ひぼろぎ逍遥

http://ameblo.jp/hiborogi-blog/


久留米地名研究会 (神社考古学研究班) 古川 清久

はじめに

すでに、綾杉るな女史による「ひもろぎ逍遥」というブログが良く読まれ、神社への関心の高まりにまでも貢献していることは良く承知しています。
同女史は、九州大学の航空工学の助教授であった故真鍋大覚氏による「那の国の星」他をヒントに神功皇后を追い求めておられます。
これに対抗しようという意図はさらさらないのですが、華麗なひもろぎ逍遥に対して、緋色のボロ着で、神籬=ひもろぎ(ひぼろぎ)を逍遥=彷徨い歩き、神社を探るというほどの意味で、「ひぼろぎ逍遥」を随時書いて行くことにしたものです。
ただし、「ひもろぎ」も「ひぼろぎ」も同一の意味で、「かむりつく」「かぶりつく」、「ねむたい」「ねぶたい」、「つむる」「つぶる」・・・とM音とB音が入れ替わっても全く意味が変わらない言葉が日本語には沢山あるのです。
これは、基本的には呉音と漢音の対抗を意味しており、これ以外にも、N音とD音の入れ替わり現象、濁音の清音化現象も認められます。
詳しくは久留米地名研究会のHPで永井正範氏の講演をお聴きください。
ただ、緋色のボロ着は古川だけの事ですので、悪しからずご容赦。
5月からは久留米大学公開講座(九州王朝論)が始まります。詳細については久留米大学の公開講座の案内をご覧ください。

yotei2016-07

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310 熊本県人吉市矢黒町の矢黒神社は ヤゴローどん が祀られているのではないか?

20160331

久留米地名研究会(編集員) 古川 清久


朝から乙千屋の天子宮の境内社に、推定ヤゴローどん を確認し、次に向かったのは人吉盆地でした(これについては、前ブログ ひぼろぎ逍遥309 熊本県芦北町乙千屋の天子宮の境内社に鹿児島、宮崎のヤゴローどん が! を参照のこと)。

小雨模様の調査行です。いつもの事ながら、人吉盆地は山上の別天地といった雰囲気を持っています。それに格安温泉の宝庫というのですからそれだけでも心が沸き立ってきます。

この人吉盆地の入口に近い川向う(勿論球磨川ですが)の地区に矢黒町があり矢黒神社があります。


310-1


この聞きなれない名の神社が鹿児島、宮崎の「ヤゴローどん祭」の主役のヤゴローどんを祀るものとする確たる根拠はありません。

 しかし、「ヤグ」、「ヤグロ」が「ヤゴローどん」の名を留めている可能姓は十分にあるでしょう。


野々矢具神社 熊本県合志市西合志町野々島4862  火火出見尊外二柱

矢具神社   熊本県田浦町3049         火火出見尊 豊玉姫命

矢具神社   熊本県田浦町波多浦24       火火出見尊 豊玉姫命

矢黒神社   熊本県人吉市矢黒町1765      伊勢以下33

「熊本県神社誌」による


故)百嶋由一郎先生は、このヤゴローどんを南下したニギハヤヒ=山幸彦=猿田彦(新潟県弥彦神社の祭神でもある)とされていました。

 通説では山幸彦が彦火火出見尊 (ヒコホホデミノミコト) とされていることは異論のないところでしょうが、“神武天皇の祖父で 瓊瓊杵尊と木花開耶姫命の三男…木花開耶姫命が疑いを晴らすために産屋に火をかけて、その火の中で生んだ子の一人”などというのは藤原が捏造した大嘘であ ることは何度となくお話して来た「古事記」のインチキ神話の一部です。

 今のところ、「矢具」、「矢黒」が「ヤゴロー」とほぼ対応している事から、そう考えるのですが、祭神もヒコホホデミとあり(矢黒神社については伊勢以下33社とあり、詳しくは宮司にお尋ねするしかないでしょう)、百嶋先生が言われていたニギハヤヒ=山幸彦=猿田彦に対応するのです。

