ボクシング&ロック野郎 higege91の夜明けはまだか?

人生の曲がり角に遭遇したボクシング&ロック・マニアhigege91。暇を見つけてはホール通い。ああ、俺は戦っているか!? ああ、俺は俺の求める『俺』に近づいているのか!?


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金子大樹が引退を表明、元日本S・フェザー級王者  BOXINGNEWS

 

>元日本S・フェザー級チャンピオンで世界タイトル挑戦経験もある金子大樹(29歳=横浜光)が11日、自身のブログで引退を表明した。https://ameblo.jp/daiki-k617/

 

 

金子は7月9日、ロシアのエカテリンブルクでIBFライト級10位パベル・マリコフ(ロシア)と対戦して1-2判定負け。石井一太郎会長によると、帰国してすぐに金子から引退の意思を明かされたという。

 

 石井会長は「ロシアには覚悟を決めて乗り込んだと思う。試合終了ゴング直後のパンチでダウンし、検査のため救急車で病院に運ばれるなどダメージは大きかった。この試合だけでなく、ハードな試合が続いていた」と話すように、激戦が続いていたことが、引退の一つの要因になったようだ。

 

日本王座4度防衛、13年には内山高志に挑戦

 

 

 金子は愛知県田原市出身で、16歳のときの横浜光ジムに入門。05年に17歳でプロデビューした。鋭いジャブと右の強打で頭角を現し、12年に岡田誠一(大橋)を下して日本S・フェザー級王座を獲得、4度の防衛を成功させた。13年大みそかに、WBA同級王者の内山高志に挑戦し、10回にダウンを奪ったものの判定負けを喫した。

 

 再起後は打ちつ打たれつの打撃戦が増えた印象。ロシアの試合がラストファイトとなった。生涯戦績は28戦21勝14KO4敗3分。石井会長によると、今後はボクシングを離れ、後援会関係の会社で第2の人生をスタートさせるという。

 

…そうかぁ

 

 

そう、ラストファイトとなったマリコフ戦はかなりの激闘で試合終了と同時にクリーンヒットを浴びて深刻なダメージを負ってしまった場面は背筋が凍る一瞬でした

 

 

でも、本当に強い日本チャンピオンでしねぇ

 

 

あの内山高志さんに挑んだあたりはまさに、文字通り、日本最強の挑戦者として君臨していた印象あります

 

 

結果はご存知の通りだとは思いますが、ポイント劣勢からの一発がさく裂、内山さんが膝をついて倒れてしまった場面はあわや…という衝撃的な場面でしたねぇ

 

 

そして、そのキャリア終盤の「攻めのマッチメイク」、凄かったですねぇ

 

 

ジョムトーン、仲村正男さん、マリコフ…と、強敵との戦いが多かったですねぇ

 

 

ううむ 

 

 

やっぱり寂しいなぁ

 

 

なぁんか、とても寂しいなぁ

 

 

金子選手といえば、確か、山中×ツニャカオ開催の国技館で遭遇して握手してもらった覚えありますが、かなりのナイスガイだなぁ、ということで感動した記憶あります

 

 

金子選手、その挑戦し続けた姿勢、本当に感動的でありました

 

 

上を目指す、立ち止まらない…

 

 

…う

 

 

やっぱり寂しいよねぇ

 

 

最後にもう一度日本か東洋太平洋に挑んでほしかったですけど、引退の判断、間違ってはいないと思います

 

 

身体あっての人生ですから無理は禁物であります

 

 

ということで、ラストファイトとなったマリコフ戦を再収録したいと思います

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

2017 7 9 ロシア エカテリンブルグ

 

 

 

WBAアジアライト級タイトルマッチ 10回戦

 

パベル・マリコフ

×

金子大樹

 

 

 

 

 

この興味深い一戦、とある方からYOUTUBEを通じての生中継のアドレスを伺ってネット観戦いたしました

 

 

日本スーパーフェザー級1位の金子選手がライト級でWBA14位、IBF9位のマルコフに敵地ロシアで挑む一戦ということで、有利な状況はほぼ皆無な条件での挑戦ということで、なんとも胸が熱くなる戦いでありました

 

その一階級下の金子選手ですが、身長リーチで上回る印象でありました

 

第1ラウンド、なかなかの滑り出し… 距離感、手数、有効打で優っている印象を受けるも、その終了ゴング直前、金子選手が大きな右を振りぬいた直後、それをすかしたマリコフの打ち終わりの右が金子選手の顔面を直撃っ‼

 

金子選手、ど~んっと尻餅をつくダウン

 

ここは立ち上がるも、しかし、出だしでダメージを負い、さらに展開の優位をくじかれてしまった

 

そこから中盤までは手数と前進を続ける金子の間隙を縫って有効打とクリーンヒットを量産するマリコフのラウンドが続く

 

金子は左瞼をカットして流血(偶然のバッティング? 有効打?) 幾度かのドクターチェックを挟む展開… 

 

ぐぐぐ

 

攻めているけれど、クリーンヒットがあまり生まれない息苦しい展開

 

歯ぎしりの続く展開が続くも、おや? 7Rを過ぎたあたりから、にわかにマリコフの動きが鈍り始めたような

 

さらに、気が付けばマリコフの右目は紫色に変色している

 

おおっ

 

これはくたびれているぞぉ

 

疲労困憊が色濃くなってきたっ

 

…と、レフェリーが動きの鈍ったマリコフに休息の猶予を与えるような絶妙なタイミングでドクターチェックを挟む

 

これは露骨だわぁ

 

…が、これが適地で戦うということ

 

しかし、8R以降は金子優位の展開だっ

 

マリコフは金子のど根性発揮のしつこい猛攻に辟易している

 

効いているっ

 

クリンチに逃げるマリコフ

 

あぁ、このタイトルマッチが12RだったらおそらくKOできるっ

 

金子のスタミナはまだ十分残っているし、その闘魂もまだまだ燃焼し続けられるっ

 

マリコフはエネルギー切れだ

 

気持でも萎えている

 

攻めろ、金子よ

 

マリコフの心をへし折れっ‼

 

…と、ここで最終10R終了のゴングが響いた

 

両者をレフェリーが分けた瞬間、なんとマリコフのパンチが金子の顎先を打ち抜いたっつ

 

なぬっ!?

 

これはダウン後の加撃だろ!?

 

ぐぬぬ…

 

しかし、まぁ、わざとではなさそうかな でも、ちゃんとノーカウントにしてもらわないと…

 

試合結果は判定に持ち越されました…

 

で…

 

 

 

判定結果はどうやら2-1のスプリットでマリコフの勝利(恐らく)となった模様であります

 

 

あぁ、惜しかったなぁ…

 

まず、1Rのダウンシーンがなければその後の展開も変わっていたはず

 

気持ちが前のめりになり過ぎたのかな?

 

また、金子選手の右が空転することが多く、これの的中率が悪かったのかな?

 

しかし、上半身を動かし続けたマリコフをほめるべきか?

 

で、先にも書きましたが、これが12回戦だったら…とはついつい考えてしまう追い上げでしたねぇ

 

悔しい…けれど、これは評価されるべき惜敗でありました

 

金子選手、大きな経験を積めた…と思います

 

今後に期待を持てます

 

ナイスファイトっ‼

 

金子大樹、まだまだ終わるわけにはいかんっ‼

 

お疲れ様でしたっ

 

そして、8回戦に登場した三浦仁選手がいい試合をしてくれましたねぇ(結果は判定負け)

 

その技巧とスピード、かなりのものでしたねぇ

 

日本にもいい選手がまだまだいるんだなぁ~って改めて思いました

 

日本なら勝っていたかも? という内容でした

 

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金子選手、本当にお疲れ様でしたっ

 

 

忘れないぜっ

 

 

御愛読感謝

 

 

つづく

 

 

 

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内山引退 記録と記憶に残る名ボクサー 産経新聞

 

>内山は吹っ切れたすがすがしい顔をしていた。引退を決めた理由は明確で「前以上に必死に努力できない人間がリングに上がるのは違う、と思った。中途半端な気持ちで試合をすることは絶対にできない」と説明した。潔い決断だった。

 強打で高いKO率を誇った。毎試合、見る者に「いつ相手を倒すのか」と期待を抱かせる激しい戦いを演じてきた。内山自身が結果以上に誇ってきたのは、そこへたどり着くまでの道のりだ。以前、「僕が見せたいのは派手さではなく、努力次第ではい上がれるということ」と語っていた。ボクシングの名門、拓大に入学した直後は補欠にも選ばれなかった。荷物持ちをしながら、「屈辱。見返してやりたい」と誓った。全部員が帰省し大学で練習できなかった夏休み中も出身高校で練習を続け、レギュラーの座をつかみとった。

 プロでも「地味で地味で本当にきつい」練習を愚直にこなし誰もが認める実績を積み重ねた。37歳。拳や肘に慢性的な痛みを抱え、以前のように練習で追い込めなくなった。現役続行の道はどうしても選べなかった。

 「KOじゃないと面白くないと思っていた」と続けた真っ向勝負で、多くのファンから支持された。本場・米国での試合は実現しなかったが、6年以上王座を保持した。記録にも記憶にも残る名ボクサーだった。

