鹿児島県 奄美大島〜加計呂麻島 出張中

2016年09月26日 テーマ:出張

鹿児島県出張 奄美大島〜加計呂麻島
2016年9月25〜27日

奄美大島~加計呂麻島に出張しております。

 

 

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特攻艇、震洋
 
 
 

 

 

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少し前に、近くの島が震源地となる地震がありました。

 

こちらも、結構揺れた様ですが、当方移動中にて全く気が付きませんでした。

 

大事に至らない様に、祈るばかりです。

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第7回戦争遺跡保存ネットワーク四国現地見学会 其の二

2016年09月22日 テーマ:戦争遺跡保存ネットワーク四国

第7回戦争遺跡保存ネットワーク四国現地見学会 其の二

『旧丸亀俘虜収容所見学』

 


H28年5月28日、香川県で開催されたフィールドワークの様子です。

今回の参加人数は30数名で、子どもから戦争体験者までと幅の広い年齢層での学習会となりました。

 

まず、最初に向かったのは『秋寅の館』の民間用地下防空壕です。丸亀駅から徒歩にて20分弱で到着し見学しました。

 

 

 

 

その後、丸亀駅に戻り、次に乗用車で目指したのは、旧丸亀俘虜収容所跡地です。

 

 

収容所跡…そこは、立派なお寺でした…

 

 

 

 

『本願寺塩谷別院』

到着後間もなく、お寺と俘虜収容所の歴史説明が始まりました。

開所は1914年(大正3年)

第一次世界大戦にて、中国青島より300名を超えるドイツ兵が、この俘虜収容所に収容された様です。

 

 

 

俘虜収容所時代、本堂前での写真

この写真に写っている人数は300人近くと思われます。

 

 

本堂内でも、丁寧な説明を受けました。

 

 

本堂で雑魚寝をする俘虜とのことです。

過密状態が見て取れますが、笑顔の方もいらっしゃいます。

 

 

この柱も、多くの俘虜の方々が触れたことだと思います。

 

 

この撮影場所は…

(音楽に長けた方も多く居た様です)

 

 

本堂の裏側(北側)の、ここであると説明を受けました。

確かに、建物の窓の位置など一緒、当時の写真では奥の窓から、人が顔を出しています。

 

 

本殿のさらに北側の敷地境界線には当時の壁も残っています。

 

 

収容所時代を語る、貴重な塀です。

老朽化が進行していますが、しっかりとしていました。

 

 

四国内では徳島県の坂東俘虜収容所が有名だと思いますが…

 

この香川県丸亀市に、この様な収容所が存在したと。そして、ここで収容された方の中に素晴らしい音楽家が、彼を中心に楽団が結成され後には、あの有名な日本初の第九初演の地、坂東俘虜収容所に移送されたと今回初めて知り、興味深く学ぶことが出来ました。

 

次回の…

『第7回戦争遺跡保存ネットワーク四国現地見学会 其の三』ではJR多度津工場にある戦跡をアップしたいと思います。

 

 

 

 

 

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高知県須崎市砲台跡 其の二

2016年09月19日 テーマ:新聞掲載など

 

高知県須崎市砲台跡 其の二

 

学芸員Fさんとの合同調査にて須崎市野見湾にあった砲台跡を確認致しました。

 

須崎市では幕末(1800年代)異国の黒船を迎え撃つ準備下での砲台が有名ですが…


 

今回、こちらでアップするこの砲台のことは、旧日本軍の資料に載っており、アジア・太平洋戦争末期の本土決戦準備下において日本海軍によって造られたものです。
資料によると須崎には四十口径四一式十五糎砲(弾300発)、四十五口径十一年式十二センチ砲が二門(弾600発)あったと記されています。

 

そして、今回訪ねたこの地は、四十五口径十一年式十二センチ砲があった場所です。

 

 

 

当時の現地の模様を詳しく記憶されている方に、事前に連絡を取り、ご案内をしていただきました。

 

 

 

目的地には道路から一気に登る感じです。

 

