村井秀夫刺殺事件の真相を追って

村井秀夫は何故殺されたのか?徐裕行とは何者なのか?
オウム真理教や在日闇社会の謎を追跡します。
当時のマスコミ・警察・司法の問題点も検証していきます。
(2016年12月、各ページを追記・加筆修正。工作員シンガンスの記事を掲載。)


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金正男暗殺事件ー沈黙の在日北朝鮮人ー

 

 

 

 

マレーシア・クアラルンプール空港。

旅客者たちでにぎわう最中、太った男性を、二人の女性が襲撃する事件が起きた。

 

 

二人の女は男を囲むと、背後から液体が塗られた手袋で男の顔を覆いかぶさった。男が混乱する中、女はその場から逃げ出した。2秒間の素早い出来事だった。

 

 

 

男に外傷はなかったが、顔面に痛みを感じたという。そして、付近にいた空港職員や警備員に助けを求めた。

 

「目が焼けるように痛い」

男は空港のクリニックへ徒歩で向かう。ところが体調が悪化し、意識を失った。

男は数時間後に死亡した。

 

男は最期にこう話したという。

 

金正男「とても痛い、とても痛い、液体をかけられた」

 

被害者は金正男。北朝鮮最高指導者、金正日の長男であり、金正恩の異母兄である。

 

金正日と幼少時代の正男

 

初めて世間に注目されたのは2001年5月。

 

日本へ偽造旅券で入国しようとして東京入国管理局に身柄を拘束された。

 

 

渡航した理由について、金正男は「ディズニーランドへ行きたかった」と証言。

あまりに平凡すぎる動機から、世界中の笑い者となった。

正男は田中眞紀子の判断ですぐに強制送還された。

 

 

金正男ってどんな人?

 

 

正男はその後、北京やマカオで再び姿を現した。

マスコミが取材をすると、カメラの前で笑顔を見せ、独裁者の息子とは思えないほど人当たりの良い態度をみせた。

 

更に、不法入国事件についても回答し、「日本という国に興味があったので旅行にいきました」、「日本はとても清潔で美しい。また経済的にも非常に発展している国だと思います」と語った。

 

周囲からは「唯一まともな北朝鮮人」と好印象を与えていた。

一方で中国当局から保護を受けているといった情報も流れはじめた。

 

 

2004年9月、東京新聞記者、五味洋治は北京で金正男に出会った。

名刺交換した後日、正男から返事のメールが届き、交流がはじまった。

 

五味は150回のメール交換と2回にわたる独占インタビューに成功し、金正男が北朝鮮政府に批判的であることが判明した。

 

(五味と鈴木邦男)

 

2011年、五味は金正男の取材記事を紙面に掲載させた。

この行動が北朝鮮本国の不満を買い、金正男に警告がきたという。

 

2012年に、金正日が死亡すると、父親の庇護を失った金正男の立場は危うくなった。

 

この時、五味はこれまでの取材内容を本にまとめ、出版しようとしていた。

 

正男は五味に出版を止めるよう五味に要請した。

 

ご理解をお願いします。北朝鮮の政権が、私に危険をもたらす可能性もあります。

 

しかし、五味は「北朝鮮が17年間統治した指導者を失い、どの方向に向かうかはっきりしない中で、長男の意見を広く世間に伝えるほうが意味がある」「正男氏のイメージが変わり、多くの人が関心を持つようになれば、逆に正男氏にうかつなことはできなくなる」として出版を強行した。

 

(五味)

 

金正男は五味に対して「本を出すなら、われわれの関係は終わりだ」と伝えて連絡を絶った。

 

 

五味が無許可で出版した著書「父・金正日と私」。

金正男の人物像が改めて認識される機会にもなったが、北朝鮮に忠誠を誓う在日朝鮮人の目にも触れる状態になった。金正男の体勢批判は北朝鮮に伝わったと思われる。

 

 

 

金正男と在日闇社会

 

 

日本へ密かに入国していた金正男。

当時、金正男氏は第1夫人のシン・ジョンヒ氏と息子のキム・グムソル氏も連れており、茨城県の不法入国者収容施設に送られた。

 

彼の本当の目的は何だったのか。

政府もメディアも、その詳細については報道していない。

当時の週刊誌、ゴシップ紙によれば、入国には朝鮮総連と朝鮮ヤクザ・在日闇社会が深く関わっていたのだという。

日本では、朝鮮総連上層部のほかに、神奈川県大和駅前のビジネスホテル「丸金ビジネスホテル」のオーナーだったK会長や、東京のN病院の創設者K院長などと接点があったようだが、その他に、住吉会系の組幹部とも非常に親しくしていたとの情報がある。この組幹部と金正男が赤坂の韓国クラブで豪遊していた、というのである。

 

しかし、騒動から10数年以上経過した今も事件の検証はされておらず、真相は謎に包まれたままだ。五味が在日社会との接点について質問したが、正男は口を開くことはなかった。在日闇社会は今も闇に包まれている。

 

暗殺へ

 

ドアン・ティ・フォン容疑者とされる映像。

 

2012年、韓国で拘束された北朝鮮工作員が「金正男を探し出して暗殺せよ」と証言。金正男が暗殺されるのでは?しばらく噂が飛び交っていたが、具体性も信憑性もない報道だったためすぐに風化した。そして2017年2月13日、金正男は右肩にカバンを背負い一人、マレーシアのクアラルンプール国際空港に姿を見せた。自動チェックインに向かった。

女二人に教われたのはその直後である。

 

殺害の実行犯はベトナム国籍のパスポートを所持していたドアン・ティ・フォン容疑者とインドネシア国籍のシティ・アイシャ容疑者。

 

ドアン・ティ・フォン容疑者

 

シティ・アイシャ容疑者

 

犯行前の午前8時45分、二人は現場近くの飲食店にいた。そこで4人の男と合流し、液体を渡された。

 

男達は明らかに東南アジア人ではなく、北方アジア系の風貌だった。

 

 

金正男が現れると、フォン容疑者は液体のついた手袋を正男の顔に付着させエスカレーターへ降りて逃走。監視カメラには左手に黒い手袋らしきものが映し出されていた。

この時、フォン容疑者は両手を前に出す不自然な姿勢で逃げていた。その後、トイレで両手を洗ったという。

 

逮捕されたフォン容疑者は「液体に手袋をつけ、金正男の顔につけた。その後すぐに女子トイレに行って手袋を外し、手を洗った」「液体が劇薬を含むとは知らなかった。知っていたら手に付けることはしなかった」

 

アイシャ容疑者は「100ドルでいたずらビデオの出演を持ちかけられた。罠だとは思いもしなかった」とそれぞれ供述。

 

マレーシア警察は監視カメラの映像から事件の共犯者と思われる男の身元を特定。

複数の共犯者が存在することを突き止めた。

 

リ・ジョンチョル容疑者(46)

 

2月17日、マレーシア当局は主犯格の一人と思われる人物、リ・ジョンチョル容疑者(46)を逮捕した。

ジョンチョル容疑者は北朝鮮の薬学系の大学を卒業、医薬品の取り扱いに精通していると思われる。3年程前からクアラルンプール市内のコンドミニアムに家族4人と暮らしていたという。しかし、就労ビザに登録された企業での勤務実態はなく、給与も受け取っていなかった。収入源は今のところ明らかにされていない。

 

指示役とされる工作員

 

リ・ジヒョン容疑者(32)

 

ホン・ソンハク容疑者(34)

 

オ・ジョンギル容疑者(55)

 

リ・ジェナム容疑者(57)

 

いずれも北朝鮮国籍である。4人は事件当日にマレーシアを出国、スラバヤ、ドバイ、ウラジオストックを経由して北朝鮮へ帰国したと思われる。

 

更に共犯者として

 

リ・ジウ容疑者(29)

 

ヒョン・ガンソン2等書記官

 

国営高麗航空職員のキム・ウクイル容疑者(37)

 

の容疑が浮上している。

このうちヒョン・ガンソン2等書記官は身分が外交官であるため、ウィーン条約によって不逮捕特権があるため、逮捕して裁くのは不可能である。

 

この事件でマレーシア、インドネシア、ベトナムはとばっちりを受けた。

各国はいずれも北朝鮮と友好関係を結んでいた。

 

 

マレーシアと北朝鮮の対立

 

 

