そうさオイラは変態さ

成人向け二次創作に手を染めてしまいました。


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リンガララララン、ぐぁらぐぁらぐぁら……


「…………いらっしゃい?」

小町は水を差しだした格好のままで固まった。
ドアを閉めても尚、ドアベルが激しく揺れている。勢い良く足を踏み入れて来たのは、なんと、霊夢。
かっつかっつと足音も高らかに入ってくると、いつも三人で座る席とは別の、窓際の席にとっとと陣取ってしまった。
アリスと魔理沙はどうしたんだい、と尋ねる間もなく、今度はいつものベルの音。
カラーンと同時に、魔理沙の
「こまっちゃんいつもの!」
がやってきた。


さてさて、一体なにがあったやら。嵐の予感に、小町はありゃりゃと肩を竦めた。




カランカラン、カラン。
映姫が足を踏み入れた店内に、スコーンの焼ける匂いがする。
先客は案の定、あの女子高生三人組、だが、いつもと様子が違う。
赤いリボンの少女だけが、別の席に座って、二人に背を向けていた。
「あっ、いらっしゃい、シエ」
厨房から顔を覗かせた小町が、あからさまにほっとしている。
「何かあったんですか?」
「いやー。それが、まだわからないんですよね」
答えながら小町はもう布フィルターのタッパーを取り出している。いつもの、というやりとりさえも省略されてしまった。
やりとれないと、ちょっと寂しいけど、自分がこのカフェに馴染んだ証拠でもあるし。ああ、複雑、とこめかみを揉むと、さっそく深い豆の香りに癒された。


霊夢は黙々とノートに何かを書きこんでいた。授業の復習だろうか、赤ペンがしきりに動く。
こっちの二人は、落ちつかない様子で小町の方にちらちらと顔を向けていた。

小町は大小二枚の皿を掲げて見せる。(皿、分けようか?)
魔理沙はうんうんうんと大きく頷いた。(そうしてくれ、助かった)

魔理沙たちも、霊夢にどう声をかけていいかわからないらしい。ポットは魔理沙とアリスの席に置くことにしよう。
霊夢には、特別にオレンジペコの一杯点てをマグカップで。
香ばしく焼き上がったスコーンを皿に盛る。いつもよりすかすかの白が、不穏に思えてしょうがなかった。

少女たちの姦しいさざめきが聞こえないだけで、小町カフェは息絶えたようになってしまっている。
彼女らに何があったか知らないが、せっかくのコーヒーも心の底から楽しめない。
仕事を済ませ、映姫の元にやってきた小町に、目だけで訴えた。(事情を聞いてあげたほうがいいんじゃないですか?)
「……ぅぃ」
伝わったらしく、小町は申し訳なさ半分、有難さ半分の笑顔で、映姫の隣をすり抜けていった。


いつもは霊夢が座る席に、小町はどっかり座った。
「あー、疲れた~」
盛大におどけて見せるのも忘れない。
「疲れるほど忙しいもんか、このカフェが」
魔理沙が笑い、
「小町さんもお歳よね、なんて」
アリスまで際どい冗談を放つ。
「……で、何があったのさ?」
頬づえをついて、二人を覗き込む。
と、魔理沙が、気まずそうにスコーンを口に詰め込みだした。
「…………何が、あった、ってわけじゃない、と思うんだけど」
アリスも歯切れが悪い。
ずずずずず、と紅茶を啜ってから、の魔理沙の言葉を聞いた途端、小町は口がふさがらなくなった。
「ただ、お前今日なんか線香臭いぜ、って言っただけだ」
「線香」
あんぐり、の顔のままアリスを向く。
「……魔理沙のいい方も、あんまりよくなかったと思うけど、霊夢も何であんなに怒るのか、わからないわ」
「あ~……なぁ……」
二人分の溜め息に、小町の呻きも重なる。
しかし、そりゃ、怒ってもしょうがないだろうにと、小町は思うのだった。


 昨夜、制服にアイロンをあてて、熱を取る為に吊るしたのが、たまたま仏間だった。
 昨夜、伊吹のおばさんが来て、あれこれ世話を焼いてくれたが、来た時と帰る時、お線香を上げていった。
 昨夜、伊吹のおばさんにくっついてきた萃香が、これまた盛大にお線香を焚いてくれた。
 霊夢の日常に、線香は付き物だった。当たり前の匂いすぎて、自分でそれが特別な匂いだと意識したことがなかった。
 それを、魔理沙から『線香臭い』と言われて、なんだろう、怒りと悲しみが同時に湧いた。
 昔両親が死んだばかりの頃に、しばらくからかわれたことが、脳裏によみがえった。
 悲しいだけなら忘れられる。怒りだったら気にも留めずに流せる。
 だがその両方となると、流石の霊夢も処理に困る。キャパシティを越えて、胸の中をかき乱される。
(魔理沙の無神経!)
 やり場のない溶岩を持て余して、霊夢はひたすら味気ないノートに目線を注ぐ。


「ときに、おまえさんがた、家で線香上げるようなことはないのかい」
小町が呆れ気味に尋ねる。二人揃って、答えはNo。
「親父が神棚に一番茶を供えてるくらいだな、ウチは」
魔理沙の家は商売をやっているから、その程度のことはするだろう。
「私の家、プロテスタントだから」
その上とっても緩いけどね、とアリスの澄まし顔。
要するに、線香を上げるということについて、二人はよく、『理解していない』のだ。
溜め息しか出ない。霊夢の気持ちも分かる。だが二人が決して無神経なのではないことも知っている。知らないだけ。想像出来ないだけ。
何か、想像の糸口さえあれば、二人は霊夢の気持ちに寄り添えるのだろうが。
「線香っていうのは、ただのお香とは意味が違うんだよ。死者の前に手向ける、心の形なんだ。それを線香臭いなんて言われて、気を悪くしないわけ、ないだろ」
「霊夢の父ちゃんと母ちゃんが死んだのは知ってるよ。だけど、そんなに毎日線香って上げるもんなのか?」
「うーん」
小町は、ふと霊夢の方を振り返った。霊夢は背中を向けたままだったが、注意はこちらに向いているような気がする。
もうひとつ、カウンターからも、注意を向けられているのも、感じるけど。
「少なくとも、あたいは毎日、上げてるよ」
あまりおおげさな調子にならないように用心しながら、打ち明けた。


「!!」
霊夢は背を伸ばした。聞こえた言葉に間違いがなければ、小町も、まさか。
「お骨は両方とも、お寺さんに預けてるけどな。位牌は部屋にあるから。まぁ、あたいの場合は、今日も元気で生きてるよーって、そんな挨拶っくらいの気持ちだけどね」
「……」
共感するどころの話ではなかった。驚くほどに境遇が似通っている。霊夢はぱたりとペンを伏せ、背中ぜんぶで小町の声を拾った。
小町が、自分を『妹分』と言ってくれたのは、自分が小町と同じ境遇だったから。
もしかしたら最初から。そうでなくとも、二度め、三度めのうちに、小町は霊夢の制服に残った線香の香りに気付いたのかもしれない。
気付いて、今までの小町とのやりとりひとつひとつを思い返すと、じわっと頬が熱くなった。
「お花とか、話しかけるとかじゃ、ダメなの?」
「線香の原料はそもそもキク科の植物でな。仏前に供えるのも、菊の花だろ。要するに花の代わりなんだよ」
「ああ、なるほど」
「――それに、煙だったら、お空に溶けて、川の向こうの親父やお袋にだって、届きそうな気がするじゃないか」

「……」「……」

コーヒーの残り香がくすぶる店内に、奇妙な沈黙が満ちた。
急に黙りこくった二人に、小町は照れ笑いを乗せて手を振った。
「やー、辛気臭い話になっちまったねぇ。それは置いといて、霊夢だよ」
華奢な背中を呼ぶ。
「霊夢」
「…………」
小さく、びくりと揺れる、肩。小町はいつもの調子で続けた。
「お前さんの仏壇、線香上げてくれる人がいっぱい来てくれて、よかったな」
「――……!」
伊吹のおばさん。萃香。いつになく声が溢れた昨夜の我が家。遺影の中の二人が喜んでいるような気がした。小町は分かってくれる。その切なさを。その嬉しさを。
「だからそんなに拗ねるない。な?」
「~~……っ!」
そんな風に言われたら、振り向けなくなる。泣き顔なんて見せたくないのに、視界は無様にぬかるんでいく。霊夢は困ったように固まった。

映姫は、そんな4人の様子を横から見ていたが、そっと立ち上がると、霊夢の方へ歩み寄った。
「あなた。霊夢、さん」
恐る恐るに呼ばれた名前と、差し出されたラベンダー色のハンカチ。一呼吸のあと、静かな声が霊夢を裁いた。
「そう。貴方は少し、依怙地に過ぎる。悲しみも怒りも、ひとりで抱え込もうとする、それは他者との断絶を自ら望む所業。孤独に未来はありません。今の気持ちを正直に、ご友人に伝え、理解を求めること。それが貴方に積める善行よ」
「…それ、何ですか」
あまりの言い分に、霊夢の毒気が抜けていく。立ち上る煙の香を嗅いだときのように、心が一気に凪いでいった。
「私の祖父の口癖を真似ました。ちょっとした定型文のようなものです。お気になさらず」
言いきってから一気に照れに襲われ、映姫は頬を赤らめた。
「さあ。貴方の席に、お戻りなさい」
映姫が、小町を見る。
小町は、ゆっくりと立ち上がり、席を空ける。
椅子が引かれ空っぽになっていく音が、霊夢の背中を押した。
「……はい」
有難くハンカチを借りる。思い切り目元をぬぐった。柔らかいパイル地の奥から、甘酸っぱいスズランの匂いがした。
もう大丈夫というところまで水気を取ると、霊夢はハンカチを返して、立ち上がった。


「霊夢」
アリスの優しい声がする。薄手の布に包まれるような気がする。
「なぁ霊夢!」
魔理沙の声は、野球のボールの硬いヤツのようだ。まっすぐ飛んできてごつんとぶつかってくる。
「なによ、ふたりとも」
思い切って振り向いた先で、二人が霊夢を待っていた。


小町はさっさと厨房に引っ込んだ。その後のやり取りは、見ない聞かない気付かないが吉。
魔理沙が小声でごにょごにょと謝る気配。霊夢が緩んだタイミングで、アリスもしおらしく頭を下げるはず。
おかわりのスコーンはひとつの皿でよさそうだ、と準備を始めたとたん、
「小町、コーヒー、もう一杯」
と、追加のオーダーが飛んできた。
「はいはいはいっ、コーヒーおひとつ、っと」
足取りも軽くカウンターに飛んでいくと、名裁判官の秘密めいた笑顔が小町を待ち構えていた。
「……助かりましたよ、お奉行様」
「お奉行様って何ですか、ひどい」
「え、あれ。違いましたっけ。……お代官様?」
「もっと違います」
「お館様、じゃなくて、えーとえーと」
下らないやりとりの合間にも、小町の手は淀みなく豆を量っていた。
「お客様、で落としておきましょう。これ以上はネタが続かなそうですよ、小町」
「うわちゃ、先にオチ付けられちゃった。さすがシエ!」

示し合わせたような苦笑の背後で、少女たちの姦しいさんざめき。
小町は弾かれたように飛び上がると、追加のスコーンと紅茶の準備にとりかかった。




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BGM Volta Masters I Like It [P.O.H. Remix]

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「こんにちわー、空いてますか?」


ドアの開け方にも個性がある。小町はドアベルの鳴り方で、誰だかすぐに知ることだって出来る。
だけど、彼女が来たときだけは別だった。何度ドアを開けても、ドアベルの音よりも、挨拶の声の方が印象に残る、ただひとりの例外だ。
初見では、赤いロングヘアが目を引くだろう。女性にしてはやや高めの身長や、ぱちくりした大ぶりの瞳を真っ先に覚えるかもしれない。
しかし、伸びやかな動きや快活な笑顔のほうにだんだんと目が移って、しまいには彼女自身が形容詞になってしまう。
紅美鈴は、今日もしっかりと、紅美鈴だった。


「空いてますよ、どうぞ」
窓際の席には、ケーキを三つも頼んで上機嫌の大学生。中央の丸テーブルには、紫色のスーツを綺麗に着こなした女性と、その秘書らしい紺色のスーツの女。
もう一つの壁側の席を小町が示すと、美鈴は少しだけ振り返って、こっちこっち、と手招きした。珍しく、連れがいるらしい。
小町は、多分初めての客となるその連れを待ち構えて、気を付けの姿勢を取った。
「…どうも」
こんにちわ、がすんなりとは出てこないらしい、メイド服姿の女性が伺うように入ってきた。対する小町は、とりあえず様子見に走る。
子どもや動物にだって、いきなり親しげに近づいたら警戒される。最初は相手に自分を観察させることが大事。
話しかけるのは、知った顔である美鈴に。
「美鈴さん、お席に来るのは珍しいですね。今日はお持ち帰りじゃなくていいんですか?」
小町が先んじてテーブルにカトラリーとお絞りを置く。美鈴はさっさと座るが、同伴者はそうはいかない。
注意深く周囲の様子を見回しながら慎重に近づいてくる動きが、リスや小鹿を連想させた。
「ここで食べていきます。今日は職場の同僚連れてきちゃいました。折角だし、このお店も見て欲しかったから!」
ぺっかりと迷いのない笑顔を、切り返し、同伴者へ向ける。
「ほらほら。座ってください。焼き立てのピザ、美味しいですよ。今日は思い切りタバスコ掛けて食べられますよ」
舳先を向けられた同伴者は、おずおずと掛けながら眉をひそめた。
「それはいいんだけど、美鈴」
「?どうしました?」
「……やっぱり、屋敷に誰もいないのは落ち着かないわ」
「咲夜さん。ちゃんと鍵も掛けてきたじゃないですか。犬も放してきたし、柵に電流だって」
やや物騒な発言を聞き流しつつ、小町が首を傾げて見せた。注文は?
美鈴はメニューも見ずにオーダーをする。
「えーっと、ピザふたつ。マルガリータと、もうひとつはお任せで♪」
「はいよー。お飲み物はどうします?」
そこでやっと、美鈴の連れは、小町の方を向いた。
そして、
「紅茶を」
と、一言。
目尻に不穏が漂っている。喧嘩腰の空気が頬を刺す。
何か悪いこと言ったかなと思ったが、別にそんなに喋ってないし。小町は肩をすくめながら、厨房に逃げ込んだ。


