17日に76歳で亡くなった藤田まことさん。「てなもんや三度笠」のあんかけの時次郎役でブレークして以降、必殺シリーズの中村主水、「はぐれ刑事」の安浦吉之助と、テレビ史に独自のキャラクターを刻んできたまさに「仕事人」。数十億円ともいわれる巨額負債や大病も持ち前のねばり強さではね返してきた。戦争経験者らしく、反戦への思いも人一倍強かった。

 06年に出演したテレビ番組では「コメディアンでした」と自らを称した藤田さん。その持ち味は「てなもんや三度笠」で開花。定番の「あたり前田のクラッカー」は、番組を知らない世代でも耳に覚えがある名コピーだ。

 一方、強烈なイメージのため、それ以降は役が付かない不遇に見舞われた。中村主水のオファーを受けたのは週末営業のキャバレーで。「嫁としゅうとにいびられる情けない男の役。みんな断ったから私に来たんです」と語っていた。支えは、1年ほどたった時の京都撮影所での故三隅研次監督の一言。「この役、ちゃんとやったら一生もんになるで」。シリアスとコミカルを演じ分け、自らの代名詞として完成させた。

 80年代には親族の事業失敗が原因で数十億円の負債を負った。役者生活最大とも言えるピンチだったが自宅を売却。休日返上で愚痴を言わずに働く姿に、債権者までもが仕事を回し応援したという。

 また、沖縄で戦死した兄の手紙を常に持ち歩くなど反戦への思いも抱き続けていた。戦後60年以上を経てようやく行けたという沖縄で、白米のおにぎりを海に投げ入れたという。その思いを役者として結実させたのが、死刑になるB級戦犯を演じた「明日への遺言」(小泉堯史監督)だった。

 08年、食道がんで療養後、ドラマで復帰した役は中村主水だった。復帰会見で「神様が差配してくれた」と涙をにじませていた。

 いったんは元気になった藤田さんだが、09年11月に再び体調不良で入院。10年1月15日に時代劇専門チャンネル(CS放送)の特別番組のナレーションで仕事に復帰したばかりだった。

 京都市右京区の松竹京都撮影所で「必殺シリーズ」が撮影された際、主役・中村主水の家の食事を作っていた近くの食堂「つたや」。先代のおかみ、山本和子さん(80)は「シリーズ初期のころ、共演者や監督らと毎日のように来ては、飲んだり歌ったりしていた。好物のきつねうどんを撮影所に出前した時も優しく接してくれた。残念です」と語った。

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