マレーシア当局は事件直後の13日、死因解明のため金正男の遺体の司法解剖しようとした。ところが、突如在マレーシア北朝鮮大使館が遺体の司法解剖に強く反対し、火葬を要求してきた。さらに遺体は金正男ではなくただの民間人であると主張。

 

北朝鮮「死亡者は外交官用のパスポートを持っていた。マレーシア政府の司法権が及ばない治外法権の対象だ」

 

マレーシアは北朝鮮側の反発を一旦聞き入れ延期。遺体の引き渡しについては「遺族からの申し出はない」として二週間は遺族からの連絡を待つとした。

しかし、犯罪性が強く疑われるとして15日、司法解剖を行った。

 

16日、

マレーシアのアフマド・ザヒド・ハミディ副首相は記者会見で「すべての捜査と検査が終わったら、関連手続きを踏んで遺体を引き渡す。どの国とも相互関係を尊重するのが我が国の政策だ」と北朝鮮に配慮した声明を発表。

 

その一方でザヒド副首相は、死亡した男性が正男氏であることも正式に認めた。正男氏は死亡時、「キム・チョル」名義のパスポートを所持していた。同副首相は「確認した結果、正男氏は本人名義と『キム・チョル』名義の2つのパスポートを持っていた。身元が分からないように名前を隠して旅行することを望んでいたと見られる」と語った。

 

同日、遺体の身元も金正男本人であることが判明。

韓国の情報当局が提供した指紋などが決定的な役割を果たしたことが分かった。指紋は不法入国事件当時日本当局が採取し、その後米韓に提供したものだったという。

 

17日夜、北朝鮮の康哲駐マレーシア大使がマレーシア政府に正男氏の遺体の即時引き渡しを要求。引き渡しを拒否しているマレーシア政府を「何かを隠し、だまそうとしている」「敵対勢力と結託している」などと批判した。

 

18日、

駐マレーシア北朝鮮大使館が事件に対し声明を発表。

 

一、男性は外交旅券を持つ北朝鮮国民であるため司法解剖を拒否した。

一、解剖結果は受け入れない。遺体を直ちに引き渡すよう求める。

一、韓国当局は政治スキャンダルから逃れようと、北朝鮮のイメージ失墜を図っている。

一、敵対勢力と結託したマレーシア側の態度を容認しない。この件を国際法廷に提訴する。

 

 

20日午前、

マレーシア外務省は康大使を呼んで発言に関し説明を要求。死因特定は政府の責任だと強調する声明も出し、北朝鮮側にも事案の経過は伝えてきたと反論した。

 外務省はさらに、康大使の批判は「根拠がない」と一蹴し、「マレーシア政府の信用を損なう試みを深刻に受け止める」と強調。平壌に駐在するマレーシア大使を「協議のため」に召還すると明らかにした。これを受け、外務省から呼び出された康大使は20日午後、記者会見を開き、「マレーシア警察の捜査を信用できない」と改めて非難した。

 

22日、

北朝鮮・朝鮮法律家委員会は死亡した男性について「外交旅券所持者であるわが共和国公民」と主張、金正男の名前には触れなかった。

 

23日、

北朝鮮が本国で事件を始めて報道。北朝鮮市民が死亡したと発表、責任はマレーシアにあると指摘し、韓国が作った筋書きに沿ってマレーシア政府が「非友好的な態度」を取っていると非難をした。

 

「我々の国民が突然ショック状態に陥り、病院に移送される途中に死亡した」

 

「わが公民がマレーシアの地で死亡したのであるから、これに対する最も大きな責任はマレーシア政府にある」

 

「我々の自主権に対する露骨な侵害だ」(マレーシア側が遺体を司法解剖したことについて)

 

マレーシア政府がわが方に食って掛かっていることこそ、不当千万で厚顔無恥な行為だ」

 

「南朝鮮(韓国)当局がシナリオをあらかじめ作っていた。陰謀策動だ」

 

 

 現地の警察捜査に対しては「客観性と公平性がなく、意図的に事件の容疑を我々にかぶせようとしている」と在マレーシア北朝鮮大使館と同様の主張を繰り広げた。

 

 

23日、

マレーシア政府高官ロイター通信に姜哲(カンチョル)駐マレーシア北朝鮮大使を国外退去処分にするか、在北朝鮮マレーシア大使館を閉鎖することを検討していると述べた。

 

ナズリ観光・文化相は同日、北朝鮮を「ならず者国家」だと痛烈に批判した。

 

 マレーシアのカリド・アブバカル警察長官は同日、記者団に対し、マレーシアが北朝鮮に求めている北朝鮮国籍の4容疑者の引き渡しのため、国際刑事警察機構(ICPO、インターポール)に警告を発してもらうよう要請したと述べた。

 

 

マレーシアの首都クアラルンプールでは、抗議文書を手渡すために政治団体「統一マレーシア国民組織」30名が北朝鮮大使館前に集まりデモを展開した。

 

 24日、マレーシア警察は、北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長の異母兄、金正男氏の殺害事件について、VXガスが使われたとの暫定報告を発表した。

マレーシア警察のカリド長官は記者団に「死因はVXだ」と述べ、毒殺が確実になった。発表によると、マレーシア政府の化学兵器分析センターが検査を実施。目の粘膜や顔から採取した試料からVXが検出された。

また実行犯のうち、少なくとも1人がVXによる嘔吐(おうと)の症状を呈していたと明らかにした。

 

 

インドネシアの動き

 

暗殺事件が発生した2月13日はインドネシア統一地方選の投開票を15日に控えていたこともあり、また金正男氏の素性や北朝鮮という国の実情にもほとんど関心がないことなどから、インドネシアではほとんど報道されることはなかった。

しかし、実行犯の一人、アイシャ容疑者がインドネシア国籍と判明した時点から内外のマスコミによる報道が一気に加熱、いまや国民の一大関心事にまで発展している。

現地メディアは首都ジャカル・クラパガディン地区にある「ピョンヤン(平壌)・レストラン」が北朝鮮の諜報活動の拠点だったことを報道。レストランは休業した。

 

また、フィリピンで開催されていたASEAN外相会議に出席していたインドネシアのルトノ外相は、事件の発生を受けて、マレーシアのアニファ・アマン外相に対して、「アイシャ容疑者とインドネシア領事の接見」を要請した。これは国際法で認められている権利であるが、アマン外相は「我が国の国内法では捜査中の容疑者には捜査関係者しか面会できない」として拒絶した。(背景にはマレーシアとインドネシアの外交摩擦があると思われる。)

 

ベトナムの動き

 

ファム・ビン・ミン副首相兼外相はマレーシア側に対し、同国警察に逮捕されているベトナム人と見られる容疑者の女をベトナム外交機関と面会させるよう要請した。

駐マレーシア・ベトナム大使館が同容疑者と面会し国民保護措置を講じることができるよう、マレーシアのアニファ・アマン外相に対し同国の関連機関に働きかけることを求めた。これを受けてアマン外相は、早期に面会の手配を行うことを約束した。

 

24日夜、英BBC放送の報道でベトナムのトー・ラム公安相が「わが国の人民ならば、われわれの法で裁く必要がある」と語っていることが判明。

ただ、公安相は、容疑者との領事面会はまだ実現していないと認めた上で、「国籍と事件関与の有無を確かめるのが先決だ」と指摘した。 

 

中国(中共)の動き

 

2017年2月18日、中国商務部は、北朝鮮からの石炭の輸入を年末まで停止すると発表した。新型中距離弾道ミサイル「北極星2」の発射と金正男氏殺害事件を受け、中国の北朝鮮に対する不満がヒートアップしたことによるものと考えられる。

しかし、中国国内では金正男暗殺の報道はほぼ伝えられず、中国共産党機関紙「人民日報」系の国際問題専門紙「環球時報」だけは外電を引用するなどして事件を詳細に報道した。同紙は「この(暗殺)事件は中国が望んでいる切実な利益とは程遠いものだ。我々が望むのは人類の基本的な正義感から出るものだ」と表現しており、遠回しに不快感を表明したと考えられる。

 

中国では外務省スポークスマンが定例の記者会見で、記者の質問に答えるという形で、「中国側はメディアの関連報道に留意しており、現在、同事件の動向に注意を払っている」と述べて、事件について注視していることを明らかにした。

 