 

…内山選手だけは負けない、負けるはずがない…という安心感がずっとあった

 

その根拠は内山選手の常に冷静なるその佇まいと破格の強打にあった

 

ガードを高く掲げ、そのガードの隙間から相手をじっと観察したうえで、鋭すぎるハンマーのようなボディーブローを捻じ込む

 

文字通り もんどりうって キャンバスに這いつくばってしまった挑戦者も一人ではない

 

その破格のハードパンチャーぶりを評して 「KOダイナマイト」 の異名ををとった内山選手でありますが、個人的には「ジャパニーズ・ハグラ―」と呼び続けてきました

 

往年の名チャンピオン、伝説のハードパンチャーはサウスポーでありましたが、その強烈なる倒すボクシングに近しいものを感じていました

 

ジワジワと相手をなぶってゆき、そして、圧倒して飲み込む

 

そのストロングスタイルには倒し屋としての美学が凝縮されておりました

 

が、内山選手の凄みとは、そんな研ぎ澄まされた殺傷本能と決定的なるハードパンチ以上に、その落ち着きと冷静さ、決して驕ることのない、慢心のない性格にあったのだと改めて感じ入ります

 

その真面目さゆえに、その進退を明言するまでに時間がかかったのだと想像できる

 

個人的なる内山選手ベストバウトはV10のジョムトーン・チューワッタナ戦かなぁ?

 

前評判の良かったジョムトーンを全く寄せ付けませんでしたねぇ

 

V6戦のブライアン・バスケス戦も忘れ難い

 

あれは正規×暫定の王座統一戦でありましたねぇ

 

そして、王座戴冠となったファン・カルロス・サルガド戦ですね

 

サルガドといえば、あのホルヘ・リナレスを僅か1R1分足らずでTKOに葬ってチャンピオンになったメキシカンでしたね

 

これは生観戦しておりますが、会場は東京ビックサイトでしたが、まぁ、最終ラウンドのKOシーンに会場は大熱狂でありましたぁ

 

あれも忘れ難いなぁ

 

さて、で、内山選手の引退を語るうえで、過去のどの記事を再収録しような悩んでいたのですが…

 

ううむ

 

で、どのタイミングで内山選手のことを一番考えたかな?というと、やっぱり、王座陥落のジェスレル・コラレス戦①なんですよねぇ

 

あの衝撃の2RKO負けを会場で目の当たりにした時、なんというか、物凄く申し訳ない気持ちになったことを思い出します

 

ただの一観客であるだけの僕が、自分の「慢心」が招いてしまったような奇妙な気持ちに苛まれたわけです

 

内山高志が負けるはずがない…という、勝手なる、一方的なる慢心…

 

あの夜は本当に胸が痛かったなぁ…

 

あの、大田区総合体育館から蒲田駅まで歩いてゆくまでの間の記憶がありません…

 

あれほどの「呆然」はかつて味わったことがございません

 

でも、そこまでの気持ちにさせてくれた内山選手には、改めまして、本当に感謝でいっぱいであります

 

日本人として、あれだけ「誇らしい気持ち」にさせてもらったことにも感謝の気持ちが溢れてきます

 

俺たちには内山高志がいる…というあの熱くこみ上げてくる気持ちは本当に忘れ難い

 

…ということで、いつかの「悶々」(笑)、ジェスレル・コラレス①のまさかの敗戦の、その夜の記事を再収録したいと思います

 

内山選手のことを一番考えた夜の記事…

 

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2016年4月27日の過去記事…

 

あなたは内山高志に再起して欲しいか?否か?

 

防衛失敗の内山が一夜明けコメント 「しばらく休みます」 デイリースポーツ

>衝撃の2回KO負けで、WBA世界スーパーフェザー級王座の12度目の防衛に失敗した前スーパー王者の内山高志(36)=ワタナベ=が一夜明けた28日、テレビ東京を通じて「今日のところは勘弁してください。一夜明けて悔しさがこみ上げています。後輩の2人(河野、田口)にはおめでとうございます、と伝えてください」と、コメントと写真を発表した。

 渡辺均会長は昨夜遅く「今まで頑張ってくれてありがとう。長めに休んでほしい」とメールを送り、内山からは「ありがとうございます。しばらく休みます」と返信があったという。

 今後について渡辺会長は「100パーセント内山次第。納得のいくまで休めばいい。再起するなら手を尽くすし、引退して第2の人生を送るのならそれでいい」と、時間を区切らずに内山の決心を待つ。


…まず初めに、内山選手に申し上げたい

我々ボクシングファンに大きな夢と希望と、そして、我らがチャンピオンとして、これ以上ない誇らしさを与えてくれて本当にありがとうございました、と申し上げたい…と感じております

しかしながら、まさかのV12防衛失敗の陥落は会場におりましたが、あの魔の2R 2:59の衝撃的瞬間から心は一瞬たりとも晴れることはない

まだ、打ちひしがれている

とても冷静になんてなれない

が、内山陥落という出来事から派生する、その圧倒的なる虚無感は紛うことなき「リアル」なのであります

払っても払っても拭えない悶々…

冒頭に内山選手への感謝の気持ちを記させていただいたものの、しかし、まだ受け入れられないのが正直なところ

かつて、長谷川選手が日本武道館でモンティエルの一撃を喰った際、ボクサーの本能が働き、ダウンを拒んだばかりに滅多打ちにあった夜も確かに延々と考えました

なぜ、長谷川選手は倒れてしまわなかったのか?

一度倒れてしまって間をおいてから再開したら、逆転の可能性はあったのではないか?

…が、勝負の世界は非情であります

「たら・れば」ほど虚しいものはない

でも、考えてしまう

考えないわけにはいかないのがファン心理であります

内山、ダウンの2回を振り返る「最初にもらったパンチは何か分からない」 スポーツ報知

> ―1回の相手の印象は。

 「やりづらさがあった。スピードもあるな、と。やったことがない感覚の相手。左も見えづらかった」

 ―2回にダウンした。

 「1回にポイントを取られて、次から行こうという感覚だった。最初もらったパンチは何か分からない」

 ―その後は。

 「もらった後は冷静にやろうとした。だいぶ落ち着いていたので、いいのをやり返そうと思って前に出たところをやられた。完全なKO負け」

 ―クリンチの指示があったが。

 「もちろん聞こえていたけど、やり返したい気持ちがあった」

 ―ダメージはあったのか。

 「意識はしっかりしているつもりだったが、その後の反応ができていないので(ダメージは)残っていたのでは。もう少しガードをしっかりしていれば良かった。倒されたのは実力」





…試合を振り返る
 

 

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まず、1Rの立ち上がり、パナマからやってきた24歳のサウスポー、暫定チャンピオン・コラレスは前日計量で苦しんだとの報道があったものの、しかし、その動きたるや躍動感に溢れ、その褐色の肉体は全身がバネのような印象を受けたわけですが、その時点で、おそらくは本人も、陣営も、そして、観客もざわざわと嫌な予感を感じずにはいられなかったのではなかったのか?

個人的には、36歳の内山選手に慢心や油断の類はなかったと思う

新聞報道等には実現しないビックマッチやマンネリズムと化した防衛ロードの果てにモチベーションの低下が敗戦の背景にあるとの見方もありますが、僕はそうは感じてはいない

弱肉強食たるボクシングというスポーツの、残酷性と絶対性がまざまざと露呈しただけに過ぎないと感じた

その瞬間、あるいは、その瞬間を迎えた瞬間に強い者、強かったものこそが、チャンピオン…

ただ、それだけの話である

が、頭では理解できても感情はそうはいかない…

さて、変則的なコラレスの大味なるパンチは空を切るも、そのスピード感に場内はどよめく

 

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危ない、あれが当たったら危ない


スタミナ難が予想されるコラレスだけに、中盤以降に勝負の重心を置くのは定石…だが、出鼻をくじかれた感覚は心理的に内山選手に大きなダメージを及ぼしたと想像できる

先の試合後の談話にそれは垣間見える

--- 「1回にポイントを取られて、次から行こうという感覚だった。最初もらったパンチは何か分からない」

…歴戦の雄である内山選手にこのような「焦燥感」を与えたコラレスの変則強打とスピード感こそは、現実のダメージングブロー以上の破壊力を秘めていたのではないか?

あの躍動感、あのスピード感、そして、あの眩しいほどの若さ…こそが、中年に差し掛かったスーパーチャンピオンの精密機械的精神に「まぎれ」を起こしたのではないか?

 

 
1Rはコラレスがポイントを奪った



インターバルで自陣コーナーに戻った内山選手が丸椅子に腰かけながら、苦笑いをしていたのを僕は覚えているが、その時点で、ある種の不穏を感じ、それを隠そうとしていたものはV11チャンピオンの意地だったのだと思う 
 


しかし、決着の時は、その一分後に訪れた


 

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24歳、怖いもの知らずのサウスポー、暫定チャンピオン・コラレスは内山選手の打ち終わりを狙っていた

そして、それはドンピシャのカウンターとなって36歳の歴戦の雄の顎を打ち抜いたわけでありますが、この一撃で試合が終わってもおかしくないほどの角度とタイミングであった

上り調子の若き暫定チャンピオンの勢いが、加齢と衰退を精神力と節制でカバーし続けて来たスーパーチャンピオンを丸呑みした瞬間であった

結果が全て…が世界タイトルマッチのリングであります

僕は内山選手の「賢さ」と「健全」さに常に全幅の信頼を抱いていた

それだけに、この結果が重く重く堪えるのだ



果たして、あの左カウンターが炸裂しなかったとして、2R 2:59で試合が決着しなかったとして、では、今の内山選手にコラレスを攻略することはできたか?



