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もう一度
平和について思い そして見つめよう

私達は皆、心から信じあい、認め合い
自分とは違う人生を尊敬し
和をもって一つになる事を願っているはず

しかしながら
平和になりたい、平和にしたいと
願う気持ちが強いあまり
平和の功を望みすぎ『和』を忘れてしまう

心が純真に動けば動くほど
今の社会の中の流れに流され
和、すなわち人々との和みを
知らず知らすのうちに遠ざけてしまう

私達は、縦のつながりも
横のつながりにも
どう思われるかを考えず
自分の真実の心のありかたを話し伝えていこう

今年は(2007年)
人々の賞賛も非難も
誉れも中傷も意に介さず
結果に執着せず
自分の今まで歩んだ
心からの正しい道を納得しよう

花を咲かすことをあせってはならない

種はもう平和の土に根付いたはず
地道に歩もう 今以上に

私は信じる
君達がこれからも『和む』という平和を
確実に歩いてくれることを

ある聖者は
今年から平和がくるという
私は、それは心の平和をさしているのだと思う
また、それを歩む人々に対する讃えの言葉だと思う

今が大事
今を大事に
新しい希望の年にしよう

ガユーナ・サンディマ(2006/12/29)

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スリランカに滞在していたセアロからの新年に寄せる言葉だそうです。
                                                    

皆様、新年あけましておめでとうございます。

あまり更新しないブログですが、今年もよろしくお願いします。

                                                

SAWAさんたちとセアロをお迎えして開いた講和会からたったの2ヶ月・・・

でも、はるか昔のことのように思えます。

新年に寄せるセアロのメッセージ・・・素晴らしいですね。
セアロ会以降、スピリチュアルなことから意識が離れていました。
忘れ去ろうとしていたわけではなく、意識しなくても自然と自分の
魂と一体化していくプロセスを歩んでいたのだと思います。

スピリチュアルな私も、現実を生きる合理的な私も、同じ私です。
両方のバランスを取って生きる方が私には合っているのだと思います。

セアロのメッセージから、いよいよ心の時代が到来したのだと実感します。
現実に起きる出来事から目を背けるのではなく、しっかりと見据えた上で
今の自分に何が出来るのかをしっかりと見つめていきたいと思います。
そして、私が望む希望の年にしていきたいと思います。

☆セアロのメッセージは、ニーナさんが紹介されていたものをお借りしてきました。
http://blog.goo.ne.jp/niina421/e/28b085d3c1bdb8cf169c21a6c35e843a

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皆さんはガユーナ・セアロというお坊さんをご存知でしょうか?私がセアロの存在を知ったのは一昨年の秋頃・・・ミャンマーまでセアロを訪ねていって影響を受けた友人D.Ⅰさんを通じてのことでした。セアロを知らない方のために、セアロ関連のサイトに書かれている紹介文を引用してみましょう。


☆ガユーナ・サンディマ・セアロ☆

定住する寺を持たず、“慈悲の旅”を自らの道として歩む、ミャンマー(ビルマ)上座部仏教に得度した日本人僧侶。得度以来、人々に心の平安・自立・調和を伝えつつ、同時に発展途上国への自立・人道支援を続けている。日本、アメリカを含め、平和活動のため継続訪問しているのは現在6カ国。人々へ心の平安を説き自立を促してきた歩みは、支持者により講話・瞑想会と呼ばれる形に発展し、開催地は全国各地、アメリカ12州に及ぶ。また、途上国支援は、手から手へ直接渡す物資配布に始まり、孤児院・学校建設、村開発支援へと活動が展開し、協力・参加者も全国的に広がったことから、「ひとりからひとりへ、心つながる国際協力」を活動指針に国際協力NPO法人を設立(2003年)

                                                                      

私がセアロと初めてお会いしたのは、2005年7月2日に神戸楠公会館で開催された講和会でのことでした。セアロにお会いした時の第一印象で感じたものは、自然体で優しい表情の奥にあるとても大きな“慈愛”でした。セアロの小さな体から会場全体を包み込むように発散される慈愛に満ちたエネルギーを全身で感じました。講和会は会場に集まった方々からの質問(事前に紙に書いて提出したもの)に対して、セアロが次々に答えていくとう形式で進められます。質問に対するセアロの言葉は、飾らないとてもシンプルなもの・・・それでいて見事に本質を突いているなあと感心しました。


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   『セアロ108の言葉』   私は私 ~ガユーナ・セアロの至道録~』  知玄舎                     