23日、北朝鮮メディアは北朝鮮からの石炭の輸入を、年内停止すると発表した中国を念頭に、「非人道的な措置だ」と非難した。
朝鮮中央通信は、「親善的な隣国」とする周辺国が、国連の制裁決議を口実に、「対外貿易も完全に遮断する非人道的な措置を講じた」と報じた。
さらに、こうした措置は「事実上、北朝鮮を崩壊させようとする敵の策動と一緒だ」と強く非難。
名指しは避けているものの、北朝鮮が中国を批判するのは異例で、中国に対する強い不満が伺える。
これについて、中国共産党系の新聞・環球時報は、「北朝鮮がこれだけ激しく中国を批判したのは初めてで、中朝関係にとって1つの事件だ」と指摘。
そのうえで、「北朝鮮の反発によって、国連決議を順守する中国の立場が変わることはない」と、北朝鮮側をけん制した。

 

台湾の動き

 

2月21日、台湾の週刊誌・週刊王によると、先日マレーシアの空港で北朝鮮の金正男(キム・ジョンナム)氏が襲撃された事件を受け、台湾当局が蔡英文(ツァイ・インウェン)総統の護衛に「神経剤の解毒針」を携帯させることを検討しているという。

 

韓国(南朝鮮)の動き

 

事件直後、韓国報道機関は金正男暗殺が毒針によるものと伝える。(但し遺体に毒針を刺した形跡は確認されていない。)

また、韓国軍は南北境界線では拡声器を使い、金正男暗殺を伝える宣伝放送を流した。

 

日本の動き

 

日本政府は2月15日、金正男暗殺事件について情報収集を本格化させた。マレーシアの警察当局は同日、事件に関与した疑いでベトナムの旅券を持つ女性1人を拘束したことを明らかにしたが北朝鮮の工作員だった場合、第三国の偽造パスポートを使うなどの手口がこれまで確認されており、日本の公安当局などが関連情報の収集を急いだ。
 

また政府関係者の間で事件の実行犯が既に死亡している、別の工作員に殺害されたなどという虚報が流れた。

 

犯行はいたずらか、故意なのか…暗殺犯は筋金入りの工作員?

 

 

実行犯のドアン・ティ・フォン容疑者とシティ・アイシャ容疑者はいたずら動画の撮影が目的で犯行に至ったと主張している。しかし、フォン容疑者は両手を前に出す不自然な姿勢で逃げており、マレーシア当局は犯行は計画的な疑いがあるとして今後も追求していくという。

 

最も注目したいのは二人の女性が工作員に騙されて犯行に至ったのか、現地で金で雇われた殺し屋だったのか、北朝鮮の思想教育を受けた筋金入りの工作員だったのか、実行犯の正体についてである。

 

北朝鮮は過去に日本人を工作員に仕立てたり、現地で雇った中国人に拉致事件の協力をさせた前例がある。

 

八尾恵は北朝鮮の思想に影響を受け、 工作員となって有本恵子さん拉致事件を引き起こしている。

 

2000年には、中国吉林省で韓国人牧師が北朝鮮に拉致された事件が起きているが、実行犯は北朝鮮の秘密警察が雇った中国人4人だったことが明らかになっている。

 

また2008年に韓国で摘発された元正花(ウォン・ジョンファ)元工作員は、韓国中央日報に対し「北から派遣される工作員の数は限られ、現地の人を雇う」と証言している。

 

これらの前例から、ドアン・ティ・フォン容疑者とシティ・アイシャ容疑者が単なる捨て駒と断定するのは早計である。

 

万が一、彼女らが北朝鮮の政治思想に感化し暗殺を実行していた場合、ベトナム政府やインドネシア政府も、北朝鮮との友好関係を見直す必要に迫られるだろう。

 

 

オウム真理教事件と金正男暗殺事件の関係

 

犯行に使われたとされるVXガスは、オウム真理教がサリンと一緒に開発し、襲撃や殺人事件に利用している。隠語では「神通」「神通力」と呼ばれ、滝本太朗弁護士襲撃事件、駐車場経営社VX襲撃事件、会社員VX殺害事件、オウム真理教被害者の会襲撃事件で使用された。

 

オウム真理教・中川智正死刑囚 のコメント

 

 【クアラルンプール岸達也】北朝鮮の金正恩(キム・ジョンウン)朝鮮労働党委員長の異母兄、金正男(キム・ジョンナム)氏(45)の殺害事件で、1990年代に猛毒のVXで殺人事件などを起こしたオウム真理教の元幹部、中川智正死刑囚(54)が、マレーシア警察によるVX検出の発表(24日)前に、正男氏がVXで襲撃された可能性に言及する手紙を獄中から米国の毒物学者に出していた。学者は「彼の経験が事件解明に役立つのではないか」としている。

 

 中川死刑囚は地下鉄サリン事件や教団による3件のVX襲撃事件に関わったとして死刑が確定し、東京拘置所に収監されている。日本の公安関係者などによると、VXで人を襲撃した事件はこれまでオウム教団が起こした事件以外には明確に確認されていない。

 中川死刑囚が手紙を送った相手は、毒物研究の世界的権威で中川死刑囚の特別面会人として面会を続けてきた米コロラド州立大のアンソニー・トゥー名誉教授(86)。手紙は22日に書かれ、添付メールで手紙を24日に受け取った。

 トゥー氏によると、中川死刑囚は手紙で正男氏が目の痛みを訴えたとする報道に注目し、「目にVXを付着させたのであれば、痛みは当然。症状が早く出て空港内で亡くなってもおかしくない」と指摘。教団の事件を踏まえ「発症までに1~2時間はかかっていた」と言及した。

 正男氏の口のまわりに泡のようなものが付着していたとの報道についても「VXは気道の分泌物を増加させますので、VXの症状と考えて矛盾はありません」と指摘。「VXは猛毒と言われますがサリンと比較すると気化しないので取り扱いは容易。私がVXを取り扱う際には長袖の普通の服に手袋をつけただけでした」と振り返っている。

 中川死刑囚は、誤ってVXを自分の手に付着させ、解毒剤の注射を受けたことを公判で明かすなど、毒性を身をもって知る一人だ。トゥー氏は取材に「突然の手紙で驚いた。マレーシア警察の正式発表前に、彼は症状からVXを予想していた」と話した。

 

 

「オウム真理教家族の会」会長・永岡弘行氏のコメント

 

北朝鮮のキム・ジョンナム(金正男)氏が猛毒のVXによって殺害されたと断定されたことについて、オウム真理教の信者にVXをかけられ一時、意識不明の重体になった「オウム真理教家族の会」の会長の永岡弘行さんは「自分と症状が似ていると思った」と話しています。

永岡さんは、オウム真理教の出家信者を取り戻す活動を行っていた平成7年1月、東京・港区にあった自宅近くの路上を歩いていたところ、教団の信者から後頭部付近にVXをかけられ、一時、意識不明の重体となりました。

その時の症状について永岡さんは、「VXをかけられたことに全然気付かず、30分から1時間くらいたって自宅にいるときに『何だかこの部屋暗いね』というようなことを言ったら、妻が『電気ついているわよ』と言ったそうです。目の瞳孔が縮まっていたのだと思います。それから『暑い暑い』といって服を脱いで汗をかいて、次に目が覚めたのは病院に運ばれて何日かたったあとでした」と話しています。

永岡さんは、今でも右半身にしびれを感じる後遺症があるということです。キム・ジョンナム氏がVXによって殺害されたと断定されたことについては、「最初に事件を知ったとき、自分と症状が似ていると思いました。はじめはちゃんと歩いているけれど、そのうち足元がふらついている。汗もかいていたのでしょう。そうした点からVXかもしれないと思った」と話しています。

 

 

沈黙の在日朝鮮人、沈黙の徐裕行

 

今回の事件で筆者が気になったのは、朝鮮総連、在日北朝鮮人の反応である。

最高指導者・金正日の息子が殺害されたのだから、困惑した声もあるのではないか、マレーシアに対して誹謗中傷を行ってるのではないかと思っていた。しかし、彼らは皆沈黙したままであった。

 

筆者がチェックしているサイトには、北朝鮮系の在日朝鮮人が運営しているブログが複数あるが、金正男の暗殺について言及した書き込みは一切みられなかった。

それどころか、皆ピタリと更新が途絶えたままなのである。

 

うしおくんのブログ(1月30日以降更新なし)

 

 

 

