ヒーリングのプロセスにおいて、自らの生も死も肯定できる段階があります

今回はそのことについて考えてみましょう

その前に補助線となるアーティストを紹介します

小沢健二さんです

今年の2月にアーティストとしての活動を再開されました



さらに今回紹介したいのがタモリさんと小沢健二さんの笑っていいとも!における対話です

以下、てれびのスキマさんから引用させていただきます

(引用開始)

小沢: タモリさんねぇ、僕の作品をびっくりするぐらい理解していただいていて。ありがとうございました。
タモリ: いやいや、とんでもない。最近ね、ホントに歌の歌詞で「あぁ」ってなった人っつうのはね、この人しかいないのよ。
小沢: あはは(笑)。それがだから、何か僕はホント、そうだなぁ…、音楽とかは全然年の差とかは何にもないんだろうなって思っていて。で、絶対この世代に向けてとか、そういんじゃない…。僕は少なくともそういんじゃないですから。そしたらタモリさんがああいうことを言ってくださってホント嬉しかったですね。
タモリ: あれはねぇ、本当に驚いたのよね、最近では。


(引用終了)

ここで話題になっているのは小沢さんの「さようならなんて云えないよ」という曲です



(引用開始)

タモリ: あそこの歌詞は、あれは鹿児島で作ったんだっけ?   
小沢: そうなんです。
タモリ: 車でよく作るんだよな。車で思いついたら車停めて書いてるって。
小沢: へへ(笑)。
タモリ: あと、蕎麦屋で思いついて箸袋に書いてるって。
小沢: そうなんですよ、箸袋に(笑)。
タモリ: なんで蕎麦屋で思いつくの?
小沢: なんででしょうね。お蕎麦屋で人生ってなんだろう?って考えてるんですよ(笑)。あと、蕎麦屋の箸袋って、僕ひとフレーズずつしか思いつけないんで、ホント集中力ないと思うんですけど、蕎麦屋の箸袋くらいしか書けないんですよ。
タモリ: それでちょうどいいんだ?
小沢: ちょうどいいんです。だから遅いんです、作品ができるのが。すみません。
タモリ: でもね、よく考えられた作品だよね。あのね、まぁいろいろ優れてるんだけども、俺が一番驚いたのは鹿児島で車でできた作品で『道を行くと、向こうに海が見えて、きれいな風景がある』。そこまでは普通の人は書くんだけれども。それが『永遠に続くと思う』というところがね,それ凄いよ。凄いことなんだよ、あれ。
小沢: ホンっト、ありがとうございます。良かったなぁ、ちゃんと…。ボクは何かね、聴いてて、何ていうのかな……。たとえば、今お昼休みで、『笑っていいとも』で“ウキウキウォッチングしてる”ところと、何ていうか、“人生の秘密”とは、“生命の神秘”とか、“永遠”とか、そういうのがピュッとつながるような曲が書きたいんですよね。それで、だから…。んー。
タモリ: だからまさにあのフレーズがそうなんだよね。あれで随分…、やっぱり考えさせられたよ。
小沢: ありがとうございます。
タモリ: あれはつまり“生命の最大の肯定”ですね。


(引用終了)

ちなみにタモリさんの詳細している歌詞は以下です

(引用開始)

左へカーブを曲がると 光る海が見えてくる
僕は思う! この瞬間は続くと! いつまでも


(引用終了)

気功によるヒーリングを通じて、物事を、人の営みを、そして宇宙をよく見えるようになると、その一つ一つが、その一瞬一瞬がありそうもない奇跡に思える瞬間がやってきます

その瞬間が訪れたとき僕たちは救われ、自らを含めて全ての生を肯定することができます

それを端的に表したのが、紹介した左へカーブを曲がると 光る海が見えてくる 僕は思う! この瞬間は続くと! いつまでもという歌詞だと僕は思います

そして小沢健二さんは今年の2月に出した曲で生の対極にあるように思える死さえも肯定していきます


*この曲はヒーリングそのものだなあと僕は思います

以前も紹介しましたが、また歌詞を紹介したいと思います

(引用開始)