最近になって、セアロに関する書籍2冊を立て続けに読みました。本に書かれてある言葉をじっくりと感じてみると、昨年聴いた講和会でのセアロの言葉が蘇ってくるようでした。セアロは常々「善い」ことではなく「正しいこと」をしなさいと言います。彼の言葉は、ときに優しく、ときに厳しく、ときに強く、ときに包み込むように、その人の意識レベルにあわせて語りかけてきます。しかも、難しい言葉はほとんどなく、誰もがわかるような平易な言葉として心の奥に沁み込んできます。これは凄いことだと思います。宇宙の真理を本当にわかりやすい言葉にセアロ自身が変換して話しかけてくれているのですから。

                                                                                                                                                  

自分を愛してあげなさい。

あなたに必要なものは、あなただ。

                                                                  

愛してくれる人を探してはいけない。

あなたは今までそうしてきた。

今までたくさんの人のためにしてきた。

                                                                        

それをまず自分のために使いなさい。

神が望むのは、あなたの幸せだ。

                                                                    

よくきたね


きみは新しいドアの前にきている
そしてその扉はもう開いている

きみが入るのも自由
そしてそこにとどまるのも自由だ

人間は何千年とかけて
あるものは神を信じ
あるものは自分がなんであるかを求め
長い旅をしてきた

この豊かな地球に生まれた我々は
神が何を望んでいるのか
そして自分ははたして何であるか
もうすでに分かり始めている

さぁ君たち
君たちがこの地球と自分と全てのものを
君の楽しみとし
エゴと執着をなくしたとき
この新しい扉の中の住人に
なりえるだろう

そのときもう一度会おう

    ~ セアロ108の言葉 ~

                                                                                              

最近出会う方の多くが、何らかの形でセアロがご縁でつながっているのを感じます。ミクシィでも親しくさせていただいているニーナさんやSAWAさん、本日読者になっていただいたマザーベアさんとも実はセアロがご縁でつながっていたんですね・・・感謝!


★ガユーナ・セアロのサイト

       ↓

http://www.cealoworld.com/



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採用活動が忙しく、長い間更新できていませんでしたが、今日は友人から紹介していただいたメッセージがとても心に響く内容でしたので、皆さんにもシェアしたいと思います。


[縁を生かす]


先生が5年生の担任になった時、一人服装が不潔でだらしなく

どうしても好きになれない少年がいた。

中間記録に先生は少年の悪いところばかりを記入するようになっていた。


ある時、少年の一年生の記録が目にとまった。

「朗らかで、友達が好きで、人にも親切。勉強も良く出来、将来が楽しみ」とある。

間違いだ。他の子の記録に違いない。先生はそう思った。


二年生になると「母親が病気で世話をしなければならず、時々遅刻する」と書かれていた。

三年生では「母親の病気が悪くなり疲れていて、教室で居眠りする」

後半の記録には「母親が死亡。希望を失い、悲しんでいる」とあり、

四年生になると「父は生きる意欲を失い、アルコール依存症となり、子供に暴力を振るう。」


先生の胸に激しい痛みが走った。

ダメと決め付けていた子が突然、悲しみを生き抜いている生身の人間として

自分の前に立ち現れてきたのだ。


放課後、先生は少年に声をかけた。

「先生は夕方まで教室で仕事をするから、あなたも勉強していかない?

分からないところは教えてあげるから」少年は初めて笑顔をみせた。


それから毎日、少年は教室の自分の机で予習復習を熱心に続けた。

授業で、少年が初めて手を上げたとき、先生に大きな喜びが沸き起こった。

少年は自信を持ち始めていた。


クリスマスの午後だった。少年が小さな包みを先生の胸に押し付けてきた。
後であけてみると、香水の瓶だった。亡くなったお母さんが使っていた物にちがいない。

先生はその一滴をつけ、夕暮れに少年の家を訪ねた。
雑然とした部屋で独り本を読んでいた少年は、気がつくと飛んできて

先生の胸に顔を埋めて叫んだ。

「ああ、お母さんの匂い!今日は素敵なクリスマスだ」

                                                                           

