年荷物室のドアを塞いだものやハッチドアに変更したものも存在します。)
カニ21形の半数以上がこのカヤ21形に改造されましたが、製造番号は原番を引き継いでいるため欠番が存在します。
20系が特急運用から撤退するにつれ、カニ21形を含めて他の20系の電源荷物車は廃車となったため、晩年は20系最後の電源車として活躍しました。

以上、我が家のカニ21が実車同様にカヤ21になったお話でしたw

近い内にナハネフ22も同様の改造を行う予定です。
また内装のお絵描きしなければw

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2017-10-25 20:42:00

20系のバックサイン、テールランプをLED化してみた

テーマ:鉄道模型
久々の加工記事です。

先日入線した20系客車。
ディテールも素晴らしい製品なのですが、それなりに歴史のある製品でもあります。

ナハネフ22です。
丸いテールが美しいですね。

しかし

バックサインとテールランプの光源は電球です。実車のバックサインは蛍光灯ですので、イメージが異なります。
この製品の初登場は1997年。当時は白色LEDは存在すらしませんでしたので当然ですが、さすがに今となっては時代遅れの感があります。というわけで、土日を使って白色LED化してみることにしました。
電球をLEDに置き換えれば簡単ですが、せっかくなのでちょっとしたギミックを仕込むことにします。
ブルートレインのバックサインは往々にして進行方向、つまり機関車の真後ろでも点灯していることがあります。(消していることもあったようですが)
というわけで、前進時にバックサインのみ点灯するようにしてみました。

というわけで、バラバラ事件です。
見事にバラされました。南無南無。

そして謎の型紙出現です。
大佐型室内灯同様、紙に銅薄テープを貼り付けて基板を作っていきます。これが基板になるわけですね。


銅薄テープを貼り付けて回路を組みます。
光源はサイド発光式のLEDを使うのですが、写真で左側がカソードとなるため、進行方向に合わせて点灯させるには回路をクロスさせる必要があります。


反対側はこんなです。シンプルですw
左側のはみ出しは要らないのですが、手抜きでそのままにしてありますw


素子を実装します。LEDに過大な電流を流さないために室内灯を作るときはいつもCRDやCCRを使うのですが、今回は回路を単純にするた1kΩのチップ抵抗を使いました。
今回は常点灯用のコンデンサーは省略しています。LEDは600mcdのサイド発光白色LEDです。
集電部は約2mm幅に切った燐青銅板です。

反対側です。極性が逆になるようにLEDを実装します。
こちらは前進時に点灯するようになります。

装飾テープで出っ張りの部分を反射するようにします。
この出っ張りがミソで、前進時にはテールライトレンズとの遮光板となるわけです。

ライトユニットの筐体に実装していきます。
テールライトレンズの中央部は邪魔になるのでカットしました。ちなみにカットしないままだとバックサインがピンクの怪しい色に光る様になりますw

ライトレンズを付けました。
これを車体に実装していきます。

つきました。成功です。
そして、

前進時も点灯するようになりました。ちゃんもテールライトが消灯しているのがわかります。

そして・・・

カニ21にも施工しました。
実は一発で成功したわけではなく、このカニ21で試行錯誤していますw
順序としてはカニ21の方が先でしたw

というところで、ひとまずライト周りのアップデートが完了しました。

ちなみに・・・

ナハネフ23もちょっと違う方法で施工済みだったりします。
残念ながらややテールライトが暗いのですが。

次は内装と室内灯に手を入れたいところですねぇ。

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2017-10-19 08:52:00

駄ネタ:似てる??

テーマ:鉄道駄ネタ
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駄ネタです。
今回は本当に駄ネタらしい駄ネタですww

最近仕事が忙しすぎて模型いじりをやる気力もないのですが、疲れた頭でふと思ってしまいました。

この2つ、似てるなぁとw

写真1番目は国鉄(JR)201系。写真2番目は営団1500N形です。

どちらもオレンジ色でドア窓が小さく戸袋窓があり、ドア間の窓は2枚です。

いや、よく見れば似ても似付かないんですけどね。電車に興味の無い人が見れば同じに見えるかもなぁと思ったり。

っとまぁ、これだけなんですが。
これだけだと寂しい?ので、自分のブログらしく軽く実車解説をw

国鉄(JR)201系は昭和54年登場。中央線でデビューを果たしました。
関東では過去帳入りしましたが、関西では未だ現役です。
サイリスタチョッパー制御に150kwという大出力モーターを搭載し、低速から高速までスムーズに加速する実力派でしたが、いかんせん高価なことが災いし、その活躍範囲は限定的でした。