羽田沖 街の灯が揺れる
東京に着く事が告げられると
甘美な曲が流れ 僕たちはしばし窓の外を見る
もしも間違いに気が付く事が無かったのなら
並行する世界の僕はどこら辺で暮らしてるのかな
広げた地下鉄の地図を隅まで見てみるけど
神の手の中にあるのなら その時時に出来る事は
宇宙の中で良い事を決意するくらい
雨あがり 高速を降りる
港区の日曜の夜は静か
君の部屋の下通る
映画的 詩的に 感情が振り子を振る
もしも間違いに気が付く事が無かったのなら
並行する世界の毎日 子供たちも違う子たちか
ほの甘いカルピスの味が不思議を問いかける
だけど意思は言葉を変え 言葉は都市を変えて行く
躍動する流動体 数学的 美的に 炸裂する蜃気楼
彗星のように昇り 起きている君の部屋までも届く
それが夜の芝生の上に舞い降りる時に
誓いは消えかけてはないか 深い愛を抱けているか
ほの甘いカルピスの味が現状を問いかける
そして意思は言葉を変え 言葉は都市を変えて行く
躍動する流動体 文学的 素敵に 炸裂する蜃気楼
それが夜の芝生の上に舞い降りる時に
無限の海は広く深く でもそれほどの怖さはない
人気の無い路地に確かな約束が見えるよ
神の手の中にあるのなら その時時に出来る事は
宇宙の中で良い事を決意するくらいだろう
無限の海は広く深く でもそれほどの怖さはない
宇宙の中で良い事を決意する時に


(引用終了)

最後の無限の海は広く深く でもそれほどの怖さはない 宇宙の中で良い事を決意する時にというところに死さえも肯定する思想が見え隠れします

無限の海は明らかに死のメタファーで、だけどそれほどの怖さはないと小沢さんは歌います

ただし宇宙の中で良い事を決意する時にという条件付きです

当然ここでいう「良い事」は一日一善のような単純なものではありません

そもそも小沢健二さんの祖父は小澤開作という戦前のアジア主義者であり、満州事変の立役者であった石原莞爾と盟友であり、満州を五族協和の王道楽土としようとした熱烈な理想主義者でした(ちなみに息子には指揮者の小澤征爾がいます)

また歌詞にあるカルピスは満州の味だと当時の広告のコピーに書かれています



満州は戦前のアジア主義者の理想郷であり、そのかつてあり得た理想郷の味であるカルピスが現状を問いかけてきます

「このままでいいのか?」と

もちろん戦前のアジア主義者の理想と大義は行政権力に簒奪され形骸化し、アメリカとの戦争に敗れた事で消滅してしまいましたが、それでも僕たちは戦前のアジア主義者たちの理想を鼻で笑うことはできないはずです

だからこそ宇宙の中で良い事を決意する時にという歌詞が胸に突き刺さります

そして僕は「宇宙の中で良い事を決意する時に」と言われると、どうしても宮沢賢治の銀河鉄道の夜(第三次稿)を思い出してしまいます

(引用開始)

むかしのバルドラの野原に一ぴきの蝎がゐて小さな虫やなんか殺してたべて生きてゐたんですって。するとある日いたちに見附かって食べられさうになったんですって。さそりは一生けん命遁げて遁げたけどたうたういたちに押へられさうになったわ、そのときいきなり前に井戸があってその中に落ちてしまったわ、もうどうしてもあがられないでさそりは溺れはじめたのよ。そのときさそりは斯う云ってお祈りしたといふの、
あゝ、わたしはいままでいくつのものの命をとったかわからない、そしてその私がこんどいたちにとられやうとしたときはあんなに一生けん命にげた。それでもたうたうこんなになってしまった。あゝなんにもあてにならない。どうしてわたしはわたしのからだをだまっていたちに呉れてやらなかったらう。そしたらいたちも一日生きのびたらうに。どうか神さま。私の心をごらん下さい。こんなにむなしく命をすてずどうかこの次にはまことのみんなの幸のために私のからだをおつかひさい。って云ったといふの。そしたらいつか蝎はじぶんのからだがまっ赤なうつくしい火になって燃えてよるのやみを照らしてゐるのを見たって。いまでも燃えてるってお父さん仰ったわ。ほんたうにあの火それだわ。

(中略)

ジョバンニはあゝと深く息しました。「カムパネルラ、また僕たち二人きりになったねえ、どこまでもどこまでも一諸に行かう。僕はもうあのさそりのやうにほんたうにみんなの幸のためならば僕のからだなんか百ぺん灼いてもかまはない。」
「うん。僕だってさうだ。」カムパネルラの眼にはきれいな涙がうかんでゐました。「けれどもほんたうのさいはひは一体何だらう。」ジョバンニが云ひました。「僕わからない。」カムパネルラがぼんやり云ひました。
「僕たちしっかりやらうねえ。」ジョバンニが胸いっぱい新らしい力が湧くやうにふうと息をしながら云ひました。


(引用終了)

