記憶
テーマ:禅的な思考法刹那刹那、いのちは来ては帰り来ては帰りしながら続いている。
前後際断しているが、続いているのです。
生(しょう)というときには、生よりほかにものなく、
滅(めつ)というときには、滅のほかにものなし。
かるがゆえに、生きたらばただこれ生、
滅きたらばこれ滅にむかいてつかうべし。
いとうことなかれ、ねがうことなかれ。 (生死の巻)
いのちは前後際断しながら非連続の連続で続いているのですが、
わたしというのはずっと同じように生きているように感じています。
それは、「記憶」というものがそうさせているのです。
毎秒、現在から過去へ時間は過ぎ去っています。
残っているのは、あなたの「記憶」だけです。
誰かにいやなことを言われると、そのいやな言葉のフレーズを
何度も頭のなかで繰り返し、忘れないように記憶しなおしていない
ですか。
何度もその場面を思い出し、繰り返しいやなフレーズを思い出し、
何度も何度もイヤな気分を感じています。
わたしの場合でも50回以上100回くらいは繰り返して思い出しているの
ではないかと思っています。
しかし、これは2回目からは自分で思い出しているのですね。
それに気がつくことが禅的悩み解決の第一歩だと考えています。
1回
言われただけなのに
100回
言われた気分。
残りの99回は
自分で再生ボタンを
押しているのね。
『心が晴れていく簡単テクニック』
ひらやまれいこ はまの出版
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