六年生では少年の担任ではなくなった。

卒業の時、先生に少年から」一枚のカードが届いた。

「先生は僕のお母さんのようです。そして今まで出会った中で一番素晴しい先生でした」

それから六年、またカードが届いた。

「明日は高校の卒業式です。僕は五年生で先生に担当してもらって、とても幸せでした。

おかげで奨学金をもらって医学部に進学することが出来ます。」


十年を経て、またカードがきた。そこには先生に出会えた事への感謝と、

父親に叩かれた体験があるから、患者の痛みが分かる医者になれると記され、

こう締めくくられていた。                                                    

「僕はよく五年生のときの先生を思い出します。

あのまま駄目になってしまう僕を救って下さった先生を神様のように感じます。

医者になった僕にとって最高の先生は五年生の時に担任して下さった先生です。」


そして一年。届いたカードは結婚式の招待状だった。

「母の席に座って下さい」と一行、書きそえられていた。


ある本の連載にご登場の鈴木秀子先生に教わった話である。

たった一年間の担任の先生との縁。

その縁に少年は無限の光を見出し、それをよりどころとして、それからの人生を生きた。

ここにこの少年の素晴しさがある。

人は誰でも縁の中に生きている。無数の縁に育まれ、人はその人生を開花させてゆく。

大事なのは、与えられた縁をどう生かすかである。



“縁を生かす”というタイトルのメッセージでしたが、如何でしたでしょうか?人生において、私たちが出会う人は無数にいますが、自分の人生に影響を与えてくれる存在は貴重だと思います。その存在が自分にプラスであれ、マイナスであれ、ある意味での気づきを与えてくれる存在・・・きっと生まれる前から出会うことが決まっていたソウルメイトなのかもしれませんね。


私にも人生におけるターニングポイントで、道を照らしてくれた素晴らしい方との出会いがありました。そんな素晴らしいソウルメイトたちに、心から感謝したくなった記事でした。



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年末のご挨拶を済ませたつもりだったのですが、LIBよっつさんのブログで

とても素晴らしいお話を取り上げられていたので、私からもご紹介します。

野口さんの書かれたブログで紹介されていました。

                                                                                   

読んだ人の9割が涙した話:鏡の法則

                                                                            

野口さんのブログはこちら↓                                                                                

http://coaching.livedoor.biz/archives/50286976.html

                                                                         

それでは皆様、よいお年を!

地上の星

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前回の記事では、マイケル・ジョーダン&マジック・ジョンソンというアメリカNBAを代表する二人の言葉を引用して、【夢は叶えるもの!】【夢をあきらめないで!】 というメッセージを発信しましたが、私たち日本人も捨てたものではありません。

私の好きな番組の一つに “プロジェクトⅩ~挑戦者たち” があります。最近は、事実を歪曲して放送しているなどと非難されていますが、名も知れぬ人々の活躍にスポットを当て、人々が持つ内面の光に気付かせてくれる数少ないドキュメンタリー番組だと思っています。

この番組の特徴は、有名人の業績を紹介するのではなく、名は知られなくても、戦後日本の再建に立ち上がった若者たち、夢をあきらめなかったビジネスマンたちが挑戦していく真摯な姿を紹介している点です。

“夢に向かって努力する人間を、運命は裏切らない” “逆境の中でも道は切り開ける” という人間の持つ情熱にフォーカスしているからこそ、たくさんの視聴者が共感し、夢と希望と勇気を与えられているのだと思います。


番組を見ていて私が感動するもう一つの理由に、映像と共に流れてくる中島みゆきさんの曲があります。オリコンでも類稀なロングセラーを記録し、テレビに出ないことで有名な彼女が紅白に出場、厳冬の黒部ダムからの生放送で歌ったことでも話題になった“地上の星”という曲です。番組にマッチした素晴らしい曲ですが、選定された理由を知って、とても納得できました。

番組のチーフプロデューサーである今井彰さんが、ある講演で語った言葉がありましたので、そのまま引用させていただきます。


私が、何故中島みゆきさんに執着したかと言いますと、1つは彼女の歌は弱者の視点だということです。デビューして30年以上になりますけど、その歌詞の中味というのは、街角を生きる人であったり、男の人を待つ女の人の気持ちであったり…30年間中島みゆきという歌手の名前は大きくなっても、その歌の内容というのは決して高みに立ったことはないですね。いつも、一般の人々と同じ視点で歌い続けて来た、数少ない歌手の一人だと思っています。


それで、ヤマハさんにお願いをしましたが、難色を示されまして、理由は単純なんです、書き下ろしをしたことが無いんですね。今迄も、ドラマなどで中島みゆきさんの歌が流れてきたことがあるじゃないですかと言うと、それは、彼女が過去に出したアルバムの中から、1曲を借りて、それをドラマに当てて流しているわけなんです。今回のように、番組のために曲を書いてくれという依頼を引き受けたことが無いと言うのです。


その時、私は諦め切れませんで、彼女に手紙を書きました。何故、あなたが好きなのかというのを、ラブレターのように綿々と書き綴りまして、その中に5本の企画書を同封しました。そうしましたら、彼女から直かに私のところに電話がありまして“やっても良いですよ”って、それで、ヤマハの人たちも大変驚いたんですが、中島さんは、それから3週間他の仕事をキャンセルして、この歌づくりに掛けて下さったんですね。私が送った企画書の中にありました、サラリーマンや技術者のことを彼女は読みながら「地上の星」という歌を書き上げたわけです。