そして、産経ニュース2017.2.24 07:13の記事に以下の記事が掲載されていた。

朝鮮総連が殺害事件に「沈黙」 内部での議論禁止、強制送還以降、関与禁じる

在日本朝鮮人総連合会(朝鮮総連)が、北朝鮮の金正恩(キムジョンウン)朝鮮労働党委員長の異母兄、金正男(ジョンナム)氏の殺害事件に関する議論を内部で禁止していたことが23日、分かった。政府関係者と朝鮮総連関係者が明らかにした。北朝鮮から朝鮮総連に正男氏の殺害に関する公式見解は伝達されておらず、朝鮮総連も静観していた。

 関係者によると、14日の殺害報道後、朝鮮総連幹部や傘下の商工人らが私的会合を開いたが、朝鮮総連内部の公式会議や報告会で殺害は議題になっていない。

 正男氏は複数回、都内などで観光。2001年5月にはシンガポールから成田空港に到着し、偽造旅券で入国しようとして東京入国管理局に身柄を拘束され、強制送還された。正男氏は金正日(キムジョンイル)総書記の長男で後継候補として名前が挙がっていたが、強制送還で正日氏の怒りを買い、レースから脱落したとみられていた。

 北朝鮮当局は正男氏訪日の際、朝鮮総連関係者が接触して案内役などを務めていたことを問題視し、朝鮮総連幹部に「正男氏に関わることを禁ずる」と指示していたことも判明した。

 ただ、北朝鮮の朝鮮中央通信が23日、北朝鮮の朝鮮法律家委員会がマレーシア当局による遺体解剖を「主権の露骨な侵害」と非難した談話を報じたことから、朝鮮総連関係者は「今後、朝鮮総連幹部らが、同様の内容を申し合わせる可能性が高い」と分析している。

 朝鮮総連は産経新聞の取材に対し、「取材は受けない」としている。

 

 

北朝鮮と比べ、報道、ネットなど情報化が進んでいる日本。

だが、在日朝鮮人たちは自由な環境に留まっているのにも関わらず、日本社会に順応せず、自ら情報統制し、閉鎖的な思想に凝り固まるのである。

 

 

徐裕行がネットでの活動を取りやめてから丁度1年が経つ。

TwitterもFacebookも動きがみられない。

金正男暗殺事件といった重大事件が起きても沈黙し続けたままだ。

そしてこれからも徐は、朝鮮総連の仲間と同様に金正男の殺害については沈黙すると思われる。

 

この沈黙こそ、在日朝鮮人が郷に従わない根拠であり、彼らが北朝鮮政府に対する忠誠心の証なのである。

 

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石井紘基刺殺事件

 

2002年10月25日午前10時35分頃、民主党の衆議院議員・石井紘基が、世田谷区沢一の自宅駐車場において柳刃包丁で左胸を刺された。

石井は目黒区内の病院に運ばれたが死亡した。

 

犯行時の状況

目撃者の証言によると、石井は迎えの車に乗るため、自宅玄関を出た所を、公用車の後ろにいた男が無言で石井に近づき、襲いかかってきた。

石井は「何するんだよ」と逃げたが、うつぶせに転んだ。

男は馬乗りになり刃渡20センチ程の刃物を水平に構え、左胸の上部一か所を突き刺した。石井は大声で絶叫した。あごの骨も刃物の一撃で砕かれていたという

 

男はグレーのジャンバー姿で、頭にはバンダナのようなものをまいていた。

 

男は現場から逃走し、警視庁捜査一課と公安部は殺人事件として北沢署に捜査本部を設置。

 

翌10月26日朝、指定暴力団の山口組系右翼団体(“構成員即ち代表”の一人団体で、いわゆる「右翼標榜暴力団」)代表の伊藤白水が警視庁本部に出頭、逮捕される。

 

関係者の証言によると、伊藤は昨年秋ごろから、石井議員の世田谷区内の事務所や永田町の議員会館の部屋を頻繁に訪れ、秘書らに「(石井議員に)金を貸している。仕事を紹介しろ」などと執ように迫っていた。また、今年春ごろからは、「都庁幹部を紹介しろ」などと要求をエスカレートさせ、そのたびに石井議員側に断られていたという。

 

 

犯行動機

 

 

伊藤は「石井に多額の金銭を用立てたことがあるにもかかわらずその恩を仇で返された」「家賃の工面を断られたため、仕返しでやった」と供述した。

 

検察側も「被害者にたかり行為を繰り返していた被告人が2002年ごろ、引っ越し費用など無心したが断れたことから激情して本件犯行に及んだ」と主張。

 

2004年6月18日、東京地裁で被告に無期懲役判決が言い渡されたが、判決では被告が主張する「金銭トラブル」という動機を信用することができないとした。2005年11月15日、最高裁で無期懲役の判決が確定した。

 

 

石井紘基議員とは

 

”国会の爆弾発言男”と呼ばれた男、石井紘基。

 

石井は1940年11月6日東京市世田谷区出身。世田谷区立池之上小学校、成城学園中学校高等学校卒業、中央大学法学部に入学後、安保闘争に参加。

 

国会に突入するデモ隊の先頭にいた石井は、すべての国会議員が逃げ出す中、騒乱の最前線に出向き警官を抑えようとする日本社会党書記長の江田三郎を見、このことを契機として政治家を目指した。

 

早稲田大学院を卒業した石井は、1965年にソ連へ渡り、モスクワ大学院法学部に就学。6年間留学した。

 

石井はそこで、「ソ連における国家意思の形成」というテーマで研究に取り組み、社会主義の構造に触れたが、中央集権・官僚制・計画経済の問題点、閉鎖的な構造について知る。

 

1971年に帰国した石井は友人に「とにかくあの国(ソ連)は駄目になる。一部の特権階級がやっているということでこれは早晩崩壊する」

 

「国民に大切な情報を流さず、一部の政治家と経済をあやつる社会、日本。社会主義国ソ連と日本はよく似ている。なんとかしないと。」

 

石井はソ連と日本の官僚制度の類似性に注目、閉鎖的な官僚制度や特殊法人を”日本病”と呼び、暗部にメスを入れようとした。

 

「政・官・業」の癒着を暴くことを政治活動の中心に据え、99年には「政治と行政の不正を監視する民主党有志の会(通称・国会Gメン)」の室長に就任。2002年4月の衆院内閣委員会で、北海道別海町などの国道工事をめぐり受注企業の7~8割が鈴木宗男衆院議員に政治献金していた実態を暴いたり、防衛庁の会計検査院報告書偽造問題で、中谷元長官(当時)から「閣僚給与返上」の答弁を引き出すなど、党の論戦の柱でもあった。

 ライフワークである道路公団や特殊法人の無駄遣いについては一貫して政府与党の姿勢を厳しく追及し、「民間の不良債権ばかりが問題にされているが、特殊法人や公的金融機関が抱える不良債権は350兆円にものぼる。しかも、その特殊法人に毎年10兆円以上の税金が流れ込んでいる。これらの組織をすべて解体して、公権力による民業圧迫をなくせば、市場は必ずよみがえる」と持論を展開していた。

 

 

「日本の政治はいかにこの、利権の仕組みの中ではじめて存在しているか…まさしくその天下りのためと民間の仕事を奪うためのもので、詐欺集団ではないか」

 

 

1995年、オウム真理教事件が発生。当時週刊誌やスポーツ誌で注目されていたオウムと統一教会の関連性を取り上げ、さらにオウムと暴力団の覚醒剤取引について指摘していた。

 

 

■石井紘基とオウムと統一教会
『オウム事件は終わらない』 (石井議員 談)

僕の地元の成城で、最近統一教会が建物を借りて改装工事を始めたのです。それで地域住民はこぞってピケをはり、統一教会が建物の中に入れないようにしていますが、こんなことにしても、始まってから何ヶ月経っても政治家はさっぱり表に出てこないんですね。いろいろアプローチしていくと、どうも統一教会の息のかかった政治家というのが随分といるようだと、地元の人も言っていました。
未来に向けて社会をどのように改革していくか、ということを政治家が真剣に考えないものだから、その間に経済活動や政治活動を通じて宗教団体にどんどん侵食されているという面がありますね。
錦織:「ともかく私には、オウムは統一教会をラジカルにしたものだという感じがするのです。オウムの原型というのは、つまりオウムの初期の活動形態は、統一教会がやってきたことときわめて類似しているのです。」
石井:「ロシアにオウムが進出していきましたね。ロシアには五万人もオウムの信者がいたそうですが、オウムが行く前に統一教会が、ロシアに進出していました。ところが、そういう連中が、どうも何時の間にかオウム信者とすりかわってしまった。
石井:捜査についてですが、日本ではオウムの全容が明らかにされません。オウム事件というのは、いったいどういうことだったのか。僕は、岡崎さんがおっしゃったように、オウム真理教は、宗教法人制度をうまく利用してアンダーグラウンドで儲けようという要素を非常に強く持っていたのだと思います。それが暴力団と結びつき、国際的に密貿易をしたり、薬物を流したりしたのはいったい何のためだったのか。