駐車場から10分ほどで砲台跡地に到着しました。

終戦本土決間際、本土決戦準備下、当時の証言を聴き取ります。

 

この地には、この大砲があったとのことです。


十五口径十一年式十二糎高角砲

・口径:12センチ

・砲身長:5.4メートル

・砲身重量約:3トン

・最大射程距離:15.6㎞

・弾丸重量:約20㎏

・発射速度:10~11発/1分

 

 

この場所は、岬の様な突出した場所の山を切り崩した平地です。

現在は、攻撃目標となる艦艇や上陸舟艇などが来ると予想される正面側の海面を直視することが不可能となっていました。

 

 


砲台周辺の木々を切り取れば、北側はこの様に大谷地区の最深部かなり見晴しが効く場所であり、南西側の港開口部も見渡せる場所となります。

 

 

 

こちらの砲台も、今回現地調査協力を、快くお引き受け下さった、当時のことをよく記憶されている方に、お会いできなかったら、知ることができなかった可能性大な場所です。この度は、ご協力を下さいまして、本当にありがとうございました。

 

ちなみに、このお方は、あの須崎市法印山、第二十三突撃隊『電探基地』や、『震洋基地』のことも鮮明に記憶されていました。

 

証言と現地の戦跡、どちらも重要であり、須崎においても戦争を語り継ぐ手段のひとつとして大変貴重な存在であることは間違いありません。

 

 

 

※現在、直ぐ近くに須崎市立南中学校がありますが、この砲台や特攻艇『震洋』、人間魚雷『回天』が配備されていた事実を…。

そして、まさにその学校付近には機銃陣地があったことが次世代に教えられているのでしょうか…。

 

 

 

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長崎県 出張中

2016年09月13日 テーマ:出張
2016年9月13日
今日も、夜勤明けで
高知龍馬空港10時20分発に無事搭乗
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約1時間で福岡空港に着陸。
その後、急いで長崎県に移動しました。

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不思議と雨は一滴も降りませんでした。

{C01B4B73-792F-4868-925E-1142349DAC6A}戦争遺跡、魚雷関連施設です。


明日も、走ります。

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高知県須崎市砲台跡 其の一

2016年09月10日 テーマ:『高知戦跡』 砲台ファイル   

高知県須崎市砲台跡 その1

2015年11月、研究員T氏との合同調査にて砲台跡を確認致しました。



須崎市では幕末(1800年代)異国の黒船を迎え撃つ準備下での砲台が有名ですが…



今回、こちらでアップするこの砲台のことは、旧日本軍の資料に載っており、アジア・太平洋戦争末期の本土決戦準備下において日本海軍によって造られたものです。
資料によると須崎には四十口径四一式十五糎砲(弾300発)、四十五口径十一年式十二センチ砲が二門(弾600発)あったと記されています。


そして今回訪ねたこの地には四十五口径十一年式十二センチ砲があったという情報があります。



十五口径十一年式十二糎高角砲

・口径:12センチ

・砲身長:5.4メートル

・砲身重量約:3トン

・最大射程距離:15.6㎞

・弾丸重量:約20㎏

・発射速度:10~11発/1分





砲台跡は海から少し離れた山腹にありました。

山壁をくり抜いた形で、前面のみ開口しています。自然地形の特性を十分に生かした構造であることが、現地調査で判明致しました。


写真画像では非常に分かり難いですが、この砲台中心の砲座があったと推測される場所に立つと、その周囲の形状から異様な空間であり違和感を感じ取れます。



 


砲台があるということは、この上部に観測施設や壕があると思われますが…二手に別れて上下左右の周辺をかなり歩きましたが、残念ながらコンクリート構造物等は発見に至りませんでした。






 

傍には崩落壕があります。




 