 これまでも何度か書いていますが、九州(大分県北部の瀬戸内海側沿いを除く)では、標準語のO音がU音と入れ替わる場合が数多く認められます。

 「今日は大事(オオゴト)をしでかした」→(ウーゴト)、栂(トガ)→栂(ツガ)、ホウヅキ→フウヅキ、遊び呆(ホウ)ける→呆(フウ)ける…

 当然にも、ヤゴローはヤグロ、ヤグロウに置き換わっている事が自然に理解できます。

 と言うよりも、それこそが原型であり、古代には九州の言葉が標準語だったのであり、「ヤゴローどん」と呼んでいるのは、隼人を制圧した近畿大和の方言を話していた田舎者が、「ヤゴロー」と呼んだだけなのです。

 今のところ作業としてはここまでですが、宮崎、鹿児島限定と思われている“ヤゴローどん”の奉斎(祭)圏がかなり広がっている事が見えて来た事になりそうです

 では、社殿をご覧ください。


310-2


まず、参拝殿は至って質素ですが、神殿の鞘殿の黄金の屋根は茅葺の多い人吉盆地ではど派手で目を惹きます。加えて鞘(サヤ)殿です。由緒書きでは覆屋様式とされています。



矢黒神社は ヤゴローどん を祀るものと考え、再訪している者としては、この鞘殿の様式(原子炉建屋のようですが)は、やはり、筑後物部氏のそれとの思いが走ります。


310-3


タイミングが良ければ球磨川下りに出くわします



縁起を読む限りはあまりにも多くの神様が盛り込まれて判然としませんが(「熊本県神社誌」でも伊勢以下33社とそっけない)、香取(鹿島、香取は百嶋神社考古学では海幸、山幸です)が入っており辻褄は合うのです。

 ただ、やはりと思ったのは、境内社として別建ての伊勢稲荷が祀られており(実は伊勢外宮の豊受大神は山幸彦=ニギハヤヒ=猿田彦のお妃でもあるのです)、本当はこちらが格上の神様なのです。


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境内社として別建ての伊勢稲荷が祀られており(実は伊勢外宮の豊受大神は山幸彦=ニギハヤヒ=猿田彦のお妃でもあるのです)、本当はこちらが格上の神様なのです


最後になりますが、地名で関心を惹いたのは、この矢黒町には雨吹山があることです。まさか、アメノフキネノミコトを意識して付されたものではないと思いますが、今後の課題です。


310-7



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309 熊本県芦北町乙千屋の天子宮の境内社に鹿児島、宮崎のヤゴローどん が!

20160330

久留米地名研究会(編集員) 古川 清久


前日、熊本県氷川町宮原の三神宮を見せて頂いた後、八代から水俣方向に南下し、芦北町の湯浦温泉で疲れを癒やす事にしました。

 湯浦地区に入ると国道3号線沿いに「岩の湯」という民間の共同浴場がありますが、今時、170円という格安の料金で交じりっ気なしの源泉掛け流しの良泉に入ることができるのですからこの上の物はありません。

疲れも取れた事から、古田史学の会のメンバーで、地元郷土史会「野坂の浦」の会員でもあるY先生のお宅にお邪魔して深夜まで話し込んだのですが、翌朝早々にも、芦北町桟敷の乙千屋(オトジヤ)の天子宮に向かいました。

球磨川流域の人吉盆地から八代芦北一帯には多くの天子宮、天子社、天子神社なる謎の神社群が存在していることから、古田史学の会の会報や同会のHP、その他で公開していますが、ほぼ、七年ぶりに現地に訪れる事にしました。

目的は天子宮そのものではなく、同社の境内社の自然石に「矢五郎」との文字が線刻されている事を確認し、その写真撮るためだったのです。

元々これは内倉武久氏を同社や付近の佐敷神社にご案内した際に、同氏が発見されていたものなのです。

  ただ、当時は、鹿児島県のヤゴローどん祭や、この正体に対して無関心だったっため写真 も撮っていなかったのですが、今回、Y先生にも同行して頂き、改めて「矢五郎」と書かれている事を確認し、これが鹿児島県に数多く分布する「ヤゴローどん 祭」に関係するヤゴローどん信仰の一部と確信したのでした。

 既に、このヤゴローどんに関しては、ひぼろぎ逍遥(跡宮)220 鹿児島のヤゴローどんは 山幸彦(ニギハヤヒ)“鹿児島県曽於市の岩川八幡宮”として書いており、7月には公開の予定ですが、その中心地の一つとして有名な曽於市の岩川町岩川八幡宮のヤゴローどんをまずは見て頂きましょう。


