元CAキャッシュを生み出す女性起業家応援熊谷留美子

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こんにちは、おもてなしのエグゼクティブクルー、熊谷留美子です。


右脳トレーニングのイメージすることついて書いてみます。

ある日のことです。

電話がかかってきました。



男性

「あの~、熊谷留美子さん、実は今度母校で授業をしていただけませんか?」

「はい、承知いたしました、ありがとうございました。」


その男性は、びっくりされたとあとで伺いました。


それは、

突然電話したのに、「はい、承知しました」と。さも、待っているようだったからだと言われたのです。


しかも、鹿児島県から、宮城県の仙台市に嫁いだ私に電話があったのに、いとも簡単に、「伺います」と答えたからだともいわれました。


実は何を隠そう、NHK Eテレの「ようこそ先輩」という番組が好きでいつもイメージしていました。


【母校で「あなたの夢はなんですか? 夢は叶います」のタイトルで授業をした】

 

とノートに書いていたのです。

母校から90周年の記念に先輩の公開授業をお願いしたいと電話があったというわけです。




男性

「題材はどのようにされますか?」

「あなたの夢は叶います、あなたの夢はなんですか?  です」


男性

「!!!!!」


そう、イメージしていたとおりの展開でしたので、題名まで作っておいたのです。



元国際線ファーストクラス客室乗務員 エグゼクティブクルー熊谷留美子のおもてなし実践講座


そのときの写真です。

ローカルテレビが放映までしてくださっていました。


30名ほどの先輩たちが、母校の90周年の記念に語ってくださったのです。

しかも、そうそうたる先輩たちのなかで、私が唯一、主婦(その頃は・・)だったのです。

つまり、思いの強さが、時空を超えて、成し遂げられたのです。



元国際線ファーストクラス客室乗務員 エグゼクティブクルー熊谷留美子のおもてなし実践講座

その授業は公開だったので、参加された右側の方も一緒にお写真に写りました。


このときのことを思い出すと、そうだ! って思い返すことができます。

小さい夢でも、大きな夢でも同じです。

この頃は、息子は幼稚園に通っていました。

私は無名でした。

なにも力がなかったのです。


でも、母校になにか恩返しができたらいいなぁ・・・、

いえいえ、

ホントは、なにか、喋りたかっただけなのです。

目立ちたかったのです。



こんな私でも叶ったんです。

ありがたい経験をさせていただきました。




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こんにちは、おもてなしのエグゼクティブクルー、熊谷留美子です


下記のインタビューは、2年半前に受けたものです。

途中で、「明日のことを書く」ことで、起こりうることをイメージしている会話のやりとりがでてきます。

20年間、続けている「ノートに明日のことを書く」トレーニングをしていますが、何かの参考になれたらいいなぁと思い、書きました。




(青木)この講演会は、「最初の一歩を踏み出すと決めているけれど、踏み出せない人」が対象です。
その中には、「仕事がもっと楽しくなれば」と思っている方もいらっしゃると思います。
熊谷さんはいつも笑顔で楽しそうですね。 きっとお仕事も充実しているからだと思うのですが、まずは前職、スチュワーデス時代の話から伺えますか?
どのようなきっかけでスチュワーデスになろうと思われたのですか?

(熊谷) 
それは、テレビをみてすごい衝撃を受けて、
スチュワーデスになりたい!って単純に思ったからです。


(青木)どのような番組だったのですか?

(熊谷)
鹿児島の田舎で育ったから、TVといえばNHKとTBSの2局しかなくて。
しかもNHKしか見てはダメっていわれていて、たまたま遊びに行った祖父の家で はじめて民放をみたの。 「アテンション・プリーズ」っていうドラマで、数年前にリメイク版を やっていたのだけど、わかるかしら?

(青木)わかります。リメイク版では、上戸彩さんが主役でしたよね!


(熊谷)
そう!そのときはもう、すごい衝撃的で。 田舎のおじょうさんがスチュワーデスになっていくストーリーで、私もスチュワーデスになりたい!って思ったの。

(青木)それで熊谷さんは、スチュワーデスになるためにどのようなことをしましたか?

