2005-07-28 10:47:38

第38話 師弟

テーマ:孫正義


第38話


師弟






 孫泰蔵は、兄・正義を尊敬している。「父親のような存在でもあり、師でもある」。正義はアメリカ留学から一時帰国したときには、幼い弟にいつもお土産をどっさり買ってきた。太陽電池の電卓や英語の本、ミニチュアのロケットなど。泰蔵は大喜びでそれらの玩具で遊んだ。

「おもしろくて仕方がないから、キャーキャー言いながら遊んでいたんでしょうね。英語の本も意味がわからなくても、発音を兄に聞いたりして、知らないうちに覚えた」

 すると兄は「おまえは天才だ!」と褒める。幼い子はさらに上達する。

 兄の正義は言う。「電卓などで、弟には指先の感覚を覚えさえたかった」。

 父母や兄たちから愛情いっぱいに育てられたが、自我に目覚めた泰蔵は思った。「兄は特別な才能をもった宇宙人だ。兄のようにはなれないから、ぼくなりの道を見つけなければいけない」

 東京大学に進学後、ヤフーのジェリー・ヤンと意気投合した泰蔵は、独自の道を切り拓いていくことになった。



 7月23日(土)。オールスター第2戦、6回。ジョー(城島)が球場をわかせた。巨人・工藤が投げた0-1からのカーブに城島は笑みを浮かべて「そりゃないよ」と言わんばかりに手招きをした。工藤はニヤツと笑って3球目、ストレートを投げこんだ。その一球を城島がフルスイングするとボールは左翼席に吸い込まれた。城島はガッツポーズをしながらグラウンドを一周、ヘルメットをとって工藤に最敬礼をした。「工藤さん、ごめんなさい。ありがとうございます」。

 打撃は天性のものをもっていたが、捕手としては未熟だった城島を育てたのがダイエー時代の工藤だといっていい。城島のサインには一切首をヨコに振らず、打たれ続けた時期もある。なぜ、打たれたのか、工藤は理詰めで説明した。配球の奥深さを体得した城島は、いまや球界を代表するナンバーワン捕手に成長した。

 ホームランを打った城島の笑顔、現役最年長で、直球140キロで真っ向勝負をした工藤。この師弟対決はすがすがしく、胸が熱くなった。歴史に残る名勝負となった。



 7月26日(火)。対オリックス戦。先発は斉藤。

先制点を許したが、6回にバティスタのソロホームラン。7回、松中の34号、3ラン。5-3。斉藤は10勝。後半戦を勝利で飾った。

 この日、宇宙飛行士・野口聡一らを乗せたスペースシャトルが打ち上げに成功した。新たな歴史の始まりである。

(文中敬称略) 

 

2005-07-20 10:17:55

第37話 真っ直ぐ

テーマ:ホークス

 

第37話

 

真っ直ぐ

 

 

 

 

 

 7月15日(金)。9回、松中は西武・松坂から右翼ポール際に本塁打、サヨナラ勝ち。3本塁打を含む4安打でホークスの全得点を叩きだした。「(松坂)大輔の一番いいボール、直球を待ってました」(松中)。「直球を打たないといけないんだ」という王監督の檄に応えた価値ある一発だった。怪物・松坂を粉砕した。

 7月16日(土)。野球には魔物が棲む。和田と西口の投げ合い。松中が全5打席出塁したが、打線のつながりに欠け、チームは11安打を放つが13残塁。この日、右肩痛のために城島がスタメンからはずれた。「(城島が)いるといないとでは大違い。いない人のことを言ってもしょうがない」王監督は渋い表情で語った。

 7月17日(日)。新垣が44日ぶりに先発し、復調の兆しを見せた。5回、城島に代わってマスクをかぶった田口のタイムリーで逆転。9回、抑えの馬原が誤算。3点を奪われて逆転負け。「考えられないことが起こる。神様からガツンと言われたんだ。また、明日からやりますよ」(王監督)

 7月18日(月)。年に一度の鷹の祭典。黒のシャツがファンにプレゼントされた。対楽天戦。星野がノックアウトされて3連敗。どちらのチームが首位を走っているかわからない。