遠くには野見湾の島々がよく見えます。

本土決戦、敵軍が須崎へ上陸することを想定。

狭い湾口を通り抜けてくる舟艇や兵士を迎え撃つ形です。





 
直ぐ下に線路があり、当時には鉄道で大砲設備を運んできたことが容易に想像できます。

聴き取り調査でも、ここに砲があったことを確認できました
が、時間があれば、まだまだ情報が集まりそうです。



この日は二人で朝から別の山でも歩き通しで昼休憩、食事もなし…

いつもこんな感じです。


T氏の西日に向かう顔、やり遂げた感が渋いです。




恐らくこの砲台現地画像はネット初公開となると思われます。


人が訪ねた形跡もない状態でした。

今回聴き取りをした周辺住民の方々(ご高齢者が主)も、その90パーセントが、アジア・太平洋戦争末期本土決戦用の大砲が、この地にあったことを知らない状態でした…


このままでは、もう誰も…知らなくなる

間違いなく忘れ去られてしまう旧軍事施設です…







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第7回ハンザクラス Hand in Hand 高知大会 ヨット大会出場

2016年09月05日 テーマ:サーフィン・ヨット・スノボ・クライミング

H28年9月4日 

高知県香南市夜須町手結海岸で開催されましたヨット大会

第7回ハンザクラス Hand in Hand 高知大会に出場いたしました。

 

 

今回は初の中級のクラスでのエントリーとなります。

 

さて、海は台風12号の影響があり、ワクワクです!

 

今回で3度目の出場となります。

 

 

開会式は大雨の中で…

やる気は満々です!

 

 

少し雨も小降りとなり、無事に出廷となりました。

初級コースの艇を横に眺めながら、より沖に出ます。

そちらに中級のコースがあります。

 

 

 

IMAOガッツ!

スタート地点に向かっている時から、2人とも気合が入っています!

 

沖は台風の影響で、うねり、雨、風があり!

時にセットが来れば、大盛り上がりとなります。

 

スピードはグングン出るし、艇が大きく傾くこと再々

そして、強い風の影響でセール付近のパーツが分解、ロープもシュルルンと外れてとんでもない事に!

色々な対応に大慌てとなり、2人で大笑いしました!

 

 

 

 

セットがくれば、波の裏手の、プレジャーボートが見えなくなります。

 

そんなこんなで、最後までハプニングがありましたが

無事にレースは終了しました。

 

お昼には不思議と雨も上がり、気温も上昇!

暑いの大好きです!

 

お昼ご飯を美味しく、いただきました。

 

昼食後は表彰式…

 

とっ!予想外の展開に!

IMAO!これは表彰台では、ないですか…

苦節3年、ついにこの日が…

 

参加賞の、とっても美味しい『ポップあき』さんのお菓子もいただき嬉しさ倍増です。このワンオフのオレンジバッグがお洒落です。今年も、楽しみにしていました。

 

 

空も身も心もスッキリと晴れました!

 

関係者の皆様、大変お世話になりました。

おかげ様で、とっても充実した一日となりました。

本当に、ありがとうございました。

 

 

IMAOありがとうね!

 

 

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関東出張中、中日

2016年08月29日 テーマ:出張

H28年8月28日

夜勤明け10時10分発の飛行機で

関東に出張中…
 
そして本日は、中日です。
台風10号接近中の、今日の午後様子…
 
 
晴れがメインで
時々雨がポロポロ程度です。
 
 
 
 

 

 

 

 

 
とても静か…
 

嵐の前の…

 

 

 

 

明日は…

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サクラ花

2016年08月15日 テーマ:戦争記録
終戦記念日の本日
映画、サクラ花
ー桜花最期の特攻ーを観に
高知県立美術館ホールに来ております
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始まり10分前です
上映後は
自分の気持ちが
どの様に変わっているでしょうか…