 

 

石井は地元である宗教団体の進出計画が浮上したことがあり、反対運動が巻き起こると、その先頭に立った。その際、「殺してやる」などと脅迫状が舞い込んだことがあった。オウム真理教もまた、波野村や上九一色村で進出に反対する住民にたいし、暴力的な行為をみせている。

 

また石井と対談している議員の一人、錦織淳議員は、1995年6月17日に行われた第132回国会予算委員会第33号の中で、「オウム真理教の印刷施設は山口組系暴力団後藤組から借りたもの」と指摘している。

 

警察や検事がオウムと暴力団の闇に迫る中、一部の国会議員も真相を解明しようと動いていたのだ。

 

 

なぜ石井は命を落としたのか

 

 

石井が国会議員や官僚の腐敗を徹底追及していたことから「暗殺された」という見方がある。

 

2002年10月28日に予定されていた国会質問を前に、石井は「これで与党の連中がひっくり返る」と発言していた。だが、その直前に石井は刺殺された。

 

事件当日、石井の鞄には国会質問のために国会へ提出する書類が入っていた。

 

ところが、事件現場の鞄からは書類がなくなっており、いまだに発見されていないのだ。

 

 

実行犯・伊藤白水とは何者なのか

世田谷区出身。東京都世田谷区奥沢のアパートで生活しており、50ccのスクーター1台を所有していた、落ちぶれた暴力団員だった。

 

1985年、右翼団体「守皇塾」を立ち上げ、塾長を名乗った。しかし構成員は石井一人だけだった。民族派右翼の間では「一匹狼的な武闘派」としてそこそこ知られていた。

 

1988年1月には、登山ナイフを持って日本共産党政府に押し入り、現行犯逮捕されている。

 

『刑務所を出たり入ったりしている』と前科を自慢したり、機嫌が悪いと早朝からスクーターをぶんぶん空ぶかしして、注意した男性を殴り合いになったり、ヌンチャクで階段とか看板など鉄の部分をカンカンたたいて歩いていたという。

 

 伊藤が暮らしていたアパートは2Kで、6畳と4畳にキッチンがあり、風呂はなかった。部屋にはテレビとマットレース1枚、本が少しあるだけで、がらんとしていた。窓には大きな日の丸が飾ってあった。

 

アパートの隣に住む男性は、伊藤についてこう語る。「エアコンはなくて、銭湯にも行かない。洗面器で体を拭いていたようだ。ダンベルを両手に歩いていたり、空手のまねをしていることもあった。金が入るとスーパーで買い物をして、台所でうれしそうに料理していたね」

 

伊藤の存在は、世田谷区議の間でも有名だった。自民党のある若手区議によると「当選して間もなく自宅に来て、『伊藤白水』という名前と住所だけ書かれた名刺を渡されました。『ちょっと話をしたい』と言われましたが、作務衣姿で見るからに怪しかった。その後も会議の控室に無断で入ってきて、女子事務員に怒鳴りつけたりするので出入り禁止にしたんですが、区役所のロビーで区議を”ちゃん”づけで呼んで本を売りつけてくるんです。もっとも自分で書いた本なんて一冊もなかったですけどね」

 

伊藤は、隣に住む男性に「おれは本を書いているんだが、なかなか売れない」とこぼしていた。

 

アパートでの生活では、最初の数ヶ月間は家賃を月6万円ほど払っていたが、その後3年間で200万円を滞納し、裁判所の強制執行で追い出された。退去後は新宿で寝泊まりしていたという。

 

 

事件の謎

 

石井の家族の証言によると、事件前から周囲で不審なトラブルが相ついでいたという。

 

・事件から6日前の10月19日、石井議員は「車に追われている」と言って知人のところへ駆け込んでいた。ちなみに伊藤は原付バイクのみ所有。

・また同月23日、石井議員が何者かにリンチに遭った様子で帰ってきた、と妻が話している。

・事件前日午前9時ごろ、石井宅に植木業者の営業マンが訪れた。娘のターニャさんが断っている。

・石井議員が病院へ運ばれる時、妻が救急車に乗せてもらえなかった。

・石井議員の手帳と、鞄の中身の資料が押収品目録から消えていること。手帳があったと遺族側から何度も警察に申し出ても、調査してもらえなかったという。

 

 

村井秀夫刺殺事件との類似性

 

 

犯人の伊藤白水と、村井刺殺事件の徐裕行は類似点が多い。

 

まず、以下の例があげられる。

 

1.犯人が右翼を自称

伊藤白水、徐裕行は右翼を自称している。

豊田商事会長刺殺事件の飯田篤郎、矢野正計も自称右翼と名乗った。

 

 

2.待ち伏せ

伊藤は石井を確実に仕留めるよう、はじめから自宅の側で待機していた。

徐は、南青山総本部前に午前11時から午後8時半まで現場で待機し、村井が玄関前に来るところを狙っていた。

 

3.「刺殺の手際の良さ」

伊藤は、石井を仕留める際、刃物を水平に構え、左胸を突き刺し、さらにあごの骨も砕いている。

 

徐は、村井に致命傷を与える前に2回急所を外しているが、最期に刃物を水平に構え、脇腹を突き刺し、抉るように回転させて殺害している。また、致命傷を与えたあと、村井をしとめた確信があったのかそれ以上追撃していない。


4.目立つ衣装

伊藤は普段からバンダナに作務衣で外出するのが常だったという。

一方で徐は、豹柄のセーター姿で、事件直前に美容院でパーマをかけていた。

彼らの姿は目立って周囲に印象を残しやすい。暗殺者にしては異様な姿である。


5.被害者が狙われた背景

石井紘基は官僚や特殊法人、政治家の汚職事件を追求していた。

村井秀夫はオウム真理教最高幹部であり、オウム事件の重要事項や覚醒剤密造の鍵を握っていた。

煙たがる者がいてもおかしくない状況である。

 

6.世田谷区で貧しい生活を過ごす

伊藤はスクーターを一台所持していたが、風呂も冷房も使えず、家賃200万円を滞納して世田谷のアパートを追い出されている。

徐裕行は上祖師谷3丁目の知人宅に居候しており、引っ越して来たときには殆ど所持品は持っていなかったという。


7.すぐに出頭、逮捕される

犯行後、伊藤はなぜか京王線で高尾山駅に向かった後、翌日警視庁に出頭している。

徐裕行は村井刺殺後、現場に留まり警察に確保。パトカーに乗せられる際「車の中へ入れろ」と発言。

 

豊田商事事件の飯田篤郎、矢野正計も犯行後、「警察を呼べや。俺が犯人や」と報道陣に語り、 そのまま逃亡せずに逮捕されている。


8.主張の変化、黒幕の示唆

伊藤白水は判決まで単独犯を主張。

無期懲役が確定した後、2008年6月にテレビ朝日「ドキュメンタリ宣言」との文通で「当方の事件は色々と政治の裏側で動く金や人脈が関係していたこともあり、当方一人に全部背負わせて刑務所で死んでくれれば一番良いという結論が出た結果だと思っています」と背後関係の存在を初めて明らかにした。

 

さらに刑務所で取材者と面会し、次のやり取りをしている。

 

「結局殺害の動機は何だったのですか?」

「複雑な事情があってね」

「殺害の理由は?」

「殺害を頼まれた」

「手紙にあった金とは?幾ら動いたのですか?」

最初に3000万円、次に1500万円

「殺害が目的ですか?それとも資料ですか?」

「資料という話がでたらめ、中身は空だった」

「かばんの中を調べたんですか?」

「調べていない」

「どうして空だったんですか?」

「とにかく資料なんて知らない」

「なぜ裁判で嘘の動機を主張し続けたのですか?」

「でたらめを言わざるを得なかった」

「どうしてですか?」

本当のことを言えば頼んだ人が誰かを言わなくてはいけなくなる

「殺害を頼んだ人って誰ですか?」

それを言えばその人の顔に泥を塗ることになる

「正解の裏側で動く金と人脈、金とは何ですか?」

頼んだ人も分かってしまうから言えない

 