あの歌には「草原のペガサス」とか「街角のビーナス」、「シリウス」、「ジュピター」というギリシャ神話の神々が出て来ますが、あれは今の時代を生きるあるいは日本の時代を築いて来たサラリーマンや営業マンやいろんな人たちのことを、彼女が歌の世界の中で消化させていった時に、ギリシャ神話の神々になったんですね。だから、「地上の星」が流れ出して暫くして、あの歌は番組によく合っていますネという人がいたんですが、あたり前です、合ってなかったら困ってしまいますよね。


実は、去年の春中島みゆきさんが5年振りにコンサートを開いたんですが、彼女に呼ばれましてコンサートが始まる直前に二人で話したんです。その時、彼女に言われたんです。今井さんネ、私のファンというのは30代から40代の頭、それから20代の女性が中心だったのよ。会場を見て下さい。半分は中年男ですよ。確かに、中年の男たちが半分会場を占拠しているんです。世代を超えたというか、若い女性と中年のサラリーマンというファン構成のコンサートはあり得ないんじゃないかと感じましたが、彼女は、そのことをすごく喜んでいました。


~ 以下は、中島みゆきさんからのメッセージ ~


このたび新番組「プロジェクトX・挑戦者たち」に、音楽で参加させていただくことになりました。曲作りにあたっての注文は、「無名の人々の光を、歌にしてください」とのことでした。番組に登場する、実在の方々の人生に尊敬を込めて、制作スタッフの情熱に少しでも添うことができればと願いながらこの曲を書きました。「プロジェクトX・挑戦者たち」の番組制作の一端に参加できる機会をいただけたことを、今、とても感謝しています。


