NPO法人 肺がん患者の会 ワンステップ

2016年4月15日、NPOへ。2年目です。いろいろやっていきます~


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みなさーん。
はじまってまだ4日目ですが、北海道の患者会さんと交流が始まりました。
うれしいです。
許可をいただいたので、メールのやり取りを公開させていただきます


北海道肺がん患者と家族の会の野村玲子です。
若い方が立ち上がって下さってとても嬉しく心強いです。
昨年の苦労を思い出しています。 本当に肺がん患者の会は少ないというかないです。
肺がん患者の方は解った時が 4期なので作る時間がないのと治療が大変で体力が続かないのではと思われます。 ですから長谷川さんの勇気に拍手です。今はだいぶPCが普及しましたが最初はネットをみれる患者さんが少なく、最近でも患者会に来られる方の半数以上がPCを持っていないし、 触れません。肺がんというがんが高齢の患者さんに多いのが原因の一つかなと思います。 私のブログを見れる方も患者会の中では一握りです。長谷川さんのHPは私が患者会に来られる皆様に これから抜粋してお知らせして行こうと思っています。


患者会に来られる方は治療方法と精神的 ケアを求めて来られます。
昨年患者会を無謀にも一人で立ち上げましたがまず無料で貸して下さる場所探し。
それを広める為「ちらし」の印刷。それから各病院に置いて頂く事から始めました。
車もなく治療しながらの活動は孤独との闘いで、何度も挫折しそうになりました。
そんな時必ず手を差し伸べて下さり、アドバイスして励まして下さる人が現われ、やろうとして居る事 は間違っていないと後押しをして下さいました。
そしてそんな方々が天国に次々に卒業していかれました。
昨年はもしここで私が入院したら 
患者会を開く人が居なくなるとその心配で押しつぶされそうでした。
でもまだ患者会に来れる方は良いのですが鬱状態で患者会に来ることも出来ない方も 沢山いると思います。皆さん「なぜ自分が・・。」そこで 時間が暫く止まるのだと思います。


長谷川さん1日でも長く頑張って治療していきましょう。そしていつか札幌の患者会にお顔を出して下さい。 私の体力がないので隔月しか開催していませんが、札幌はきれいな街ですよ。今は桜 梅 チューリップ  つつじ 水仙 すべての花が咲いています。 今年の桜を見たいと卒業して行かれた病友に見せてあげたかったと複雑な思い出眺めています。
添付しましたのは、昨年私が難治性がんのキャンペーンで体験談をお話した時の原稿です。 私の病歴が解ると思いますので 時間の有る時読んで下さいね。
昨日HPをゆっくり読ませて頂きました。解りやすく丁寧で 良くここまで調べられたなぁと感心しました。
とても参考になりました。無理なさらずにHP作成して下さいね。


<野村さんの経歴>

今ご紹介にあずかりました 肺がん患者の 野村玲子と申します。
平成15年職場の健康診断で 肺の再検査と言われました。
その時私も家族も 誰も煙草は飲まないし がん家系でもないので 
肺がんだという認識は全く有りませんでした。
すぐ 毎年健やか検診を受けていた 大きな某病院に行き再検査を受けましたが
「こんな小さな影で肺がんはありません。肺炎の痕でしょう」と言われました。
肺炎になった覚えは有りませんでしたが 風邪は何度か引いて無理をして 
職場に行った記憶がありました。

肺がんは 私には関係のない病気だと思い込んでいましたので先生が「肺がん」という言葉を使った事に違和感を持った位 がんは無縁だと思っていました。


次の年も 職場の検診で再検と言われ 同じ病院で 今度は自己申告で 肺炎の痕と診断書を書いて貰い職場に提出しました。

次の年はさすがに 3年経っていて咳が出るようになっていましたが 
アレルギー性鼻炎
でしたので そのせいでしょうと言われていました。
3年間 毎回違う先生でした。