 7月19日(火)。エース杉内が登板。リードはするものの追加点が奪えず。そのいやなムードを払拭したのが6回、松中の本塁打。妻の誕生日に本塁打でプレゼントした。「今日は総力戦で勝ちにいく」(王監督。)8回裏、鳥越がスクイズを。1点追加で7-4と点差を広げ、馬原が締めた。「これで気分よくオールスターに入れる」(王監督)

 前半戦を王監督は振り返る。「もちろん、完全優勝。5チームに勝ち越す。もっともっとホークスの野球をやる。貪欲に。勝てる試合は、これでもかこれでもかとやっていく」

 

 ヤフードームでの5連戦。ハラハラドキドキ。勝敗に一喜一憂する。さぞや指揮官はたいへんなストレスだろうと思う。だが、百戦錬磨の王監督は違う。「私生活はとてもリラックスしている。(良いことも悪い結果も)引きずらない。過去、終わったことは考えない。今日が大切なんだ」

 

 孫は言う。「20年、30年先を見すえているからこそ、今日に集中できる」日々の積み重ねが真っ直ぐに大きなゴールにつながっていることを、誰よりも強く感じている。

 

 この日、横浜クルーン投手が日本プロ野球史上最速・夢の161キロを記録した。

(文中敬称略)

2005-07-14 12:27:55

第36話 ふんどし

テーマ:ホークス

第36話

 

ふんどし

 

 

 

 

 

 7月12日(火)。どんよりと曇った梅雨空。対日本ハム戦。東京ドーム。試合開始直前、カブレラがいつものように3塁ベースの後方で、ひとりストレッチをしていた。左翼の外野ではバティスタがスイングのチェックを何度も行い、目に付いた人工芝に落ちている小さなゴミを拾っている。試合は杉内の好投で始まった。川崎がダルビッシュから自身初の満塁本塁打を放ち、7回表で7-0。「今日は楽なゲームになる」(王監督)。誰しもがそう思っていた。だが、「野球は怖い」と王監督の言葉のとおり、7回裏に2点を返された。吉武に継投。このまま「ホールド」してくれるはずだったが、3点を奪われた。9回には2点を追加されて同点。10回、荒金の右翼線への決勝タイムリーで辛勝。8-7の試合はもっともおもしろい。「この試合を勝った意義は大きい」(王監督)。

この日ソフトバンクグループを挙げて応援、孫も観戦した。「追いつかれてハラハラドキドキしましたが、勝ててよかった。(観戦勝率は)10勝2敗の2ケタ白星です」

 

 

 7月13日(水)。孫は早朝に福岡入りした。博多祇園山笠の集団山見せで孫は3番山笠・土居流の「台上がり」を務めた。「台上がり」は舁(か)き山(山車の一種)を担ぐ男たちを応援する役割で最高の名誉とされる。「ドキドキしています」。水法被に締め込み姿の孫はやや緊張した面持ち。孫は「舁き山」に上がり、「オイサー、オイサー」と掛け声を上げた。男たちは市内の1・5キロメートルを駆け抜けた。沿道からは「孫さんー!」と大きな拍手が起こった。「このお礼はホークス優勝で返したい」孫は笑顔で応えていた。

 

 

 この夜、ホークスは日本ハム戦で集団山見せに負けない「迫力」を見せた。田之上は初回に2点を奪われたが、粘り強い投球で7回途中まで先発の役割を果たした。ベテラン田之上の踏んばりに打線も援護した。4回、ズレータがレフトスタンドに豪快な本塁打。「パナマウンガー!」のパフォーマンスも出た。同点で一気に活気づいた。ラッキーセブンの7回には川崎が2試合連続の2ランで勝ち越し。松中が「4番の仕事」で29号ソロ。8回にも鳥越の2点タイムリーで7-3と点差を広げた。最終回は馬原が3人で締めて2連勝。ホークスは両リーグ通じて60勝の一番乗り。ロッテとのゲーム差は5に広がった。だが、15日(金)からは西武との3連戦がある。「ふんどし」を締めてかからないといけない。