☆主題歌 「地上の星」


風の中のすばる 砂の中の銀河 みんな何処へ行った 見送られることもなく

草原のペガサス 街角のヴィーナス みんな何処へ行った 見守られることもなく

地上にある星を誰も覚えていない 人は空ばかり見てる

つばめよ高い空から教えてよ 地上の星を つばめよ地上の星は今 何処にあるのだろう


崖の上のジュピター 水底のシリウス みんな何処へ行った 見守られることもなく

名立たるものを追って 輝くものを追って 人は氷ばかり掴む

つばめよ高い空から教えてよ 地上の星を つばめよ地上の星は今 何処にあるのだろう


名立たるものを追って 輝くものを追って 人は氷ばかり掴む

風の中のすばる 砂の中の銀河 みんな何処へ行った 見送られることもなく

つばめよ高い空から教えてよ 地上の星を つばめよ地上の星は今 何処にあるのだろう



☆エンディング曲 「ヘッドライト・テールライト」


語り継ぐ人もなく 吹きすさぶ風の中へ 紛れ散らばる星の名は 忘れられても

ヘッドライト・テールライト 旅はまだ終わらない

ヘッドライト・テールライト 旅はまだ終わらない


足跡は降る雨と 降る時の中へ消えて 称える歌は 英雄のために過ぎても

ヘッドライト・テールライト 旅はまだ終わらない

ヘッドライト・テールライト 旅はまだ終わらない


行く先を照らすのは まだ咲かぬ見果てぬ夢 遥か後ろを照らすのは あどけない夢

ヘッドライト・テールライト 旅はまだ終わらない

ヘッドライト・テールライト 旅はまだ終わらない

ヘッドライト・テールライト 旅はまだ終わらない

ヘッドライト・テールライト 旅はまだ終わらない



曲が出来た経緯を知ったうえで、番組でかかる曲を聞くと感動もひとしおです。

最後に、番組で取り上げられたリーダーたちの言葉を紹介したいと思います。

苦労しながらも、成し遂げた人ならではの持つ力強さを感じて、心がジーンときます。


「友の死を越えて 青函トンネル・24年の大工事」

青函トンネル・総号令大谷豊二の言葉

「おいみんな、北海道に行くぞ。ここが約束した北海道だぞ」


「世界を驚かせた一台の車 名社長と闘った若手技術者たち」

ホンダCVCC開発リーダー久米是志の言葉

「一人の天才がいたって駄目だ。凡人でも力をあわせれば必ず成功できる」


「巨大台風から日本を守れ 富士山頂・男たちは命をかけた」

富士山レーダーの若き現場監督伊藤庄助の言葉

「男は一生に一度でいいから、子孫に自慢できるような仕事をすべきである」


「男たち不屈のドラマ瀬戸大橋 世紀の難工事に挑む」

瀬戸大橋・坂出工事事務所長杉田秀夫の言葉

「偉大なる人生とは何か、橋を作ることよりもっと難しい人生がある」


「奇跡の心臓手術に挑む 天才外科医の秘めた決意」

心臓外科医須磨久善の言葉

「医者というのは、患者のためにいるわけで、医者としての地位や名誉などどうでもいいことです。

大切なのは、医者が患者から見捨てられないようにすることです」


「ツッパリ生徒と泣き虫先生 伏見工業ラグビー部・日本一への挑戦」

伏見工業高校ラグビー部・総監督山口良治の言葉

「オール・フォー・ワン、ワン・フォー・オール。一人はみんなのために、みんなは一人のために」


「町工場世界へ翔ぶ トランジスタラジオ・営業マンの闘い」

ソニー・ヨーロッパ支配人小松万豊の言葉

「北極でもうまい氷なら売れる。それをやるのが営業マンだ」


「厳冬黒四ダムに挑む 断崖絶壁の輸送作戦」

黒四ダム・総監督中村精の言葉

「まあ無我ですね。あとは真っ白です。突撃です」


「ロータリー47士の闘い 夢のエンジン・廃墟からの誕生」

ロータリーエンジン研究部部長山本健一の言葉

「部下がついてくるかどうかは、リーダーが苦しんだ量に比例する」


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知人から、とても力強い素敵な言葉を教えてもらいました。

感動したので、皆さんと分かち合いたいと思います。

                                                            

EXPECT THINGS OF YOURSELF” 【 自分自身に期待しろ 】

         ~マイケル・ジョーダン~


4年間控え選手をして故郷のガソリンスタンドで働くと思っていたよ。

皆の予想を越えることこそチャレンジ、それがモチベーション。

いつも失敗ばかりしていた。

世の中で最高の教育は、名人が仕事をしているところを見ることだ。

まずは小さくて短期的な目標をたて

とりあえずそこに一歩一歩近づいていくようにした。


I can accept failure, but I can't accept not trying”

【 俺は、失敗は受け入れられるが、挑戦しないことは受け入れられない】


俺の辞書に「不可能」の文字はあるが「挑戦しない」という言葉はない。

永遠にダメだとは言ってない。

今日がダメだったってことさ。

今日は明日じゃない。

勝ったのか負けたのか、それを言える人間は一人しかいない。

それは自分自身だ。


敗北から学ぶことは多いが、敗北に甘んじるつもりはない。

俺はこれまで9000本以上のシュートを外してきた。

これまで300試合近くに負けてきた。

人生で何度も何度も失敗してきた。

だからこそこうして成功しているんだ。


勝つためにしなければならないことがあれば、

俺はいつも絶対それができると信じている。

もちろん失敗することも少なくないが、

だけど失敗しそうだなんて考えることはない。

いつだってやるべきことは必ずできると信じているんだ。

運命よ、そこをどけ、俺が通る。


EXPECT THINGS OF YOURSELF” 【 自分自身に期待しろ 】


☆マイケル・ジョーダン =元NBAのスーパースターで神と呼ばれた男

彼はハイスクールのときレギュラーからはずされた。

メンバーのウェア運びまでしていたとのこと。

悔し泣きしている彼に母親が、「いつまで泣いていても何も始まらない、

努力していれば必ず報われる日がくる」と元気づけたという。


素晴らしい人には、素晴らしいアドバイスを与えてくれる、素晴らしい存在がいるのですね。

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『総務省が開催している「情報フロンティア研究会」で算出・推計され、5月17日に公表されたデータによると、2005年3月末時点の国内ブログサービス利用者数は、同調査によれば延べ人数で約335万人。ただし、複数のブログを掛け持つ利用者を考慮すると、純ブログ利用者数は約165万人であるとしている。また、少なくとも月に1度ブログを更新しているアクティブな利用者数は約95万人で、月に1 回以上ブログを閲覧している利用者は約1,651万人だという。今後の予測値としては、2007年3月末のブログ利用者は延べ人数で約782万人、アクティブブログ利用者数は約296万人、ブログ閲覧者数は約3,455万人に達すると予測している。』


短期間に、これほど普及したブログってすごいなと感心する反面、これだけたくさんあるブログの中から、こうして知り合いのなれた方との“ご縁”を本当に不思議だなと感じずにはいられません。そんなご縁で出逢ったおひとりに、心のこもった言霊を美しい唄にされる素敵なシンガーソングライター・木下詩野さんがいらっしゃいます。そして、彼女がご縁で知り合った作家・藤沢さとみさんの【たったひとつのプレゼント】を先日読み終えました。