土台の生地は厚めである。近頃は薄手のものが流行っているようだが、ピザの具材をいっぱい乗せて食べようと思ったら、もちもちとしたパン系の土台のほうがやはり適している。
拳で叩いて平たく伸ばした上に、ソース、チーズ、バジルの葉。マルガリータはこれでOK。
同じように叩いた生地には、今度はソーセージの薄切りやピーマン、玉ねぎスライスとトマトを盛り、チーズとソースでまとめた。
それにしてもピザに紅茶は合わない気がするなぁ、と苦笑いしながら、ピザを揃えてオーヴンに放り込んだ。
お会計の波がひとつ、ふたつ。ケーキばかり頼んだ女子大生は、またきますっ、とスキップしながら出て行った。
ビジネスウーマンらしき二人連れの、会計は紺のスーツの女が払ったが、紫のスーツの女は去り際に、
「今度は幽々子と来ますわね」
と言い残し、小町の心臓をひやっとさせた。
背中をドアベルが見送ると、オーヴンも任務完了の声を上げた。
「……うーん。来てほしいような。ほしくないような。びみょ~っ」
ぶつくさ言いながらピザを引き出したので、天板にうっかり触れてしまい、アチッと悲鳴を上げる羽目になった。


「おまちどうさま。マルガリータと、おまかせピザ」
美鈴と咲夜の前に皿を並べる。美鈴は鮮やかなピザを見た瞬間から、よだれをたらさんばかりの勢いである。だが一方で、咲夜の顔はほころぶどころか、ますます強張っていくばかりである。
「…何か嫌いなものでも入ってました?」
小町が恐る恐る尋ねるが、返事はない。お連れ様はすっかり自分の中に潜っている。
どうしよう、話しかけた手前、引っ込みがつかなくなってしまった。
「あ、大丈夫です。私たち嫌いなものありません」
美鈴がとりなすように割り入ってくれて、助けられた。
あいあいー、とその場を離れて、小町はひと息入れる。こういう反応が怖い客がいると、胸が詰まりそうになる。苦手になりかけている自分を叱りながら洗い物にかかるが、その後も二人の様子が気になってしょうがない。
流す水の量を細めて、会話が聞こえるようにしてみた。
美鈴のあけっぴろげな頬笑みは相変わらずだが、咲夜の顔は、依然として深刻さを薄めない。どうやら、何かをぐずぐずと言っているようだ。


「お嬢様のお帰りまでに帰らなきゃいけないし」
「まだ二時間近くもありますって」
「私たちだけ外食するなんて」
「美味しかったら、こんどはお嬢様たちと来たらいいんですよ」
「でもっ」
「さーくーやーさんっ!」
美鈴の手が、咲夜の白い手を握って、上下にぶんぶん激しく振った。
「私たちが楽しい思いをすることで、拗ねたり機嫌を損ねるようなお嬢様ではありません。でしょ?」
「……」
咲夜は答えず、静かに手を振り払った。
ピザを一切れ取って、食いつく。無理矢理に押し込み気味。そんな食べ方で味がわかるはずもない。
美鈴は辛党らしく、タバスコの瓶を自分の取り皿の上で何度も逆さにした。
「心配なのはわかりますが、私たちがじたばたしたって始まらないでしょう」
「美鈴は、お嬢様の様子を間近で見てないから、そんなに呑気なのよ」
咲夜が唇を尖らせた。その仕草の方が、よっぽど幼く見える。こんな顔は小町の前ではするまい。気心の知れた美鈴相手だからこそ、不貞腐れても見せるのだ。
美鈴は別段気を悪くした様子もなく、じゃあ、と会話を接いだ。
「今朝、お嬢様はどうされてました?」
重苦しいにも程がある溜め息がひとつ、ピザの上に落ちる。
「お部屋から、弁護士に電話を。放課後、生徒会の会合が終わって帰る5時ごろに、家に来るようにと」
「弁護士?パチュリーさん?」
「遺産や遺言状の管理のこと、確認したいのではないかしら」
そこまでひと息に語ると、咲夜もタバスコの瓶をピザの上で振った。
「本家のしきたりにのっとれば、あと二年で大人ですものね。早いなぁ」
美鈴は感慨深げに呟きながら、ピザを平らげていく。
「……日本の法律でいえば、成人年齢は20歳。11歳なんて、まだまだ子どもで、甘えていられる年齢のはずじゃない。なのにお嬢様は本家との財産争いに心を砕いている。『やがて大人となる存在』として、大人と渡りあっている」


おいおいおい、と小町の背に冷や汗が走った。
末恐ろしい子がいたもんだ。11歳でそんなことやってる子がいるのか。
自分が11歳の頃なんか、もっと洟垂れたクソガキだったと思うけれども。何とも興味深いお子様がいらっしゃる。
小町は聞き耳を立てながら、もうとっくに綺麗になった皿をしつこくすすぎ続けた。


「お嬢様には、危機感がおありですからね。それも、自分の為ではなく、フランドール様の為、そして、私たちの為」
重なる溜め息のあと、二人の目が、遠くを見つめた。
「お嬢様のご両親の遺産があれば、お二人が大きくおなりになって、ご結婚されて、私たちが必要なくなるまでの生活まで、充分に成り立つ。しかし本家は、大伯父さまが財産を食い潰して没落の危機、そこで息子夫婦の財産に目を付けた、か……」
再び、はぁ、と大きな憂鬱が吐き出された。
「渡してしまえば楽なんでしょうけどねぇ~。フラン様の為ならともかく、私たちのことまで考えなくていいんですよ、お嬢様は。もっと心のままに、楽しく、してくれたら、私たちはそれでいいんですけど」
「……お嬢様は、お父上のことを尊敬されてるから。お父上のように、誇り高く、大事なものを守れる立派な方になりたいと思われてるし、きっと近いうち、そうおなりになるでしょうね。だけど」
咲夜は、次のピザにタバスコを追加した。
「お屋敷に、お嬢様のお友達が来たこと、ただの一度もない。なんで、11歳の女の子が、放課後の約束を弁護士としてるの。本を読んだり、お小遣いで買い物したり、お友達の家に行ったり。お菓子作ったり、夜更かししたり、したって、いいじゃないの……」
さくやさん。美鈴の声が、高い天井に消える。
「私たちじゃ、戦えない。守れない。11歳の女の子に守られるだけで、心配だって空回りしてる。それが、辛いの」
顔が俯いて、徐々にテーブルと平行になっていく。


なるほど。メイドさんは心配性ってとこか。小町は濯いだ皿をトレイの中でパズルのように並べ替えながら、頷いた。
それにしてもいろんな悩みがあるものだ。世界は広いと思っていたが、この小町カフェの中でさえ、こんなとんでもない案件に出会えるのだから、大したもんだ、といっそ笑いたいくらい。


「お嬢様には、もっと広い世界が必要なのに…」
項垂れる咲夜の肩を、美鈴が抱く。
「…咲夜さん。私たちなら出来ますよ。無理に活動範囲を広げるのではなく、まず私たちが広くなりましょう」
「え?」
「ほら。この、ピザの生地みたいに。広く、広く、ウインナーもピーマンもポテトもサラミも、何でも載せられるように!」
「ピザ?」
「お嬢様がお嬢様のお仕事を済ませて、本当にひとりの女の子におなりになったときに、私たちが美味しいピザでいることが出来るように!」
咲夜はきょとんと、目を丸くした。
「……何を言っているのかわからないわ」
ピザが意味するところが拾えないらしい。困惑がありありと眉根に浮かんでいた。
ええとですね。美鈴は言葉を探して、それから。
「お嬢様を外の世界に出すのではなく、私たちが、外の世界になるんです。私たちが美味しいピザだったら、お嬢様はきっと、外の世界も美味しいと思って下さいます。だから、えっと」
「……美鈴?」
咲夜の声は、呆れていた。

(っああ惜しい!すごくいいこと言ってるし絶妙な例えだったのに!)
厨房のこっち側で小町はガッツポーズしたり頭を抱えたりと忙しい。実はさっきから、援護射撃に向かいたくてうずうずしている。
状況をピザに例えた美鈴の感覚を、小町は料理をする者として理解した。だが、一度ピザに例えられた状況を、もう一度ただの具象に戻すのには、かなりの手間がかかるのだ。一度料理にしてしまった具材を、ただの材料に戻すことが難しいように。
小町は意を決して、猛然と紅茶のスタンバイ。
それから同時進行で、もうひとつだけ、いたずらを仕込み始めた。


「言いたいことは何となくわかるんだけど…」
「ですからね。11歳の女の子らしい楽しみを、私たちが提供できないかということなんです。その上で、お嬢様をお嬢様として支えることも出来てですね、もう友達もメイドも門番もお母さんもお姉さんも全部兼任でっていうか!」
「…すごい無茶な話すぎて理解が追いつかないわ」
咲夜の言葉尻には、会話を切りあげたい気持ちが見え見えだ。伝わらなかったかと、美鈴はしょぼくれた。
その会話に割り込むように、小町は早足で駆けつける。
「はい、お飲み物お持ちしましたよーっと」
場面転換の合図に、美鈴の顔がぱっと明るくなった。ところが、小町が持ってきたのは、紅茶だけじゃなかった。
「これは?」
怪訝な問いにも、小町は動じない。ティーセットの隣の二つのグラスを目線で示しながら、内心で(しめた!)と拳を握る。
「ティーソーダです。ピザにはこっちのほうが合いますよ。特に、お客様がたのような、辛いの大好きな方には、お気に召して頂けるんじゃないかと」
咲夜は念を押す。
「……注文してないわよね?」
「サービスですとも。どうぞ、お試しください」
ティーセットが並べられた横に、存在感のある大ぶりのグラスが置かれた。セピア色の中にしゃわしゃわと炭酸が踊る。
引っ込んでいく後姿を睨みつけつつ、咲夜は頑なに紅茶のカップに手を伸ばした。
「……んー」
一口を飲みこまないうちに、顔をしかめた。
舌に残ったタバスコの辛味と、紅茶の渋みが喧嘩していた。味もなにも分かったもんじゃない。
香りもよく分からないまま飲み下す苦さは、ちょっとした拷問だ。
顔を顰めてカップを置いた。すごく癪だが、ティーソーダのグラスを手に取った。そこまで言うからには飲んでやろうじゃないの。挑むような気持ちでストローに口を付け、……目を、丸く、丸く、見開いた。

「……おいしい」


「え。ホントですか?」
咲夜の言葉に釣られて、美鈴もティーソーダを飲み始めた。
んっくんっく、赤子が乳を飲むよな音を立てながら、一気に飲み干す。
「んぷぁっ!うわ、ほんと!おいしい!」
「……」
不思議そうな面持ちでグラスを見つめる相方とは裏腹に、美鈴の反応はいたってシンプルでわかりやすかった。
「……どうして?」
後味の清々しさの中に、確かにふくよかな紅茶の残り香。湿っぽい悩みも押し流す破壊力を伴っているのに、豊か。紅茶でありソーダであり、その両方の魅力を兼ね備えたもの。
咲夜はすぐに、小町がティーソーダを出した真相に気が付いた。小町が厨房で自分たちの会話を聞いていたことをそれで確信する。
水のグラスにお冷やを注ぎに来た小町を、痛いほどの目線で、睨んで、睨んで。
「どういうことですか?」
小町の答えは明快だった。
「やっ、単純な話ですよ。辛いものには冷たいものがいいでしょう。紅茶は今度、甘いものと一緒にどうぞ」
ネッ、と首を傾げる仕草は、芝居がかっていているくせに、嫌味がない。
こやつ、できる。出来すぎて、腹が立つ。咲夜は口元をぎゅっと引き締めて、答えた。
「――ええ、そうするわ」
帰ってきた声音は冷めかけた紅茶ほども渋くて、流石の小町も苦笑いするしかなかった。


水差しを抱えて帰る後姿が厨房に入ったのを確認してから。



「今度は、お嬢様たちも、一緒に来ましょ。きっとよ」
咲夜が、内緒の約束の音量で、囁いた。
「…ティーソーダに、びっくりしますよ、きっと!」
唇の端をぎゅうっと左右に引っ張って、美鈴もぺっかりと笑う。


やれやれ。世話が焼けるお客様だった、と肩をごりごり回す。
調理台の陰にしゃがみ込むと、小町はきゅうっと冷たいティーソーダを飲み干した。
微炭酸と紅茶の香りで、頭の中がキンとクリアになる。
「あー…堪らないねぇ~」

至福の溜め息を漏らしたタイミングで、お会計のお声が掛かり、雇われ店長はすわ、とレジへと懸け付けていく。





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BGM Volta Masters
Constant Motion [Remix]


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テーマ:

玄関のドアを開けた途端に、パルスィがひっと息を詰めた。
パルスィを真ん中にして、ヤマメとキスメが手を繋ぐ。
「ドア開けただけじゃん」
「……ごめん」
謝る筋合いなど何もないのに、パルスィは申し訳なさそうに顔を歪めた。
花束を抱えたあの男が声を上げる。『お嬢様と結婚を前提としたお付き合いをさせてください』と。何度も繰り返し見た悪夢。かさぶたの下では、まだ傷は血を流し続けている。
震え書ける指先に、幼い手が添った。
「パルスィちゃん。だいじょぶ。ヤマメちゃんとわたしがいっしょだよ」
「ええ」
小さな手がパルスィを、ぎゅっと。幼子の体温は高く、指先に血の気を呼んだ。
「パルスィちゃんは、人がいっぱいいるところ、いや?」
「わからない。怖い…かも」
何せまともに外に出るのが1年ぶりだ。平日とはいえ、夕飯の買い物をする客でアーケードの商店街は混む頃合いである。
「じゃあ、バイパスまでは、中学校のうらを抜けようね」
「キスメに任せるわ」
地理なんて、分かるはずもなかった。導かれるまま歩くだけだ。
ヤマメの気遣わしい目線がに辛うじて微笑み返し、パルスィもゆっくりと階段に足を踏み出した。


結果として、キスメの判断はパルスィを安心させた。
短いが活気のあるアーケードの商店街も、一歩裏に入れば静かな道ばかりである。おしゃべりしながらのんびりと歩ける、優しい空気がふわふわと漂っていた。
どこからともなく、エレクトーンとバイオリン、トランペットの音が聞こえてきた。一見古びた日本家屋なのに、音楽に熱心なおうちらしい。
「うわー、すごいなー。トランペットの人、ノリノリだね」
ヤマメが苦笑すると、
「エレクトーンの音、おもしろい」
キスメも笑いだす。
「バイオリンなんて難しい楽器、こんなにやすやすと弾きこなすなんて…妬ましいわ」
パルスィのジトった視線は、門の南天を揺らす。
弾いているのは三人姉妹らしく、時折、
「だからルナ姉さんは遅れないで!メルラン姉さんは走り過ぎ!」「妹のくせに生意気よ!」「口のきき方に気を付けなさい」
などと楽しげな会話も聞こえてくる。
「私たちも、きょうだいにみえるかしら」
「あはは、みえるみえる。パルスィがお姉ちゃんだねー」
「おねえちゃんだねぇ」
車も自転車も通らない路地裏を、パルスィは二人の妹に挟まれて歩いた。言われると本当に姉妹のような気分になる。随分と歳の差はあるけれど、パルスィも本当はきょうだいが欲しかったから、その想像は嬉しかった。

生け垣に朝顔のツタが巻き始めている家もあった。
小柄な犬が、三人の姿を見た途端に尻尾を振った。
道を横切ろうとしていた猫が、パルスィと目が合った瞬間にぴたりと固まる。おいで、と声を掛けられると、弾かれたように逃げ出した。
右手の道を指して、ヤマメが「こっちが中学校」と説明した。パルスィが通っていた中学校は、パルスィの一つ下の世代で入学が打ち切られ廃校になり、今ヤマメが通う中学に統合された。不思議な気分で中学校の方を覗き込む。壁のスクールゾーンの黄色い看板の、端が少しだけ錆びていた。
ちゃんと通ったこともない道が、何となく懐かしくて、パルスィは目を細めた。
あの頃。無邪気に世界を信じられた頃。たった一年ちょっと前の、自分がそうだった事実が遠過ぎて、少しだけ貧血を起こした。


アクシデントは、思いがけない形で降ってきた。
風見、と表札が掛かっている家の前を通っている時、不意に勝手口のドアが開いた。

「じゃあ行ってくるわ」

声と一緒に飛び出して来たのは、――薔薇の花束。


オジョウサントケッコンサセテクダサイ。

穏やかな初夏の街並みが一気に歪み出す。ドアが開く音で止まった呼吸が、花束を見た瞬間に逆流する。



「きゃああああーーーーーーーーーーーーーーッッ!!」



「パルスィ!」「パルスィちゃん!」
悲鳴を上げてしゃがみ込んだパルスィを、ヤマメとキスメで包みこむ。
しかし驚いたのは花束を抱えた女も同じだった。
「な!?」
「いやああああああっ来ないで来ないで来ないで来ないでーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!」
「あ、あなた、何?何があったのよ」
女が近づいてくるのに気付いたヤマメが、声を張り上げた。
「すみません花束がダメなんです!来ないで!ごめんなさい!」
「花束が、ダメって…」
女が唖然とした。その空気の中に憤慨も混じっているのを、ヤマメは敏感に感じ取る。
「うわああああああああああああーーーーーーーーーーーー!!」
ごめんなさい、きっと傷つけた。だけど今もっと傷ついているのはパルスィだ。
膝をつき、ひきつった呼吸で喘ぐパルスィを、どうしたらいいのかわからなくてうろたえる。
「パルスィ、パルスィしっかり」
「ひ、ひぁ、は」
顔色が真っ白だった。このままパルスィが死んでしまうんじゃないかと思って、ヤマメの目にじわっと涙が滲んでくる。
「パルスィちゃん!」
するとキスメが、自分の胸の高さにきたパルスィの頭を、ぎゅっと抱え込んだ。
「パルスィちゃんパルスィちゃん!!ヤマメちゃんもわたしもここにいるよ!いっしょだよ!」
そんなに抱きしめたら息も出来なくなるんじゃないかと思うほど強く強く。
「こわくないよ、だいじょうぶだよ。だいじょうぶ、だいじょうぶ…」
呪文のように繰り返す、大丈夫。戦慄いていた肩が少しずつ落ち着き、しばらくの後に、ふうと力が抜けた。

「パ、ルスィ…」
キスメに抱きしめられて落ちついていく様子を、ヤマメはハラハラしながら見守る。
「何があったか知らないけど、花束が怖いなんてちょっとおかしいんじゃないの」
「――ッ!!」
怒りで息を飲むヤマメに構わず、
「リカちゃん、ごめん。花、一回戻して。急病人が出たから面倒見てくる」
女は家の中に戻って、また出てきた。今度は花束を持っていない。
彼女は、パルスィを遠巻きに見ただけでも、症状が何か見当が付いているようだった。
「パニックから過呼吸ね。吸いこむ酸素の量を減らすのが正しい対処。あのちみっこいの、よくやったわ」
「……過呼吸」
パルスィの状態は分かっていたつもりだったのに、『過呼吸』という単語は初めて聞いた。
ひとりぼっちで引きこもっている時、パルスィは辛い思いをしていた。でも、それがどんな症状かまでは、想像していなかった。
誰かが玄関を入ってくる度、こんなことになっていたのだろうか。それとも夢に見て飛び起きて?
具体的に苦しむ姿を見て、頭がガンガンした。自分の理解の浅さを突き付けられた気がして、いたたまれない。
「…………お花が嫌いなんじゃないんです。ドアが開いて、花束が出て来てっていうのに、ちょっと、あって」
トラウマという単語は、説明し終わってから思い出した。言い添える間もなく、女はさらりと言いたかった単語を吐き出してくる。
「花にトラウマってなると、花屋としては悲しいわね」
腕組みをした胸元には、白い糸で店の名前が縫い取ってあった。フローリストKAZAMI。商店街に、そういう名前の花屋があって、そうか、あの店舗の、ここは丁度裏側になるのか。
「お義姉さん、救急車呼ばなくて大丈夫ですか?」
ドアをそっと開けて顔を出した女は、今横に立っている彼女よりも少し顔立ちが丸かった。おねえさん、と呼んでいてもなんとなし遠慮があって、血の繋がりはないことが簡単に分かった。
「それは大丈夫。呼ぶなら私が携帯で呼ぶし」
何かを察したのだろう、顔はすぐに引っ込んだ。

「……ごめん。だいじょぶになった」
キスメをゆるく外して、パルスィが顔を見せた。頬に赤味があって、とりあえずヤマメはほっとする。
だが、表情は辛そうだった。目尻には隠しようもなく怯えが浮かんでいた。
「パルスィ。今日は、帰ろうか」
このまま無理に目的地を目指せない。パルスィが削れてなくなってしまうみたいな、そんな危うさを強く感じる。
「…………うん……」
パルスィも限界を悟っていたのだろう、素直に頷いた。帰ることを決めたら、少し楽になったみたいで、大きく大きく息を吐いた。
腕組みをしたままの女は、そんな三人に容赦なく言い放った。
「救急車は必要ないにしても、歩いて帰れるの?そんなザマで大丈夫なわけないのは勿論だろうけど」
「……~~ぃ…ッ」
パルスィは唇を噛みしめて、俯いた。
妹のような友達を二人巻き込んで、このザマだ。小学校に入ったばかりの子に抱きしめられないと、正気に戻れない情けなさときたら。自分でもうんざりするほど分かっているのに、どうして通りすがりにも等しい相手に詰られなければならないのだろう。
背中に添われる手のひらは小さくて、本当だったらパルスィが守ってあげないといけないはずだった。女の言葉が怖いのか、少し、震えて、でもパルスィはそれを握り返してやることすら、出来なかった。
女は、白いライトバンを顎でしゃくって示すと、
「家、どこよ。配達がてら送っていってあげるから、車乗りなさい」
思いがけない申し出だった。
断る意地がないわけじゃなかった。ゆっくりと立ちあがる。嵐のような激情に翻弄されて、疲れていた。
パルスィは大人しく頷いた。ヤマメもキスメも何も言わず、女に向けて、会釈した。

呼ばれることはないだろうと思いつつも、風見幽香よ、と自己紹介をする。名前も知らない人の車に乗るのは、さすがに嫌だろうという配慮からだった。
「黒谷ヤマメ、です」
中学生の少女が名乗り、
「えっと、……キスメです。一年生、です……」
一番幼い少女が続いた。
「……水橋パルスィです」
問題の少女は最後に名乗った。
「ふうん。きょうだいじゃないのね」
「きょうだいに見えますか?」
ヤマメが問い返すと、
「仲よさそう、には見えたわよ」
気のない感じで返事された。
幽香はパルスィ達を先に後部座席に乗せると、義妹にさっきの花束を持ってきてもらった。
短い時間でも冷蔵庫に入れておかないと、花のコンディションが心配な季節になってきた。パルスィの目に触れないように花を積むと、さっさと運転席に乗り込んだ。
「先に配達だけさせて」
言い捨ててエンジンを掛けると、古びた内装から明らかに浮いている最新型のオーディオから、柔らかな女性の声のポップスが流れてきた。

「そこの、真ん中の。家はどこよ」
「……えっと……」
パルスィがうろ覚えの住所とマンションの特徴を言っただけで、すぐにどこか分かったらしい。流石にお届けものをする商売の人は違う。真ん中の、と呼ばれたことは、気にしないことにした。名前で呼ばれても苗字で呼ばれても、結局気まずいことがお互いに分かっていた。
「プリズムリバーさんとこ通り過ぎた一旦停止の、向かって左ね」
楽器を賑やかに鳴らしていた家が、プリズムリバーさん、ということがそれで判明した。
「ピアノ教室とスカーレットさんとこ、だから、反対方向。悪いけどちょっと付き合って」
三人揃って大人しく頷く。気分はもはやドナドナだった。
ピアノ教室は小学校の近くらしく、キスメが小学校へ入る道を指さして教えてくれた。
そこからバイパスを横切っての奥、木立に囲まれた細い道をガタゴトと入っていくと、どういうセンスで建てたのかしらないが真っ赤なお屋敷が梢の隙間に見えた。その先には車は入らず、幽香はチャイムを押してメイドが出てくるのを待つ。
花を渡すと、立ち話もせずに幽香は戻ってきた。フロントの斜め奥に瀟洒な後姿が消えたのが、ほんの一瞬だけ見えた。
「すごい悪趣味なおうちだよね」
ヤマメが笑うと、パルスィも少しは笑って頷くことができた。
今来た道を戻って、バイパスに入る信号を待っている間。幽香の手が助手席を探って、後ろにホイと何かを投げてきた。
「お菓子、好きなら食べて」
「う、わっ」
取り落としそうになりながら受け止める。幽香の行動は唐突で、ちょっとびっくりする。
「なんですか?」
「友達がやってるカフェで作ってるクッキー。試作品なの、感想よろしく」
「……?」
キスメが首を傾げた。カフェで作ってるクッキー。それって、もしかして。
「こまちさん?」
「え、知ってるの?」
幽香が驚いて振り向く。キスメは首を竦めて、ウン、と返事するのが精一杯だ。
「パルスィちゃん。これ」
「…これ?」
「これが?」
「これ!」
「…これなの!」
「何の話よ、一体」
「おねえさん、こまちさんのおともだち?」
「友達よ、だから何。っていうか何であんたたちが小町のこと知ってるの」
たとえば中学生とか高校生らしい二人が知っているのならまだ話はわかるのだが、よりによっていちばんちみっこい少女が知っていたものだから、余計にワケがわからない。
「こまちさんって言うの?」
「うん」
「小町って誰!?ねぇキスメ」
「ああっもう!ちょっと先にこっち答えなさいよ!」
知ってる人と知らない人で会話が錯綜して、車内は混乱を極めた。


結局、三人を送り届けるまでの時間で情報の整合性が取れることはなく、幽香は首を捻ったままだった。
怯えがちだった小学生ちみっこの眼差しの温度が上がったのだけはほんのり嬉しかったが、それも小町の名が出てからの話。
くれてやったクッキーは、パルスィと呼ばれていた子の家でみんなで食べていくらしい。
「…今日は脅かして悪かったわね」
それだけ言い捨てて、幽香は硬いハンドルを切った。
軽快なエンジン音が角に消えていく。並んで見送りながら、
「行けなかった、わね」
パルスィがぽつん、と。
キスメは、ぎゅううと力いっぱいでパルスィの指を握った。
「でもね、パルスィちゃん。もうちょっとだったよ」
「本当?」
大きい道路に出たら、横断歩道を渡ってすぐ、だったらしい。7割は来ていたのだ。あの花束がなければ、多分辿りついていた。
クッキーが手に入ったのは思いがけないことだったけど、今度は、きっと。
「今度は、ちゃんと。行こうね」
「うん。行こう」
エントランスでオートロックを解除し、ロビーを抜けて、階段を上がる。
一歩ずつ。一歩ずつ。踊り場から見える空に、細い三日月と一番星。
「パルスィ。今日のこと、手紙に書く?」
「んー…」
パルスィは少し、考えこんだ。それから、ヤマメを振り向いて。

「食べてから、考えるわ」

その笑顔が、こっちに来る前のパルスィのとほとんど同じで、見上げながらヤマメは、嬉しいような切ないような、甘苦い気分になった。




けだるいトランペットの音をイントロに、緩いリズムのジャズを流す。
外はほんのり明るさを残しているけど、それだけで小町カフェは夜の顔だ。そして小町も、昼の明るい快活さから、薄絹越しの妖艶を身にまとう。
薄いオレンジのグロスを拭い、チェリーレッドのルージュを点す。白熱灯の照明も、各テーブルで微妙に明るさを変えていた。


夜の幕開けに疼く空気を、電話のベルが波打たせた。ファックスには切り替わらない。
無粋な、と顔をしかめ、小町はオーディオのボリュームを絞った。

「ウェルカムトゥ、小町カフェ」
「私よ」

一言で誰だか分かる。

「席を一つ、空けておいて」
「何名?」
「ひとりよ」
「カウンターで構わないかな?」
「寧ろ望むところだわ」

こういう切り返しで来るとは、奴さん相当機嫌が悪いらしい。

「お待ちしておりますよ、っと」

返事はなく、電話は切れた。


「おお、怖い怖い。また義妹の愚痴かねぇ、と」


小町は大げさに腕をさすって笑うと、伏せきれない眼差しを天井へ投げた。



Welcome to KOMACHI CAFE !