僕にとって「宇宙の中で良い事を決意する時に」というのはサソリとジョバンニ(主人公)のいう「まことのみんなの幸」を追い求めることと同義です

銀河鉄道の夜(第三次稿)のクライマックスを引用しましょう

ジョバンニ(主人公)が一緒に旅をしてきて、共に「まことのみんなの幸」を追い求めようと誓ったはずのカムパネルラの死に気づき、それを嘆いている時にセロのような声の博士が諭すシーンです

(引用開始)

ジョバンニもそっちを見ましたけれどもそこはぼんやり白くけむってゐるばかりどうしてもカムパネルラが云ったやうに思はれませんでした。何とも云へずさびしい気がしてぼんやりそっちを見てゐましたら向ふの河岸に二本の電信ばしらが丁度両方から腕を組んだやうに赤い腕木をつらねて立ってゐました。「カムパネルラ、僕たち一諸に行かうねえ。」ジョバンニが斯う云ひながらふりかへって見ましたらそのいままでカムパネルラの座ってゐた席にもうカムパネルラの形は見えずジョバンニはまるで鉄砲丸のやうに立ちあがりました。そして誰にも聞えないやうに窓の外へからだを乗り出して力いっぱいはげしく胸をうって叫びそれからもう咽喉いっぱい泣きだしました。もうそこらが一ぺんにまっくらになったやうに思ひました。
「おまへはいったい何を泣いてゐるの。ちょっとこっちをごらん。」いままでたびたび聞こえたあのやさしいセロのやうな声がジョバンニのうしろから聞こえました。
 ジョバンニははっと思って涙をはらってそっちをふり向きました。さっきまでカムパネルラの座ってゐた席に黒い大きな帽子をかぶった青白い顔の瘠せた大人がやさしくわらって大きな一冊の本を持ってゐました。
「おまへのともだちがどこかへ行ったのだらう。あのひとはね、ほんたうにこんや遠くへ行ったのだ。おまへはもうカムパネルラをさがしてもむだだ。」
「ああ、どうしてさうなんですか。ぼくはカムパネルラといっしょにまっすぐに行かうと云ったんです。」
「あゝ、さうだ。みんながさう考える。けれどもいっしょに行けない。そしてみんながカムパネルラだ。おまへがあふどんなひとでもみんな何べんもおまへといっしょに苹果をたべたり汽車に乗ったりしたのだ。だからやっぱりおまへはさっき考へたやうにあらゆるひとのいちばんの幸福をさがしみんなと一しょに早くそこへ行くがいゝ。そこでばかりおまへはほんたうにカムパネルラといつまでもいっしょに行けるのだ。」「あゝ、ぼくはきっとさうします。ぼくはどうしてそれをもとめたらいゝでせう。」「あゝわたくしもそれをもとめてゐる。おまへはおまへの切符をしっかりもっておいで。そして一しんに勉強しなけぁいけない。おまへは化学をならった[ら]う。水は酸素と水素からできてゐるといふことを知ってゐる。いまはだれだってそれを疑やしない。実験して見るとほんたうにさうなんだから。けれども昔はそれを水銀と塩でできてゐると云ったり、水銀と硫黄でできてゐると云ったりいろいろ議論したのだ。みんながめいめいじぶんの神さまがほんたうの神さまだといふだらう、けれどもお互ほかの神さまを信ずる人たちのしたことでも涙がこぼれるだらう。それからぼくたちの心がいゝとかわるいとか議論するだらう。そして勝負がつかないだらう。けれどももしおまへがほんたうに勉強して実験でちゃんとほんたうの考とうその考とを分けてしまへばその実験の方法さへきまればもう信仰も化学と同じやうになる。けれども、ね、ちょっとこの本をごらん、いゝかい、これは地理と歴史の辞典だよ。この本のこの頁はね、紀元前二千二百年の地理と歴史が書いてある。よくごらん紀元前二千二百年のことでないよ、紀元前二千二百年のころにみんなが考へてゐた地理と歴史といふものが書いてある。だからこの頁一つが一冊の地歴の本にあたるんだ。いゝかい、そしてこの中に書いてあることは紀元前二千二百年ころにはたいてい本統だ。さがすと証拠もぞくぞく出てゐる。けれどもそれが少しどうかなと斯う考へだしてごらん、そら、それは次の頁だよ。紀元前一千年 だいぶ、地理も歴史も変ってるだらう。このときは斯うなのだ。変な顔をしてはいけない。ぼくたちはぼくたちのからだだって考だって天の川だって汽車だってたゞさう感じてゐるのなんだから、そらごらん、ぼくといっしょにすこしこゝろもちをしづかにしてごらん。いゝか。」そのひとは指を一本あげてしづかにそれをおろしました。するとジョバンニは自分といふものがじぶんの考といふものが、汽車やその学者や天の川やみんないっしょにぽかっと光ってしぃんとなくなってぽかっとと[も]ってまたなくなってそしてその一つがぽかっとともるとあらゆる広い世界ががらんとひらけあらゆる歴史がそなはりすっと消えるともうがらんとしたたゞもうそれっきりになってしまふのを見ました。だんだんそれが早くなってまもなくすっかりもとのとほりになりました。
「さあいゝか。だからおまへの実験はこのきれぎれの考のはじめから終りすべてにわたるやうでなければいけない。それがむづかしいことなのだ。けれどももちろんそのときだけのものでもいゝのだ。あゝごらん、あすこにプレシオスが見える。おまへはあのプレシオスの鎖を解かなければならない。[ 」]
そのときまっくらな地平線の向ふから青じろいのろしがまるでひるまのやうにうちあげられ汽車の中はすっかり明るくなりました。そしてのろしは高くそらにかゝって光りつゞけました。「あゝ マジェランの星雲だ。さあもうきっと僕は僕のために、僕のお母さんのために、カムパネルラのためにみんなのためにほうたうのほんたうの幸福をさがすぞ。」ジョバンニは唇を噛んでそのマジェランの星雲をのぞんで立ちました。そのいちばん幸福なそのひとのために!
「さあ、切符をしっかり持っておいで。お前はもう夢の鉄道の中でなしに本統の世界の火やはげしい波の中を大股にまっすぐに歩いて行かなければいけない。天の川のな[か]でたった一つのほんたうのその切符を決しておまへはなくしてはいけない。」あのセロのやうな声がしたと思ふとジョバンニはあの天の川がもうまるで遠く遠くなって風が吹き自分はまっすぐに草の丘に立ってゐるのを見また遠くからあのブルカニロ博士の足[お]とのしづかに近づいて来るのをききました。
「ありがたう。私は大へんいゝ実験をした。私はこんなしづかな場所で遠くから私の考を人に伝へる実験をしたいとさっき考へてゐた。お前の云った語はみんな私の手帳にとってある。さあ帰っておやすみ。お前は夢の中で決心したとほりまっすぐに進んで行くがいゝ。そしてこれから何でもいつでも私のとこへ相談においでなさい。」
「僕きっとまっすぐに進みます。きっとほんたうの幸福を求めます。」ジョバンニは力強く云ひました。「あゝではさよなら。これはさっきの切符です。」博士は小さく折った緑いろの紙をジョバンニのポケットに入れました。そしてもうそのかたちは天気輪の柱の向ふに見えなくなってゐました。ジョバンニはまっすぐに走って丘をおりました。そしてポケットが大へん重くカチカチ鳴るのに気がつきました。林の中でとまってそれをしらべて見ましたらあの緑いろのさっき夢の中で見たあやしい天の切符の中に大きな二枚の金貨が包んでありました。
「博士ありがたう、おっかさん。すぐ乳をもって行きますよ。」
ジョバンニは叫んでまた走りはじめました。何かいろいろのものが一ぺんにジョバンニの胸に集って何とも云えずかなしいやうな新しいやうな気がするのでした。
琴の星がずっと西の方へ移ってそしてまた蕈のやうに足をのばしてゐました。


