救急現場が教えてくれた心を元気にする方法

32年間の火災・救急・災害に出動し、様々な現場を体験して知った本当の幸せ。幸せになるための心を元気をお贈りします。


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テレビやラジオから「上を向いて歩こう」がよく流れていた頃、私は小学生の低学年でした。

不思議な歌だなあ、と思いながら聞いていました。




 い・いつの時代!?(笑)


日曜日になって、友達のうちに遊びに行ってもいなくて、いつも缶ケリやかくれんぼをしていた神社に行っても誰も来てなくて、一人でうろうろと歩いていたとき、この歌をくちずさんでいました。



上を向いて歩こう

涙がこぼれないように




どうしてこぼれないようにしないといけなかったんだろう。?

どんな出来事があったんだろう?

どうして春の日も、夏の日も、秋の日も一人ぽっちなんだろう?



恋愛についてなどまったく関心も知識もない年頃でした。

家では面白くないことがよくあって

とにかく外に遊びに出かけたい子どもでした。




耳にするたびに、なんでだろう? といつも疑問に思っていました。

詩歌の具体的に書かないことの妙味など、わかるはずもない年齢でした。

それでも一人ぽっちの寂しさだけはよくわかる気がして

いつまでもこの歌が頭の中でループしていました。




この歳になっても、きったないズボンのポケットに手をつっこんでウロウロ、ウロウロ、遊び相手を探しながら歩いていた子どもの頃の、その歌をくちずさむ時の不思議な気持ちを覚えています。


それから思春期になり、社会人になり、泣く理由がいくらでも転がっていることや

いやでも容赦なく襲ってくる悲しみや、憎しみや、後悔があることを知りました。



誰でもみんなそうですよね。

上を向いて泣いたことや

くちびるを噛みしめて下を向いて涙をこぼしたことや

誰かの胸にすがって泣きじゃくったこともあるでしょう。



そんな経験があるからこそ、いろんな歌が胸に響いてきたり

いろんな言葉に元気づけられたり

いろんな出会いに笑顔になったりします。



当時は、幸せは雲の上や空の上にあると、確かにそうだと思っていましたが、

子どもの頃からいっぱい涙を流してきたから、空や雲の上にあるんじゃないということに気づけたかもしれません。


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子どもさんをお持ちのお父さん

子どもが大きくなったら、どんなことで幸せを感じますか?




私は、子どもたちが生まれてくれてからは、いっぱい幸せを感じさせてもらって

心配もけっこうしましたが、

彼らが大人になってからも、ずっと幸せを感じさせてもらっています。



つい最近、「父親として最高」と思える嬉しい言葉を耳にしました。



昨年末友人たちがライブをやるというので、会場になったレストランへ行きました。

いくつかのバンドが入れ替わりで演奏していました。

途中に、友人の息子とその友達がグループでやってきました。

「あっ! ○○(私の息子の名前)のお父さんがいる!」

誰かと思ったら、大阪で暮らしている私の息子の同級生でした。

「お父さん、俺、もうすぐ子どもが生まれるんですよ」

「そうか、おめでとう」

「○○は、お父さんのことを尊敬しているって、前から言ってますよ」

そんな話をしていると、一緒に写メを撮らしてくれという彼らに囲まれて「チーズ」発声口にしてかまえました。




職場でだんだん責任が重くなる役職になり

飲んでいても評論家めいた口調でいろいろと論評するようになったあいつが

そうか、そんなふうに思っていてくれてんだなあ

とビールの酔いとともに嬉しさが体内に広がりました。




ぜんぜん立派でもない

イケメンでもない(イクメンでしたが(笑))

平凡なおとっつぁんだけど、そんなふうに思ってくれているのか。





大したお父さんではなかったけれど

時間があれば、本気で一緒に遊び

一緒にご飯をつくり

一緒の時間を大切にしました。




息子たちが大人になってからも、たくさん話しました。

一緒にお酒を飲みながら、

「お父さん、あの頃なあ、仕事のことでめっちゃ悩んでたんだ」

「自信のないこともあったけど、こんなふうに考えてた」

彼らが子どもの頃から、「立派なお父さん」を演出することより、等身大の自分で正面を向いて彼らに向き合おうと考えてきました。

それが成功することも、失敗することもありましたが。




私自身の子どもの頃のことを思い出すと、

自分が成長していくにつれて、「立派そうだった父親」の像がだんだん変化しました。

口を開けば説教、そしてまるで名言集から引用されたような偉そうな訓示や教訓のオンパレードで、中学の頃には辟易して、口も聞かなくなりました。




「甘やかしているんじゃないか」

「子どもにフランク過ぎるぞ、もっと威厳がないといかんだろう」


いろいろ言う人がいました。

子どもに対して厳格なことが立派なお父さんなんだぞと、自信満々でした。

ですが私は、幼いときからの息子たちの性格を知り、あえて私は自分らしい「父親路線」を変更することはありませんでした。




それから20年近くの歳月が流れる過程で、子育てについて私に説教口調でアドバイスしてくれた先輩方は、やがて自分の子どもが高校に入り、卒業して大学に入りしているうちに何度も危機が訪れたみたいで、休暇を取っては遠く離れた子どもの入っている学校に相談に行っていました。

それはそれで、子どもも親もいい経験にできる可能性はあるので、私がどうこう言うべきことでもありませんが。




子育てに自信満々だったわけではなく、「ほんとにこれが正解だろうか?」と迷うことも何度もあっただけに、息子が「尊敬する」と口にしてくれたことが、よけいに嬉しく感じられました。

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ふとしたときに、何年も前のイヤな経験を思い出して、気持ちがブルーになることないですか?

忙しくて過去のことなんて思い出すこともなかったのに、仕事を終え、帰宅してホッとした瞬間、長い間忘れていた出来事を思い出したり。



なんであのとき、あんなことをやっちゃったんだろう。

どうしてあの人に、あんなことを言っちゃったんだろう。


かつて何度も何度も思い出しては悔やみ、自分を責めてきたことを、実は何年も長いあいだ引きずっていたなんて。




仕事でのミス

大切な人との言い争い

一時の感情にとらわれて取り返しのつかないことを言ってしまったこと



思いがグルグルまわって収拾がつかなくなっている。

あー胸が苦しい!

あんなに昔のことなのに、なんで今もこんなに気持ちを苦しくさせるんだろう。



何年も、ことによっては何十年も昔のことを思い出しては自分の心をさいなむ人がいます。

忘れようとしても、どうしても思い出してしまう。

もしかするとそれは、かつて犯した(自分で思い込んでいるだけかもしれないのに)あやまちに、無意識に罰を与えなければという罪悪感がそうさせているのかもしれません。

しかし、それでは心は弱り、弱ればよけいにイヤなことを強く思い出してしまうという負のループに陥ってしまいます。





後悔するような出来事があれば、その時点で検証し、反省することは大切です。

もちろん、そんな出来事があった直後には、そうそう簡単に割り切って客観的に自己分析なんてできませんよね。

でも、そんな出来事があってからずいぶん月日が流れています。




お釈迦様は言いました、「過去は存在しない」と。

確かに目の前のどこにも存在していません。

目の前だけではなく、地球上のどこを探しても存在していません。

存在しているように錯覚している自分自身の頭の中だけです。

古いイヤな記憶が頭をもたげそうになったら、急いで振り落としましょう。

すぐには簡単にできないかもしれませんが、記憶がよみがえりそうになるたびに自分に言いましょう。

もう過去は存在してなくて、もう私はあの時の私ではない、と。

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