BGM Volta Masters
Take It Easy(Remix)

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放課後のチャイムを踵で蹴り上げ、ヤマメは校門を飛び出した。ホームルームが終わるやいなやの早業である。
お燐とお空が声を掛けようとしてくれていたが、応じる暇が惜しかった。ごめんけど、帰ったらメールするから。そう思ったのも一瞬で、心は目的地へ翔んでいく。
昼休みが終わるころ、届いた一通のメールには、お姉さん分のパルスィから、相談がある、とだけ書かれてあった。


今、パルスィは叔母さんの家で暮らしている。学校は、最初の高校を転校してから、は全然行ってないはずだから、……もう一年近く外には出ていないだろう。
前の学校で、とても大変な思いをして、すごく、すごく、傷ついたから、今、パルスィは、休んでいるんだ、と、母はヤマメに教えてくれた。

パルスィはストーカーに遭った。学校でも、いじめられてたらしい。ストーカーもいじめも、三日に一度は新聞の記事になるほどありふれた話題だったけど、それを両方、しかも身近なお姉さんが経験して、それで引きこもってしまったことに、ヤマメは憤りを隠せない。
ヤマメはそのストーカーのオッサンも殴りたかったし、いじめたクラスメイトたちにも回し蹴りを食らわしたかった。パルスィは何も悪くないのに。パルスィを傷つけた連中まとめて、許せないと思う。
激情は今でも時々目を覚ましてヤマメを燃え上がらせるけれど、でも、一番に怒っていいはずのパルスィがまだ怒るほど元気を取り戻してないから、炎を持て余してどうしようもなかった。
かといって中学生のヤマメに、パルスィを元気づける妙案があるわけでもない。
何か、パルスィが元気になることがあるといいのに。毎朝目が覚めると、ヤマメはいつも真っ先にそう祈っていた。
小学校の通学班で、ヤマメを家まで迎えに来てくれたパルスィは、今でもヤマメの憧れのお姉さんなのだから。

パルスィからじきじきに相談があると聞いて、いつもの行き場のない熱いエネルギーが、一気に頭に上ってきた。ヤマメは走る、走る走る走る。パルスィのいるマンションまでの道を、全力で駆け抜ける。


辿りついた深緑色のドアの前には、先客がいた。
「キスメ?」
「あっ、ヤマメちゃん」
キスメだった。ヤマメの近所の家の子だが、キスメが生まれた時から面倒を見ていたから、本当に妹のようなものだ。パルスィも一緒になって、よく家を訪ねていっては遊んだものだった。
「どうしてここに?」
聞かれたキスメは、俯いてか細い声になりながらも、家に帰ったら、電話で伝言が入っていて、それがパルスィからで、おうちに来てほしいと言われたのでここまで来たということを、ゆっくりと説明した。
「……キスメまで呼ばれたの?」
何が出来るかは分からないが、二人を呼んだのなら、余程の用事なのだろう。ヤマメはインターホンを押して、
「パルスィー!来たよー、私、ヤマメ。キスメも一緒ー!」
元気よく名乗りを上げた。


迎えたパルスィは、こざっぱりとしたワンピース姿だった。
最後に会った時よりも痩せたけど、表情は少し明るくなった気がする。
「久しぶりだね、パルスィ」
「本当ね。ヤマメはすっかり制服が板に付いたわね。キスメは、ちゃんと一度家に帰ってきたんでしょう?」
ティーバッグをふたつ放り込んだポットで、三人分の紅茶を淹れる。カップは既にテーブルの上に並んでいる。パルスィは、二人を迎える為に、準備していたらしい。
「それにしても、メール驚いたよー。どうしたの?」
「パルスィちゃん、ヤマメちゃんも呼んでたんだね。大事なごようじ?」
「……うん」
パルスィは、テーブルの上で両手を組んでいた。血の気を失った白い指先が、緩んでは絡まって、忙しない。言いにくい用事なのだろうか。ヤマメはマシンガンのように問い質したくなる口を、紅茶で塞いだ。

「……キスメ、がね。このあいだ、持ってきてくれた、あの、お菓子、をね」
「うん」
「食べたい、の。もういっかい」
「……?」
ヤマメの目がキスメにフォーカスを移すと、キスメは恥ずかしそうに頬を赤くした。
「どういうこと?」
「もらったの。クッキー、おいしかったから、パルスィちゃんにも、食べさせたくて、もらってきて、もってきたんだ」
「え?」
一瞬では状況が掴めなかった。
「つまり?パルスィ、お菓子が食べたいだけ?で、そのお菓子って、キスメが貰って来たもので?」
「人を食いしんぼうみたいに言わないでよ」
パルスィが苦笑交じりに膨れてみせる。
「…お使いに行けってことかな?」
要するに買ってこいってことなんだろうか、とヤマメは結論を出しかける。
パルスィは、小さく首を振って、否定した。
「違くて、その、……私が、買いに、行きたい、っていうか」
「…えぇ!?」
ヤマメが勢いよく立ちあがったので、椅子がガターンと派手な音を立てた。


人と会うのが怖いから、閉じこもっている。パルスィの状態を、ヤマメはそう理解していた。それで大体あっているはずだ。対人恐怖症という単語をパルスィの話の中で使ったのも、母だった。
だが、そのパルスィが、自ら外に出たいと言い出したのだ。驚くのも無理からぬ話。


「――、一緒に行ってくれない?」
「そりゃあ構わないけど」

外に出る話をするだけで、もう顔色が悪くなっているのに。
「でもさぁ、パルスィ。どうして、そんなにまでして行きたいの?どうしてそんなにそのクッキー食べたいの?」
座り直して紅茶をひとくち。お砂糖が欲しいが、それどころじゃなかった。
パルスィはカップを握り、紅茶の水面を見つめ続けている。喋ろうとしてとどまること、数度。そしてようやく言葉がでると、後はとめどなかった。


「今の学校の、担任の先生が、手紙をくれるの。クラスのことや、学校のこと、いろいろ書くけど、楽しそうで、明るそうで、読んでるだけでドキドキする。
この間は、家にまで来て、無理に出てこなくていい、待ってるからって。また手紙書くって。私も、書きますって、返事して。
でも、今の私には、書くことが、ない。書いてまで伝えたいことが、ないの。悲しい思いや辛い気持ちは、さおりさんが全部聞いてくれる。あの先生には、少しでも明るくていい話をしたい。だけど私、何もない。
何も、ないのよ」


「……だから、クッキーなの?」

「キスメが持ってきてくれたクッキー、食べた時に、ひさしぶりに食べ物が美味しいって思った。部屋に持っていって食べるつもりだったのに、開けた台所で、その場で食べちゃったの。不思議だった。また食べたいのももちろんある。けど、それだけじゃない」
パルスィはあの時に感じた感覚を思い出しながら、注意深く言葉を探した。
「このクッキーを、ヤマメにも、先生にも、食べて貰いたいって思った……」

「私にも?」

「ただ美味しいだけじゃない。懐かしくて、優しくて、それで……自分以外の誰かを、大事にしたくなるような、そんな味だったの。おかしいでしょ?自分でも、ただのバカみたいな妄想だって、思うんだけど」

ぽつん、と、琥珀色の中に塩が落ちる。

「買いに行ったら、手紙、書けそうな気がする」

「――――パルスィ」


最近、中学校の玄関に、燕が巣を作った。いちばん孵るのが遅かったらしいひよっこは、他の雛よりもか細い声で鳴きながらも、精一杯大きな口を開けていた。巣立つのもきっと最後に違いない。飛ぶのもヘタクソかもしれない。だけど、燕は飛ぶ為に生まれてきたから、きっと、そのこも飛ぶのだろう。
パルスィは飛ぼうとしている。声をあげて、大きくなろうとしている。



「わかった。いいよ。三人で、そのクッキー、買いに行こう。場所はキスメが知ってるんでしょ?じゃあ大丈夫だよね。ここから、遠い?」
キスメは首を横に振る。
「オーケー。パルスィはお金持ってるの?」
小銭まで合わせれば5000円程度を、少しなら、と答える。
佐織の家に逃げ込む前日が、お小遣い日だったのだ。
「私も持ってるし、それだけあれば大丈夫かな。パルスィ、そこまで言うからには、出掛ける準備済んでるんでしょ?」
「ええ」
ヤマメが立ち上がる。今度は、それなりに静かに。キスメも、椅子からぴょんととび下りた。
「さあ、行こう。パルスィ、キスメ」

パルスィは、座ったまま、小さく「ありがとう」と呟いた。




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ドアベルの音とは対照的に、客の肩は張りを失って丸まっていた。
「おや。シエ、いらっしゃい」
「こんにちは。いつもの」
「へいへい、いつものね」
手を拭きながら出てきた小町は、そのままカウンターに入って冷蔵庫から布フィルターを取り出す。いつものカウンター、いつもの席に腰を下ろした途端……
「……ん~」
映姫はがくりと突っ伏した。
「あらら。今日はまた、やけにお疲れですね。大丈夫ですかい?」
「お構いなく」
手の甲を瞼に押し当てて、呻いた。
誰の所為で疲れてると思ってるの、馬鹿小町。言いたいが、言えない。今の映姫は映姫じゃなくて、シエだから。


KOMACHI CAFEの当初のコンセプトは、お洒落だけど少しだけヌケがあって、家のように寛げる、そんな雰囲気をイタリアとかフランスの港町の雰囲気で、とか、そんなものだった。確かに今のKOMACHI CAFEには、アットホームで優しい空気がある。料理も美味い。だけど、月ごとの収支決算を見ると、どこかに違和感があった。
店長がサボっているせい。
ひとりで切り盛りしていて効率が悪い。
メニューの原価率が高いかもしれない。
改良すれば売り上げが伸びるはずなのに改良しない。その上、小町が昼寝しててもテーブルの回転率が悪くても、何故か赤字にはなってない。
(私がプロデュースしたお店なのに)
他人の店から上前撥ねるような、妙な居たたまれなさが付きまとう。


ファックスが届く音に、いちいちそわそわした。小町からのファックスが届いた時には、熱風に包まれたような高揚感を覚えた。
しかし次の瞬間には、真っ逆さまに冷たい海の中。返事のファックスには、こう書いてあった。


『今が一番のベストバランスです。コンセプトと実績の釣り合いは取れてます』


だから、これ以上口を出してくれるな、と、言外に、拒否された。



拒否されたのは自分ではなくてオーナーの四季映姫だ。或いはその求める事象だけ。
頭では割り切っているのに、心が追いついてこない。だって目の前の小町は。
「疲れてる時は甘いものに限るってね。ハイ、いつもの」
コーヒーとクッキー。湯気の向こうに、のんびりとした笑顔でいる、小町が。


…小町に。


シエだから、こうやって笑ってくれているのだろうけど。
(私が四季映姫だと知ったら、どうなるんでしょうね)
四季映姫を拒まれたことが、何ともやるせなくて、体に力が入らなかった。


「シエ。本当に大丈夫ですか。顔色悪いですよ」
「……平気です」

泣きたくなりながらコーヒーを口に運んだ。やっぱり美味しいと思ってしまった。




少し遅めのランチの時間。普通の客は食後のコーヒーも済ませて、腰を上げ始めるそんな頃。
狙ってくるようになったのは、小町とのんびり喋りたい、映姫にそんな思惑が芽生え始めたからだったが。