(引用終了 太字は引用者による)

僕たちはここに生のみならず死さえも肯定する思想を見つけることができます

ただもちろん僕たちは戦前のアジア主義者のように満州国を作るというような“理想”を掲げることはできません

戦前のアジア主義者の失敗と悲劇は、その理想を成就させる方法論がなかったということでしょう

当時の方法論である軍事力では悲劇的な結末しか生みません(僕は軍隊を否定するほどナイーブではありませんが。。。)

しかし僕たちは彼らとは違う武器を持っています

それは気功です

僕は割と本気で革命を起こすため、すなわちみなのほんたうの幸いの実現のために気功とヒーリングをやっています

そしてその決意だけが、自らの、そして他者の生と死を肯定していきます

最後の何かいろいろのものが一ぺんにジョバンニの胸に集って何とも云えずかなしいやうな新しいやうな気がするのでした。という文章がその心境をよく表しています

まずは情報空間にあるゴールという可能世界を求めましょう

そのゴール設定の営みを繰り返していくうちに、そのうち「みなのまことの幸い」というのが単なる言葉ではなく実存として引き受けられる時がやってきます

そうしたら共にそれを目指していきましょう

僕にとって気功師というのは革命家の二つ名です

僕のヒーリングを受けること、そして気功を習うのは最終的にそのような「みなのまことの幸い」に殉じるような革命家としての生き方を選択するということです

以上が僕にとっての気功とヒーリングの本懐です

それをご理解頂いた上で、共に歩んでいきましょう