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読まれていない方のために、ストーリーを連想させるコメントは避けますが、人と人との心のふれあいに感動しました。人の心の冷たさ・虚しさ・やるせなさ・暖かさ・強さ・思いやり・etc、たくさんの感情を経験させてくれましたが、主人公や彼女を周りで支える人達の心に触れ、何度も熱いものがこみ上げてきました。それぞれの生きてきた環境や価値観の違いにより、たとえ、初めは理解できないことであっても、その隙間を少しずつでも埋めることができれば、人の心は変わります。心は何とでも変化できるのです。心とは裏腹に、言葉の行き違いやどうしようもない出来事があっても、自分の人生に正直に生きていれば、あきらめないで歩く決心をすれば、必ず変わるということを教えてくれます。とても感動できる素晴らしい一冊でしたが、この本を読んである人から聞いた話を思い出しました。


人の心(考え方)は一瞬にして変わるという例え話です。“美術館の話”というものですが、あらすじはざっとこんな感じです。

皆さんが美術館に行って、大好きな絵を観ていました。そこへ、二人の子供を連れた父親がやってきました。父親は一枚の絵の前に佇んで観ています。初めはしっかりと子供たちを見ていたんですが、そのうち、子供たちがわいわい言い出します。皆さんは父親に静かにさせて欲しいなと思うわけです。そのうち、今度は子供たちが走り回り始めます。何とかしろよって、皆さん思うわけです。それでも、父親は注意をしないで絵を観ています。何て親だって、周りの誰もが思います。そのうち、子供たちが喧嘩を始めます。わいわいわいわい・・・。それを見て周りのお客さんは切れて、何だって言って帰ってしまいます。それでも何の注意もしない父親に、皆さんは堪りかねて声をかけました。

「あなたね、ここは美術館ですよ、みんな絵を楽しみに来ているんだから、子供に何とか注意しなさいよ。」その声ではっと我に帰った父親がこう呟きました。「あっ、そう・・・そうだ。子供に注意しなくっちゃ・・・。みんな静かに絵を観に来ている・・・。」そして、次に父親はこう言ったんです。「でも実は、つい1時間前に、隣の病院で、あの子達の母親が息を引き取ったばっかりなんです。生前、親子4人でこの美術館で、家族の好きな絵をみんなで観て、そのあと、食事に行ったんです。そんな、楽しい家族の想い出がいっぱい詰まった美術館なんです。だから、子供たちに言ったんです。お母さん、亡くなっちゃったね。もう一度、お父さんと3人で、静かに想い出の美術館に絵を見に行こうよって・・・。」


そう父親が話したとしたら、皆さんはどう思いますか?その父親に対する考えは、変わりますよね。

ああ、そんなに悲しいこと・辛いことがあったのに、この子供たちは、その悲しみを忘れようとして一生懸命喧嘩しているんだって。お父さんにまとわりつかずに、お父さんも悲しいって・・・子供たちは子供たちなりに、お父さんの気持ちを察して、自分たちの気持ちを抑えていたんだって・・・。


それは、たった一言、皆さんがその父親に声をかけるということをしたからわかったことですよね。皆さんが声をかけなければ、他のお客さんと同じように、何て父親だと思っていたでしょう。そして、帰ってからも、家族にこう話したかもしれません。今日、とんでもない親子に会ったよって。

でも、声をかけて真実を知った皆さんは何て言いますか?きっと、こう言うでしょう。今日、素晴らしい親子を見たよ。亡くなったお母さん、とても幸せだろうなって。家族の想い出がある限り、お互いにおもいやって、お母さんの分まで生きていくんだろうなって。

この地球に生きている人間である以上、人の心を理解することは難しいことです。でも、勇気を出して、声をかけることによって、状況が一変することもあるということを知ってください。


『人は変われます。一人一人の勇気と、お互いを理解しようとするおもいやりの心があれば!