それでもやはり、内山陥落という結果は変わらなかったのではないか?

内山選手をこよなく愛する僕でありますが、しかし、そのように感じる

だからこそ、余計に悔しい

虚無感に苛まれる

僕は4月27日の夜から今朝まで、延々と悶え続けている

若さと勢い、そして、実力が勝敗を分かっただけに過ぎない

頭ではわかっていても、理解するにはあまりにも苦々しい現実である

36歳のスーパーチャンピオンは抜群の左カウンターを喰らってもなお這い上がり、10カウントを拒否、その後、揺れる膝を引き摺って抗戦するもダウンを追加され、R2終了間際、あと1秒が持ちこたえられずに3度目のダウンを喫し、スリーノックダウンで自動的にタイトルを失った…

 

 

さて、内山選手の進退はまだわからないという

 



まずはゆっくり休養するということですが、果たして、どのような決断を下すのか?

現在36歳の内山選手の軌跡の輝かしさは不滅である…が、まだ、続きがあるならば、果たして、みなさまは見たいか? 

あるいは、もう充分とお感じになるのでしょうか?

 



…正直に申し上げます





僕は見たい




敗者に鞭を打つような発言になるのかもしれない

が、あまりにも悔しい

悔し過ぎる

もはや中年となった内山選手に「進化」や「のびしろ」を期待するのは酷だと思う

しかし、内山選手には「賢さ」と「精神力」のたくましさがある

これは歴代の日本のボクサーの中で群を抜いての最高峰であると僕は感じている

ならば「奇蹟」は起こせるのではないか?

…と、僕の延々たる思考は終着したのだ

そうだ、かつて、輪島功一さんが圧倒的不利を幾度となく覆して王座陥落後に超強敵にリベンジを果たして2度も王座返り咲きを果たしたように、内山選手にもこの屈辱を晴らして欲しいっと激しく感じております

試合観戦直後、僕は2R 2:59以降に、仮に、試合が続いていたとしても、内山選手は王座陥落していたのではないか? と感じたということは先に書きました…

が、このあまりにも悔しい敗戦と屈辱を経験した36歳の「ボクシング賢人」がそれを乗り越えようと再びの節制と試行錯誤、そして、復讐のためにその最後のボクシング道にあらゆるエネルギーを注ぎ込んだ時、「奇蹟」が起こらないはずがない…と、僕の精神は昂揚したのだ



ある

ありえる

いや、絶対にあるっ‼




さて、しかし、この延々たる思考が一段落して現実に返った時、そうか、内山選手の進退はまだ未定なのだ…と我に返ると、やはり、あの喪失感と虚無感に苛まれる

無常なる、負の思考の繰り返しは実に耐え難い

さて、内山選手に「復帰」「再起」を期待するのは酷だ、という意見も多数あるかと思いますが、しかし、「ボクシング賢人」の捲土重来を絶対に見たい、と、わがままを言うのも、ボクシングファンの務めではないのか? 

と、開き直り始めている

改めて、内山選手に感謝を述べさせていただきます

どうもありがとうございました

そして、これからもよろしくおねがいいたします



…復活を待つ

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

あぁ、我ながら悶えてるなぁ~(汗)

 

いいじゃない

 

こういう風に、大好きなボクサーのことを自分の肉親の進路進退のことのように悩んじゃうなんていいじゃない

 

こういう気持ちにさせてくれるのが世界チャンピオンなんですよねぇ

 

で、特に、内山選手には「悶え」させてもらいましたぜ

 

さぁ、ジム開設か、あるいは 猫カフェ開業(⁉) かなんて記事も挙がってますが、いずれにせよ応援させていただきます

 

内山アニキよ、KOダイナマイトよ、あんたは最高だったぜ‼

 

本当にお疲れさまでしたっ 

 

そして、本当に、本当にありがとうございましたっ

 

御愛読感謝

 

つづく

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世界V4の“ボンバー”三浦隆司が引退 イーファイト

 

>“ボンバーレフト”と称される左強打でKOを量産した元WBC世界スーパーフェザー級王者・三浦隆司(33=帝拳ジム)が28日、自身のツイッターで引退を表明した。

 「色々考えましたが引退する事にしました。後悔ありません。小さい頃からの夢を叶えることが出来たし想像もしてなかったアメリカのリングに立てて最高のボクシング人生でした。ありがとうございました。」と綴った。

 三浦は2002年、高校時代に国体で優勝し、翌年7月プロデビュー。2009年に日本スーパーフェザー級王者となり、2011年1月にWBA世界初挑戦で王者・内山高志に挑むも8回TKO負け。しかし、2013年4月、WBCに舞台を変え、王者・ディアスに9回TKO勝利し世界王者となった。

 以後4度の防衛に成功するも、2015年11月、ラスベガスで5度目の防衛戦にて挑戦者バルガスに9回TKO負けを喫し王座陥落。


 2016年5月、再起戦で1回KO勝ちを飾り、今年1月にも世界挑戦者決定戦で12回KO勝ち。今月15日には再びアメリカで行われたWBCの世界戦に挑んだが、王者ベルチェットに判定0-3で判定負けを喫し、世界再奪取はならなかった。

 

…そうですかぁ

 

本当に寂しいなぁ

 

三浦選手と言えば、どの戦いも「ぶん殴りあい」という表現が似合う激闘づくしでありましたね

 

日本王座戴冠となった矢代義光②戦、世界初挑戦で惜しくも敗れた内山高志戦、世界奪取となったガマリエル・ディアス戦…ということで、どれも印象的な戦いでしたねぇ

 

そして、個人的な三浦隆司ベストバウトは2010年2月6日に行われた日本スーパーフェザー級タイトルマッチであります

 

対するは、こちらも激闘派の指名挑戦者、後の日本チャンピオン、岡田誠一戦であります

 

この一戦は三浦選手のベストバウトのみならず、個人的なすべての生観戦の中でもっとも衝撃を受けた一戦でもあります

 

文字通りの、「生死を賭した激闘」でありました

 

これだけの、「純然たる殴り合い」は類を見ませんねぇ

 

…寂しいなぁ

 

ということで、激闘派の三浦選手の引退を惜しみつつ、いつかの大熱戦を再収録しておきたいと思います

 

朴訥で、まじめで、やさしくて、そして、その内に秘めたる闘志の熱量は前人未踏の領域で燃え盛っていた秋田漢…

 

本当にお疲れ様でしたっ

 

たくさんの感動を、本当に、本当にありがとうございましたっ

 

 

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2010 2 10 後楽園ホール ダイナミックグローブ 観戦記 過去記事

 

 

『根性』…という言葉をご存じない方はほとんどおいでにならないだろう…

 

実は、昨晩の後楽園ホール生観戦を通じて、僕はかなりの価値観の転倒というか、それに似た衝撃を受けたのだ…

 

あぁ、僕はその「言葉」を、実はかなり軽はずみに使ってはいないか…?

 

あぁ、僕はその「言葉」を、実は全く理解など出来ていないのではないか…?

 

そんな想像もしなかった「困惑」と、心の奥底から込み上げる「感動」に、僕は打ち震えたのだ…


 

2010 2 6 後楽園ホール ダイナミックグローブ

 

日本スーパーフェザー級タイトルマッチ

 

チャンピオン 三浦隆司 17W14KO1L2D

×

挑戦者1位 岡田誠一 10W6KO無敗

 


ボクシング&ロック野郎    higege91の夜明けはまだか?


 

…僕は挑戦者の岡田選手の「根性」がチャンピオンを飲み込んでしまう、という戦前予想を立てていた。

 

それというのも、岡田選手にとっての前戦、日本王座挑戦者決定トーナメント「最強後楽園」決勝戦、VS川村貢治(現東洋太平洋同級チャンピオン)戦を生観戦して、その逆境を覆して勝利した超驚異的なる「精神力」を目の当たりにしていて、その「真っ直ぐ」なるファイトスタイルと合わせて、これを跳ね返せるボクサーは日本国内にはいないのではないか? また、いくら日本チャンピオンといえどもそれは不可能なのではないか?

 

…などとと考えていたからだ。

 

が、大方の試合予想は初防衛戦を成功させているサウスポーのチャンピオン三浦有利…

 

試合開始…

 

1Rから試合を優位に進めたのはサウスポーのチャンピオン三浦、前傾姿勢からひたすら距離を潰して攻めてくるファイター型岡田を遭えて足を止めて迎え撃ち、鋭い右フック、そして、必殺の左ストレートを当てまくる…

 

これは無理だ…

 

思わず、そんな言葉が頭をよぎった…

 

チャンピオンの三浦は恐らくは物凄い「手ごたえ」を掴んでいたに違いない…

 

当たるぞ、右も左も思いっきり当たる…

 

倒す、倒せる…!!!