カンカランカンカランカンカラン!
「!?」
こんなに激しくドアベルが鳴り響くのを、映姫は初めて聞いた。
「やー、やっとメシにありつけるよぉー」
騒がしい一団、だと思ったのに、飛び込んで来たのはたったのひとりだった。上半身は紺色のぴったりしたTシャツ。油で汚れた真っ黒な作業靴。みどり色のツナギの上半分を脱いで腰で結んだ、作業員姿の。
「小町ー、腹減ったよ、すぐできるの、何かない?あと、できるだけ安くて、いっぱい食べられるもの」
小柄な体から、いっぱいのエネルギーを溢れさせた彼女は、まだ高校生と言っても通じるくらいの無邪気な表情をしていた。
「おうにとり。お疲れの客もいるから、もうちっと静かに入ってきてくれると助かるんだけど」
小町が困ったように言うと、にとり、と呼ばれた女性が、おっとと、とたたらを踏んだ。
「そりゃ悪かったねぇ。ごめんよー」
小町と、それから映姫にも会釈して、ツナギの尻が汚れてないか気にしながら、窓際の席に座った。
水とお絞りとカトラリーを置くと、小町はにとりに注文も聞かずにさっさと厨房へ向かった。
「えっ、小町、注文は聞かないの」
映姫の声に、小町は首を振った。
「もう頂いてますって。安くて早くていっぱい食べられるもの」
「それ、注文って……」
唖然。そんな曖昧な注文を、注文とは言わない。そこらの家庭じゃないんだから。かーさん何か軽いもの作ってくれってノリで、そんな。
しかし当の小町は鼻歌を歌いながら、手だけを忙しく働かせている。迷いはない。もう頭の中でメニューが出来ているのだろう。
「小町ぃー早くぅー。もう残燃料エンプティだよー」
「……」
料理がくるまで、まだ時間があるだろう。映姫は四季映姫の顔になって、コーヒーのカップを手に立ちあがった。


「…あ?ごめんなさい、うるさかった、ですか?」
近づいてくる映姫に気後れして、にとりが首を竦めた。悪い子じゃなさそうだ。小町の「お疲れの客」に声を掛けられて、恐縮する辺りが可愛い。ふっと力が抜けて、自然と笑いが出た。
「いいえ。私もひとりだし、ちょっと、あなたの話、聞きたくなって。私はし…シエ。ここのコーヒー、おいしいですよね。最近、すっかりファンになっちゃって」
映姫はさりげなく前の席に座った。そういう話なら、とにとりは乱入者を歓迎した。
「私はにとり。河城にとり。旧道沿いの河城自動車の二代目予定。お客さんの車ひっぱってきたら遅くなってメシ食いっぱぐれちゃってさぁ、もうくったくたで。ここのごはん、美味しいでしょ?それに疲れててメニュー考えたくなくても、大まかにどんなのーって言えば、小町はぱぱぱっと作ってくれるから、すっごい、有難いの」
「二代目、ですか。お若いのに立派ですね」
「やー全然そんなんないよ。高校卒業して、今、修行中ってとこかな。専門の高校行ってなくて、整備士免許は来年取るつもりだから、今のところはまだまだ。えへ」
高校卒業したばかり。若い若い。うっすらやけた頬が、ぴんぴんと丸くて眩しかった。
ツインテールが、……小町とお揃いだ。
「髪型、可愛いわね。高校で流行ってた?」
「ううん。中途半端な長さでまとめるのに困ってたら、幽香がこうしたらって、教えてくれたんだ」
「幽香?」
不意に飛び出した名前に、心臓が軋む。
「フローリストKAZAMIの風見幽香。知ってる?この辺の商店街の若手の取りまとめをしてくれてる人」
なるほど。あの花屋の女はそういうことか。
それにしても友人と知人の髪型をお揃いにするとは。幽香とやら、やっぱりなんとなく、好きになれない気がする。
「幽香は小町とオナチューでオナコーだから、仲いいんだよね」
「オ…オナチュ!?」
こんな真昼間からいかがわしげな単語!?映姫が目を回すと、にとりがあれっと気付いて、笑った。
「同じ中学・同じ高校、の略」
「あ、ああ、そうなの……そう……」
もしかしてジェネレーションギャップ。ついていけない自分にがっかりする。
しかし、にとりのエネルギーの溢れ方がいい。話す間に、こっちも元気になるような気がする。
「はぁいーおまちどうさん。あれ、シエ、こっち来たんですか?」
「面白そうな子だったから、思わず声を掛けてしまいました」
「おきゃくさーん。当店はナンパ禁止ですよー」
「私、ヤスイヨーヤスイヨー」
「売るな売るな」
冗談めかして言う間にも、にとりの前に次々と料理が並ぶ。
色とりどりの野菜。ビーフライスにサラダ、きゅうりスティックのサワークリーム添えにミネストローネ。ミネストローネの湯気が薄いのは、きっと、がっつくにとりの食事ペースを見越してだろう。熱かったらすぐには口に運べない。
「いた・だき・ます」
一瞬、ぴしっと合掌すると、にとりは物も言わずに皿の上に覆い被さった。
鼻に抜ける呻きは、うま、うま、と言っているように聞こえないでもない。呆れるほどの食べっぷりだった。
小町がにやにやとヤニ下がる。悪戯が成功したときのコドモって、こういう笑い方をしなかったかしら。盗み見ながらコーヒーカップを口に運んで、いつの間にか空になっていたのに気が付いた。



にとりが、はらいっぱーいハイオク満ターン、とひっくり返る頃、小町がアイスティーを運んできた。ふたつ。自分も飲む気だろう。小町が座れるように、映姫は奥にひとつ席を詰めた。
あ、すみませんねぇ、と小町が隣に座って、くれて嬉しくなる。
「やー、おいしかったー」
「そりゃ何よりだよ」
アイスティーさえ一気飲みして、にとりは満足げに腹をさする。
「そういや小町。車、そろそろ車検じゃない?3年目でしょ?」
「…よく覚えてるなぁ。にとりのところで買ったわけじゃないのに」
「シール見たらわかるもん。民間車検は是非、河城自動車に。ついでに言うけど、たまには洗ってやんなよ、車。可哀想じゃないか」
「……車のことだけは口うるさいんですよ、こいつ」
小町がべぇっと氷を押し戻しながら言うと、映姫も思わずくすっと笑った。にとりはばしんとテーブルを平手打ちする。
「あのねー小町。自分の体と命を載せて走る車でしょ?大事にしろって言ってんの。もしお金ないんでも、そんなのいつでもいいんだから。バッチリ仕上げたげるから持っておいでってばー。洗車だけでもいいからさあ」
燃料給油が済んだら、にとりも仕事熱心モードに入ったようだ。二代目がこれなら、河城自動車とやらも安泰だろう。いやいやと継ぐ二代目ではなさそうだし。
「小町の車って、どれですか?」
「裏ですよ。クリーム色のマーチ」
「二度目のマイナーチェンジしたバージョンだね」
にとりの解説は専門的すぎてよく分からない。映姫は車には興味がないから、車種だって詳しくない。自分が乗ってる車の名前すらも言えない始末である。国内最大手のメーカーの、小回りのきく小型のタイプ、そして白。自分の車についてだってそれくらいしか覚えてない。
「私が今乗ってるミラは、私と同い年なんだ。もう整備の部品がなくなるかもしれないし、エコカー減税使って買い替えてもよかったんだけど、何か可愛くて、修理しちゃ乗って修理しちゃ乗って」
こうやって車のことを語るにとりを見るのは、とても、楽しいと思った。多分小町もそう思ってる。
近い肩と肩の間に、共感が走ってるのを感じる。
「もうオンボロだけどねぇ。ホントにダメになるまで乗りたいんだ。私あのコで整備と運転覚えたからね」
「そうなんですか」「そうなのか」と、映姫と小町。
「そうそう、そういえば、中学校2年の時にタイヤのネジの締めが甘くて車フラフラさしちゃって脱輪したときはビックリしたなぁー。いい勉強になったなぁ、アレ」
「ふうーん、大変だったな」と小町。
「…ちょっとそれおかしくないですか!?」我に帰った映姫が思わず聞き返す。
「えっ別におかしくない、ウチの敷地内だったら合法だから大丈夫。足が届くようになった頃にはもうハンドル握ってたから…小学校の頃?えっと何年生だっけ」
「それ以上は合法でも危険ッ!黒です、黒っ!」
「シエ、もう時効ですよ。時効。あははははは」
「笑ってる場合じゃないでしょうが!」
「そういえば、5年生のとき廃車置き場でインカギを針金で開けて遊んでたら先生に見つかって怒られたなぁ。ウチのクルマなのになんでー、ねぇ。えへへへへへっ」
「そんな遊びする必要があるんですかー!?」


にとりがKOACHI CAFEに来る理由が、映姫はなんとなくわかった。髪型の話だけでなく、にとりは小町と似ている。


類は、友を呼ぶ。恐ろしいほどの吸引力で、だ。



そのほかにも色々と、際どい失敗談と笑い話を聞かせてくれてから、にとりはほいほいと帰っていった。
古いミラは軽快に道路へ出ると、たちまち遠ざかっていく。
「…面白い方でしたね」
「あはははは、まぁ、すんません。騒がしくて、あいつ」
「よく来るんですか?」
「親父さんとお袋さんと、夜にメシ食いに、たまにね。あとは商店街の集まりとかでも」
「なるほど」
要するにかなりの常連ということだ。
夕方にやってくる女子高生3人組といい、小町はたくさんの人に慕われ、このカフェをやっている。
毎日のようにやってきて、寛いで帰っていく人の為に、回転数も単価も上げられない。それが、小町の方針なのだ。映姫としては、やっぱり納得のいかない部分が大きいけれども。
「……」
横目で小町を睨むと、
「……何ですか?」
きょとんと、見つめ返される。
「何でも、ありません」
怒ったように突き出した空のカップに頷いて、空いてる皿を下げながらコーヒーいっちょーと上機嫌で歌い出す。

さて、と映姫もいつもの定位置に戻る。いつものカウンター、いつもの席、に座ろうとした瞬間、カウンターの反対側に積まれた紙の束が目に入った。
書かれている文字に、見覚えがある。
「あ、っ」
自分が小町に送った、ファックスの文面だった。重ねてあるのはきっと小町の返事の。
「……」
四季映姫のお小言のような口出しに、いらん世話だと突っぱねた、あの言葉が並んでいるはずだ。
カウンターの中で、小町が布フィルターに豆を入れている。
「シエもたまには、夜に来てみたら。お酒も飲めますし、メシもちょっと面白いかも。オーダーストップが9時ですから、少し遅くても大丈夫ですよ。量が多いからひとりだとキツいかな。彼氏とか友達とかとね、是非」
「――彼氏も友達も、いませんから」
拒まれたと思ったときの脱力感が戻って来そうになった。小町の言葉も上の空。最後だけ何とか捕まえて、返事する。
「えー!?嘘だぁ。シエ、美人だし。ああ、でも忙しいか。彼氏作る暇もないですよねー」
「小町こそ。恋人くらい、いるんじゃないですか?」
「そうですねー」
すぐに否定が返ってこないことに、心がざわめいた。
「……実は、目の前に、いるんですよ」
「え!?」
小町の顔は映姫の方を向いていて、だから文脈からするなら小町は映姫のことをいやしかしちょっと待て!
「こ、恋人って、まさか」
映姫のうろたえた声に、小町が満面の笑みを見せた。


「そう!このコーヒーメーカー!!惚れ込んで惚れ込んで、買いましたからね!」

「…………ああ、そうですか……」

映姫はがくりとカウンターに突っ伏した。カウンターの中で小町が笑うのを頭のてっぺんで聞く。
小町も黒です。黒。もごもごと呟いた、口の端にはもう疲れは浮かんでいない。



今度のコーヒーはもしかして小町がこっそりと砂糖を入れたかもしれない。何となく甘くて、でもやっぱり、美味しかった。




Welcome to KOMACHI CAFE !




BGM Volta Masters
EveryThing Is Defferent Now (Not Work)

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「それからそれから?どうなったの?」


天子の目にはうっすら涙が浮かんでいた。感動ではない。笑い過ぎだ。小町はこめかみを揉みながら、
「酔いが抜けるまで水を飲ませてから帰したよ。夕方までかかったんだから、まったく」
思い出したら二日酔いにでもなったのか、頭痛を堪えるかのように顔を渋めた。
「大変だったわけねー、ふふ」
「その節はお世話になりました」
「また頼むぜ、こまっちゃん」
「やかましいわ」
小町が三人の頭を順にぺちんとやる。
「まあ、そんなわけで、その日三人揃ってここにこなかったら、…きっと今でも、一言もしゃべってないわね、私たち」
霊夢が紅茶のカップを取り、しみじみと呟いた。
「だよなー。だって、その頃は二人のことなんていけ好かないヤツらだとしか思ってなかったもんなぁ」
魔理沙は腕組みをして、背もたれに深く体を預けた。
「偶然って不思議ね。今思い返しても、よくあのタイミングで集まったなと思うの。そして、小町さんも、よりによってこの三人の時にお酒とお酢を間違えた。どれか一つ果たされなかったら、私たち、こんなに仲良くなかった」
アリスの手は、ゆっくりとカップの縁をなぞる。天子には、それが今までの思い出を振り返る為にそうしているように見える。


三人の仲は、それから急激に深まった。
誘い合わせてはカフェに通うようになり、他の場面でも何かとつるむようになった。学年の中でもそれぞれがとりわけ目立つ少女だのに、揃って一緒にいるとその迫力は段違いだった。
五教科だけは学年トップクラス、ミステリアスな魅力の霊夢。
暴れる彗星のような快活さで人を惹きつける魔理沙。
精巧なドールの容姿と育ちの良さが評判のアリス。
そして、ここKOMACHI Cafeは、三人の雨宿りの場所であり、揺りかごであり、根城であった。
小町は姉のように慕われ、小町も三人の囀りを歓迎した。
かくして、三人娘は常連となり、今に至る、というわけだ。