一方、営団1500N形は昭和43年登場。銀座線旧型車の決定版的存在で、魑魅魍魎とした銀座線旧型車の中では常識的な存在でした。
電動発電機を搭載していて銀座線迷物の瞬間消灯もなく、末期の旧ツリカケ車引退後には編成全体の性能向上に貢献しました。比較的車齢が若かったものの中間電動車のみの存在であったため、01系登場により活躍の場を追われ、平成5年に2000形共々引退しています。

以上、オレンジな電車の駄ネタでした。


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2017-10-17 08:04:00

駄ネタ:ハネフ対決

テーマ:夜汽車シリーズ
20系入線記念で今回は「ハネフ」特集です。

やはり過去にも同じ様な記事を書いたのですが、二番煎じで書いてみますw
左からナハネフ10、オハネフ12、ナハネフ21、ナハネフ22、ナハネフ23、オハネフ24、オハネフ25です。
いつのもにやら増えましたねぇw

さて、「ハネフ」とは平たく言えば車掌室付きのB寝台客車です。
形式としては重量記号+ハネ(B寝台)+フ(緩急車)で、寝台列車の殿を務めることも多く、機関車と共に夜行列車の「顔」的な存在です。

かつての夜行列車は座席車を連結するのが常識でありかつ、B寝台車(←二等寝台←三等寝台)は編成中頃に連結されることが「ハネフ」が登場したのは以外と新しく、昭和30年代終盤だったりします。
(ちなみに、一等寝台や二等寝台は列車の前方または後方に連結されるため、「イネフ」や「ロネフ」は昔からありました。)

我が家にいる「ハネフ」を見ていきましょう。
ナハネフ10形です。
昭和38年に戦後初の三等寝台車であるナハネ10形を改造して登場した形式です。
それまで座席車を連結するのが常識だった夜行列車ですが、寝台需要の増加により全車寝台車の列車を運行する方針に変わったことで誕生しました。
貫通路やデッキが丸出しの旧客スタイルともいえる無骨な姿が何とも言えませんw
ずらりと並ぶ2連窓が如何にも10系寝台車らしく、なかなか味わい深いですね。
妻面のリブは補強のためのものですが、ナハネ10として誕生したときに軽量車体の強度の評価が終わっておらず、とりあえず付けられたものです。
一見ナハネ10形にテールランプを取り付けただけの様なスタイルで、寝台を1区画潰して車掌室と給仕室を設置しています。

サイトビューはナハネ10形そのもの。ちょっと洒落た感じのデッキ扉が特徴的です。このデッキ扉、スイスの客車から取り入れたアルミ製の折戸なのですが、当時の日本の保守技術ではやや手に余る物だったようで、一般的な開き扉に交換されたものも多く存在しました。
室内のスペースを確保するために扇風機のモーター部分を屋根上に配置したため、屋根上に丸いカバーが並んでいるのも特徴的です。
室内は52cm幅の3段寝台が9区画存在し、定員は54名です。

オハネフ12形です。ナハネフ10形とよく似ていますが、それもそのはずで、ナハネフ10形の改造車です。
ナハネフ10形は昭和42年より始まった優等客車冷房化の方針により、冷房改造されることになりました。冷房用の電源として小型のディーゼル発電機を取り付けたため重量ランクが変わり、オハネフ12形に変わりました。
一見ナハネフ10形と同じに見えますが、外観上では扇風機カバーが小型の冷房機に変わったのが大きな変化と言えるでしょうか。

オハネフ12形に改造されるにあたり、ドアは全車が開き戸に交換されました。また、一部車両はトイレ窓が小型のものに変更されています。
床下はディーゼル発電機搭載により賑やかになっているのですが、この写真だとよくわからないですねw
室内は冷房が取り付けられた以外はナハネフ10形と同じです。