 


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挑戦者には分の悪い立ち上がり… 

 

チャンピオンの切れ味抜群の右フックに晒され、思わず自分の右に動いてしまうように見えた…

 

と、そこに待ち構えているのはその右リード以上に強烈なる必殺の左ストレート!!!

 

岡田、これをまともに浴びてしまう悪循環…

 

一緒に観戦していたチャベスのボディーブロー氏と交わした言葉…

 

---さすがにこれだけチャンピオンのパンチを浴び続けたら立っていられるはずはないだろう… 残念だけれど、挑戦者は倒されるに違いない… 

 


ボクシング&ロック野郎    higege91の夜明けはまだか?

 

しかし、挑戦者岡田、ただ黙々と、ただ、延々と前に出て左右ボディーを捻じ込み、時折右ストレートを捻じ込む…

 


ボクシング&ロック野郎    higege91の夜明けはまだか?


 

三浦、敢えて足を止め、挑戦者にとっても望むところの、「純然たる打ち合いの土俵」で戦い続けたのはチャンピオンの意地がそうさせたのか…?

 

最強挑戦者を「力でねじ伏せてこそ真のチャンピオン」…そんな気概が敢えてそうさせたのか?

 

クリンチとは無縁の、ただ黙々と手の届く距離で殴りあい続けるチャンピオンと挑戦者…

 

チャンピオン優位で試合は進む…

 

挑戦者はその左右強打をまともに浴び続け、さすがにどれだけの強靭なる「精神力」を持っていようとも、このまま最終ラウンドまで堪えるのはきっと無理だろう… 

 

肉体の限界って奴は、ある時、容赦なく訪れて挑戦者岡田の背中から覆いかぶさり、立ち上がることを拒ませるはず…

 

5R、偶然のバッティングでチャンピオン三浦の右瞼が切れる…

 

両者アマチュアキャリア抜群のテクニシャンでもあるにもかかわらず、このタイトルマッチは非常に「原始的」な「根競べ」という様相を呈し続けた…

 

なぜ…? こういう殴り合いそのものは珍しくはない… だって、これは「ボクシング」なのだ… 

 

が、しかし、1Rからずーっとここまで解りやすく殴り合い続ける…というか、ダメージの蓄積を無視するかのように殴り合い続ける…という展開であるが、これほどまでの状況は実は意外とお目に掛かれないものだ…

 

挑戦者はもう倒れるだろう… 多くの観客も、そして、チャンピオンもそう感じていたのではなかったか?

 

いや、しかし、岡田誠一は倒れない…

 

ポイントこそ失い続けるも、チャンピオンのスタミナを削り落とし、そして、思い切り捻じ込み続けた左右ボディーブローはダメージを与え続けてもいたのだ…

 

気がつけば、試合は終盤戦にたどり着いていた…

 

この、あまりにも原始的な「殴り合い」が、最終盤までもつれようとは夢にも思わなかった…

 

が、チャンピオンのアッパーカットが挑戦者の顎を跳ね上げる場面が多くなり始める…

 

このパンチ、本当にヤバイ…

 

岡田は全くこのパンチに対応できてない…

 

ここを狙われ続けたら絶対にダメ、さすがにもたない…

 

と、8R、不意に放たれたチャンピオンのボディーブローであるが、これ、「ローブロー」の裁定を受けてしまう…

 

レフェリーがチャンピオン三浦の腕を掴んで「-1ポイント」を宣告する…

 

チャンピオン、俄かに動きが鈍り、それまで重く鋭かった左右コンビネーションがやや手打ち気味になってきてしまった…

 

僕の採点上、ついに、挑戦者の岡田がポイントを奪う…

 

---8R 岡田 「10-8」…!!!

 

奇蹟の大逆転の可能性に場内もどよめく…

 


ボクシング&ロック野郎    higege91の夜明けはまだか?

 

テクニックも糞もない、ただの、純然たる殴り合いが続く…

 

精も魂も尽き果てた…

 

限界点もとうの昔に通り過ぎてしまった…

 

両者、膝を揺らしながらも、しかし、倒れない…

 

頭を付け、時を惜しむように、手を出し続ける…

 

挑戦者の右がチャンピオンの顎先を捕らえたっ!!!!

 

チャンピオンの口からマウスピースを飛び出したっ!!!

 

効いたっ!!!

 

が、三浦はここぞの窮地で倍返しの反撃に打って出る!!!

 

苦しい時こそ、手を出す、苦しい時こそ、攻め立てる… これぞ、チャンピオンの意地!!!

 

延々たる、原始的な「殴り合い」はついに最終ラウンド終了のゴングを聞いた…

 

この、剥き身の魂と魂の激突、そのあまりにも神々しき「殴り合い」に、僕は完全に打ちのめされた…

 

暇を見つけては後楽園ホールに足を運び続けてきたが、これほどの『殴り合い』はそうはお目にかかれない…

 

しかし、ある意味、「異常」でもある…

 

誤解を恐れずに言えば、それは「死線」が見え隠れするほどの内容であり、僕はその不穏を心の隅で感じながらも、しかし、この興奮と感動を抑えることが出来ず、絶叫していたわけでありますが、試合終了のゴングを聞きながら、ある種の「疲労感」に苛まれたのも確かだ…

 

大興奮するも、しかし、恐ろしい内容でもあったのだ…

 


ボクシング&ロック野郎    higege91の夜明けはまだか?-Image165.jpg

 

僕の採点は「96-93」で勝者、チャンピオン三浦隆司…

 

公式の採点… 「96-94」三浦、「96-94」岡田、「96-93」三浦… 

 

『2-1』のスプリットデシジョンで、勝者、三浦隆司!!! 2度目の防衛成功!!!

 

…「限界」を越えた『殴り合い』でありました。

 

---両者、もっとディフェンスに重きを置きながら、もう少し多角的・立体的な戦い方が出来なかったのか? 

 

なんて見方もあろうが、しかし、逆に言えば、この二人にしか、この戦いは出来ない…とも言えそうですねぇ…

 

本当に驚きの内容、脅威の「真っ向勝負」でありました…

 


ボクシング&ロック野郎    higege91の夜明けはまだか?

 

岡田選手、その延々たる前進アグレッシブファイト、本当に最高であった、素晴らしかった…

 

その「根性」あるいは「闘魂」と呼ばれるものでありますが、これほどまで「肌」で感じさせてもらったことに、本当に感謝を申し上げたい…

 


ボクシング&ロック野郎    higege91の夜明けはまだか?


 

そして、三浦選手、その「チャンピオンの矜持」をあますことなく発揮、真っ向勝負を望んだ挑戦者に対して、敢えて「打ち合い」で応えたその「勇気」、本当に素晴らしかった…

 

が、毎回、このような激しすぎる「消耗戦」に付き合う必要もなかろう…とも思えますが、でも、観客ファンは喜びますからねぇ…

 

が、「世界」を見つめるならば、この戦い方を続けるのは得策ではない…

 

さて、試合後、チャベスのボディ-ブロー氏といつもの中華料理へ足を運び、餃子なんぞをつまみながら話をした…

 

---岡田には、何か、「昭和」の香りが漂っているね… ハリケーンとか、スパイダーとか、ジャッカルとか…

 

チャベス氏がそんなことを呟きながら、激闘の余韻をビールと一緒に飲み込んだ…

 

敢えてザクザクと肉を斬らせ続け、しかし、その最終盤、相手のスタミナを完全にそぎ落とし、ついにギリギリの場面で骨を断つ…

 

最高の激闘・壮絶ファイトほど、最高の酒のつまみはない…

 

僕は先日救急車で運ばれて以来、ちょっとお酒を控えているのですが、しかし、今夜のタイトルマッチには完全に酔っ払ってしまった…

 

そこに「死線」が存在しているということは、ボクシングの場合大前提なわけでありますが、今回の「三浦×岡田」はそれがフルラウンドありありと感じられるという内容であったわけですが、これは本当に稀有であり、そして、そのようなあまりにも生々しい展開を恐ろしくも感じてしまった…

 

だからこそ、「しっかり見つめなくては」…と思っわけですが、これぞ、まさに、文字通り、『命懸け』の名勝負となった…

 

気が早いと言われるかもしれないが、年間最高試合候補…と言っても過言ではない内容でもありました。

 

挑戦者、岡田誠一、これが「根性」ってモノだっ…!!! って感じで、それを体現してくれたわけですが、もう本当に僕は驚いた…

 

あれだけ打たれ続けながらも、しかし、ずっと集中力と保ち続け、そして、闘志と執念を燃焼させ続けたわけですが、もう本当に感涙モノでありました…

 

これからも僕は応援したい…って思いましたね。

 

もちろん、それを正面から受け止めたチャンピオンの三浦選手も凄かったのは言うまでもない。

 

================================

 

ぱっと読むと、挑戦者の岡田選手の凄みがクローズアップされているようでもありますが、この一戦が破格の大熱戦となった理由の一つに、時の日本チャンピオンであった三浦選手の神々しき意地と矜持の輝きがあったことは言うまでもありません