「そっかー…ホント、面白いなぁ…」
天子の目が、少しだけ潤んだ。碌な友人もいない我が身を振り返ってのことだろう。
「…高校に来たら違うって」
「そうよ。色んなとこから人が来るし、人間関係がらっと変わるわよ」
「あとは努力だな、努力。人と付き合うには我慢も大事だ」
我慢、努力、なんて単語が魔理沙から聞けるとは思わなかった。天子の目線はちょっとだけ疑わしそうな色を帯びて魔理沙をロックオン。気付いた魔理沙は、振り払うように胸を張った。
「お前と私は環境で言えばかなり似てるんじゃないかと思うんだ。最初は、霧雨道具店の一人娘ってんで、随分とやられたとこ、あるしな」
「魔理沙が?」
「裏金で入ったんじゃないかってな」
「そんな……」
幼い頬が強張る。
魔理沙の受難はそのまま、未来の天子の受難でもあった。
「まあ、ちゃんと試験受けて入ったんだが。うちの親父はそんなに甘くないぞ」
しかも実力で入学した魔理沙と違い、天子の父は既に金を積む気満々だ。金でなくても、圧力をかける方法などいくらでも知っている。
そうなったらこの三年間はまた、後ろめたくて友達も作れない三年間になるだろう。霊夢達のような出会いもきっとない。
もう半年も経たないうちに、推薦の入試は始まる。今から他の学校へ希望を出しても父親は聞き入れないに決まっている。それにこの三人と同じ学校に通ってみたかった。
親のいいなりではなく、自分の意思で、入りたかった。

すっと立ち上がった小町が、空いた皿を下げ始める。


「じゃあ、天子、勉強頑張らなきゃなぁ。衣玖さんにしっかり教えて貰えよ」
「……ぁ」
「あと、この三人にもな。出題傾向とか、参考になるだろ」
「う、うん」
衣玖よりも高い位置から降ってくる、小町の目線。頭を撫でられているような気になる。
そうだ、ありもしない未来のことを気に病んでいる暇はない。
「今、出来ることをするっきゃないんだね」
天子は自分に言い聞かせる。初めて小町に叱られた時みたいに、どきどきしている。
そして、自分の中にこんな真剣な気持ちがあったなんて、と、驚いてもいた。不貞腐れて八つ当たりして、だらだらと怠惰に過ごすよりも、よっぽど楽しいと思う。

ふと見回すと、霊夢が、魔理沙が、アリスが。



「……なによ?」
「「「なんでも?」」」



揃って天子に向かって、笑っていた。







チルノたちもそうだが、少女の成長は、実に早い。
小町は皿を洗い場に運びながら、にやにやする。

「若いって、いいねぇ」

そんな言葉聞かせたら一斉に笑うにきまってるから、ひとりごとで。
三人娘の真ん中、今はまだ固い蕾の成長株。どこまで伸びるか楽しみだ。





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I Like It [P.O.H. Remix]

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ゴールデンウィークが終わって最初の日曜日は、精も根も尽き果てて怠惰。
いつもは賑わう商店街も、デパートも行楽地もどこもかしこも、手足を投げ出してうたた寝をしている。

ここ小町カフェでも、雇われ店長が初夏の甘ったるい昼下がりをうらうらと楽しんでいた。
果実酒に直射日光はご法度だというのに、瓶を窓際に持ち出して、黄金色の液体越しの世界をうっとり眺めている。
「あー…きれーぃ…」
売り物にならないから、といって貰った大量の小さな林檎を、蜂蜜とホワイトリカーで漬けこんで半年。ほんの少しだけ赤味を添えた黄金色は、五月をまばゆく祝福する。
味見がてら仕事の合間に飲もうと思って、取り分けて来たものだった。夜の部があるから酔ってしまうわけにはいかないが、こうして眺めるくらいなら大丈夫だし。少しくらいなら太陽の光と仲良くさせたって、驚くほど味が変わるわけでもないだろうし。

瓶の中、揺らめく陽炎が、小町を眠りに浸してくる。
睫毛にまぶされた光の中で、林檎酒は貴婦人が歌う子守唄になった。


少し、目を閉じる。
瞼の裏に柔らかい赤が灯る。
体を流れる血潮の色は、何でこんなに力強いのだろう。
世はなべてこともなし。安心して居眠り出来る……


眠りに落ちてすぐ、ドアベルがからん、らん、と鳴った。反射で飛び起きると、ドアの前に一人の少女が立っていた。
「……今、やってます?」
耳の横で黒髪を束ね、後頭部には紅いりぼん。大きいがどこか印象が弱い瞳。小さな唇と、細い腕。
紅いカッターシャツと、民族衣装風に足首までひらめく紅いスカート。
見ただけでメシを食わせてやりたくなった。
「ああ、やってますよ。好きなところへどうぞ」
がらんどうの店内を示してやると、霊夢は窓際の暖かい席に座った。

紅い少女にお絞りと水、カトラリーを出し、メニューを渡したところで、再びベルが鳴った。
かん!からん!かららん!
「おー、こんなとこに店が…今大丈夫、か?」
片方にお下げ、長く豊かな蜂蜜色の髪を無造作に背中に流し、快活な足取りで飛び込んで来た。
黒いTシャツに、ブラックジーンズ。金色の瞳はきょろきょろと忙しなく、頬はうっすら赤らんでいた。
「やってます。お好きな席へどうぞ」
小町が指し示すと、少年のような顔立ちの少女は、カウンターに陣取った。

黒い少女にお絞りと水、カトラリーを出し、メニューを渡したところで、三度ベルが…
(あー、無限ループ…)
心の中でどっと汗をかいた小町を宥めるような、柔らかいベルの音。
から、から、からん……
「こんにちは。ランチタイムには少し、遅いですか…?」
空色のサマーニットと、海色の台形スカート。プラチナブロンドのボブを紅いカチューシャですっきりとまとめた、人形のような少女。
瞳は、蒼としか表現のしようがない透き通った色だった。
「どうぞ、好きな席へ」
小町が迎え入れると、少女は真ん中の円形のテーブルについた。

青い少女にお絞りと水、カトラリーを出し、メニューを置く。
…もう無限ループは止んだらしい。
ほっとしながら、まずは紅い少女の注文を取りに行く。
「一番安いの、それで、お腹いっぱいになるのを」
「へいへい」
賄いメシのビーフライスにオムレツを添えてミニサラダを付けてやることにした。

黒い少女の注文を聞きに行く。
「この店の一番美味いのをくれ」
「あいあい」
地元産ルッコラたっぷりのサラダパスタにハーフのグラタンでも作ってやろう。

青い少女の注文を伺いに出る。
「チキンドリアをひとつ、以上です」
「ういうい」
面倒がなくてよかった。


瓶を持って厨房に引っ込む。調味料などを入れておくラックに瓶を並べた。
そこに、林檎酒の瓶とお揃いの瓶があったことに気が付く。中身も同じくらい、入っていた。
ただしこちらの中身は林檎酢だ。これは農家のおばちゃんから分けて貰ったものだった。一口味見して、炭酸水で割ったら夏場向けのドリンクメニューになるな、と思って取っておいたのだった。
同じ瓶が揃うなんてよくあることだ。後でラベル貼っておこう。
頭の中にメモをしてから、三人分のメニューにとりかかった。


それにしても、今日の少女たちの様子は面白い。
時々フロアの様子を見ながら、小町は不思議に思った。
お互いが、一瞬だけお互いの顔を見てからは、用心に用心を重ねて二度と目線を合わさないようにしているように見える。
知らない顔でもないのだろうが、あえて知らんぷりをするということは、そこまで仲が良くないのかもしれない。
中学生というと大人っぽ過ぎるから…高校に上がったばかりか。
入学してからの一カ月を無事に乗り越えて、自分だけの隠れ家の新規開拓をしたくなる。大人とはテンポが違うところが、いかにも少女時代らしかった。

三人の前にそれぞれ料理を運ぶ。
紅い少女は目の前に並んだものをみて、
「こんなにたくさん?」
と顔を顰めた。
「安くっていったから、ビーフライスは賄いのを。流用しちゃって悪いんだけど、サラダもサービスだから」
小町が言うと、安心してスプーンを取った。
黒い少女は並べられた料理を見て、頂きますも言わずにがっつき始めた。
青い少女は、熱い器をおそるおそる掴みながら、
「いただきまぁす」
挨拶は習慣なのだろう、小さく頭を下げてからスプーンを突き刺した。

一仕事終えた解放感で、喉が渇いた。しばらくは水を飲んでいたが、もっとさっぱりとしたものが欲しくなる。
そうだ、この子たちに林檎サワーの実験台…じゃなくて味見係になってもらおう。自分の分を作るついでだ。
そろそろ食事も終わるころだし、誰も飲み物を注文していないから丁度いい。
大ぶりのグラスに氷をたっぷり、林檎酢と炭酸水を注ぎ、マドラーで一度だけくるりと混ぜる。炭酸が抜けては美味しくない。
しゃわしゃわとした音にシャンパンイエローの影。ふわっと林檎が香って、甘酸っぱさへの期待で唾が湧いた。
「これは初めてのお客様に、ご挨拶で。どうぞー」
言いながら配って回る。
少女たちは三人とも、食事を終えると同時にグラスに手を伸ばした。

三人が飲み始めたのを見てから小町も厨房に戻る。自分のグラスを取って、一気に喉の奥に流し込み………

「!!!!!!!!」

一気に青ざめた。
「やばッ、瓶間違えた!」
林檎酢、と思って取った瓶が、実は林檎酒の方だったようだ。こんな昼間から、ほんのりと回るアルコール。それはとても、幸せな浮遊感。
だがちょっと待て、自分はともかく彼女たちは未成年だ。慌ててフロアに戻って、小町は叫んだ。

「ごめん!林檎酢と林檎酒間違えた!飲んだら駄目だー!」




「…で、それから?」
天子が先を促す。
「それからがな、もーホントに大変だったんだよ」
いつの間にか小町が腕組みをして、話の続きを引き受けようとしていた。




「「「え?」」」
三人が同時に小町を振り返る。その手の中のグラスを見て小町は頭を抱えた。
全員揃って飲みほしてくれてやがる。
「あの、こっちの手違いでさ…今のドリンク、実はお酒で…」
「……酒?…酒だったか?よくわからん。でも美味かった、もう一杯今のくれよ、今度は金出したっていいぜ」
グラスを掲げて立ち上がった黒い少女は、小町の方に歩こうとして足をもつれさせ、椅子にリターン。陽気のお陰で回りが早い。
「ちょっと…お酒ってどういうことなんですか?」
青い少女の顔には早くも酔いによる赤味が滲んでいた。目線が定まらないのか、蒼い瞳がくらくら揺れる。
「なぁによ、お酒ごとき。嗜みよ、嗜み。それともあんたたち、お酒のひとくちも飲んだことないの?」
紅い少女の強がりに、すかさず他の二人が噛みついた。
「…まぁ、優等生が聞いて呆れる言い草ね。未成年は…お酒飲んじゃダメって決まってゆじゃにゃいの!」
本人は至極真面目だが、口が回りきってない。
「そういうお前だって顔が赤いぞ!あはははは!やーい、やーい」
「うるっさいわね!お人形さんと似非お嬢様は黙ってなさいよ!」
その会話を聞いて、小町はああやっぱり、と思った。
全員顔見知り、だが、声を掛けて同じテーブルに座るほどじゃない。もしかして、嫌悪感も抱いていたかもしれない、そんな間柄。
そんな間柄だったはずの三人は、今や喧々囂々の言い合いに突入している。
「なにおう!誰が似非お嬢様だ!?ちっとばかり頭がいいからって、調子に乗るなよ、ハクレイ!」
「そういう下品な言葉遣いは謹んでもらいたいわね、キリサメさん」
「ひとりで澄ましかえって良い子ぶるんじゃないわよ、マガトロ」
「なっ、私はマーガトロイドよ!マガトロだなんて略すな!」
「言いにくいからマガトロでいいぜ」
「キリサメぇええっ!」
「あははっ、マガトロが怒ったー♪」
「ハクレイさんも他人事のように笑ってるけどねぇっ!」
三人が、互いに詰め寄ろうとしてよたよたと中央点に集まり、肩を揺すったり、頭をはたいたりが始まる。酒に免疫がない未成年は、グラス一杯の林檎酒で、綺麗な酔っ払いになってしまった。

「うあちゃー、こりゃまずいな。お嬢さんがた落ちついて、とりあえず水でも飲んでくんな」
「「「黙ってて!」」」
「うひぃ」

少女三人寄れば小町にも競り勝つ。

小町への一撃が揃ったことがきっかけで、三人の感情は大きく笑いの方に傾き始めた。
「あははは、なんかおもしろーい、マガトロって意外と怒りんぼだったのねー」
「マガトロって言うな!アリス!…もうアリスでいいわよ…マガトロ呼びよりマシ」
「だったら私も魔理沙でいいぜぇ」
「じゃあこっちも、霊夢で構わないわ」
「…霊夢とは同じクラスだったけど…そういえば喋ったの初めてだったわね」
「ほんとだぁ、ねぇアリス」
「なに霊夢」
「…きっもちわるーい!あはははは!」
「何だよ何だよ面白そうだな!えへへ!こんにゃろう!」
「もーカチューシャ外すのやめてよ魔理沙!うふふっ」
「あはははっ、りぼん引っ張らないでよ!弁償させるわよ!」
三人揃って、笑い上戸。

「いい気分ー、ねぇおねえさん、今のもう一杯ちょうだいよー」
「だめよう、これ以上飲んだら…帰れなくなっちゃうわよ」
「固いこと言うなよアリス。マスター頼むぜ、酒でも酢でもどっちでもいいよ、もう」
「…お前らなぁ…」
二日酔いではなく、頭が痛くなってきた。おいおい、さっきまで一言も会話してなかったんじゃないのか、お前さんがた。小町は三人揃って不燃ゴミに出してやろうかと思った。
「お前らじゃ、なぁい!私は、霊夢!博麗霊夢よ!」
「私には霧雨魔理沙っていう立派な名前があるんだぜ」
「アリス・マーガトロイド、断じてマガトロなんかじゃないわ」
「いや、名乗られても」
小町が手を振る。しかし三人の目線は、じっと小町に注がれている。
「………」
「「「……」」」
三人とも、ニヤニヤ顔になっていた。何故こんなに息が合ってるんだ、この酔っ払いどもめ。
ああ、もう。こんなんされたら、……名乗らなきゃいけなくなるじゃないか!
小町は観念して、肩から力を抜いた。