お次の登場はナハネフ21形です。
平たい顔にズラッと並ぶ小窓が20系らしからぬ姿ですが、元々は途中から行き先が分かれたり編成を切り離したりしたときのための、ナハフ21形という座席車でした。
夜行特急の上にも書いた全車寝台車化により昭和39年に寝台車化改造されたものです。
小窓は座席車の名残で、平たい顔は編成の中間に連結するためのものです。


こちらはサイトビューです。
20系は10系デッキと車掌室が逆側に存在しているのが特徴です。コレより後発の14系や24計は10系と揃えられたため、この配置は20系独自のものとなりました。
窓2つで寝台1区画となっていて、他の20系B寝台車より1区画あたりのスペースが広くなっています。
窓が一カ所塞がっていますが、この部分に冷暖房のダクトが通っています。
それにしても、なんともインパクトの強いスタイルですねw

ナハネフ22形です。
20系というとこの「顔」を思い浮かべる人も多いでしょう。
優雅な流線型を描く最後部は満州鉄道の「あじあ」号をモチーフにしたとも言われ、大きな曲面ガラスとゆったり並ぶ大きな固定窓の側面も相俟って、国内では最も美しい客車と言えるのではないかと思います。
最後部の車掌室は半室構造となっていて、半分はフリーの展望スペースとなっていました。
まさに高度成長期の日本の夢を象徴するような姿と言えるでしょう。

こちらがサイトビューです。
バランス良く並ぶ大きな窓がまた美しいですね。
ナハネフ22形は全車寝台車化により昭和39年に登場した客車であり、意外にも20系としては後発にあたります。それまで20系の殿はナハフ20形が務めていました。
ちなみに、ナハフ20形も寝台車化改造でナハネフ20形になっていますが、一部は車体を新製してナハネフ22形に500番台編入されました。

余談ですが、今の所ナハネフ20形を導入する予定はないのですが、ナハネフ21形同様の狭窓でアクの強い姿をしており、何かの拍子に買ってしまうかもしれませんw

こちらはナハネフ23形です。
ナハネフ22形とナハネフ21形の合いの子の様な姿ですが、ナハネフ21形同様中間に連結するための緩急車です。
ちなみに、KATOからは20系の寝台車セットが結構出ているのですが、何気にこのナハネフ23形は最初に発売された基本セットにしか存在しなかったりします。


こちらがサイトビュー。ナハネフ22形同様大きな固定窓が並ぶ姿はさすが20系と言ったところですが、ストンと切れた印象の最後部がなんともミスマッチですね。
ナハネフ23形はナハネフ22形と同じく昭和39年の登場で、やはり20系としては後発の部類になります。
さて、模型では少数派なナハネフ23形ですが、実車は幅広い活躍をしていました。
運用の都合上、ほぼ必ずこのナハネフ23が最後部を務める列車もあったほどです。


ナハネフ24形です。
一気に世代は変わって24系の登場です。
14系の集中電源タイプとして登場した24系ですが、14系同様中間にも最後部にも使用する事を前提としたの「12系顔」です。そのため、ロマン溢れる20系に対して実用的なイメージがあります。
模型は晩年の「あけぼの」用でJR仕様。
青森車両センター所属車に見られる更新工事により露出した縦の雨樋や小型化された車掌室窓も特徴的です。

こちらはサイドビューです。寝台幅が70cmに広がり、20系よりもゆとりのある窓配置となりました。なお、登場時は3段寝台でしたが、後に2段寝台に改造されています。
窓は20系のHゴム固定からパテ止めに変わりスッキリした印象ですが、20系よりサイズは若干小さくなってしまいました。
10系同様寝台側を手前とすると、左側に車掌室がきています。
オハネフ24形は昭和48年登場ですが、後継形式が登場しなかったこともあって「北斗星」廃止の平成27年まで活躍を続け、寝台車としては異例の長寿となりました。