 

逃げない、退かない、ためらわない…

 

これが日本チャンピオンの姿なのだ…と感動したわけであります

 

改めまして、三浦選手に感謝を申しあげたい…と思います

 

ありがとうございましたっ

 

御愛読感謝

 

つづく

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ボクシング佐々木基樹が引退「自分に幻滅」判定負け 日刊スポーツ

 

> ボクシングの元東洋太平洋2階級王者で2度の世界挑戦経験を持つ日本ライト級8位佐々木基樹(41=帝拳)が6日、現役引退を表明した。後楽園ホールで行われた級6回戦で、15年東日本新人王の石川元希(M・T)に0-3で判定負けした後、「続ける気はない。自分に幻滅しますね」と明言した。身長差で7センチ上回る長身の相手の懐に飛び込んでの右パンチを狙ったが、空砲に終わる場面が目立った。「自分の思うような形に持っていけなかった。物言いはない」と潔く負けを認めた。

 97年2月のプロデビューから20年。08年2月に東洋太平洋ウエルター級王者となると、09年10月にはウクライナでWBA世界ウエルター級王者センチェンコ(ウクライナ)に挑戦した。0-3の判定負け後は10年7月に東洋太平洋スーパーライト級王座を獲得して再起を果たすと、11年6月にはメキシコでWBC世界ライト級王者ソト(メキシコ)に挑んだが、11回負傷判定で敗れた。

 13年5月の試合で敗れた後に引退を表明していたが、「自分の限界を知りたい」と16年2月に復帰。その後は3連勝し、「ベルトを巻くこと」を目標にリングに上がり続けてきた。この日はガウンではなく和装、リングシューズもいつもの地下足袋と個性際立つスタイルは変わらずも、サウスポーに打ち込む得意の右には往年の精度、力強さがなかった。

 「地球上のいかなる人間も時の流れには逆らえない。力ここまで」。試合中には打ち合いの中で笑顔とも思えるように口角を上げる場面があった。「笑っていましたかね。楽しいと自然に出るんでしょうね。やっぱり、なんといっても楽しいですよ」。55戦42勝(26KO)12敗1分のキャリアを残し、長いボクシング人生を終えた。

 

…ううん、寂しいなぁ

 

負けちゃいましたかぁ

 

すいません、タイトルマッチまで辿り着いてくれるって思ってましたぁ

 

いやぁ、世界戦を2度も戦った佐々木選手でありましたが(それも両方とも敵地で)、今回は元東日本新人王とはいえ、しかし、負けるはずはない相手だと思ってました

 

しかし、「時の流れには逆らえない」とはこれは真理の一つでありますかねぇ

 

佐々木選手と言えば、もっとも印象的なのは、個人的にはなんと言っても湯場忠志戦と木村登勇戦ですかねぇ

 

それぞれ日本スーパーライト級タイトルマッチで、それぞれ挑戦者としてリングに登り、湯場戦はKO勝ち、木村戦は判定負けでした…

 

頭脳派と謳われた曲者でありましたが、いい勝ち方をしたかと思えば、いきなりとんでもない負け方をしちゃう頼りなさもありましたなぁ(すいません)

 

でも、協栄から帝拳ジムに移籍してからは安定感が出ましたねぇ

 

東洋太平洋も2階級獲得しましたし、記事にもある通り世界戦も2度戦いましたからねぇ

 

しかし、41歳・佐々木選手(まるでこれがリングネームのように書かれることに本人も苦笑していたようです)、引退となるとなんとも寂しいですなぁ

 

本当に寂しい

 

こういう個性的なボクサーってすごく大事だと思うわけです

 

ボクサーであるならばボクシングで見せればいいわけですが、でも、付加価値として、アクの強いキャラクター性があればあるほど記憶に残ってゆくわけですねぇ

 

佐々木選手にはそういう面白さが満載でしたねぇ

 

本当にお疲れ様でした

 

でも、その行動力と発想力があればきっと必ずや別の世界でもチャンピオンになれると思います

 

たくさんの思い出、本当にありがとうございました

 

御愛読感謝

 

つづく

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82歳米倉会長体調崩し閉鎖決断 世界王者5人輩出   日刊スポーツ

> ボクシングの名門ヨネクラジム(東京・豊島区目白)が、8月で幕を閉じる。ジムが27日に発表した。米倉健司会長(82)が体調を崩して3月に入院。選手指導やジム経営が難しくなり、一代限りでの閉鎖を決断した。1963年(昭38)の開設から、柴田国明を皮切りに著名な世界王者を5人育て、伝統と歴史を感じさせる独特の練習やジムで一時代を築いた。8月に所属選手の最後の試合をもって、54年間の歴史に幕を下ろす。

【写真】タイトル初防衛に成功したガッツ石松と米倉会長

 創設55年目の名門ジムがついに消える。米倉会長は最後になった昨年10月の興行もセコンドにつき、リングまで上がった。ただ階段の上り下りでは足元がふらついた。体調を崩して3月から入院。未土里夫人も入院中だった。

 会長夫妻と、医師で会長代理の長男丈司氏ら親族で話し合い、試合予定のある8月での閉鎖を決定。今月に入ってスタッフ、選手や後援者に伝えられた。林マネジャーは「体調もすぐれず、選手の指導もままならなくなり、会長が決断した」と代弁した。ジムの会員は50人を切り、選手も11人に減った。3人のトレーナーと現役続行を希望する選手は今後移籍先を探すことになる。

 米倉会長は56年メルボルン五輪代表で、プロでは世界王座に2度挑戦して失敗したが、技巧派として人気を集めた。引退した翌63年にジムを開設。ロードワークに付き添い、70歳代まで自らミットを持ってパンチを受けた情熱的な指導者。業界内では「日本一のトレーナー」という声も多かった。2階級制覇の柴田を皮切りに、国内のジムでは3位となる5人の世界王者を育てた。日本王者は31人、東洋太平洋王者は9人で帝拳に次ぐチャンピオンメーカー。獲得したベルトの合計本数は52に及ぶ。

 ジムでは計11人が世界王座に挑戦したが、米倉会長は強気なマッチメークでも知られる。73年、ガッツ石松の世界王座再挑戦は敵地パナマで、相手は「石の拳」と呼ばれた強打のデュランだった。90年には、大橋秀行に防衛戦でのちに25度防衛のロペス(メキシコ)と対戦させた。

 ジムはJR山手線沿いの東京・目白にある。木造2階建ての1階がリングと板張りの広々とした練習場で、2階は会長室に寮。リング周りや壁には、所狭しとパネルやポスターに標語が張られている。昔ながらのたたずまいでまるでボクシング学校のようだ。練習は1日4部制で選手は一斉に合同練習する。シャドーボクシング、サンドバッグ打ちなどのメニューを15ラウンドこなすのが基本。会長の大きな掛け声が響き渡り、トレーナーがタオルの鉢巻き姿というのも1つの伝統だった。

 昨年4月には東洋太平洋スーパーミドル級で松本晋太郎が、ジムで8年ぶりに王座を獲得し、最後の王者になった。米倉会長は「あと2人は世界王者を」と話していたが、ジムは栄光の一時代を築いた拳闘道場としての歴史にピリオドを打つ。【河合香】

 ◆米倉健司(よねくら・けんじ)1934年(昭9)5月25日、福岡・直方市生まれ。福岡高でボクシングを始め、明大で全日本選手権制覇。56年メルボルン五輪に出場し3回戦敗退。58年に日興ジムからプロデビュー。59年に史上最短の5戦目で日本フライ級王座獲得、7戦目に世界フライ級王座に挑戦したが判定負け。60年にバンタム級で世界再挑戦も失敗。東洋同級王座を5度防衛したが62年に陥落で引退。右の技巧派ボクサー。63年にジムを開き、86年から日本プロボクシング協会会長を4年間務めた。


…米倉会長なくして、今のボクシング界はないのだなぁ、と、改めて実感しました

寂しいなぁ

もちろん、現役時代は文献を通じてしか知る由もないのですが、本当にその存在感たるや抜群でしたね〜

会長の凄さが伝わる記事でしたので、貼らせていただきました

携帯更新

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元WBA世界スーパーバンタム級チャンピオン 下田昭文が引退表明 BOXINGNEWS

 

>元WBA世界S・バンタム級チャンピオンの下田昭文(32歳=帝拳、写真)が21日、自身のブログで現役引退を表明した。

 

 下田は2003年にプロデビュー。スピード感あふれるフットワークと、サウスポースタイルから繰り出す左ストレートを武器に勝ち上がり、07年4月、山中大輔を下して日本S・バンタム級王座に就いた。

 

 3度防衛後に王座陥落したものの再起し、10年には大橋弘政を下してOPBF同級王座を獲得。初防衛後の11年1月、WBA同級王者の李冽理から3度のダウンを奪って判定勝ち。世界チャンピオンとなった。

 

 米ニュージャージー州アトランティックシティに乗り込んだ初防衛戦でリコ・ラモスと対戦し、6回まで大きくリードしたものの7回KO負け。ここからクラスを上げて再び世界を目指したが、14年マカオでマルビン・ソンソナにKO負けしてからは苦しいボクシングキャリアとなり、日本タイトルに2度挑戦して及ばなかった。

 

 昨年大みそか、日本フェザー級王者、林翔太(畑中)にチャレンジして敗れた試合がラストファイトとなった。生涯戦績は31勝14KO6敗2分。

 

…本当にお疲れ様です

 

下田さんを思い出すとき、僕の中で一番鮮やかな記憶として蘇るのは、実は、初黒星を喫した瀬藤幹人戦であります

 

あれは後楽園ホールで生観戦した一戦で、下田さんは東日本新人王に輝き(全日本は確か怪我か何かで辞退していたような)、無敗街道を突き進んでいた頃…

 

一方の瀬藤さんは幾つもの敗戦を乗り越えながらも実力をつけてきた苦労人(後の日本スーパーバンタム級暫定チャンピオンですねぇ)でありました

 

さて、試合はその才能が神々しいほど眩いサウスポー下田さんが序盤を圧倒、頑丈な瀬藤

さんから鮮やかなカウンターでダウンを奪う展開…

 

これは中盤までにKO勝ちか?