(文中敬称略)

2005-07-11 13:39:32

第35話  誤 差

テーマ:ホークス

第35話


 






 和田、松坂の同級生対決は見ごたえのある投手戦で始まった。だが5回、西武カブレラの本塁打で2点をリードされる。ホークス打戦は松坂を捕らえきれない。7回にはさらに2点を奪われた。9回、2死満塁も生かせず。連勝は15でストップした「今年一番の出来でした」(松坂)。「連勝はいつかは止まる。明日からがんばればいい」(王監督)「今日は完封負けでしたね。今度はやっつけます」(松中)。

 7月10日(日)。関東地方は梅雨の晴れ間、蒸し暑い日になった。昨夜の雪辱を果たし、気分もスキッといきたいところ。だが、先発星野は3回までに4本のアーチを浴びて6失点で降板。倉野も4失点。最終回にバティスタの本塁打で3点を返して、なおも満塁で粘りを見せたが、反撃もそれまで。10-4で西武に2連敗を喫した。「とにかく点の取られすぎ」(王監督)。熱帯夜の寝苦しい夜になった。天敵レオに何度もうなされた。



 孫の物を見る尺度は常人とは違う。

「国体を最終目標にする柔道選手や水泳選手はいない。野球選手も同じでつねに上を見て練習している。世界をめざすべきだ」

 目標を高いところに置いてきた。ホークスは世界一をめざしている。その前には日本一奪還がある。世界一に向ってホークスは突き進んでいる。間違いない。だが日々の戦いの中には勝ち負けがある。「2連敗? それは誤差の範囲内」と孫は言うだろう。「勝ったときの喜びがそれだけ大きいじゃないですか」

 


 我々はデジタル情報革命の時代に生きている。ADSLの時代から光フィバーの時代に移っていく。「あるところから一気に光に行くでしょうね。オセロゲームみたいなものだ。重要なのは四隅の角をどうやったら先に取るか。打つ順番、押えるべき要所があるんです。それができれば一気に石の色が変わっていく」。戦略を間違えてはいけないと孫は言う。最初に真ん中の黒い石を置いたからといって自慢してもしょうがない。長期戦略に従って果敢に攻撃を仕掛けていけばいいのだ。日々の勝ち負けに一喜一憂をしない。確固たる信念のもとに行動をしていくことが肝心だ。



 2007年には「クラブチャンピンによる世界一決定戦」が行われるだろう。

  そのためにやるべきことは決まっている。

(文中敬称略)

 

2005-07-07 12:16:34

第34話 七夕

テーマ:ホークス

第34話 


七 夕






 孫正義は弟・泰蔵に言った。「(アメリカに留学していたころ)おれは世界一勉強したと言い切れる」。睡眠時間の6時間は確保したが、残りの18時間は「すべて勉強した」。フロに入っているときも教科書を濡らさないようにビニールで覆い、歩きながら教科書を読んだ。「おまえもそのくらい勉強してみろ。自分を騙すことが一番難しいぞ。後から言い訳をするな。結果はいい。もうこれ以上できない、というところまでやってみろ」。泰蔵は兄の言葉に「クソー!」。おれだってと発奮した。1年間の猛勉強。結果、東大に合格。兄は弟に言った。「よう、やった」初めて兄は弟を褒めた。

 泰蔵は決意した。「兄は常人じゃないですから、兄のようにはなれない。でも、ぼくなりの道をいかなきゃいかん」。泰蔵は今年3月、ガンホー・オンラインエンターテイメントを上場させた。「ようやったぞ。フロントランナーになった。新しく生み出した。価値がある」兄が褒めてくれた。受験に合格以来、2度目だ。「とことんやりぬいた」ことを兄は認めてくれた。願いはかなう。




 7月4日(月)。この日から楽天との3連戦。松中の本塁打。代打井手の3ラン。だが、ゲームは振り出しに戻った。9回表、4点を取られ同点に。楽勝ムードから一変した。野球はドラマティックだ。新星・井手がヒットで出ると、バティスタがセンターの頭上を越える勝ち越し打。8-7。王監督は通算1100勝目。13連勝。「油断してはいけない。初心に帰れということを教えられた」(王監督)