「…あたいは、小野塚小町。このKOMACHI Cafeの、雇われ店長さ」



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世間は黄金週間に突入したが、さりとて小町カフェが忙しいわけではなかった。
こんなナリして小町カフェは地域密着型である。観光客向けのメニューなど一品も置いてない。
更に言えば、ゴールデンウィークだからといって、張り切るような小町でもない。
なので、むしろ通常よりも更に暇な時間が増えていた。その分忙しい時は立てこむが。働く時間が濃密で、乗り越えた後が清々しいほどだ。
学校が休みなので、天子も連日皿洗いにやってくる。まだ中学生なのでバイト代を出しては不法就労だ。出さない方が問題が大きいことには目をつぶる。天子の働きぶりなら、時給400円くらいの価値だろう。まだ賄いのパスタに負けている。

暇な時間の中でも特に暇を感じるのが、三人娘が来る時間帯だった。あの三人が来ないと、店内はがらんとして活気がないし、客もないから小町も眠くなる。
学校が休みだからしょーがないわな。夏休みだって冬休みだって霊夢達の顔を見ない日があったのに、ゴールデンウィークとなると何故かぽっかりと穴があいたような気分になる。
「小町ー、今日の賄いはカルボナーラがいいなぁ」
「へいへい。今日は衣玖さん来るんかい?」
「来ないー」
「そーか」
天子が仕事に慣れてきて、お目付役の衣玖もそろそろ姿を見せない日が増えた。安心して寝ていられる、などと不埒なことを考えながら、カルボナーラの準備をしてやることにした。

昼飯時のピークも終わって、もう2時を回っていた。天子は腹ペコだろう。
フェットチーネを茹で、同時にソースをフライパンで作る。生クリームと卵、黒胡椒、岩塩、チーズ。疲れているときにいかにも沁みそうな味。


出来たてのカルボナーラを天子がはふはふと食べ始め、小町はクリームチーズとレタスのサンドをつまみながら、昼下がりモードに入ったそのとき。

カラーンカラーンカラーン…

「やっほー!こまっちゃーん!」

どやどやと入ってきたのは、私服の三人組。霊夢と魔理沙、そしてアリスだった。


「暇してるだろうと思って遊びに来たわ」
嬉しいでしょ、と言わんばかりの大きな態度。霊夢は七分袖のセーラー風シャツに膝丈のワークパンツだ。

「買い物に歩き回って疲れちゃった。小町さん、いつもの。…これ一度言ってみたかったの」
がさりと袋の山を椅子に預けたアリスは、空色のワンピースに足首までのショートブーツ。

「よう天子、もう皿割ってないか?」
カルボナーラを見てそんなことを言う魔理沙は、スウェットのベストにカットソー、ジーンズにサンダル。三人の中ではいちばん軽快な姿だった。

いつもの三人の違った姿が、とても新鮮だった。
小町は口の中にサンドイッチを押しこむと、ふぐぐっぐーと言葉にならない返事をして厨房に入った。


テーブルに並んだスコーンには、ホイップクリームと一緒にいちごジャムが添えられていた。
苺の旬は春の盛り、つまり今頃だ。このジャムは、小町がいつも野菜をお願いしている農家の若いお嫁さんが作って分けてくれたもの。普通の客には出さない。
春ねー、と言いながら、霊夢はジャムだけをスプーンに掬って口に含む。
甘酸っぱい、よりは酸っぱ甘い、と言いたくなる、瑞々しい味だ。
紅茶はいつものダージリンではなく、春摘みの若い味の葉にした。ジャムを入れてロシアンティーにするには薄いが、香ばしいスコーンには絶妙のバランスだ。
「落ちつくわね、やっぱり」
ほう、と溜め息をカップに落とす。アリスは何をやっても絵になる。だが、それに見惚れるのはアリスをよく知らない連中だけだ。隣の霊夢はもふもふとスコーンを齧り、自分の分を食べ終わりそうになっている魔理沙は、意地汚く皿のホイップクリームを指で掬っていた。アリスの溜め息などどうでもいいようだ。
「…面白いひとたちだねぇ」
天子はそんな三人の姿を見るのが楽しかった。最初こそ意地悪に囃したてられもしたが、衣玖よりも年齢も立場も近い分だけ何かと参考になる。来年入るはずの高校の制服を着ているのも、気になった。学校の話をいろいろ聞きたくてしょうがないのだ。
お代わりのスコーンが焼ける匂いがする。天子は三人のテーブルに近づくと、空いてる皿下げまーす、と言って乗りこんでいった。
「気がきくようになったじゃないか?」
「うっさいな!」
一番構ってくれるのは魔理沙だった。ちくっと痛い言葉が、今は慣れて気持ち良くなってきた。悪気は全然なくて、天子が怒って見せるのが楽しいだけ。だから天子も、思い切りぷーっと頬を膨らませる。
「次のもまた苺ジャムでいいの?」
「ん、美味しかった。もう一度それでお願いしようかな」
アリスは憧れのお姉さんだ。でもどこかとっつきにくい感じもする。霊夢と魔理沙に見せるような顔を、誰にでもすることはない。
「あんた、随分鍛えられたわね。どう?小町って面白いひとでしょ?」
「なんで霊夢が自慢そうにしてんの?」
思い切って名前を呼んでみた。生意気、と目を眇めた霊夢は、自分だって小町のことを呼び捨てにしているからあまり強く咎めない。そう呼びたきゃ呼べば。言外に認められたと、天子は思った。
「だって、小町は私の姉さんだもん」
「じゃあ私だって小町の妹で!」
「あんたみたいな妹なんか願い下げよ」
天子はアカンベーして皿を運んだ。作業台には、既に温められた皿とジャムの瓶、クリームのボウルが並んでいる。
小町はオーブンの前で、リズミカルに頷いていた。10秒前になると、こうやってうっすらとカウントを取るのが小町の癖だ。ちょっと唇を尖らせる横顔は、自分よりも10も歳上には見えない。衣玖よりも幼くさえ感じられる。
運ぶのを手伝うつもりの天子は、落ちかけたカットソーの袖をぎゅっとまくりあげた。


スコーンをテーブルに並べていく。三人はわっと飛びかかる。食べ方は三人三様だが、タイミングの揃い方が面白い。
「…みんな、仲いいね」
天子が呆れ混じりに呟くと、まぁね、と霊夢が頷いた。
「なんかわかんないけどね。ウマが合うの」
「……いいなぁ」
天子にはそんな友人はいない。比那名居の、と父親がねじこんだ一年間の間に、随分と人が遠ざかっていってしまった。
今の学校で友人を得るのを天子はもう諦めている。三人の絆の強さが、ひたすらに羨ましい。
「何だよ、お前だって友達だろうが」
魔理沙はフォークで天子を指した。揺れる銀色の先、天子が目を丸くする。
「そうね。妹ならごめんだけど、友達だったら差し支えないかしらね」
アリスの微笑が天子の耳を焼いた。そして次には、もっと天子を驚かせることを言う。

「…そういえば、私たちも最初ってあんまり仲良くなかったわね」

「え?え!ホント!?ウソ?どうして?」
椅子を引き寄せて座る天子が、面白かったのだろう。三人の顔に同じような笑顔が浮かんだ。
「最初は、アリスと霊夢が同じクラスでさ、私は隣」
「アリスは見ての通りの美人だから、声掛けづらくってみんな遠巻きだったわ」
「霊夢は成績良すぎて気持ち悪がられてたしね」
「魔理沙もねー、隣のクラスでも噂だったわ、がさつでいい加減なお嬢様が入ってきたって」
「ギャー!それはオフレコだろー!」
たちまち始まる大騒ぎを見て、……天子は。
「……なんで?」
「「「え?」」」
「何で、そんなに仲良くなったの?」
「なんでって…なぁ…」

三人同時に黙りこみ、スコーンを齧る。
紅茶を一口飲んだアリスが、言葉を待ち続ける天子に、やっと喋ってくれた。


「きっかけは、ここ。小町カフェだったの」


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喧嘩したら勝てないだろうな。佐織が一番に感じたのは、そんな間が抜けた感想だった。
バレー部の顧問と聞いていたが、彼女自身も選手だったはずだ。消防の同僚たちよりも背が高い、見上げるような大女だった。
パルスィの父親である兄と取っ組みあっても負ける気がしなかったが、この人相手だけは勘弁願いたい。反射的に、そう思った。
「初めまして、水橋さんの担任の星熊と言います」
会釈されても頭の上だ。佐織は苦笑しながら、どうぞと星熊を招き入れた。
「先生、わざわざどうも。それと、あたしも『水橋』なんで、苗字呼びがちょっとややっこしいかな」
「叔母様と聞いていましたが、…お姉様では?」
「よく言われるよ。あの子の父親とは15も離れてるんでね。パルとの方が歳が近いのさ」
そうですか、と頷く星熊の様子を、佐織は用心深く観察した。
こまめに手紙を寄越し、こうして家庭訪問をする。……しかしそれが、教師としての使命感からなのか、功を焦るからなのかは、実際に会ってみないと分からない。
分からないうちにパルスィに会わせたくなかった。あの子は酷く傷ついているし、まだ癒えきっていない。だから家庭訪問のことをギリギリまで黙っていた。驚いて閉じこもることも、計算の内だ。
佐織は星熊勇儀を見極めようとしていた。他の誰でもないパルスィの為に。
「みずは……パルスィ、さん、は、今、どうしてますか」
「それがねぇ、先生が来るって言ったら、会いたくないって。部屋に閉じこもってますよ。声掛けますか?」
「じゃあ、それは後で」
勇儀はダイニングの椅子を勧められ、大人しく座った。佐織が茶を淹れるのを待ちながら、大柄な体を縮こまらせている。
「では、叔母様から見た最近のパルスィさんの様子を、お聞かせ頂けますか?」
「分かりました」
茶菓子は出さない。濃く淹れた茶を挟んで、しばらく問答が続く。

(何を話してるのかしら)
扉越しに、低くてよく通る声が聞こえる。高い男の声と言われたらそう聞こえる気もする。叔母の声は強いが、相手の声も張りがある。
パルスィは扉に背中を預けて座り込み、耳を澄ました。

「もう一度、一年生のクラスに入って貰うことになりましたが、教科書などがすべて去年の物と変わってます」
「それは先だって頂いてます。時々開いて見てるみたい。英語と現国は自習しやすいから、自分でやってるんじゃないかなと思うけど」
「となると、復帰してからの補習は理系を中心にということになりますかね」
その一言に、佐織の目が鋭さを増す。
「先生。随分と気が早い」
「えっ」
「…星熊先生。ウチの姪っ子を気に掛けて貰って、有難いですよ。お忙しい中、手紙に、家庭訪問。とても熱心な方とお見受けします」
「恐れ入ります」
謙遜とはいえども否定しなかった。
「――それは何故ですか」
「何故、というと」
「パルスィを学級に復帰させることで、先生の名が上がるからですか」
星熊は、佐織を凝視した。その顔は呆気に取られて間が抜けている。
「そんな考え方があるんだなぁ…」
やっと出た一言がコレだった。まるで考えもしてなかったらしい。
「そういう考えではないと?」
「いやー、でも、ウチ、カトリックの私立ですからねぇ。出世とか業績がどうのとか、教師間の競争みたいなのがあんまりなくて。私もあそこで3年やってますけど、現場の教師はみんなのんびりしたもんです。パルスィさんを復帰させたからって、自分の得になるなんて考えてもなかった」
驚いたからか、教師としての仮面が取れた。堅苦しい敬語が落っこちて、いつもの星熊になる。
「私、今年初めて担任を持ったんです。みんな面白くていい子ばかりのクラスですよ」
「そのクラスが、パルを傷つけない場所だと、言い切れますか」
「言い切れます」
一瞬の躊躇いもなかった。
「みんな、良い子たちだ。保証できます」
星熊の目線は強かった。その目尻がふと和らぐ。
「…体育教官室から、温室が見えます。もうすぐ春咲きの薔薇が満開になる。水橋に見てほしいと思ったんです。世界には、ちゃんと綺麗なものも、優しいものもあるんだって、見せたい。これから先にだって花は咲きます。だけど、16歳の水橋があの薔薇に会えるのは、今年の、これからだけなんです」
「……なるほど」
佐織の体から力が抜けた。この先生は、大丈夫だ。佐織と同じ気持ちで、パルスィを見てくれる。
嘘や上っ面の言葉ではなかった。星熊という教師は、佐織と共に闘ってくれそうである。

パルスィの部屋にどうぞ。佐織はそう言って、星熊を促した。


足音が近づいてくる。
間違いなく自分の部屋を目当てに来ている。
分かった瞬間に体が強張った。目が熱くなって、息が詰まる。
ドアから離れようとしたときにはもう、ドアの前に気配を感じた。身動きが取れなくなる。手のひらを握りしめると、汗で冷えて滑った。
「……っ」

突然開けられたらと思うと生きた心地がしない。そこに花束を抱えた男がいる妄想。
『水橋さんと結婚させてくださるようお願いにあがりました』、あの男は、出て来た母親にそう言ったのだという。後で佐織からその話を聞いて、パルスィは貧血を起こして倒れた。
馬鹿を言え、と叩きだしたその日の後から、水橋家には無言電話が絶えなかった。パルスィが叔母の家にいるとも知らず、あの男は毎日家にパルスィを迎えに来て、それから出勤していた。そこから先は聞くのもおぞましかった。いつしか様子を尋ねても佐織が首を振って黙るようになった。どれほど酷いことになっていたか、想像だけでも十分にパルスィを打ちのめすかも知らずに。