 

ところが、瀬藤さんはじわじわと下田さんの体力とスタミナ、そして、集中力を削いでゆく…

 

下田さんはスタミナを消失、自慢のスピードとキレがみるみる失われてゆき、なんと立っていることさえ苦しそうなほどの窮地に陥ってしまうのであります

 

KO負けこそ回避したものの、しかし、2-0のマジョリティーで初黒星を喫してしまったわけですね

 

この試合は僕がかつて生観戦した一戦の中でも最も声を枯らした一戦でもあります

 

そのダイヤモンドのごとき神々しき才能のむき出し感は半端でなかった下田さんでしたが、その才能に溺れていた感は否めなかったのではないか?

 

が、僕が下田さんが好きな理由はその敗戦後の変貌ぶりなのでありました

 

それ以降の試合でスタミナ難に陥る試合は一戦もなくなりましたねぇ

 

8回戦で初黒星を喫するまでロードワークさえまともにしていなかった…なんてウィキにも記述あります(汗)

 

が、その初黒星が闘魂に火を点けたのですねぇ

 

そこからの連戦連勝は壮絶、時の日本チャンピオンであった山中大輔さんを破った一戦は鮮やか過ぎるカウンターでダウンを奪う見事なる判定勝利でありましたねぇ

 

あの強さ、神懸ってましたねぇ

 

その後、3度防衛を果たして世界挑戦目前、一発で獲っちゃうだろう…ってな雰囲気の頃でありました

 

4度目の防衛戦で三浦数馬さんに負けちゃいましたねぇ

 

これ、試合巧者の三浦さんに流れを奪われてしまい思い通りに動けず、ストレスが溜まってしまう展開に陥りましたねぇ

 

その感情が乱れているのが見るからにわかりましたねぇ

 

8回負傷判定でなんと2-1のスプリットで王座陥落

 

下田さん、まさかの敗戦でありましたが、しかし、この後、今度は感情をいかにコントロールすることが肝要か? という部分を学んでさらに強くなったのですねぇ

 

そこから再起を果たすと時の東洋太平洋チャンピオン、大橋弘政さんに敵地で挑むと激闘派の大橋さんと真っ向勝負を挑んで勝ち抜きましたねぇ

 

そして、世界初挑戦は時のWBA世界スーパーバンタム級チャンピオンの李冽理さんでありました

 

これ、ダウン応酬の戦いとなりましたが、下田さんがスピードとキレ、そして、冷静さで上回りましたねぇ

 

いい試合だったなぁ

 

敗戦の苦渋を味わうたびに、その原因たる何かを常に克服してゆく様が心地よかった下田さんでありましたね

 

でも、アメリカに乗り込んでの初防衛戦はリコ・ラモスに逆転KO負け…

 

再起ロードでもマカオでマルビン・ソンソナにKO負け…と苦難の道が待っておりました

 

さて、下田さん、この頃はもう完成の領域に到達している印象ありますが、そのキャリア終盤は「ボクサーの矜持」の体現を貫くための戦いであったような気がします

 

細野悟選手、そして、林翔太選手…と2度の日本タイトル挑戦に失敗してしまい、そのキャリアを終えたわけですが、実に立派に戦いとおした…と思いますね

 

ご本人の口からこんな言葉が発表されてます…

 

---半端だった自分が初めてどんなにキツくても怖くても逃げ出さずにやり切りました

 
特にマカオで負けてからこの間迄、全てにおいて突き詰めてやっていけたこの3年間を誇りに思っています!

 

…よかったぁ

 

いい言葉が聞けて本当に良かった…

 

心の底から申し上げます

 

下田昭文よ、君の成長してゆくその姿にどれだけ勇気と感動を分けてもらったことか‼

 

悔しそうな姿、そして、歓喜の姿、そのどちらも本当に忘れられない

 

第2の人生も、ボクシングで鍛え上げた、その不撓不屈の精神を糧に頑張ってください‼

 

お疲れ様っ‼

 

ということで、いつかの「下田×瀬藤」の生観戦雑感を最後に貼りますか

 

この後、下田さんは「覚醒」したのですよねぇ

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

そして、セミの下田昭文が負けたと聞いて、驚くファンも多いだろう。

 

下田 藤瀬に敗れる!!

 

圧倒的なスピードとセンスで連勝街道まっしぐらだった無敗のホープ・下田昭文が負けた。

 

下田昭文 日本スーパーバンタム級 8位 12勝7KO無敗

      VS

瀬藤幹人 同級 16勝7KO6敗1分け

 

 下田は無敗のまま日本王座挑戦まで漕ぎ着ける逸材だと信じていた。…が、瀬藤は序盤から下田へ猛烈なプレッシャーを与え、そのリズムを崩し、距離さえ奪った。2Rに下田は技ありのカウンターでダウンを奪ったが、瀬藤は終始下田を追い詰め、徹底的に前進したのだ。捌ききれない下田はスタミナも消耗してゆき、被弾も蓄積して、後半はへろへろ状態だった。華麗なスピードスターが「翼」をもがれたとき、こうも弱弱しいものなのか…? 元々パワーとタフネスが売りの瀬藤はガンガンきたし、下田の切れのあるパンチを貰い続けるも、そのココロは全く動じなかった。足の動かなくなった下田は手打ちの連打で瀬藤の距離で足を止めて打ち合うも、もう崩れ落ちる寸前まで追い詰められていった。

 

 HIGEGE91は思わず叫んだ!!

 

 そおだ、クリンチして凌げー!!

 

 HIGEGE91の採点 97-94 瀬藤の勝ち

 公式の採点      95-95 95-94 96-94 瀬藤の2-0判定勝ち!!

 

 しかし、下田にもう少し「パワー」があれば、2Rのドンピシャカウンターで瀬藤は立ち上がれないほどのダメージを負わせられたのに…って思ってしまいました。でもまだ1敗。もっと強くなるために必要な1敗ではなかろうか?いい薬を処方されたと思ったほうがいい。いつか、こういう局面は訪れていたと思われる。早い方がイイ。がんばれ!!

 

 でも、気迫が凄かったな。瀬藤は…。ノーガードで変則的な戦いを仕掛ける勝負度胸も凄かった。お互いに効いていたが、パワーとフィジカルでスピードとセンスを粉砕した!! って内容だったと思う。その度胸、気迫、根性、感動した!! 晴れて日本ランカーだ!! がんばれ!!

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

…これ、2006年2月5日の記事ですぜ(笑)

 

懐かしいっ

 

御愛読感謝

 

つづく

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長谷川穂積が引退会見「もう証明するものはない」 BOXINGNEWS

 

>長谷川がついにグローブを置く決断を下した──。WBC世界バンタム級タイトルを10度防衛するなど一時代を築き、現在はWBC世界S・バンタム級王座を保持する長谷川穂積(35=真正)が9日午後、神戸市内のホテルで記者会見を開き、自らの口で現役引退を表明した。

 

グレーのスーツ姿で登場した長谷川。マイクの前に座ると、冒頭に「9月16日の試合を最後に引退することを決めました。まだWBC・S・バンタム級チャンピオンですが、2日後のWBC総会に出席してそこでベルトを返上してこようと思います」と引退宣言した。

 

 続けて「理由に関しましては、自分に対してこれ以上証明するものがなくなったというのがひとつ。もう一つは心と体を一致させて世界戦をして、世界チャンピオンになるという目標を達成し、戦う理由もなくなって、前回以上の気持ちを作ることができなくなったというのが大きな理由です。チャンピオンのまま引退するというわがままを聞いてくださった山下会長に感謝しています」とあいさつした。

 

 長谷川によると決断を下したのは11月中旬。かなり悩んだようだが、その時期に「ボクシングを始めた理由を考えた。お金持ちになりたい、有名になりたいというのなら、まだ試合をすればお金がもらえるし、メディアも取り上げてくれる。でも、(ボクシングを始めた理由は)自分が強いかどうか知りたい、強いならどれくらい強いか知りたいという気持ち。前回の試合で強いのか、弱いのか答えが出た。これ以上続ける意味がなくなった」と述べた。