なぜならば、本当は心の奥でひとつにつながっているのだから!』


「おまえは無理だよ」と言う人の言うことを聞いてはいけない。
もし自分で何かを成し遂げたかったら、できなかった時に
他人のせいにしないで自分のせいにしなさい。

多くの人が僕にも、「お前は無理だよ」と言った。
彼らは君に成功してほしくないんだ。

なぜなら、彼らは成功できなかったから。
途中であきらめてしまったから。
だから、君にもその夢をあきらめてほしいんだ。

不幸な人は不幸な人を友達にしたいんだ。
決してあきらめては駄目だ。

自分の回りをエネルギーであふれ
しっかりした考え方を持っている人で固めなさい。
自分のまわりを野心であふれ、プラス思考の人で固めなさい。
近くに誰かあこがれる人がいたら、その人にアドバイスを求めなさい。

君の人生を考えることができるのは君だけだ。
君の夢が何であれ、それに向かっていくんだ。
君は幸せになるために生まれてきたんだから・・・

―NBA マジック・ジョンソンから、黒人の少年達への言葉―



恐れや不安に基づいた思考(思い)は、やがて現実化します。
愛と安らぎに基づいた思考(思い)も、やがて現実化します。
そうして、現実化した出来事を、人は不運とか幸運とかと呼んでいます。これらの出来事は、自分自身が過去のどこかで必ず意図しているのです。私たちの人生は、自分の思ったことが現実化するという完璧な形で展開しています。時間の差こそありますが、私たちの意図は、やがて実現してゆくことになります。

環境のせいにしても、他人を責めても、そして自分を責めても仕方がないのです。人生は、もうすでに私たちのために道を用意してくれています。あとは、そのことを信頼できるかどうかです。内なるハイアーセルフ(大いなる存在)は、いつも私たちを愛し、応援してくれています。大いなる存在は、周りの人たちや環境や状況も、全てを包み込んで愛してくれているのです。大いなる存在とは本当の自分自身であり、ありのままの輝く光を放つ自分です。大いなる存在とひとつになることです。本当の自分を取り戻すことです。

私たち一人一人が、本当の自分らしい人生を生きると、今この瞬間はっきりと決めることです。すると不思議なことに、人生が微笑み返してくれるのです。一人一人の中にある大いなる存在が微笑んでくれているのです。私たちは、今、輝いています、今、自信に満ちています。

大いなる存在と手をつなぎ、人生とゆっくりと話しをするのです。人生は決して恐ろしいものではありません。人生はいつも私たちの思考(思い)を聞いてくれていただけなのです。自分の人生を信頼し、もう一度ゆっくりと向き合い、自分の夢をあきらめないで、夢に向かう道を進んで行きましょう。

祈り

2004年も残すところ、あと2日で終わろうとしています。13日には、京都市東山区の清水寺で、今年の世相を表す漢字に「災」が決まりました。財団法人日本漢字能力検定協会によると、【災を選んだ理由には、台風、地震、豪雨、猛暑など、記録的な天災に相次いで見舞われたことをはじめ、イラクでの人質殺害や子供の殺人事件、美浜原発の蒸気噴出事故、自動車のリコール隠しなど、目を覆うような人災が多発したことが挙げられています。そんな中、次々と人災を起こす人間の身勝手さに対して、神や自然が怒ったように感じたという意見や、天災に対して人間がいかに無力であるかを痛感したという意見も多く、「災い転じて福となす」の諺のように、来年は福の多い年になって欲しいと祈るばかりだという意見が多数、寄せられました。】とのコメントでした。

世界的に見渡すと、たくさんの“災”が起こりましたが、ここ数年は異常なことが多すぎて、異常な状態が普通になっているような気がします。論評にあったように、人々はもう祈るしかないという心境なのかもしれません。そこで、今日は“祈りの持つ本当の意味”を探っていきたいと思います。

先日のクリスマスの夜にあったオープンレクチャーのテーマが、『光の流れ、闇の中で祈る』でした。“祈り”についてのレクチャーでしたが、そこで学んだ“冬至”の持つ本来の精神的意味合いは、とても興味深いものでした。冬至は、太陽の南中高度が最も低く、夜が最も長くなる日で、日本では柚子湯に入り、小豆粥や南瓜を食べると風邪をひかないと言われています。闇が一番長い時間ということは、光が一番短い時間でもあることから、冬至を境に、光が再び生まれ変わる時期という意味もあるそうです。闇に覆われる時期は、本当の意味での魂の内省の時期でもあります。

『光の流れ、闇の中で祈る』というテーマである“祈り”の本当の意味は、神・宇宙の法則と自分一人で向い合って学び直すための方法論でもあります。“祈り”とは、自分より高い「力」に対して魂を開き、その助け(恵み)に自己を委ねることです。人間は宗教なしでも生きていけますが、精神性なしでは生きていけません。精神性を維持するために必要なサプリメントのようなものが“祈り”なのです。

小鳥と対話している絵などで有名な アッシジの聖フランシスコ(1181~1228)は、 世界中の人びとに愛され、親しまれている聖人です。 次に紹介する詩は「平和の祈り」とされる彼の祈りの一部で、 現在も平和思想の原点として尊重されています。「平和の祈り」は彼が自ら書き記したものではありませんが、 彼は生涯、身をもってこの祈りを実践したということです。