 

伊藤受刑者は、裁判の主張が出鱈目だったこと、犯行が誰かに依頼したものと証言。

しかし、後日テレビ朝日側からの取材では面会時に、伊藤がドアの小窓から取材者を見つめた後刑務官に「私はこの人を知らない」と答え、面会拒否をした。

 

(2016年頃の徐)

 

徐裕行は当初単独犯を主張したが裁判では「若頭上峯憲司からの指示でやった」と証言。出所後は週刊誌のインタビュー記事で再び単独犯と主張。

そういった行動に至る経緯の詳細に関してはお話しできません」「すでに裁判が終わっていることと、僕の発言で迷惑をかける人がいるかもしれないということです」と伊藤と同じく背後の関係者を庇う

 

徐は懲役12年で自由の身となったが、伊藤は無期懲役であるため、仮釈放できたとしても30年以上服役し続けなくてはならず、一生獄中生活のまま終わる可能性もある。

 

7.成功報酬

徐裕行は事件直前に借金2300万円を抱えていたが、出所後、戸建て住宅、自家用車、ヨットクルーザーを購入している。殺人犯であれば社会復帰は非常に困難なものであるが、中産階級以上の贅沢な暮らし、今も続く暴力団との関係から何らかの支援があったというのが自然である。

 

伊藤白水も報酬の存在について示唆しているが、無期懲役であるため背後関係者からの支援を受けることが出来ず、自暴自棄になっていると思われる。それでも依頼者の名前を語らないのは仮釈放という僅かな望みに賭けているいるからではないだろうか。

 

 

余談だが2007年に伊藤一長長崎市長が山口組系水心会幹部の城尾哲弥に射殺されている。城尾は死刑判決を求刑された後、無期懲役が確定した。ヤクザ、似非右翼が白昼堂々殺人事件を起こすのは厳しくなりつつある。今後は餃子の王将事件のようにヒットマンが逃走する方法が主流になるだろう。

 

もしオウム事件の発生が遅く、村井刺殺事件も遅れていれば、徐も今頃刑務所で惨めに過ごしていたことだろう。本当に悪運の強い殺人犯である。

 

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羽根組事務所がある三重県では、ホテルの経営権をめぐって、暴力団が絡むある事件が起きていた。
そしてこの騒動にオウム、羽根組、徐裕行が介入していたという不気味な噂が流れていたのである。


榊原グランドホテル


古来、日本第三名泉の一つとされていた三重県久居市の榊原温泉郷は、大阪市近鉄上本町から特急で1時間余り、榊原温泉口駅を降りて、山間の道を車で縫うように走って約10分のところにある。

「榊原グランドホテル」。客室180、収容力1,000人と地元では最大手のホテルとして地元で有名だった。1969年、大田ハル氏が現在地にあった観光ホテルを買収、創業した。

発足後、全面改装や新館整備等を行い、主に関西方面からの企業・団体などの研修客やゴルフ、湯治客を受け入れ、榊原温泉約10件のホテルの中でもトップの集客力を誇った。

大田ハル氏と5人の兄弟からなる大田一族で、年々事業を拡大。83年には一族経営の病院をホテル横に移転して、内科総合病院「医療法人・榊原みのり会病院」(丸岡巧理事長)を関連会社として経営した。老人保健施設「榊原ケアセンター」も併設し、ピーク時には300人以上の入院患者を受け入れた。

しかし、同族経営にありがちな経営権争いが絶えず、創設以来十数回も役員更生が変遷。内紛が生じてバブル期には事業そのものに破綻が生じてきた。

ホテル経営の実権を握っていたのは、三男で専務取締役の大田欣巧氏。
欣巧氏は87年頃からゴルフ場やレジャーランド、会員制スポーツクラブなどのプロジェクト計画を立て新事業に乗り出した。資金はイトマン事件の舞台となる「大阪府民信用組合」が出すことになった。総額250億円に融資計画といわれた。

プロジェクトのうちゴルフ場は、87年、「榊原みどりの森カントリークラブ」という会社を設立。総事業費約130億円で、ホテルに隣接した山林133ヘクタールに18ホールのゴルフ場を95年オープン予定ですすめられた。

ところが、用地買収に行き詰まっているところに91年イトマン事件が起こり、スポンサーだった「大阪府民信用組合」の融資は予定の250億のうち100億円でストップ。同信組との売却話が持ち上がり、91年6月、大阪の不動産業者「ゴールデン開発」(石丸節子社長)との間で16億5000万円の売却協定が成立。太田巧功専務にかわって、「ゴールデン開発」の石丸社長が「榊原みどりの森カントリークラブ」の代表取締役に就任し、開発事業を引き継いだ。

しかし、約束したカネが支払われないまま時間が経過。そうこうするうち翌92年5月、「ゴールデン開発」の石丸社長が、詐欺容疑で大阪府警に逮捕された。

調べによると、石丸社長は山口組臥竜会の組事務所が入居していた大阪市中央区の三階建てビルの所有者から、土地と建物の売却交渉を任された際、同ビルの空き部屋に風俗営業店など2店が入居しているように装った架空の明け渡し同意書を作成。売却先の不動産業者から組事務所分を含めて立ち退き料9億円をだましとったという。結局、石丸社長は処分保留で釈放となったが、事件で同社長が臥竜会幹部と内縁関係にあるなど、暴力団と一体の関係にあることが露顕した。このことで同社長は「榊原みどりの森カントリークラブ」代表取締役を退かざるをえなくなった。


韓国と榊原グランドホテル



ところで、「榊原グランドホテル」に隣接したゴルフ予定地は、造成の途中で放置され、草が伸び放題となった。その一角に、十字架を掲げたカマボコ兵舎のような小さいプレハブ小屋が建てられた。
この奇妙な建物こそ、ホテルの破産のきっかけとなった韓国の新興宗教団体、聖エメラルド教会の建物である。教会はホテルの役員に入っていた元韓国人ダンサーの兄が主宰し、巧功氏はその信者といわれた。

1987年4月ごろ、巧功専務は韓国の漢江を一望するソウル特別市江南区青潭の繁華街に元韓国人ダンサーを社長にした「エメラルド観光ホテル」の建設を計画。88年のソウルオリンピックでの外国人客の宿泊を見込んで、総工費28億円で敷地約2600平方メートルに地下5階、地上13階、客室124のホテルを完成させる予定だった。しかしオープンは大幅に遅れ92年2月にずれこんだ。当時従業員は240人、総支配人は日本人の舟橋猛氏(名古屋市西区出身、当時34)が担当した。

エメラルド観光ホテルの隣接地でも地下4階、地上8階の会員制高級スポーツクラブ建設に着工したものの、資金不足で工事は中断された。韓国でのプロジェクトは、太田専務、元韓国人ダンサー、同ダンサーの内縁の夫だった「榊原グランドホテル」支配人の3人でやっていたという。ここに出てくるもとダンサーは92年7月から「榊原グランドホテル」の取締役に就任。韓国から約30人のダンサーを招いて、ホテルのショーに出演させたり、接客させたりした。同ホテルではカラオケの歌唱指導教室「大園歌謡教室」のチャリティーパーティーが開かれ、十和田実氏が寄付を呼びかるイベントも行われた。

この間、韓国の事業に着手した87年4月から同5月にかけて太田専務が、3億円を無許可で韓国に持ち込んでいたことがわかり、88年8月、外為法違反で起訴される事件が起きた。韓国への送金はこれだけではなく、87年12月からホテルがオープンする92年4月までに約34億円が持ち出されていた。同ホテルと工事が中断した会員制高級クラブには、「大阪府民信用組合」から借りた100億円のうち40億円余りが流用されたと言われている。

榊原グタンドホテルの資金は韓国だけではなく、元ダンサーの実母と親戚がアメリカで共同でやっていたモーテル、スーパー、不動産などの経営のため91年から92年6月までの1年間に、不動産購入資金名目で約4億円が、三重商銀経由で第三銀行(三重県松坂市)から送金されていた。