 

  まだやれるのではないか─という問いには「前回のような気持ちを作れたら、まだ誰にも負けない自信はあるけど、身体は作れるけど気持ちを作るのは難しい。いまが一番美しいのではないかと思い、引退することにした」と語った。

 

 最も印象に残っている試合は「全部が印象に残っていて、忘れた試合はない」と前置きした上で「初めてチャンピオンになった試合は夢がなかってうれしかった」と2005年のウィラポン・ナコンルアンプロモーション(タイ)戦を上げた。

 

 後輩たちへの言葉を求められると「練習がしんどくて、練習に行きたくないと思うこともあったけど、そんな日々もいまでは楽しかったと思える。現役ボクサーは試合前は特にしんどいと思うけど、その苦しみを楽しんで強くなってほしいと思う」とエールを送った。今後どのようなことをしていくかは未定で「次のステージでチャンピオンを目指したい」と語るにとどめた。

 

 長谷川は1999年にプロデビュー。新人王戦に敗れるなどキャリア初期に2敗を喫したが、その後は卓越したディフェンス技術とスピードを武器に白星を重ね、03年5月にOPBFバンタム級王座を獲得。3度防衛後の05年にWBC世界バンタム級王座を14度防衛中のウィラポン・ナコンルアンプロモーション(タイ)を下して世界王者となった。

 

 このタイトルを10度防衛し、10年にWBO世界バンタム級王者フェルナンド・モンティエル(メキシコ)との事実上の統一戦に敗れるも、一気に2階級上げてWBC世界フェザー級王座を奪取。2度目の防衛戦でジョニー・ゴンサレス(メキシコ)に敗れてから苦難の道を歩み、14年にIBF世界S・バンタム級王者キコ・マルチネス(スペイン)に敗れた際は引退もささやかれたが、現役を続行し、今年9月、2年5ヵ月ぶりの世界戦で三度王座に就いた。生涯戦績は41戦36勝16KO5敗。

 

クリックすると新しいウィンドウで開きます

 

…長谷川穂積を一言で表すとすれば、はやり、「不屈」の一語が浮かぶ

 

事実上の世界チャンピオン対決となったフェルナンド・モンティエルに敗れ、10度防衛し続けていたWBC世界バンタム級王座陥落後、飛び級してのWBC世界フェザー級タイトルを王座決定戦によって獲得、しかし、ジョニー・ゴンザレスに敗れて初防衛はならなかったものの、この時点での「引退」の選択肢は確かにあった

 

もっとも、この時点での引退であろうとも歴代日本選手による世界チャンピオンとしての実績は十分、一時代を築いた名チャンピオンとして語り継がれる存在であったことは間違いない

 

…が、長谷川穂積はグローブを吊るすことはなかった

 

3階級制覇を目指してスーパーバンタム級での世界挑戦を果たすも、時のIBFチャンピオンであったキコ・マルティネスに完敗…

 

この敗戦を以て、長谷川穂積の拳跡は少しだけ濁ってしまった…という見方も当時はあったかもしれない

 

が、その後に苦しい世界ランカー対決を経て、ついに掴んだ3階級制覇のチャンスはWBC世界スーパーバンタム級チャンピオンのウーゴ・ルイスへの挑戦であり、その激闘はまだ記憶に鮮明である

 

そう、マルチネスに敗れ、しかし、それでもなお「不屈」を貫いた長谷川穂積は、『だからこそ』その拳跡の輝かしさは一層光り輝くものになったことに異論を挟む方は少ないであろう

 

さて、長谷川穂積といえば、あの日本人キラーと謳われたジェス・マーカを破って東洋太平洋を獲得、そして、こちらも日本を代表するバンタムであった辰吉さんを2度、そして、西岡さんを4度も退け続けていたウィラポン・ナコンルアンプロモーションを撃退して世界タイトル初戴冠を果たした一戦がもっとも衝撃的な一戦だった思う

 

日本選手は誰が挑んでも勝てるはずがない…

 

そんな無敵感を漂わせていたウィラポンに対して抜群のスピードとヒット&アウェイを駆使、そして、ついに駆け抜けた12ラウンドの後に待っていたのはデスマスク攻略の驚愕の世界王座戴冠でありました

 

そして、バンタム級タイトルを防衛を重ねるごとに長谷川穂積はKOのコツを掴みながら進化を続ける

 

何と言っても衝撃的な一撃は、リベンジに燃えるウィラポンをワンパンチで失神させたカウンターブローでありました

 

あの一撃の完璧さは荘厳なる領域に達しております

 

多くのボクシングファンが長谷川穂積ならば誰にも負けない…と信じられるほどの安定感を築き上げましたね

 

が、モンティエルに敗れた時、その「長谷川伝説」は終わり、しかし、その「長谷川伝説 新章」が始まったわけですね

 

天才の輝き と 不屈の輝き 

 

それぞれの神々しき存在感が長谷川穂積という3階階級制覇チャンピオンには宿っておりました

 

天才の輝き と 不屈の輝き 

 

改めまして、長谷川穂積さんに感謝を申し上げます

 

もしかしたら、このブログを始めた頃に初めて世界チャンピオンになったのは長谷川さんだったような気がします

 

あのウィラポン1の前に、鳥海純さんとの世界挑戦者決定戦があって、あの一戦を取り上げた記憶あります (あれは名勝負でした)

 

そうそう、ウィラポンを破って世界チャンピオンになった長谷川さんでしたが、当時、地元神戸のスーパーの時計店でアルバイトをしていて、世界チャンピオンになってもそのバイトをしばらく続けていたのですね

 

で、新聞記事にあった当時の声にこんなものがありました

 

‐‐‐ 僕は普通でええですわ

 

…この際の「普通」とは、まぁ、「普通の世界チャンピオン」でいい、という意味だと思われますが、照れ屋の若者…という印象が強かったのですね

 

が、防衛を重ねるごとに、照れ屋の若者は貪欲になってゆく…わけですねぇ

 

我々ボクシングファンの期待と夢をその両拳にのせて、遥かなる高みを目指して駆け続けていったわけですね

 

そして、神々しき感動と勇気をたくさん作ってくださいました

 

本当にありがとうございます

 

そして、本当にお疲れ様でした

 

最高の世界チャンピオンでした

 

同じ時代を一緒に駆け抜けられて最高に楽しかったっ ‼

 

さてさて、で、僕が一番好きな一戦はやっぱりウーゴ・ルイス戦かなぁ? 

 

いやぁ、ウィラポン1かなぁ…?

 

ううむ

 

ふふ、別に1番を決める必要もないか?

 

御愛読感謝

 

つづく

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元日本王者の福原力也、12.19ラストファイト BOXINGNEWS  


> 元日本S・バンタム級チャンピオンの福原力也(ワタナベ)が12月19日、後楽園ホールのDANGAN興行で引退試合を行うことが明らかになった。対戦相手はまだ決まっていない。


 2000年にプロデビューした福原は強打を武器に連勝を重ね、05年に木村章司を下して日本S・バンタム級タイトルを獲得。2度目の防衛戦で山中大輔に敗れて王座から陥落した。その後、クラスを上げて王座返り咲きを狙ったが、キャリア後半はけがに泣かされ続け、タイトルにはなかなか手が届かなかった。今年3月、日本フェザー級王者の細野悟(大橋)に前年に続いてチャレンジしたが大差判定負け。「自分の身体にムチを打ってやってきたが、けがを克服できなかった。現実を受け入れるしかない」と引退を決意した。





 現在も日常生活において関節痛などに悩まされ、12月18日に38歳の誕生日を迎える福原だが「応援してくれた人たちへの感謝の気持ちを戦って表現したい」と12月はエキシビションではなく、公式戦を希望した。対戦相手は未定ながらフィリピン・ランカーに声をかけている最中で、ラストファイトは「負けるかもしれない。ガチです」とのことだ。


 現在はスポーツインストラクターとして第2の人生をスタートさせながら、ラストマッチに向けてトレーニングを続ける日々。有終の美を飾り、その後は「ボクシングと運動の素晴らしさ」と伝えていくつもりだ。



…イケメンボクサー


と言う呼ばれ方を極端にした元日本チャンピオンと言えば、やはり、この人が歴代の日本チャンピオンの中でもっとも多かったであろうし、、また、本人の気持ちいかんにかかわらず、もっとも相応しかったのではないか? と、僕個人としては感じております


その文字通りの、鋼のような筋骨隆々たるや、現役ボクサーの中でも群を抜いている…と思いますし、その褐色の体躯から繰り出される、ソリッドなるシャープな遠距離射撃はスピード感抜群でありました


が、そんな福原選手が引退とはなんとも寂しい


イケメンの多くは「スマート志向」で、それが多数派なのではないか?


