社説:【社説】「トランプ新大統領 分断を世界に広げるな」2017/01/22(毎日新聞) - 毎日新聞 http://mainichi.jp/articles/20170122/ddm/005/070/020000c

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米国社会に走る断層の先端は海を越えて欧州やアジアにも届いているのか。いずれ世界は米国発の分断に直面するのではないか。

そんな暗い予感に襲われる。

ドナルド・トランプ氏が第45代米大統領に就任した。首都ワシントンでは厳かな式典が行われる一方、就任に反対するデモも盛り上がった。

「トランプは我々の大統領じゃない」と叫ぶ人々は暴徒化し、警官隊と衝突して多くの逮捕者が出た。米国は深いところで分裂している。

国の在り方をめぐる対立だ。自由と民主主義を象徴する国の未曽有ともいえる混迷。それは、とりも直さず国際秩序の混迷でもある。

先が見えない時代が始まった。



■理念なき政治の危うさ



新大統領の就任演説は良くも悪くもユニークだった。「権力をワシントン(の既成政治)から、あなた方米国民に戻す」。やや分かりにくいが、「既成の権威(エスタブリッシュメント)」を排除し、市民本位の政治を取り戻すというのだろう。

「米国第一」も強調した。経済面でも安全保障でも、米国は世界からもっとお金を集められるし、強くもなれると言いたいのだ。

演説には同じ共和党の故レーガン大統領の影響も見えたが、米国を世界の「希望の灯台」と呼び、同盟国との協調の大切さをうたったレーガン演説とは根本的な違いがある。

米国の歴史や建国の理想など、理念を語っていないのだ。トランプ氏も承知の上だろう。同氏は歴代大統領をも「既成の権威」ととらえ、格調の高さとは無縁な演説を通して「自分は型破りの大統領になる」と宣言したように思える。

それは米国の在り方を変えることでもある。米国は特別な存在であり「丘の上の街」(新約聖書)のように他の模範となるべきだ。そんな伝統的な考え方はトランプ政権では希薄になり、米国はふもとから仰ぎ見る「街」でも「世界の警察官」でもないという時代に入ったのだろう。

だが、理念なき政治や単独行動主義は結局、その国を危うくし、国際社会に不利益をもたらす。

トランプ氏は環太平洋パートナーシップ協定(TPP)からの離脱を宣言し、北米自由貿易協定(NAFTA)の再交渉を求めたが、こうした措置が米国民の長期的な利益につながるかは疑問である。

場当たり的な外交姿勢も問題だ。ロシアの核削減と引き換えにウクライナ情勢をめぐる対露制裁を緩和する可能性に言及したのは、外交と商取引の混同としか思えない。

険悪な米露関係を改善するのはいい。シリア情勢や過激派組織「イスラム国」(IS)との戦いに関して、米露共闘の可能性を探るのもいい。だが、米露の融和と米欧による対露制裁の緩和は別である。

しかもトランプ氏は自身の弱みになり得る映像などをロシア側に握られているとの情報もある。ロシアがハッキングで米大統領選に介入した疑惑も含めて、一連の問題は超党派で解明すべきだろう。

気になるのは、トランプ政権が米国の在イスラエル大使館のエルサレム移設を検討していることだ。だが、イスラエルの首都と認定されていないエルサレムへの移設はイスラム世界の猛反発を呼ぶ。大義なき移設は見合わせるべきである。



■日本は主体的な外交を



中国との関係も波乱含みだ。南シナ海の埋め立てや軍事拠点化について、オバマ前政権は有効な対応策を取れなかった。トランプ政権が中国の動きを警戒し、毅然(きぜん)たる態度を保つのは日本にとっても有益だ。

だが、一つ間違えば米中の衝突が生じ、日本を含めた近隣に影響が及ぶ恐れもある。トランプ氏は「一つの中国」政策の見直しをちらつかせているが、慎重な対応を求めたい。

日本としては米国の動きが読みにくい分、主体的な外交が重要になった。米中の取引で思わぬ不利益をこうむる恐れもあるし、日米同盟に基づく米軍の役割の再確認も必要だろう。日本は、米国の政策形成に関与するつもりで積極的な意見交換を重ねてもいいはずだ。

世界の分断を防ぐ上で、トランプ氏はなぜ大統領になれたのかと考えることも必要だ。ポピュリズム(大衆迎合主義)や反知性主義の勝利だと片付けるのは、同氏に懸命にすがった人々を軽く見ることになる。

1990年代から進んだグローバリズムは、世界経済の成長を促した半面、社会の格差を広げ移民やテロも増えた。英国民が欧州連合(EU)離脱を選択し、米国民がトランプ氏を大統領に選んだのは、グローバル化の問題点に関する「気付きの連鎖」だと、古矢旬・北海商科大教授は指摘する(毎日新聞1月18日)。

そうであれば今後とも欧州などで「連鎖」が起きるのは想像に難くない。米国の分断が欧州や他の地域に及ぶのを防ぐには、さまざまな問題と向き合う必要があり、本来その中心になるべきは米国である。

トランプ氏は英国以外のEU離脱も推奨しているが、世界の分断は米国の利益にならないし、分断機運をあおる発言もやめてほしい。それをトランプ氏に理解させるために私たちは知恵を絞るべきである。

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