2009年03月14日
「博報堂旧本社ビル」は、限りある歴史的建造物のひとつです。
テーマ:ヘリテージング
自分が卒業した学校を母校といいますが、定年退職したかつての「わが社」は何と呼べばいいのでしょう。旧東京中央郵便局再開発をめぐる「鳩山騒動」をウオッチングしている間に、私の昔の奉公先にも似たような事態が生じていました。
神田錦町にある博報堂旧本社ビルは昭和5年竣工、名建築家・岡田信一郎の設計によるものです。列柱と壺装飾を施した塔屋(写真参照)、古典様式でまとめられた風格ある佇まいは、伝統ある文教商業地区にあってひときわ異彩を放っています。要するに、この建物の前を歩く人は「おっ、なんだこりゃ」と思うのですね。
私事で恐縮ですが、私が博報堂に入社した昭和46年というのは、前の年に大阪万博が開かれ、西新宿に日本一高い47階京王プラザホテルが建ち、マクドナルド第1号店が銀座にオープンした年です。日本も私もピカピカに若かった。
個人的思い入れをビル保存問題にからませると、お兄さんとの思い出を語った鳩山さんの轍を踏むことになるのでこの辺にして、言いたいのは、私が若い日に慣れ親しんだこのビルは岡田信一郎の設計であるということです。
建築にはまったく門外漢だった私も、ヘリテージングの普及活動を始めてから、岡田信一郎という名は、辰野金吾や片山東熊に連なるスター的存在となっていました。オタクっぽい話ではありますが。
「大阪市中央公会堂」、「明治生命館」、「日本銀行小樽支店」、「歌舞伎座」、震災後の「ニコライ堂」「東京美術学校陳列館」「黒田記念館」等々。
重文や有形文化財もまじえヘリテージング名所のオンパレード、これがみんな岡田作品、そして博報堂ビルもそうなのです。サラリーマン時代は「本社って古くて暗いなあ」と感じるだけでしたが…。
人間なんていい加減なもので、いまも変わらず古くて暗いビルなのに、立場が変わると見る目も変わり、さすが歴史的名建築!ということになるのです。岡田作品のうち現在残るのは個人住宅を除くと全国でわずか15棟。そのひとつが博報堂旧本社ビルなのです。
神田錦町一帯は新たな商業地区として再開発の真っ最中。中央郵便局の例もあることだし「もしや」と思いネットで調べてみたら、ありました。
博報堂DYホールディングズの平成20年11月の「四半期報告書」の中にこんな記述が見つかりました。ちょっと長いですがご紹介しましょう。
「設備の状況:(株)博報堂は平成20年9月11日東京都千代田区に保有する旧本社ビルを老朽化のために解体し、近隣地権者と共同でオフィスビル中心の複合施設を建築する計画を本格的に検討することと致しました。この再開発に要する投資額は計画の詳細と共に現在検討中でありますが、(株)博報堂の追加投資額は総額100億円程度を予定しております。また、本件に伴い、(株)博報堂が計画地に保有する建物等の除却予定額2億55百万円を当第2四半期連結会計期間において減損損失として計上いたしました」。
もう手遅れかもしれない。2億55百万円かけた解体除却。せめて壁面保存というわけにはいかないものか。100億の追加投資となると経営の根幹にかかわる事業でしょうから、とっくの昔に引退したOBが何を叫んでも「蟻んこの選挙演説」(声が届くわけがない)有形文化財でもないし、あきらめるしかないか…。
米国の「歴史記念物保存法」によれば、歴史的建築物の保存は単に人々のノスタルジアを満足させるためのものでなく、経済的諸要求をも充足するものでなければならないとあります。ということは、経済的諸要求を充足する限り歴史建造物には残る権利があり、その保有者は経済活性化に役立たぬものは壊す権利がある。プラグマティズムの国らしい精神です。
神田錦町に生まれる「新・複合オフィスビル」のアイデンティティとして、全国の近代遺産を観光と教育の対象として活用する総合ビジネス・センターと、日本初の近代遺産観光(ヘリテージング)博物館を備えるなんていうのはどうでしょう。ビジネスマンだけでなく一般人も訪れる文化施設のあるオフィス・ビル。それにふさわしくビルの外壁には岡田信一郎のメモリアルが残される…。
村上春樹さんも、壁と卵でいえば卵の側に立つというスピーチをしていたことだし…。ちょっと違うか?まあ言うだけ言わせてください。若き日の青春の碑が2億55百万円かけて解体されてしまうのですから。本日はこれまで。
博報堂旧本社ビル 竣工:1930年(昭和5年)10月
所在地:東京都千代田区神田錦町3-22
設計:岡田信一郎 施工:戸田組 構造:鉄筋コンクリート造3階建て塔屋付
アクセス:都営三田線神保町より徒歩4分、地下鉄東西線竹橋より徒歩6分