(熊谷)
中学3年生の弁論大会で、「私、スチュワーデスになります!」 って宣言したの。
「え~あの顔で?!」ってみんなに指を差されたけれど、気にしなかったの。
スチュワーデスになりたいって思う直前に、母子家庭だったから大坂万博に招待してもらって、
海外っておもしろい!って思ったことがありました。
布石があったのです



(青木)また、中学生の時の弁論大会で、まわりの子たちに「え~」って言われてもあきらめないことがすごいです。

(熊谷)
でもね、私も失敗しているの。
高校3年生のとき、スチュワーデスは難易度が高いって先生に反対されて、そのとき私も無理かな~って思って、あきらめてしまったの。
今だったら、 「スチュワーデスになるにはどんな勉強をすればいいですか?」ってすでに経験している人に聞けばいいし、他の人の情報を鵜呑みにして詳しく知らないままあきらめないほうがいいって思えるんだけどね。


(青木)誰かの言葉であきらめる人って多いと思います。
きっと私もそうやって、あきらめてきたことがあると思います。
熊谷さんも、最初は航空会社ではなく、貿易会社に入られたのでしたね。


(熊谷)
そう。 海外に関係する仕事をしたいっていうのがあって、短大2年のときにスチュワーデスの試験を受けたけれど、落ちてしまって。貿易会社に就職したの。
でもあるとき、同じ職場の人がスチュワーデスの試験を受けるからって、申込用紙を2枚もらってきてね。1枚使わずにすんだからって、私にくれたんです。


(青木)それってもしかして、芸能人になるつもりじゃなかった子が オーディションに受かってしまうような・・・

(熊谷)
そう、まさに!
なんと私が受かってしまったの。彼女は残念ながら・・・。


(青木)やってみないとわからないものですね。同僚の方が申込用紙をくれて、熊谷さんが出さなければ、そうはならなかったですものね。 それで、どうされたのですか?
熊谷さんのことだから、きっとそのときやっていた貿易のお仕事もおもしろかったと思うのですが。


(熊谷)
おもしろかったし、会社に入って1年2ヶ月で、会社は費用をかけて社員を育てているから申し訳なくて。でも上司が、「世界を見ておいで」ってすぐに言ってくださいました。
私は副社長の秘書だったんだけど、スチュワーデスになりたいってずっと言っていたから、どなたも私のことを止めなかったの。

(青木)副社長、かっこいいですね。そう考えると、準備って大切ですね。

(熊谷)
そうなの。よくみなさん「○○したい」っておっしゃるけれど、
準備はしているのかしら? って思うことがあります。

(青木)では、試験の時のことを教えていただけますか。

(熊谷)
私は英会話がよくわからなかったから、面接で早口の英語で質問されたときも何ていっているのかわからなくて、「えっ?」って外国人の面接官に聞き返したのよね。
そうしたら、「趣味は何ですかって聞いているんです。」って日本語で教えてくれたの。
そこからは日本語で面接よね。でも、受かったのよ!



(青木)すごいですね!受かるポイントは何だったのでしょうか?

(熊谷)
私は後に新人を指導する教官になって思ったんだけど、いま思うと、突発的なことが起こったときにどう対処するのか、みていたのかもしれないです。
いま私がこういう人を雇いたい!って思うのは、笑顔と突発対応できるか、この2つです。
飛行機の中ではいろいろなことが起こるから。
採用に関していえば、募集要項には容姿端麗って書いていなかったし、 視力も0.1が規定だったけれど私は0.01でもチャレンジして、受かったもの。
思い込みはしないほうがいいとわかりました。


(青木)では、スチュワーデスになってから、お仕事を円滑に進めるために工夫していたことはありますか?


(熊谷)
私の右脳トレーニングの森先生に教えて頂いた、明日のことを紙に書くことです。


(青木)それは前の日に、何をするか書いておくものですよね。


(熊谷)
そう、書いておくとそのとおりになるからおもしろいのよ~!
たとえば仙台から通勤していたので、フライト後最終の新幹線に乗るためにはどうしたらいいか、逆算しました。 そのためには、パーサーとチーフパーサーに仲良くしてもらうことを考えていたの。

(青木)パーサーとチーフパーサーって、いつも同じメンバーではないのですか?

(熊谷)
パーサーとチーフパーサーは、毎回違う人と組むから、ほぼ初対面みたいなものなのよ。
フライトの時にはじめて会って、「はい、こんにちはー!」って感じで進んでいくの。
飛行機の中で、父親と母親の役目の人が仲良くできると、病人がでないのは、経験でわかっていました。 病人がでると、飛行機が到着後に検疫が行われるので、仕事が延びます。新幹線にも乗れません。なので、時刻通りに到着して帰るために、仲良くできるように工夫しました。

(青木)そうなんですか~!