本業のホテル以外のプロジェクトにカネをつぎ込み、暴力団関係者の乗っ取りに遭うなどした結果、「榊原グランドホテル」は急速に経営難に追い込まれていった。

それが一挙に表面化したのは93年に入ってからである。この年、太田専務の韓国人ダンサーの傾斜に母親の太田ハル社長が激怒。所有する大阪市西成区の土地を巧功氏が勝手に担保に入れたとして、三重県警に告訴した。結局は挫折したゴルフ場計画のあと地に新たに総合レジャー構想をすすめていた関連会社の一つ「榊原みどりの森観光開発」が6月、不渡りを出した。

ホテルの土地・建物を担保に融資していた「大阪府民信用組合」が「榊原グランドホテル」の競売を申し立てた。さらに同ホテルの3億3000万円にものぼる税金滞納も明らかとなった。


経営権めぐり三つ巴のドロ沼状態に



このため同年11月、経営責任を問われる形で代表取締役社長は巧功氏(当時)から南勲に交代した。ところが、社長交代があったその翌日、同ホテルの旧役員であるハル氏の五男、義治氏が、大阪地裁に同ホテルの破産を申し立てた。

これにたいして12月、南勲社長を中心に債権者集会が開かれ、「榊原グランドホテル」は債務処理だけを行う会社とし、ホテル業務を継続する新会社「榊原グレース観光」(三重県久居市榊原)の設立を宣言した。「榊原グレース観光」は、筆頭株である大阪市内の不動産会社「叶」(水野隆社長)が事実上管理しており、「榊原グランドホテル」の財産差し押さえ回避をはかるために設けられたものだった。事実、決算書では同ホテルの動産物件が、3000万円で「叶」に売却されていたことになっていた。

ホテルの経営権をめぐる内部抗争は現社長派と前社長派の債権・債務の清算をめぐる争いに創業者のハル元社長も加わって三つ巴の泥沼状態になっていった。そこへ起きたのが、山口組の事始め式キャンセル問題であり、南社長の軟禁恐喝事件だった。

年が明けて94年、ホテルは経営者不在といってもおかしくないほど、混乱の度を増していた。
まず、ホテルに隣接してある関連の「みのり会病院」(丸岡功理事長)の職員200人の前年12月分の給与とボーナスが支給が遅れていることが明るみに出た。

1月13日、病院の医師や職員らで労働組合が結成され、遅配分のボーナスの支給や病院の再建計画の提示などを経営者側に求めた。このとき、病院の負債は約50億円を超え、病院の土地と建物には、すでに住友銀行、住銀リース、大阪府民信用組合などが融資の担保として多額の根底当権を設定していた。

ここで名前が出てくる大阪府民信用組合は、同信組の理事長(当時)をしていた南野洋氏が、「みのり会病院」オーナーの太田ハル氏に次ぐ二番目の大口出資者であり、病院社員名簿に名前を連ねるほど深い関係にあった。

追い打ちをかけるように信用不安が表面化した。同ホテルの現職監査役が20日と25日の2回、約束手形を取り立てに回したことから手形が不渡り処分になっていたのである。このためポン券を差し押さえられた。年末の暴力団事始め予約問題や南社長のホテル監禁事件もマスコミに報道され、大手旅券代理店からの予約キャンセル、代理店契約の解約が相次いだ。


暴力団幹部らがホテルを占拠

2月に入ると、ホテルに前代表取締役の太田欣巧氏や「ゴールデン開発」の石丸節子社長、山口組系暴力団幹部らが乗り込んで来て、事実上占拠。ホテルで債権者集会を開くなど、裁判所の決定でホテルの破産が確定するのを阻止するため、正当性を誇示した。ホテルから追放された南社長からは「もはやこれまで」と旧役員から出されていた破産宣告について、裁判所の決定に従うとの声明を発表した。こうしてホテルは2月23日、大阪地裁によって破産が宣告された。

しかし、これまで事態が収集されたわけではなかった。こんどは太田前社長らが破産決定を不服として同25日、大阪高裁に破産の取り消しを申し立てた。抗告に際し、太田前社長側は記者会見。抗告の理由として、(一)前年11月のハル氏の五男・義治氏の自己破産の申し立ては、当時同氏は役員ではなく死角が無かった(二)2月23日の大阪地裁の破産宣告当時の「榊原グランドホテル」の代表取締役は、太田欣巧氏であり、南勲氏はそれ以前の2月26日付けで代表取締役役員を辞任、ホテルを代表する死角を持った人物ではなかったと主張した。

記者会見で太田前社長側は、一部マスコミで報道された。山口組関係者によるゴルフ場用地売り上げ資金名目でのホテル手形約11億円乱発問題について、「南前社長がやったもの。いったんホテルwpつぶして、安く営業譲渡するつもりだったのではないか。乗っ取り策動が裏にあり、『グレース観光』は乗っ取り会社。南前社長の告発も考えている」と、南前社長を激しく非難した。

その一方で、暴力団との関係が指摘されている「ゴールデン開発」の石丸節子社長については「債券に協力してもらっている」と認めた。
「榊原グランドホテル」は、2月23日の大阪地裁の破産者宣告にもとづき、翌3月4日、所有動産の差し押さえが執行された。翌5月には、約400件あった予約もキャンセルし、一切の営業を停止。老舗ホテルは閉鎖された。


ホテルは閉鎖されたが事件は続く



ホテルは閉鎖されたが、事件はまだ続いていた。3月10日午前、大阪府警と地元の三重県警の合同捜査本部が「榊原グランドホテル」の株主総会議事録が偽造され、南勲代表取締役社長ら役員が辞任したという虚偽の法人登記をしたとして、「ゴールデン開発」の丸石節子社長の大阪府豊中市の自宅や大阪市内の山口組系臥竜会事務所、地裁の財産差し押さえが執行されるまで丸石社長ら暴力団事務所に占拠されていた「榊原グランドホテル」など8カ所を有印私文書偽造、同行使、公正証原本不実記載などの容疑で家宅捜査した。太田前社長側が破産宣告無効の抗告申立の理由にあげた南勲社長の2月16日付け辞任は、株主総会議事録偽造だったというのである。

一方、ホテルの倒産、閉鎖は隣接してある「みのり会病院」の経営も直撃した。医師、看護婦など職員への給与未払い問題が表面化した年明けの1月11日、三重県医務課は不明朗な病院の経理状況について病院側から聞き取り調査。その結果、病院の土地建物を担保に、「大阪府民信用組合」から借りた12億円のうち医療機器購入など病院の運営費用に5億円をあてたが、残り7億円が使途不明金になっていた。

この問題で、丸岡理事は同日、「経営危機の責任は、ホテル経営などから資金を持ち出した南勲事務所にある」と、「みのり会病院」事務長を兼任していた「榊原グランドホテル」の南勲社長の病院事務長職の解雇を表明した。南事務長は前年11月、診療報酬を担保にしてカネを借りるなど病院経営悪化の責任があるとして丸岡理事から責任容疑で三重県の津地検に告訴されていた。


みのり会病院も80億円の負債で倒産

ホテルに続いて泥沼状態に陥った「みのり会病院」には、全国約100の病院に関与するといわれている病院乗っ取りのいわゆる新田修士被告(93年1月、新潟市の病院をめぐる手形乱発事件で逮捕・起訴)グループが接近、融資話を持ち込んだり、手形を回したりしていた。もともと丸岡理事長自身、同グループリーダー・新田被告の紹介で93年3月、「みのり会病院」の理事長になったといわれていた。

しかし、病院もまた、3月25日の決済で第一回目の不渡りを出した。この時期、新田グループと繋がっていた東京の金融ブローカーで自称華僑の葉剣英(本名:畑隆)が主宰するOCFグループの名前が病院の新しい出資者としてあがったが、病院内で反対の声が強く、話はまとまらなかった。結局、3月31日んp決済で2回目の不渡りを出し、事実上倒産した。負債額は約80億円といわれ、その大半は「榊原グランドホテル」が進めたゴルフ場開発などの投資に消えていた。

そして半年後の10月1日、93年の暮れに「榊原グランドホテル」を襲った二つの暴力団がらみの事件の一つである山口組の事始め式キャンセル問題で、ホテルマネージャーを脅し、料金を支払わなかったとして、大阪府警四課は山口組系黒誠会系赤心会会長の高木康清容疑者を暴力行為で逮捕した。さらに、翌95年9月8日には、もう一つの、「榊原グランドホテル」の南社長(当時)が泊まっていたホテルに押し掛け、同社長に「殺すぞ」などと言って500万円を脅し取ったとして、山口組系臥竜会内膺竜会・会長の高聖功を恐喝容疑で逮捕した。