今度別の病院で 診てもらおうと思いつき その旨を今まで検診して頂いた某病院に申し出ました。その日の先生は ご年配の先生で 直ぐ紹介状を書いて下さりその足で直ぐA病院に行きました。 
私の中では まだ肺がんと言う認識はなく 何の病気か調べて頂くのは 近くのA病院でと言う感覚でした。A病院の先生は 今まで検診をした過去3年分のレントゲンを見られ 影の髭が気になるし 少し大きくなっていると言われました。今思うと 先生は肺がんをかなり確信されていたのだと思います。
先生から「念の為 まだペット検査受けた事がないのなら 一度検査受けてみますか?」と聞かれても 家のペットは3年前に亡くなりました。ペットのアレルギーは無いそうですと答え ペット検査の言葉も知りませんでした。

手術がまだ出来るので 内科から外科に病室の空きがあるまで 自宅待機で入院し直しなのですが その時この病院で 手術しますか 転院も可能ですとお話がありました。

私は混んでいるので 手術をしてもらえないと困ると考えて 是非ここで 手術をさせて下さいとお願いをしました。

普通ならここで セカンドオピニオンに行くべきだったのだと ずーっと後から解りました。

この時点で B病院にセカンドオピニオンに行けば 神の手を お持ちのC先生に手術をお願いできたかもしれないのにと とても残念に何度も思い返しています。 その時点では そのような発想も全く無く 何が起きているのか 自分でも良く理解出来ていなかったのだと思います。

12月に 右側中葉切除手術の為 2度目の入院しました。
内視鏡検査の途中気を失ってしまい 中止になっていましたので 手術をしながらの検査になり リンパからの細胞を かなりの数とったそうです。 残念な事に 1個だけリンパに転移していたので ステージ2bになったと 術後 先生か らお話がありました


術後の抗がん剤治療のお話が退院する時 内科の先生からありました。

その当時(8年前ですから)術後の予防の為の抗がん剤治療は 「1割の人にしか効かないと思って下さい。9割の人には無駄な治療です」と言われ するかしないか ご自分で決めるように言われました。でも 全く知識が無く 相談する人もその時は知らない状態でした。 先生に「先生だったらどうされますか?」とお聞きしましたら 「僕は忙しくて 忙しくて3か月も入院している暇はありません」と答えられ 参考になりませんでした。 只「どちらにしても再発は充分に考えられます。あの時 抗がん剤治療をしておけば 再発しなかったのにと ご自分を責める性格ならしたほうが 良いでしょう。」とのアドバイスを頂きました。

そして年が明けて 予防の抗がん剤治療の為に再入院しました。8年前の抗がん剤治療は まだまだきつく辛いものでした。でも病室は 明るく 笑い声にあふれ あの先輩たちが 頑張って下さっので 今の新しい 吐き気の少ない 抗がん剤が出てきたのだと思います。予防の為の抗がん剤治療は 脱毛 吐き気が凄く 白血球がどんどん下がり 最後の1クールは危険と言う事で中止になりました。

それから3年8ケ月で右鎖骨に転移しました。

内科の先生は 抗がん剤治療が必要と言われました。その頃外科の先生の検診も半年に1度受けていましたので ご相談しましたら「抗がん剤治療か放射線治療」と言われました。迷った末がんと解ってから何度か参加した事のある 「市民の為のがん治療の会」という患者会に行きました。そこでD先生にお逢いして放射線治療のお話をお聞きしました。

直ぐ A病院の内科の先生にお話すると 「再発してしまったら 抗がん剤治療でしょう。部分的に治療しても意味がない。再発してしまったらもう全身に回っているのだから 抗がん剤治療がベスト」と話し合いは平行線になりました。


それでも 私は 放射線治療を受けたくて
 B病院の放射線科にC先生を 頼って入院しました。H22年に66GRYを30回に分けての放射線治療でした。放射線治療は 抗がん剤治療と違い身体に負担が少なく優しい治療でした。一番嬉しかったのは 抗がん剤治療では 延命治療しかできないのに 右鎖骨の転移は根治が出来 がんが消滅した事です。