(熊谷)
機内ではケンカは起きるし、病人も出るんだけど、あるとき同僚が
「ハイジさんが乗っているときは問題が起きてもすぐ解決しますね」って、発見したの。
それはどうしてかというと、紙に書いていたからだと思います。


(青木)たとえば、どういう書き方ですか?

(熊谷)
私は予定を一週間分まず書いて、前日にも詳しくノートに書きます。
たとえば 「○時○分にJAL○○便が到着します。お客さんが成田空港に安全に到着して、フライトを楽しんでいただけました。」って。
でも病人が出たりするから、「元気に」「安全に」「楽しく」など、ノートに書く言葉がふえていったの。
その時に、細かければ細かいほどいいって気づいたのよね。

もし紙に書いていたことと違うことが起きたら、「(叶うのに)時間がかかることもあるんだな~」って思うだけで、また書くの。

(青木)一週間前と前日に書くというのは、いわゆる目標設定ですね。

(熊谷)
そう、目標設定はお休みの日にも使いました。 たとえば時差ボケを治すために1日体を休めるために使う人もいますが、私はいかに楽しく過ごそうかばかり考えて書いていました。


(青木)そういえば、熊谷さんはスチュワーデスになってから自己投資するようになったのでしたね。そのきっかけは何だったのですか?

(熊谷)
上司のお嬢様に、すごくいいものがあるよってセミナーを教えていただいたのです。
はじめてのセミナーは、一人で行ったので不安もあったのですが、行ってみたら知らないことばかりで。  そこで「シェヴルエールの振り子」、現在ハイジ企画でだしている「太陽の振り子」のことを知って、
「思えば叶う」ということにワクワクしました! 隣に座っていた方から、「顔が変わりましたがご自分でわかりますか?」って言われたぐらい。 そこから「紙に書く」ことを始めたのですね。

(青木)はじめて書いた内容は何だったのでしょうか?

(熊谷)
やっぱり、結婚! 37歳でしたから・・・。


(青木)そういえば!こんな男性と結婚したいって紙に書かれていたのでしたね。
ということは、やっぱり叶ってる・・?

(熊谷)
37歳で結婚して、40歳で赤ちゃんができたから・・・

(青木)叶っているのですね! このまま恋愛の話をしたいところですが、テーマがお仕事ですので。お仕事の話に戻らせていただきます。
熊谷さんは、どんなときに仕事って楽しい!やりがいがある!と思いましたか?



(熊谷)
海外赴任から帰ってきた方が、日の丸に似ている日本航空のマークをみて、「日本に帰ってきた~!」って思われるの。またアフリカなどに赴任される方が、機内食についている、小さなおしょうゆを、「持っていってもいい?」ってきかれたりするの。

そんな時、ひとつじゃなくて、もっと差し上げようって思ったり、 海外にいて何年も知ることができなかった日本の情報を、私たちがお伝えできたらいいなって。
それでいつも新聞は読んでいました。今はインターネットがあるけれど、当時はなかったから、日本について質問されて、お答えできたときにホッとした顔をされたり、喜ばれたときがうれしかったです。

(青木) 肩書についてどんな考え方をお持ちですか?

(熊谷)
「〇〇会社のハイジさん」とか、「スチュワーデスの〇〇さん」と呼ばれたりしますよね。
それって、「私」がいないと思ったの。 そういいながらもJALのマークのついた名刺を処分するときには、はっきりいって怖かったです。 これからは、肩書がなにもないぞって! 今思えば笑い話です。


(青木)その感じ方、私もわかります。
「〇〇会社の熊谷さん」ではなく、「熊谷さんという人がたまたま〇〇会社にいる」
という受けとられ方のほうがうれしいですよね。

それでは、機内での印象的な出来事もひとつ、教えていただけますか?


(熊谷)
機内で飲み物は?って子供に聞くと、日本では親が子供の代わりに「ジュース」って答えたりするの。
でも子供は、自分が飲みたいものと違うから、「ありがとう」って言えないの。
それが外国では、親は言わずに、子供が答えるのを待ってあげる。
ジュースがきたら、「何て言うの?」って促してあげる。

だから子供も自分から「ありがとう」が言えるの。
ボートピープルの子供たちが乗ったときも、みんな笑顔がキラキラしていて、必死に生きています。
私も自分の子供にはたくさん考えさせて、経験させよう!
子供たちのキラキラがみたい!って思ったのよね。