 7月5日(火)。九州地方は叩きつけるような激しい雨。この日、フリーエージェント(FA)の権利を取得した城島は爽やかだった。「福岡か自分の夢(大リーグ)かどちらかになる」。12勝目の杉内はお立ち台で懇願した。「ぼくはこの4年間城島さんにお世話になりっぱなし。来年もお世話になります」

 7月6日(水)。3回裏の猛攻撃で8点を奪った。試合はこの回で決した。14-3の圧勝。プロ野球史上34年ぶりの15連勝。最多連勝記録は54年南海(現・ソフトバンク)と60年大毎(現・ロッテ)の18連勝。「15連勝は終わったことだ。2日休んで、(9日の)西武戦から再スタートのつもりでやる」(王監督)




 7月7日(木)。七夕。天の川の両岸に別れて暮らす織り姫とひこ星。1年に1度、この日の夜に会うことができる。願いごとはかなう。<日本一奪還>。

              (文中敬称略)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2005-07-04 13:48:16

第33話 やりぬく!

テーマ:ホークス

 

第33話

 

やりぬく!

 

 

 

 

 

 7月2日(土)。前日から博多祇園山笠が始まった。ちなみに43年前の7月1日は、王選手が一本足打法を始めた日である。このとき王選手は、2打席目で本塁打を放った。

首位ホークスはオリックスと対戦した。初回の和田、ストライクが決まらず。いきなり1点を先制される。「セットポジションにしてからよくなった」(和田)。4回以降は安定した。同点の8回裏、バティスタが勝ち越し打を放つ。最後は馬原が締めて3-1。「和田の好投と大村のファインプレーに応えたかった」。7回表、阿部真が右中間に打った大きな打球を大村が攻守。お立ち台のバティスタはバンザイのあと、満面の笑顔で決めた。「チョー、ゴキゲン!」。ドミニカ生まれの男は暑さにも強い。

「新聞もTVも見ないで平常心でやっていく」(王監督)昨年6月以来の11連勝、40年ぶりの貯金30到達。指揮官に気負いはないが力強く宣言した。「ウチは2位に5ゲーム、いや10ゲーム差をつけるつもり」。お祭りは始まったばかりだ。遠くで小倉太鼓を叩く音が聞こえる。

 

 

 

 7月3日(日)。4回裏。花火が打ちあがった。松中がバックスクリーンに、城島はライナー、そしてズレータの本塁打。MJZの3連発!「チョップ、チョップ!パナマ運河」ズレータのパフォーマンスも出た。5回裏、オリックスに追いつかれたあと、松中が2打席連続の3ラン本塁打。ホークス40年ぶりの12連勝。「あとは松中だけ」と王監督が言っていた松中の復調は大きい。

勝負に対する取り組み方が、「根本的」に他球団とは違うのだ。「気を引き締めてやっていきます」松中の言葉はチーム全員の気持ちを代弁している。どこにもやりぬく覚悟ができている。

 

 

 

 孫泰蔵は名門・久留米大附設高を卒業したが、東大受験に失敗。地元福岡でバンドを結成、彼女もいる「楽しい浪人生活を送っていた」。

ある日、泰蔵は兄・正義から叱責を受けた。「このままでは負けグセがつく。世の中を斜に構え、どうせおれなんかという考えになる。それで人生嬉しいか。やりぬいてこれ以上やれないというとこまでやってみろ!」泰蔵は兄の言葉に「かちん」ときた。「おれだってできないことはない」。

上京して自炊生活。寝る時間以外は「誰とも口をきかずに徹底的に勉強した。ウツ状態になるほど」。勉強の仕方も兄から徹底的に指導を受けた。やがて全国模擬試験で2番。翌年、超難関の東大経済学部に合格した。

「じわーと涙が出てきた」やりぬいた男のみが味わうことができる感動だった。

                           (文中敬称略)

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