この騒動と同じ時期にオウム真理教事件は起た。麻原が「榊原みのり会病院」に入院していた過去があるとか、同教団による買い取り話があった、という噂が流れたのである。




オウムと榊原グランドホテルと徐裕行

サンデー毎日6月3日号によると、オウム真理教と徐裕行にはある接点があるという。

三重県にある、「榊原みのり会病院」の買収話である。

この病院は1969年に設立され、ベッド数は342床。リューマチ治療で有名な総合病院だった。
同一企業グループに「榊原グランドホテル」があったが、バブル崩壊によってホテルは200億円内外、病院も60億の負債を抱え、94年に相次いで倒産した。

この一連の当惨劇に至る過程で、93年から94年にかけて、山口組系暴力団による経営幹部の換金や登記虚像、手形乱発事件、また山口組系フロント企業による不法占拠事件が起きた。その際に、債権取り立てなどで羽根組も関与していたという情報が流れた。

そして、榊原みのり会病院の経営不振が表面化した94年1、2月ごろには”オウム真理教が病院買収に介在していた”という噂が流れた。捜査関係者によれば「滋賀県内で逮捕されたオウム信者から押収したフロッピーの中に、みのり会病院の名前があったといいます」と言う。

サンデー毎日は病院関係者から「当時、早川、中田被告と見られる人物がいた」と証言を聞き出し、「オウムはこの病院の乗っ取りに触手を伸ばしていた形跡があった」と紙面で報じた。

この病院買収は後に大阪府内の歯科医師が代表を務める医療法人が競売で落札したが、ある制約関係者はこう語る。

「オウムが薬の搬入を自由自在にするため、病院を買収したがっていたのは有名な話だ。福島県内の病院倒産のときも教団が買収するという話があり、その実行グループは『白虎隊』と呼ばれていた」

みのり会病院の買収にオウムがかかわっていたことについては、現在、病院側は否定している。しかし、地元民によれば、今年一月ごろにもオウムのシールの張ったワゴン車が病院の前に止まっていたという目撃証言もあり、捜査当局は聞き込み捜査などで調査したという。


また、一橋文哉氏の著書「オウム帝国の正体」によれば
徐裕行も三重県の総合病院の乗っ取りに関わっていたという。

「この病院を狙っている連中は大勢いて、誰もが執拗に食いついてきましたが、実際は裏で繋がっていたようです。特に94年初めごろから押し寄せた連中に、オウムの幹部がいました。早川と中田、それに”白虎隊”と呼ばれるメンバーです。そして嫌がらせなどを行う暴力団員の一人が、あの徐だったんです」

そう話すのは、病院関係者の一人。
別の病院関係者も、こう明かす。

「実は、その連中とは別に、ある宗教団体絡みのグループも病院買収に乗り出してきました。三者ともお互い、よく知っているような口ぶりで『グルだな』って感じたことを覚えています」
その新しいグループのバックにいたのが早川と彼のグループが関わっていたとされる宗教団体で、この病院関係者の目には、新グループが主導権を握っているように映ったという。

病院は一時、暴力団員風の男がウロウロし、病室はオウム信者らしい男女が占拠、玄関前には別の宗教団体の信者らしい人々がたむろするといった”奇妙な光景”と化した。


…と、一橋氏は記している。一橋氏は病院名を伏せているが、情報をみるかぎり明らかに「榊原みのり会病院」を指摘していると思われる。ただし、徐裕行と榊原みのり会病院の関係を報じた媒体は少なく、これまでのオウム裁判や徐裕行裁判でも榊原みのり会病院の話が一切登場しなかったため、信憑性は不明である。


榊原みのり会病院の経営者について



「榊原みのり会病院」と同列系の企業、「榊原グランドホテル」は1969年、大田はる代表によって設立された。

創始者、大田はる代表はアパート管理会社「エイチ・オー」(大阪市西成区萩之茶屋3丁目)の経営者であり、演劇「がめつい奴」のモデルにもなった事業家でもある。

「がめつい奴」は劇作家、菊田一夫の代表作であり1959年に発表さた。
戦後間もない西成区のあいりん地区を舞台に、カネしか信じず、がめつく生きる感移宿泊所の女主人と、周辺の庶民の生きざまがユーモラスに描かれ、映画やドラマ作品も制作された。(戦後の演劇史においては初めてとなるロングラン公演となり、その記録は後に劇団四季が『キャッツ』を公演するまで破られることはなかった。)

2004年秋、大田代表は自分のアパートの複数の部屋を、1日4万5,000円で山口組系暴力団員(当時51)に貸し、翌年春まで使わせた。この暴力団員は後日「勝舟投票券」をノミ行為で販売し、モーターボート競争法違反などの罪で起訴された。

2005年4月23日、「エイチ・オー」(大阪市)が、大阪国税局の税務調査を受け、2004年1月期までの7年間で約3億1000万円の所得隠しを指摘されていたことが分かった。 追徴税額は重加算税を含め約7500万円とみられ、同社は修正申告している。

8月8日、大田代表(当時90)は組織犯罪処罰法違反(犯罪収益の収受)などの疑いで書類送検された。

あいりん地区は日本屈指の治安の悪さを誇るスラム街として知られている。
付近には飛田遊郭のほか、暴力団事務所が多数存在し、2008年にはあいりん地区に暮らすホームレスたちが暴動を起こしている。


榊原グランドホテルの奇抜な経営戦略

榊原グランドホテルは倒産したものの、再び経営をやり直したという。
しかしその経営方針は通常のホテルから掛け離れた、奇抜な経営戦略が展開されていた

その噂はネットでも散見されている。

「ヒーリングゴッド」…「テラヘルツ波」…「生命エネルギー」…
スピリチュアル体験による治療が売り文句



http://ameblo.jp/healing-god/theme-10024016748.html

「大田先生」という人物が経営…大田はる代表の親族なのか





「末期ガンや重病を治せる」
具体的な治療法は『魔』を取り除く!?
神の声???

カルト教団では治療を謳って信者を騙す手口が多い
オウム真理教はもちろん、法の華三法行やライフスペースがその好例▼

某真理教:尊師のイニシエーションで病気が治ると宣伝→洗脳の口実

法の華三法行:福永法源の足裏診断「足の裏を見ればその人の健康状態から仕事の悩み・家庭の悩みなど全てが判る」「最高ですか?最高です」→詐欺罪で逮捕(福永は出所後再び活動を再開した模様)

ライフスペース:グル高橋弘二のシャクティパット「相手の頭部を手で軽けば病気を治せる」「定説です」→成田ミイラ化遺体事件


スピリチュアルを活かした精神療法、疲労改善はあるものの、「末期ガンを治す」「神の声」というのは非科学的な話である。なぜこれほど神妙な売り文句が出てくるのだろうか?


恐ろしい噂



筆者が榊原グランドホテルについて調べていたところ、怪しげな書き込みを発見した。

tamae68292005さん2013/6/623:16:29
私の母は高陽社で特約店というポジションで仕事をしていたのですが、今から5年程前に乳がんになり、手術をしなくても治すと言われ、結局治らず去年12月に西洋医学の力を借りて、がんを取りました。当時1cmでした。
しかし、皮膚からがんが飛び出し、抗がん剤で小さくしてから、手術をするという大変な結果にになり、その間に怪しい宗教にも誘われ、(高陽社で知り合った人間)現在音信不通の状態になり、聖霊とかなんとかを体に入れているから、下界の人間に会うと悪霊が入ってしまうので合わせられないし、今帰ると死ぬと言われ、ひどいマインドコントロールに陥っていて、連絡が取れない状態になっています。高陽社の関係者の方々、これを読んだらどう思われますか?私は、あまりにも無責任さを感じます。
家族は大変心配しています。母を何とかしてください。まるでオウム真理教のようです。
榊原温泉のグランドホテルの跡地で集団生活を送っているようです。一度会いに行きましたが、追い払われました。

http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q11108408516


オーナーが韓国人?


韓国人とは先述した元ダンサーのことなのだろうか
(キリスト系と思われる聖エメラルド教会とは雰囲気が異なるが)

ネットでは奇妙な情報が流れているものの、霊感商法による正式な被害報告は確認できない。ただ、「榊原グランドホテル」の経営者らが、過去に暴力団と関係していたことは留意しておくべきだろう。

(参考文献:「ナニワ金融界の懲りない面々」「オウム帝国の正体」)
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