オハネフ25形100番台です。
国鉄に合理化至上主義が吹き荒れる昭和50年代生まれらしく、平面になった最後部が特徴です。
後方の窓も狭くなり、なんともユーモラスな顔付きになりました。
24系25形と呼ばれる定期列車用の寝台客車としては最後のグループであり、国鉄寝台車の集大成とも言えるでしょうか。
模型はやはり晩年の「あけぼの」用のJR仕様であり、列車無線アンテナやオハネフ24形同様「青森仕様」とも言える小型化された車掌室窓が特徴です。

サイドビューです。
寝台が二段固定となったことから窓サイズはさらに小さくなり、何とも言えない雰囲気になりました。寝台段数が減ったことによる定員減少を最小限にするため室内レイアウトが工夫されており、オハネフ24形と窓配置が異なっているのも特徴です。
ナハネフ10形と比べると随分シンプルな姿になりましたね。案外好きですがw

以上、我が家のハネフ対決でしたw

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2017-10-16 21:28:00

運転会の風景から。 その13

テーマ:鉄道模型
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運転会の風景からです。

今回のお題は旧型電機です。

写真1番目
ブレていまっていますが、EF13が牽く旧客列車。
本来貨物用のEF13ですが、勾配に強い特性を買われて中央本線では普通列車に使用されていました。
EF13は暖房設備がないため、冬場には暖房車が連結されていました。

写真2番目
EF15が牽く荷物列車。こちらもブレブレ写真でスミマセンw
本来貨物用のEF15ですが、少数ながら定期列車も担当していました。
知る人ぞ知る品川~隅田川間のフィーダー列車で、南行は白昼堂々東京駅を通過していました。ちなみに北行は山手貨物線経由でした。
EF15は当然ながら暖房設備を持たないため、荷扱い車掌さんは冬場には寒さで苦労したそうです。
ちなみにこれはKazumaさんの定番列車。いつも渋いウェザリングを楽しませてくれます。

写真3番目
EF56、57の三姉妹です。
大きなデッキに茶色の箱型ボディーがたまりませんw

一番右はEF56牽引の荷物列車。
国内初の暖房用ボイラーを搭載した電機機関車で、特急列車を牽いたこともありますが、晩年は東北本線で専ら荷物列車用となっていました。

真ん中はEF57 1牽引の急行列車。
後ろには10系がズラリと連結されているのですが、この写真ではわかりませんねw
EF57はEF56形の改良形で、1号機は元々EF56として製造されていたため見た目はEF56と類似しています。試作機にも関わらず長く使用されていました。

左側はEF57量産車牽引の20系急行「新星」。
ほんの僅かな間ではありますが、EF57牽引の急行列車というのも見ることができました。東北系の急行列車としては初めて20系化された「新星」で、ゴツいデッキ付きの旧型機と流麗な20系の組み合わせが独特のハーモニーを奏でていました。
EF57量産車はパンタグラフが前後に張り出す様に設置され、「カブトムシ」などとも呼ばれていました。

やはり旧型電機は良いですなぁ。


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2017-10-12 08:41:00

運転会の風景から。 その12

テーマ:鉄道模型
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運転会の風景
今回は昔の青梅線です。

写真1番目はクモハ40先頭の普通電車とED16牽引の石灰列車、側線では荷物電車のクモニ13が休んでいます。
かつて青梅駅などて見られた並びでした。
クモハ40は朝夕のラッシュ時に増結車として連結されていました。73系中心の青梅線の中で特別な雰囲気を出していました。
老兵ED16は青梅線のマスコット的存在で、旧型電車が引退したあとも暫く活躍していました。
クモニ13は新聞輸送列車で、昼頃青梅にやってきて夕方帰って行く運用でした。
やや影は薄かったですが、ちょっとしたアクセントになってました。

写真2番目はクモハ40を切り離してクモハ73が先頭となった普通電車。
近代化改造車のシンプルな顔はかなり特徴的ですね。
真ん中はEF13です。運転会では中央線の旧客鈍行列車を牽いていましたが、実物は青梅線でも拝島まで石灰列車を引いて顔を見せていました。
右側は写真1番目と同じく老兵ED16が牽く石灰列車です。

写真3番目
駅を出発する旧型電車。
先頭からクモハ40+クモハ73+サハ78+モハ72+クハ79の編成。
クモハ40は別格として、後ろ4両は同じ73系の中でも全て形が違うのがいかにも旧型電車らしいところですw


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