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第7回戦争遺跡保存ネットワーク四国現地見学会 其の一

2016年06月29日 テーマ:戦争遺跡保存ネットワーク四国

第7回戦争遺跡保存ネットワーク四国現地見学会 其の一

『民間防空壕』



H28年5月28日、香川県で開催されたフィールドワークに参加させていただきました。


今回の参加人数は30数名で、子どもから戦争体験者までと幅の広い年齢層での学習会となりました。





当日、行程表です。





JR丸亀駅に集合、香川県代表の挨拶から始まりました。






地図を使っての、わかりやすい説明を受けました。
最初に目指すは丸亀城付近の戦争遺跡『地下式防空壕』です。






昭和の雰囲気たっぷりのアーケードを通ります。




アーケード内の更地に残された古井戸の様です。



丸亀駅から徒歩約10分で、最初の目的地に「秋寅の館」に到着。

大正時代末期の重厚な印象を受ける建物です。

戦争空襲を逃れるために一時この建物は疎開したようですが、元の位置に帰ってきたとの説明を受けました。





屋内の一角に不自然なムシロが敷かれています。

ここだけ何か違う空気が漂っています。





ムシロの下は、なんと蓋扉で、忍者屋敷の様です。

そして先は地下防空壕に降りる階段になっていました。





防空壕室内の広さは四畳半ほどで天井は低目です。

表面の状態は大変良いものでした。


驚いたのは天井付近の壁にある明かり取り、換気用?の小窓があったことです。

子どもならなんとか潜れそうですが、大人は無理だと思います。





戦時中、空襲を避けるための防空壕は山によく掘られていますが、山が近くに無い場合、道路脇の地下や自宅の庭先、納屋の中と様々な所に掘られました。ここも、その立地から自宅地下に壕を掘らざるを得なかったのでしょう。(戦中は各戸に、この様な壕を造るようにと指導がありました)



屋内式地下防空壕タイプの場合、空襲の火災被害などが発生時、壕入口に倒壊した柱や屋根などが覆いかぶさったら、外に出ることができなくなる恐れがあります。

当時いつ襲ってくるかもわからない脅威には、どうしようもなかったと思いますが、想像するだけでも大変恐ろしいです。




いつの時代の物か分かりませんが、レトロでお洒落な碍子と古い電線がついていました。



湿気などは全く感じませんでした。

香川は雨が少ないので、浸水被害なども無い様子です。





昔、田舎で地下防空壕をみたことがありますが、この町の中でこれほど状態の良いものが残っているとは驚きです。





そして、建物裏手側も素晴らしい構造でした。


この丸亀には、他にもう一基だけ建物内に地下壕が残っている家屋があるそうです。大変貴重な戦争遺跡だと思います。




つづきます…。










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旧日本陸軍歩兵第四十四連隊のトーチカ発掘

2016年06月09日 テーマ:『高知戦跡』 高知市 トーチカ 

2016年6月9日

高知県 高知市春野の山中で

旧日本陸軍第四十四連隊(高知郷土部隊)のトーチカを発見

発掘いたしました。



このトーチカは戦後間もなくの11月ごろ、進駐軍の手によって爆破処理を受けており、構造物の上部が吹き飛んでいます。





銃眼より上部が粉砕されていました。





なんとか銃眼の形が残っていましたが、それにしてもこの銃眼…初めて見る形状です。





銃眼が狙う先は…

現在は木々が生い茂り、全く視界が効かない状態です。




これほど粉砕されるとは…

コンクリート強度は低く、かなり脆い状態で周囲にも散乱しています。




残った構造物本体から出る丸鉄筋数本を確認できました。




この細さ、折れるのも時間の問題です。

急いで記録を残します。





山中にはない、玉砂利が沢山使われています。

コンクリートの品質が南国市のトーチカより劣っていますが、発破を受けても前壁の下部はしっかり残った…

その存在感…圧倒されました。





後方には付帯施設の壕がありも、入口が潰れています。

岩壁に壕を掘り、この足場の大変悪い山中まで、これほどの量の砂利を運び練る…大変な作業です。




壕の内部は、なんとか空間を残すも殆どがコンクリート破片で埋まっていました。






今までに見たことがない形状のトーチカでした。


隣地区の陸軍歩兵第四十三連隊のトーチカとは全く異なっています。



今回の発掘で

高知県下のトーチカ確認数は、ついに50基となりました。


南国市:37基

香南市:6基

須崎市:6基

高知市:1基


高知市内初のトーチカ(陸軍歩兵第四十四連隊配備地での)発見、数年がかりの調査でようやく今日に至りました。


周囲には、まだある可能性があるので引き続き調査を続行したいと思います。


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