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一般的には、熊襲の英雄とか、熊襲を征服した大男とか、九州南部を上手く治めた人物…といったイメージで理解されているのですが、この奉祭圏が肥後まで及んでいるとは全く考えられていません。

 しかし、これについても、故)百嶋由一郎氏は“ヤゴローどんはニギハヤヒ=山幸彦=猿田彦ですよ“

と明言されており、現在、肥後で拾い出した、4社の祭神とどうやら対応しそうなのです。

 これについては、生前、百嶋先生に「矢具神社、矢黒神社があります…」とお伝えした事がありますが、先生もこの肥後の神社群について認識をお持ちではなかったようです。


ヒコホホデミ

ホオリ - 記紀 に登場する神。山幸彦

ウィキペディア(20160330 10:30


野々矢具神社 熊本県合志市西合志町野々島4862  火火出見尊外二柱

矢具神社   熊本県田浦町3049         火火出見尊 豊玉姫命

矢具神社   熊本県田浦町波多浦24       火火出見尊 豊玉姫命

矢黒神社   熊本県人吉市矢黒町1765      伊瀬以下33


祭神は「熊本県神社誌」により確認したもの


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乙千屋の天子宮 カーナビ検索 熊本県葦北郡芦北町大字乙千屋6-9


では「矢五郎」どんの線刻をご覧ください


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「郎」は少し確認し難いのですが「矢五」は鮮明に見えますね
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308 熊本県氷川町の三宮神社(三神宮)初見! 

20160329

久留米地名研究会(編集員) 古川 清久



地 名研究会のメンバーではないのですが、百嶋神社考古学勉強会に参加されているO女史から、“百嶋先生が話されていた八代の上の九州王朝の集落がどこかを探 そうと氷川町を調べていたら五七の桐の神紋を持った三宮神社があった…”と話しておられたことから、まだ見ぬ神社であることは間違いないと、人吉市の矢黒 神社、青井阿蘇神社、相良村の雨宮神社への再訪の道すがら足を延ばす事にしました。

  「白玉粉の工場とかお店とかから曲がる…」といった曖昧な情報だけで尋ねた事から、四キロほど手前の集落を探し廻っていた様で、ほぼ、一時間程度無駄にし たのですが、現地に詳しい方から「多分、宮原の三神宮の事だろう…」とアドバイスを受けようやく辿り着いたのは太陽が西に沈み始める頃でした。


308-1

308-2

同社の由緒書を読むと確かに天照皇大神、国常立尊、神武天皇が祀られているようですが、ネット検索によると、


…三神宮は、天照皇大神(伊勢神宮内宮)、国常立尊(近江日吉宮)、神武天皇(山城下加茂神社)の三神をお祀りするのでこの名前が付けられたといいます。…

氷川町 / 熊本県 による


…伊勢神宮内宮(天照大神)、日吉大社(国常立命)、下鴨神社(神武天皇)の3神を祀ったので三宮社と称した。…

ウィキペディア(20160330 19:45による


このような表現になっています。まず、天照皇大神(伊勢神宮内宮)は良いとしても、日吉宮の主神は大山咋であり、下鴨神社の主神はヤタガラス=豊玉彦なのであって、非常に違和感を覚えます。それでも、この二つの表現を理解しようと思えば、各々の神社に祀られている従神という程度の意味になります。

ともあれ、この三神の組み合わせは、白族に肩入れした三神を崇める神社と言えそうです。


308-3


八代の妙見宮に近い事からか、国常立命(実は天御中主)が祀られているのはそれなりと思えますが、神殿の様式を見ると、上から見て十字型になっており、どうみても物部氏のそれに見えてしまいます。


308-4


山門も素晴らしい造りですし、賽銭箱の五七桐も権威を示しています


百嶋先生が言われた「八代の妙見宮の上の方の九州王朝集落…」云々の話を彼女は北の方と想いこの一帯を探ったのでしょうが、私は妙見宮の上流の標高の高い所を探していたのでした。

ただ、この一帯は三号線の西側の干拓地であり、近世以降に陸化した事を考え合わせれば、氷川のもっと上流域から同社を携え移動して来た人々のように見えますね。

ここでは、国常立命が天御中主命であるという事をお知らせして一先ず終りにさせて頂きます。


308-5


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