(青木)そんなふうに考える大人がふえたら素敵ですね。
熊谷さんは人と接するのが好きなのですね。


(熊谷)
そうです。 私は「人と接して喜んでもらうことが好き」なのです。現場が好きなのです。
だからいま思うと、職業は何でも良かったのです。
スチュワーデスとして仕事をしていて、いろいろなことがあっても、いじめられても、対するのがお客様だったので、人と接して喜んでもらうことができ、20年間も長続きしたのです。
私は、「したいことをしていた」のですね。


(青木)仕事は楽しいことばかりとは限りませんが、熊谷さんは「したいこと」にフォーカスしていたのですね。それにいまも、熊谷さんは楽しんで仕事をしていますよね。


(熊谷)
楽しくて、毎日ワクワクすることばかりです。
ですので、私は、「本当に好きなことをする」のがいいと思います。
得意なことではなく、好きなことです。 これは私のご指導してくださる方に指摘していただきました。 普通は、得意なことを仕事にしませんか? そうではなかったのです。 ワクワクと好きなことをしなさいと言われました。  好きなことがみつからないときには、誰かに引き出してもらう。
それができないときには、「したいこと」と「やりたくないこと」を紙に書き出すのがいいかもしれません。
私はこれで、かなり整理ができました。


(青木)「したいこと」と「やりたくないこと」、実際に紙に書き出してみた方は少ないかもしれないですね。

(熊谷)
そうですね、「したいこと」と「やりたくないこと」を一度落とし込んでみられるといいです。
したいことがいつみつかるか・・・基準はワクワクです。
ワクワクすることが、「本当に好きなことをする」ことです。
ワクワクに焦点がいくと、やりたくない事柄を誰かが手伝ってくださるのです。
そこが信じられないので、いやいやと仕事をし続けていることになってしまいます。


(青木)「本当に好きなことをする」、最高に楽しいですよね。
いまのお仕事で、熊谷さんが楽しいとか、やりがいを感じるのはどんな時ですか?

(熊谷)
セミナーに来てくれた方と話していて、相手の方が「自分って天才!」とハッと気づいて、目がキラキラする一瞬をみるのが楽しくて。私のやりがいです。 トレーニングをしていると、自分の可能性がすごいって、わかってきます。
知らなかった、気づかなかった、ありがとうと言われるとうれしくて。


(青木)ちなみに、熊谷さんは仕事以外の時間は、何をしていますか?


(熊谷)
私は仕事を仕事だと思っていないかも?! 楽しいし、夜中まで仕事をしていてもいいかなって思うし、気分転換している意識もないのよね。
その時やりたいと思ったことをやっているから。
「こうしたら〇〇さんに喜ばれるかな?」ってピーンときたら、忘れないようにすぐ行動している感じかしら。


(青木)では最後に、仕事をもっとおもしろくしたい!と思っている方にメッセージをお願いします。

(熊谷)
仕事をおもしろくするには、本当にしたいことをみつけることです。  
わからない人は、もうすでにそれができた人に声をかけて、お茶でも食事でもごちそうして、時間を取ってもらうと良いと思います。
本当の成功者は、教えたくて仕方がないのです。
そんな方に出会えると思って、ハガキを書く、メールを出す、会いに行く。
「本当にしたいこと」と、「得意なこと」は違います。
自分よりちょっと上か、もうちょっと上の人に、少し下がって話をしてもらう。
相手は忙しいかもなんて躊躇してしまうかもしれませんが、本当に忙しいかどうかはわかりません。労せずしては何も得られないと思います。


(青木)棚からぼた餅はないということですね。
自分で「したいこと」と「やりたくないこと」を紙に書いたり、
成功者の方にアドバイスをいただいたり、私もやってみます。


(熊谷)
そうですね、避けていることは、後でドーンときます。しかも利息付です。
本当に自分の好きなこと、ワクワクすることに集中します。
私自身も、ワクワクすることに集中すると決めたことで、同じような志の人と次々に会えるようになりました。

私も最初のセミナーに行くときは不安や心配でいっぱいでした。
インタビューの中でも申し上げましたが、私はセミナーに来てくれた方が「私って天才」「行動するって楽しい」と、気づいたり、ワクワクしたり、変わっていくのをみるのが好きなのです。

自分がワクワクすることってどういうことかなって考えてみてください。
スチュワーデス時代、8ヶ月の訓練の後、担当教官に
「どんな状況であっても、味方は必ず3人はいる」と言われて、とても励まされました。
あなたが自分の人生が良くなると思える方法で仕事が楽しくって仕方がなくなるように、味方はいてくださいます。  ワクワクして最初の一歩を踏み出してみて、そしていっぱい失敗して!
これは私自身に言っています」







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