フラッシュバックする辛さに、悶える。来ないで、来ないで、声に出さずに祈った。

「…パルスィ?」
「ッ!」
「初めまして。今度、担任になった星熊勇儀だ。勇儀って呼んでおくれ、クラスのみんな、そう呼んでる。バレー部の顧問で、えーっと…」
パルスィの返事がないのに、星熊は喋り続ける。
「名前が男みたいだって、最初のホームルームですごい笑われて、未だにちょっとヘコんでる。山羊座のO型、趣味は飲み歩きとスポーツで、特技は怪力、かな。瓶の蓋を開けてって頼まれて開けようとすると、いつも瓶ごと割ってしまうんで、最近はもう頼まれなくなっちまったよ」
「……」
背中から、声が聞こえる。
ドア越しなのにきちんと聞きとりやすくて、なのに、柔らかい。近くで聞けば、ちゃんと女の人の声だった。
「髪切りに行くのが面倒でさ、放ってたらなんかすごい伸びちゃって、寝てるときに首に絡まって、息苦しくて目が覚めるんだけど、これってやっぱり切るべき?」
「……――」
何を言ってるんだ、この人。パルスィの顔から、険しさが蒸発する。
初対面、というのはちょっと違う。顔を合わせてはいない。しかし、今日初めて声を掛けた相手に、やすやすと自分が失敗した話をしてみせる神経。
髪が絡まって唸っている長身の女のイメージが、喉の奥で衝動的な笑いの発作になりかけた。
「あとさ、体育教官室って、体育館の奥にあって、普段はそこにいるんだけど、普通の職員室よりも遠いから日直が毎日すごく大変でね。この間、日直からのコメント欄に、『途中まで日誌を取りに来て下さい』って書かれちゃって。それはいいけど、待ち合わせで擦れ違ったらどうするつもりなんだろう。今度それ聞いてみようと思ってるんだけど」
「……」
「そうだ、手紙、読んでるかな。あれ見て気付いたかもしれないけど、実は手紙って書き慣れてないんだ。でも真面目に書くものだからって張り切って、ちょっといい万年筆買ったら、最初のは力入れ過ぎてペン先が割れちゃってね。インクがだーって漏れて、もう台無し。高かったんだけどねぇ、修理に出そうとしたら、もう新しく買ってくださいて店主に言われて、それからは安物を使うことにしてる。とりあえず一通書く間はもつよ。なんとかだけど」
「…っ、く、くくっ…」
駄目だ笑ってしまう。久しぶりに腹の底から。一通書く間しかもたないって、どんだけ力入れて書いてるのよ。後で手紙を読み返してみよう。本当は今すぐにでも確かめたい。
笑い声が漏れないように笑っているお陰で、息が苦しい。
「ちょっと先生、それマジですか」
横から佐織の茶々が入る。
「マジです。そうだ、体育教官室に、私の手形がありますよ。うっかり壁触っちゃってね」
「今度それ見せてください」
「写メ撮って送りましょうか」
「おっ、お願いしますよ!」
ドアの向こうで、先生と叔母が盛り上がっている。……ずるい!妬ましい!私もそれ見たい!急激にドアの外の叔母が羨ましくなったが、
「…パルー?どうよ?星熊先生は」
「……」
呼びかけられれば、笑い声も、引っ込んだ。
「ッ――……」
喋ろうとすると、声がでなくなった。出ないと思うと胸が詰まる。
星熊先生って、面白いわね。そう言いたかったのに、言おうとした瞬間に喉に何かが塞がってくる。
自分はこんなにも弱虫なのだと、パルスィは情けなくなった。

その時、向こう側から声が届いた。
「…パルスィ」
「っ…?」
気のせいだろうが、声にぬくもりを感じる。一瞬で柔らかく包みこまれるような広い声。どうしてだろう、心臓がどきどきした。
「あのさ。今のクラス、いいクラスだ。多分楽しいよ。みんなで待ってる。…けど、焦らないでおくれ。パルスィが来たいときでいいんだ。期待されてるから行かなくちゃ、じゃなくて、来たいと思った時に、いつでも、ね」
「……」
「クラスじゃなくていい。保健室でもいい。カウンセリングルームもあるし、あとそうだな、壁の手形を見に来て帰るだけでもいいよ」
「………」
「パルスィ。また、手紙書くから」

一本210円の万年筆を盛大に壊して、途方に暮れながら?
その様子を考えただけで、胸の中の氷が溶けていくみたいだった。

自分がこうして籠もっている間にも、外の世界は移り変わっていく。みんな太陽の光を謳歌して、幸せを肌いっぱいで感じて生きている。こんなに辛い思いをしている人間がいるなんて、想像もせずに。
光が妬ましい。幸せが妬ましい。自分以外の皆が妬ましい。
さっきまで、パルスィはそうやって、世界を呪いながら生きていた。

しかし今扉の向こう、手が届く距離に、また温かい幸せがある。向こうから、いつでも戻っておいで、とパルスィを迎えに来ている。そんなものもういらないと突っぱねるにはパルスィは若すぎる。素直に受け入れるには大人すぎる。いつもは大人が勝っていた。拒む方が楽だ。そこから先を考えなくて済むから。けど勇儀の声は大人の意地を宥めてくれる。
何故だか素直に甘えてみたくなった。

扉を開けるのはやっぱり怖かったが、頑張れば、声なら、出せる。出せるはず。出せ、出ろ、声。
大きく息を吸って、……




「――私も、書きます」




「……!」「!!」
星熊と佐織は同時に顔を見合わせた。刹那の沈黙、直後に、嬉しさが爆発する。
「ま、待ってる!待ってるよパルスィ!」
「パル、あんた、やったね!」
「っ、へ、返事しただけで何でそんなに喜べるの!単純にも程があるわよ、妬ましいっ」
「おわー、パルスィが喋ってる!パルスィ、もっと何か喋っておくれ!」
叔母に言ったつもりだったのに、ちゃんと星熊も聞いていた。突然恥ずかしくなって、もういいと叫んで扉から離れた。
ベッドに潜り込む。今更体がぶるぶる震えて、頭がぽうっと熱くなった。
「パルスィ、待ってる、楽しみにしてる!」
分かったから帰れ!枕で顔を覆って、音が聞こえないようにガードした。
だけど、よく通る星熊の声は、いつまでもいつまでも、パルスィの耳の奥に残った。








ドアに、『CLOSE』の札を掛けて、フロアの照明を落とす。
もうすぐ片付けも終わる。明日の仕込みをちょっとだけやったら、今日はもう帰ろう。
食器洗浄機がアラームを鳴らすまでのしばし、小町は今まで作ったクッキーのレシピを取りだして眺めていた。
どのクッキーも評判はよかった。引き出物の華やかさを出すなら、スライスしたアーモンドを混ぜたものと、チョコレートの二種類。ここに定番として置くならやはりプレーンなものか、じゃなきゃ水分が少なくて日持ちするものがいい。
マドレーヌも焼いたが、あれは袋に酸化防止剤を入れないとダメだろう。そうすると、コストが高い。
「…別に高くてもいいんだけどねぇ」
在庫の薄力粉の量を確かめた。店で使う分とは別に取り分けてある一角。クラフト袋はダイエットしすぎて、背中を丸めていた。しかしまだ、あと一回か二回くらい、お試しのクッキーが焼ける量はある。
「面倒なのはごめんだよ、幽香」
アラームを鳴らして仕事の終了を告げた、食器洗浄機を開けるとぶわっと湧き出る水蒸気。
「エステ小町カフェ、なーんてね」
汗ばみながら片づける。食器は熱い。さりげなく触りながらも、欠けてないか割れてないか、チェックは欠かさない。
「そろそろ買い足そうかねぇ…」
天子が割っていった食器の数を考えると、憂鬱になる。今ある器だけでも大事に使わなければ。
そうは言っても、天子も最近はかなり手際がよくなってきたし、滅多に食器を割らないんだけど。

ファックス兼用の電話が鳴って、すぐに切り替わる。ピーガタガタと吐き出された紙を、トレイが受けるのを拒んで床に落とした。
レシピを置いて、拾いに行く。紙がちゃんと収まらないのは台が傾いているからだと、分かってはいるがそれを直すのも面倒だ。
こんな時間にファックスを寄越すなんて、絶対あいつに決まってる。渋い顔をしながら見る。案の定だった。


『小町カフェの収支報告書について(追記アリ) 四季映姫』

「来たよ、いつものが」


さて、どう誤魔化してやろうか。

顔を見せにも来ない、いけすかないオーナー様。


小町の瞳に、冷たい輝きが宿っていた。



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 BGM Volta Masters
Oriental Wind

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「パルー」
コンコンコンコンと忙しないノックの音は、叔母の音だ。やかましいが、個人特定が容易な音は、パルスィを安心させる。
ドアの鍵を外して叔母を入れると、案の定、今日もその手に手紙が握られている。
「担任『予定』の、星熊先生の手紙。これにて4通目だね。ちゃんと読んでる?」
「…ええ。読んでるわ」
パルスィよりも少し身長が高いだけなのに、体重は10キロも違う。その10キロは筋肉だ。みしりと締まった体を持つ、叔母は消防士であった。広報活動するだけのお飾りではなく、正真正銘のファイアファイター。炎の前で荒ぶる守護女神である。
男勝りをとっくに通り越して男性そのもののような叔母は、パルスィの父親が高校に上がった年に生まれた妹だ。そしてパルスィは叔母が中学に上がった年に生まれた。なので、叔母とパルスィの方とが歳が近かったりする。姉のような叔母が、今は父よりも頼もしい。
「今度の担任の先生は熱心だよね。手紙だなんて、よく考えたもんだ。ラブレターみたいにマメだしね」
「でも、勇儀だなんて。男の先生は嫌だわ」
パルスィの言葉に、叔母はけらりと笑った。鼻に向かって皺が寄る、くしゃっとした笑い方だ。
「文字見て分からない?星熊先生は女だよ」
「え!」
星熊勇儀。男だとばかり思っていたから、本当に驚いた。改めて文字をよく見ると、勢いの良さを押さえこんだ筆致の端々が、確かに女文字。
「…学校側も配慮してくれてる。大体、ミッションスクールだし、男の先生よりもシスターの方が多いんだってさ」
叔母の言葉も、今は耳に入らない。
「……女なんだ…この人…」
パルスィは驚きからなかなか戻って来れない様子だった。まあ、無理もないかと苦笑い。
「ねえ、手紙、どんなことが書いてある?」
「…別に。テストとか、授業の進み具合とか。クラスの委員長が誰でどんな子だとか、薔薇園の花が綺麗だとか。そんなの知っててどうするっていうの。そんな話ばっかりよ」
「なるほどー。パルスィがいつ学校に来ても困らないようにしてくれてるわけやね」
「――叔母さん」
「オバさん呼びやめ。佐織さんって呼べって」
佐織は実に表情豊かだ。イーっと唇を真横に引いて歯を剥きだして見せると、次の瞬間には悪戯っぽく笑っている。
「さおりさん。でも、私」
「んー」


「――――また、あんなことがあったら……」


「……」
俯いてしまった姪っ子を、佐織はよしよしと撫でた。

「うん。まだ、怖くていい。あんな目に遭ったんだ、今は怖くていいさ。
けどねパル。いつかは自分の足で外にでなきゃいけなくなるよ。その時に困らないだけのことを教えてくれるのは、やっぱり、学校なんだ。
勉強だけじゃなくて、友達とか、思い出とか、そういうものが、未来のあんたを支えてくれる。
あたしはさ、パル。あんたに、それを知って欲しいと思うんだ」

叔母の言葉は厳しくて、優しい。適度に近く適度に他人という距離から、パルスィを守り、パルスィを奮い立たせる。
でも怖い。怖くて怖くて堪らない。こんな時、どうしたらいいの?パルスィは叔母の前でだけ泣き虫になれる。落ちていく涙の先を見たくなくて、子どもみたいに目をぎゅっと閉じて泣いた。
「パル。兄貴も、義姉さんも、あんたのこと愛してる。心配してる。だから、ちゃんと元気になんなさい」
一年近く顔を見ていない両親。電話でだけ喋るパパとママ。思い出して、また涙が出て来た。

一頻り泣くと、泣いたことが恥ずかしくなってくる。頬を擦って佐織を見上げると、佐織は父親そっくりの微笑を浮かべて、パルスィを見守っていた。


「パル。ところでね。良い忘れてたけど実は今日、その星熊先生が家庭訪問に来るんだけど」
「……………………え?」
涙が引っ込んだ。ついでに血の気も引いた。
突然家庭訪問なんてありえない。きっと、黙っていた。この後のパルスィの反応を含めて、佐織にしてみれば予定通りなのだろう。化粧っ気の薄く、そばかすが浮いた頬は、明らかに面白がっていた。
「会って、みる?」
「絶対嫌っ!」
叔母の腕の中から飛びのいて、全身で拒否を示した。
「だと言うと思ったよ。じゃあ着替えなくていいから、ここに籠もっておいで。先生とはあたしがナシつけてくるから」
「何で!?どうして家庭訪問なの!?」
「さあ?パルスィのこと、気になってるんじゃないの?」
「気持ち悪い!」
「女同士でしょ、そういう意味じゃないよ。優しい先生だってことでしょ」
「会いたくない!」
「会わなくていいよってば。でも、部屋の前で声掛けられたら、ちゃんと答えてあげなよね?」
「ッ……!!」
パルスィの絶句を余所に、佐織は楽しそうだ。
不謹慎な話だが、今すぐに大規模な火災が発生して佐織に緊急招集が掛からないかと、パルスィは本気で願った。


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