A病院の内科に 戻ろうとしまし
たが「家出状態で飛び出したのですから」と言われ 先生との信頼関係が壊れてしまい 戻る事が出来ませんでした。


がん難民に近い状態が2年続きました。
 只私は恵まれていて B病院の放射線科の先生 A病院の外科の先生が 心身共に優しくフォローして下さり 不安は全然有りませんでした。

H24年になり SCCの腫瘍マーカーが高くなってきたので 色々な検査を始めました。

両病院で CTを何度も見て下さいました。放射線科の先生は予約患者の合間に何回も 何回もCTを見て下さいました。その位 難しい 見えずらい所の転移でした。最初は私が両方の先生の間を行ったり来たり 報告書を持って歩いていたのですが そのうちにA病院とB病院の両先生が お電話で お話し合うようになっていました。

肺がんの胸壁転移 第3肋骨 第2第3肋間筋の転移ではと言う事になりました。


放射線治療が 一番優しい治療だと言う事だったのですが 前回放射線治療を掛けたところと少し重なり 心臓にも近いと言う事で A病院で外科手術と決まりました。


手術が終わったあと 抗がん剤治療を をしなければならないのですが 私には見て頂いている 内科がありませんでした。その為A病院の外科の先生が こんな事ではいけないと言われ 随分動いて下さり 又私をA病院の内科で見て頂けるように 戻して下さいました。やっと これで私のがん難民生活は解消されました

 
今度は 抗がん剤治療の為 再度内科に入院しました。 遺伝子検査でイレッサーが使える事が解りましたので H24年7月から 1日おきに服用する事が出来 今に続いています。私が 肺がんになった8年前は もう何も使う抗がん剤が無くなった方が 最後の手段でイレッサを使い あれを使うようになったらお終いという認識でした。
の使い方は 少しでも元気なうちに使い 長期間 効果を上げる方法に変わったと お聞きしています。 家で服用出来て副作用もありますが 今までの抗がん剤の副作用からみるととても楽です。只これも耐性が出来ていつか効かなくなる時がきます。平均2年位効くとお聞きしていますので 私も8月で2年目になります。


次に患者会についてお話させて下さい
。私ががんになり予防の為の抗がん剤を終えたとき 患者会を探しました。その時肺がんの患者会を見つける事が出来なく 男の方々と3人で立ち上げようとしたのですが 次々と天国に卒業されてしまいました。 B病院の院長先生がよろず相談をなさっていて それに合わせて女性だけの会員制の肺がんの患者会が有るのを知りました。それでその会に入り6年間会報作り等をお手伝いさせて頂きました。1年位前頃から 女性だけでなく 男性 又そのご家族を含め フリーで参加できる 肺がん患者の集まりがあればと考え始めていました。


固定開催で あそこに行けば 肺がん患者さん同士お話が出来る場所があったらなと考えました。誰でも 気軽に参加できる「肺がん患者と家族の会」を 素人の私が造れるのかなと 色んな方にご相談をしてきました。 そして5月31日に 沢山のアドバイス 手を差し伸べて下さる方がいて 「北海道肺がんの患者と家族の会」の交流会を 開催する事が出来ました。今月の7月2日に2回目の「肺がん患者と家族の会」を開きました。同じ患者どうし 本音でお話が出来 貴重な時を持てました。


立ち上げたばかりで まだまだ皆さ様に 「会」を お知らせする方法が解りませ
ん。今回ここで 体験談を お話させて頂けたら 「北海道 肺がん患者と家族の会」が出来た事を お話出来るのではと考え お引き受けしました。


今まで8年間で沢山の病友を見送りました。その病友達から 沢山の励ましと 病気との付き合い方を教えて頂きました。その病友達のことを 思いながら今を この時を

大事に 生きなければいけないと考えています。

人の命の終わりは 自分では決められません。 その日まで 悔いのないよう自分らしく生きていきたいと 思っています。有難うございました。



北海道肺がん患者と家族の会のブログはこちら
お仲間できてうれしいです。
いろいろと教えてもらって進みたいと思います。
ワンステップともども応援よろしくお願いします。

 

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以上、よろしくお願いします!

 

 

 

 

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