が、福原選手はその抜群のルックスとは似つかわないほどの、超のつくほどの、泥臭い不撓不屈を体現したボクサーであり、そのなりふり構わない生き様の核心こそは、まさに、究極的なる雑草魂であり、その男臭過ぎるほどの闘魂がそこにあるからにほかならないのであります


確か、家業は文具メーカーを営んでおられたそうですが、日本チャンピオン時代はその家業の社長職(部長職?)を兼務しながら戦っておられた、と記憶しております


地に足のついた、努力の、超イケメン日本チャンピオン・・・ということで、僕は非常に好感を持っておりました


その日本王座戴冠の一戦は後楽園ホールで生観戦しておりますが、僕は敵であった木村章司さんの応援に行っていたのですね


そうだ、あのラリオスと2度も戦った仲里繁さんとの世界ランカー対決でドロー、そして、実にしぶとい日本チャンピオンであった中島吉兼さんを破った木村さんは福原選手との試合が初防衛戦で、これに勝ったら世界戦内定か? というところにいたわけですね


が、このタイトルマッチで福原選手は番狂わせを起こすわけですねぇ


出入りの早いアウトボクシングで技巧派のチャンピオンを翻弄


なんと判定勝ちをもぎ取ってしまうわけですね


あのタイトルマッチは超痺ました~


僕は木村さんの世界前哨戦を見に行ったつもりが王座陥落でしたからねぇ


さて、そんな福原選手でしたが日本タイトル初防衛を果たすも、しかし、2度目の防衛戦で山中大輔さんに敗れるのですね


確か、試合中に腕(?)を故障してTKO負けだったような記憶あります


片腕で執念の戦いを見せるも、しかし、そうは甘くはなかった…のですね


そして、ここから福原選手の壮絶なる不撓不屈は始まる


東洋太平洋スーパーフェザー級王座決定戦、そして、日本スーパーフェザー級王座決定戦に敗戦、、さらに、日本フェザー級タイトルに挑むも、日本屈指のフェザー級である細野悟選手に2度退けられてしまいましたねぇ


序盤はメチャクチャいいのですが、中盤以降に捕まってしまうケースが多かったようですが、しかし、その「拳跡」たるや、まさに、いぶし銀の輝きを放ち、実に見事な結晶となって完成の時をまっております


李さんに、細野選手に、芹江さんに、岡田選手に、木村さんに、山中さん、高山さんに、小林さんに、坂東さんに…と、名だたるボクサーたちと戦って積み上げたキャリアは、まさに、王道でありますねぇ



負けても負けても這い上がってきたその執念は、まさに、「昭和のボクサー」のようでありました


さて、そんな福原選手の引退試合、「負けるかもしれないガチバトル」だと公言されているようですね


勝たせたいですねぇ


が、果たしてどうなりますでしょうか?


あぁ、また、大好きなボクサーが一人減っちゃうなぁ~


本当に寂しいなぁ


御愛読感謝


つづく

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9月16日に迫った、WBA世界スーパーバンタム級タイトルマッチに思いを馳せる…

 

チャンピオンはメキシコのウーゴ・ルイスで、元WBA世界バンタム級暫定チャンピオンで、いつかの亀田興さんの指名防衛戦で日本のリングに登場したボクサーであります

 

この時、亀田興さんを大いに苦しめてほしかったわけでありますが、しかし、どうにもお互いに消極的な内容となり、なんとも地味に判定負けに屈したのがルイスでありましたが、しかし、、このルイスでありますが、正規のスーパーバンタム級チャンピオンとなって日本のリングに帰ってくるわけでありますが、その王座戴冠試合は見事なる序盤KO勝ちでありました

クリックすると新しいウィンドウで開きます

 

そして、このルイスに挑むが、「元」日本のエース、「元」WBC世界バンタム級、「元」WBC世界フェザー級チャンピオンの長谷川穂積選手であります

 

‐‐‐最後の挑戦

 

35歳の「元」世界チャンピオンは、この「元」を返上すべく、命懸けの戦いに挑むわけですが、その世界前哨戦では現役の階級上の世界ランカーを撃破するも、しかし、ダウンを喫する場面も多く、ある種の不穏が拭えないわけではない

 

打たせずに打つ…という、かつてV10を果たしたバンタム級時代の理想的な戦いの実践はもはや難しいのだ、と思わせる内容でもあった

 

3階級制覇への挑戦となったIBFスーパーバンタム級チャンピオンであった、キコ・マルチネスに挑んだタイトルマッチにおける強烈なる玉砕の印象も今なお強烈である

 

不利なる打ち合いの渦に身を投じての、玉砕…

 

多くのファンが、その戦術だけは採らないでくれよ、と、願っていたにもかかわらず、しかし、ボクサーの矜持が、男の意地が、ガチガチの打ち合いを強い、そして、散った一戦…

 

その玉砕から約2年半…

 

ついにやってきた再びの3階級制覇への挑戦でありますが、その戦前予想は正直、微妙かもしれない…

 

全盛期はとうに過ぎたのは確かだし、世界戦における衝撃的なる連続KO負けの印象も強い

 

逆に、鮮やかなるKO勝ちできるほどの期待感は正直薄い…

 

しかしながら、そんな長谷川穂積に、多くのボクシングファンが胸をときめかしている

 

もう一度、もう一度輝く姿が見たい…

 

日本ボクシング界における功労者である以上に、一人のボクサーの矜持、その生き様がいかに『昇華』されるのかを、目撃せんがためにボクシングファンの胸は熱く熱くときめいている

 

確かに、一抹の不安は拭えないし、痛烈なるKO負けの可能性も高い…が、だからこそ、さらに胸を焦がされる

 

さて、長谷川選手本人に、「なぜ、戦い続けるのか?」と質問するのは野暮だ

 

キコ・マルチネスに精根尽き果てるほどのKO負けの烙印を押し付けられてもなお、それでもグローブを吊るさなかったのは「なぜ」なのか? と、質問するのも野暮だ

 

35歳の、「元」だらけの中年ボクサーの、男の矜持が、戦うことを選び、そして、このチャンスを呼び寄せたのだ

 

命を賭す戦いを呼び寄せたのだ

 

不意に、夢…という一語が、思わず、浮かぶ

 

最近、恥ずかしくて使えなくなってしまったこの言葉が、思わず、不意に、頭に浮かぶ…

 

キコ・マルチネス戦では挑戦することが目的になっていたが、今回は獲ることが目的だ…と長谷川選手は言っている

 

獲る気だ

 

同じ轍は踏まない

 

そういう戦いを実践するはず…でありますが、しかし、流れの中から打ち合いの渦中に身を投じるしかなくなる可能性も高い

 

長谷川選手の玉砕はもう見たくない

 

モンティエルに、ジョニゴンに、マルチネスに倒された場面が頭をよぎる…

 

が、「元」だらけの長谷川穂積は、「夢」を叶えるために戦う

 

我々は、それを見届けねばならない

 

この不撓不屈、その「夢」の成就を願い、信じたいのだ

 

正直に白状させていただけば、僕の戦前予想は不利、中盤KO負けの可能性が高いと考えている

 

亀田興さんにスプリット判定で敗れた時のルイスとは別人となっているルイスである

 

あのフリオ・セハを一撃で葬ったカウンターが刺されば長谷川選手の意識は消し飛ぶことは間違いない

 

あるいは、そんな一撃をきっかけに、たたみ込まれる可能性は高い

 

長谷川選手が勝利するとすれば、最低でも中差のポイント優位を維持したままの、フルラウンド逃げ切る判定勝ち…だと想像している

 

ウィラポン1の時のように、きわどくも、しかし、明確に逃げ切ること…が、ゴールラインだとイメージしている

 

無益な打ち合いを避け、逃げ切る

 

…が、これは至難だ、と、どうしても思ってしまう

 

しかし、僕は長谷川穂積の勝利を信じている

 

その「夢」が叶うことを信じている

 

男の矜持、その闘魂、その「夢」の実現を信じている

 

御愛読感謝

 

つづく

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改めて、良記事貼ります


 黒人であるがゆえにレストランへの入店を拒否されると、1960年
ローマ五輪で手にした金メダルをオハイオ川へ投げ捨てた。ベトナム戦争の徴兵を、「ベトコンは俺をニガー(黒人の蔑称)とは呼ばなかった」と明瞭な理由を公言して拒否した。

 白人社会から敵視され、王座を追われると分かっていても、モハメド・アリ氏は恐れなかった。五輪のメダルやチャンピオンベルトよりも尊く、大切にするべきものを持っていたからだ。

 引退後、受けたパンチの後遺症とも指摘されるパーキンソン病を患った。消息は断片的に報じられるぐらいだったが、1996年アトランタ五輪で世界中を驚かせた。開会式のトップシークレットだった聖火の最終点火者として姿を現したのが、アリ氏だったのだ。

 かつて黒人差別が激しかった南部ジョージア州で開催された五輪。その地で大役を引き受けたのは、とうに「アメリカ」を許していたからだろう。病気のため小刻みに震える手でトーチを握り、聖火台にともす。息をのんで見詰めた観衆からの形容しがたい拍手がスタジアムを包み込んだ光景は、感動的だった。

 尊厳を守るため、リングの内と外の両方で力の限り闘ったボクサー。自分にうそをつかない勇気ある生きざまに対して、あの拍手は贈られたのだろう。



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…あぁ

散歩の途中で知りました

本当に、本当に、本当に残念です

まさに、信念のチャンピオンでした

お疲れさまでした

ごゆっくりお休みください

ご冥福をお祈りいたします


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