神よ、わたしをあなたの平和の使いにして下さい

私が、憎しみのあるところに、愛を
争いのあるところに、許しを
分裂のあるところに、調和を
疑いのあるところに、信頼を
誤りのあるところに、真実を
絶望のあるところに、希望を
悲しみのあるところに、よろこびを
暗闇のあるところに、光を
もたらすことができますように、助け、導いてください

神よ、私に、慰められることよりも、慰めることを
理解されることよりも、理解することを
愛されることよりも、愛することを求めさせてください

与えることによって、人は与えられ
許すことによって、人は許され
死ぬことによって、人は永遠の生命を生きていることを悟れるからです


いつもこんな気持ちで過ごせたら、どんなに素晴らしいでしょう
地上に住む全ての人々が、自分らしい最高の光を放てますように
そして、幸福な気持ちを、いつも感じていられますように
2005年が、素晴らしい年になりますように!

心からの祈りをこめて・・・heavenward(BON)
皆さんは、自分が生かされていることに気づいて、心の底から感謝の気持ちが湧いてきた経験がありますか? 私は、はじめてそうした体験をしました。

瞑想をしていた時のこと・・・時間の経過を忘れて、今この瞬間にのみ意識を集中させていたのですが、急に自分の奥底から暖かいものがこみ上げてくるのを感じました。自分の意識が、自分の内面に向かって集中していくのと同時に、周囲の喧騒がまったく聞こえなくなりました。意識ははっきりしているのに、五感が働かなくなっている状態とでもいうのでしょうか。

しばらくすると、胸の奥で、“すべてはつながっている”というメッセージが響いてきました。それは言葉で伝わってくるのではなく、何の疑いも無くわかる(信じられる)という感覚でした。その感覚に包まれていると、とても幸せな気分になり、体中の力が抜けてリラックスできました。その間、体中に暖かいエネルギーが降り注いでいるようでした。

そのときです・・・何とも言えない至福の時の中で、“私は生かされている”という感覚と同時に、全ての存在に感謝の気持ちが湧いてきたのは・・・私を生んで育ててくれた両親、愛する妻と子供、大切な友人・・・私がかかわる全ての存在に『ありがとう』という感謝の念で胸が一杯になりました。心の奥で、ありがとう、本当にありがとう、と叫んでいました。

そういえば、小林正観さんも“ありがとう”の効果を、次のように紹介されています。

ここに、どのような時も「ありがとう、ありがとう、ありがとう」と繰り返し唱えている人がいるとします。するとその人は、言葉の波動を受けて体内の水や血液が再生し健康体になります。精神も豊かになり、人間関係も円滑になってきます。

そして「ありがとう」の数がある一定の数を超えた場合、奇跡としか言いようのない現象となってその人に降りそそぎます。「ありがとう」を宇宙に発し続けていれば「ありがとう」と言わざるを得ない現象が次々に招き寄せてくれるのです。

二つのペットボトルを用意し、一つには「ありがとう」、もうひとつには「ばかやろう」と書いて水道水を入れます。一晩置いた水を凍らせて結晶を撮影すると、「ありがとう」と書いた水道水だけに、宝石のような美しい結晶ができるのです。一方の「ばかやろう」と書かれたほうは、かわいそうなくらいに無残に変形します。色々な水を使って実験を繰り返しましたが、結果は一緒でした。

人間の体は70%が水でできています。だとすれば「ありがとう」の言葉を沢山投げかければ、この実験と同じように体内の血液や体液も変わり、健康を維持できるのではないか。私はそのように仮定し、実証してきました。「ありがとう」を唱え続けたがん患者からがん細胞が消えたり、医者から失明を宣告された人からいつの間にか目の病が癒えていたり、手術が必要と言われていた子供さんの心臓の穴が塞がったり、各地で信じられないような奇跡が次々と起きたのです。

ある公演会場での話しです。末期がんと診断された人が、会場の前に出て「私は生き延びたいから“ありがとう”の声をかけてほしい。」と全員に呼びかけました。そこで会場に集まった200人が1分間100回、その人に合計2万回のありがとうを浴びせました。ありがとうを言うみんなの目からは涙が溢れ、会場は何とも言えない暖かい雰囲気に包まれました。そして3日後の精密検査でその人の体からがん細胞が消えた、という報告がきました。


そんな馬鹿な・・・と思う方もいるでしょうが、私はこの素晴らしい奇跡を信じます。