地下鉄千代田線新御茶ノ水・都営新宿線小川町より徒歩8分






神田錦町にある博報堂旧本社ビルは昭和5年竣工、名建築家・岡田信一郎の設計によるものです。列柱と壺装飾を施した塔屋(写真参照)、古典様式でまとめられた風格ある佇まいは、伝統ある文教商業地区にあってひときわ異彩を放っています。要するに、この建物の前を歩く人は「おっ、なんだこりゃ」と思うのですね。
私事で恐縮ですが、私が博報堂に入社した昭和46年というのは、前の年に大阪万博が開かれ、西新宿に日本一高い47階京王プラザホテルが建ち、マクドナルド第1号店が銀座にオープンした年です。日本も私もピカピカに若かった。
個人的思い入れをビル保存問題にからませると、お兄さんとの思い出を語った鳩山さんの轍を踏むことになるのでこの辺にして、言いたいのは、私が若い日に慣れ親しんだこのビルは岡田信一郎の設計であるということです。
建築にはまったく門外漢だった私も、ヘリテージングの普及活動を始めてから、岡田信一郎という名は、辰野金吾や片山東熊に連なるスター的存在となっていました。オタクっぽい話ではありますが。
「大阪市中央公会堂」、「明治生命館」、「日本銀行小樽支店」、「歌舞伎座」、震災後の「ニコライ堂」「東京美術学校陳列館」「黒田記念館」等々。
重文や有形文化財もまじえヘリテージング名所のオンパレード、これがみんな岡田作品、そして博報堂ビルもそうなのです。サラリーマン時代は「本社って古くて暗いなあ」と感じるだけでしたが…。
人間なんていい加減なもので、いまも変わらず古くて暗いビルなのに、立場が変わると見る目も変わり、さすが歴史的名建築!ということになるのです。岡田作品のうち現在残るのは個人住宅を除くと全国でわずか15棟。そのひとつが博報堂旧本社ビルなのです。
神田錦町一帯は新たな商業地区として再開発の真っ最中。中央郵便局の例もあることだし「もしや」と思いネットで調べてみたら、ありました。
博報堂DYホールディングズの平成20年11月の「四半期報告書」の中にこんな記述が見つかりました。ちょっと長いですがご紹介しましょう。
「設備の状況:(株)博報堂は平成20年9月11日東京都千代田区に保有する旧本社ビルを老朽化のために解体し、近隣地権者と共同でオフィスビル中心の複合施設を建築する計画を本格的に検討することと致しました。この再開発に要する投資額は計画の詳細と共に現在検討中でありますが、(株)博報堂の追加投資額は総額100億円程度を予定しております。また、本件に伴い、(株)博報堂が計画地に保有する建物等の除却予定額2億55百万円を当第2四半期連結会計期間において減損損失として計上いたしました」。
もう手遅れかもしれない。2億55百万円かけた解体除却。せめて壁面保存というわけにはいかないものか。100億の追加投資となると経営の根幹にかかわる事業でしょうから、とっくの昔に引退したOBが何を叫んでも「蟻んこの選挙演説」(声が届くわけがない)有形文化財でもないし、あきらめるしかないか…。
米国の「歴史記念物保存法」によれば、歴史的建築物の保存は単に人々のノスタルジアを満足させるためのものでなく、経済的諸要求をも充足するものでなければならないとあります。ということは、経済的諸要求を充足する限り歴史建造物には残る権利があり、その保有者は経済活性化に役立たぬものは壊す権利がある。プラグマティズムの国らしい精神です。
神田錦町に生まれる「新・複合オフィスビル」のアイデンティティとして、全国の近代遺産を観光と教育の対象として活用する総合ビジネス・センターと、日本初の近代遺産観光(ヘリテージング)博物館を備えるなんていうのはどうでしょう。ビジネスマンだけでなく一般人も訪れる文化施設のあるオフィス・ビル。それにふさわしくビルの外壁には岡田信一郎のメモリアルが残される…。
村上春樹さんも、壁と卵でいえば卵の側に立つというスピーチをしていたことだし…。ちょっと違うか?まあ言うだけ言わせてください。若き日の青春の碑が2億55百万円かけて解体されてしまうのですから。本日はこれまで。
博報堂旧本社ビル 竣工:1930年(昭和5年)10月
所在地:東京都千代田区神田錦町3-22
設計:岡田信一郎 施工:戸田組 構造:鉄筋コンクリート造3階建て塔屋付
アクセス:都営三田線神保町より徒歩4分、地下鉄東西線竹橋より徒歩6分
地下鉄千代田線新御茶ノ水・都営新宿線小川町より徒歩8分











1 ■博報堂
こんばんは。現地に解体のお知らせが出ているようですね。内部はだいぶ改修されているようなので、せめて外観だけでも残せないものかと思いますが、外壁もだいぶ傷んでいるようですし…。
このまま取り壊されるのでは残念なことです。