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  • 04 Aug
    • もし自分がラップ講座をやるとしたら①【ネタ記事】

      なんとなく思いついたのもありますが・・・実は先日、地元のイベントで、公共施設を活用して、何らかの講師として活動してる・もしくは、デビューしたいという人向けに、施設館内の各部屋で、いろいろと講座を体験出来るというイベントが開催されてたのもあって。  (ちゃんと説明出来てるか・・・。今年は行けなかったのですが、昨年にお伺いしまして。興味のある方は「いわなびだめし」というキーワードで検索してみてください。)  で、自分は普段は、パソコンを教えるという感じなのですが、電源とか、パソコンの持ち込みとか、ネット(Wi-Fi)とか・・・そういう設備(というか、パソコンルーム的な部屋)は残念ながら、その施設には無くて。  それ以外に、自分に何か教えられる事は無かったかな・・・と思って。(ホワイトボード・紙・ペンだけがあれば出来そうなこと。)   ・・・思いついたのが、「ラップの作り方」なら教えられそうだな、と。  という訳で、これは完全に「ネタ」ですが、来年の出店も視野に入れつつ、数回書けそうな範囲で書いてみたいと思います。m(_ _)m    今回は、HIPHOP自体の歴史の話とか、何がリアルHIPHOPなのかとか、そういうのは置いときまして。  完全に単刀直入で、「何をどうすれば”ラップ”を作れるのか?」という話をします。   ・・・「音楽のリズムに合わせて、言葉で”韻”を踏んでください。」  一言で言ってしまいましたが、ドが付くほどシンプルに言ってしまうと、そうなります。m(_ _)m  そこから、どんな言葉を組み合わせて韻を踏むのか・音楽のリズムやメロディーにどう合わせていくのかという段階で、かなり奥が深くなってくるのですが・・・。  一番の基本形としては「韻を踏む」ことになってきます。   では、どうしたら「韻を踏む」ことが出来るのかというと・・・  日本語には”母音”というものがあると思います。  「あ・い・う・え・お」という感じで。 (ローマ字にすると、「a/i/u/e/o」という感じですね。)  韻を踏む鉄則としては、それぞれの言葉同士の”母音”が、全て完全に一致するもの~最悪一致してなくても、だいたい8割以上は合っていそうなものを探してください、という感じになります。  (もし一致してなくても、実は「歌い方」でなんとかしてる人も、かなりたくさんいるのですが・・・)  具体例としては・・・  「タバコ」という言葉があったとします。 ローマ字にすると「ta/ba/ko」となりますが・・・  ・・・この言葉に対して、韻を踏んでいる言葉を探すとします。  その時に確認する必要のあるポイントは、先ほどにも書いた通り、言葉の”母音”です。  例のタバコという言葉の場合、母音は「a/a/o」となっているので、これが一致するような言葉を考えていきます。  この場合、「騒ごう」という言葉も、 「sa/wa/go/(u)」←(uの部分は歌い方で調整します。”歌わないで延ばす”歌い方の方が良いかもしれません。) で、”母音”が先ほどのタバコという言葉と一致してるので、「韻が踏めている言葉」ということになります。   ・・・実はこれは、例題的なものなのですが、書いてる途中で思いついたものがあったので、それも出してみます。 「ららぽーと」↓「ra/ra/po/(to)」←(toの部分は先ほど同様に歌い方で調整出来ると思います。) これも”母音”が一致してるので、「韻が踏めている言葉」になります。  ラップの歌詞の作り方として、一番基本形である「韻を踏む」ということに、ひたすらこだわるという人もいれば、「歌うようにラップする」という感じの人もいたりするので、もし本格的にラップをやってみたい・始めてみたいというのであれば、いろんな人のいろんな歌い方・いろんな韻の踏み方を研究してみても良いかもしれません。  ・・・実はこれだけだと、まだ”片手落ち”状態なので、次に書くことがあれば、どうして自分がラップをやろうと思ったのか、などを書いていければいいと思ってます。  ・・・ネタ記事にお付き合いありがとうございました。m(_ _)m   

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  • 30 Jul
    • 実際にマイクを持ってみないとわからないこともある。

      *最初に何のことか説明しておくと、全体的にラップの話です。  2005年にLibraRecordsのUMB(ULTIMATE MC BATTLE)が始まって・・・ 2010年に、実際にエントリーしてステージに立つまでは、自分は掲示板のUMBスレとか、ネット上での評判を「見るだけ」の人だった。 ・・・問題は、その情報だけで、その人の人間性とか、どんな人なのか、その人のバトルのレベルなど・・・まで、判断しようとしてしまったことだ。   2010年に、自分は初めてバトルに出た。さらに言うと、ステージ上でマイク持つのも、その時が生まれて初めてだった。  そして、粋がって、「自分なら勝てそうなんじゃないか?」とまで、考えてしまってもいた。  でも、実際は遥かに違った。  その時の自分は、マイクの使い方(というか、どうしたら声がちゃんとマイクに入るのか)すら、全然わかってなかった。  1回戦はビートが良かったためか、奇跡的に勝てたけど、2回戦(BEST16)でその時の準優勝者に、フルボッコにされて、完敗した。     完敗はしたけど、その後から、GHETTOなどの現場(クラブ)に通うようになった。  通う、と言っても、オールナイトのイベントに行くのが、当時の自分には難しかったので、デイタイムのイベントだけだったけど。  その中で、クラブの入り口で会話して、仲良くなれた人もいた。 サイファーとかもやった。入口前で、七輪持ってきて焼き鳥焼いてるという強者の人もいた。(もちろん自分も一緒に食べた。)  その時期から、MC松島さんにも会える機会があって・・・今でも自分の好きなアーティストの1人になった。(貼り付けたのは一番好きな曲。)    最近、フリースタイルダンジョンという番組に出演してる、R-指定さんも、ドイケンさん・KOPERUさんと”コッペパン”というクルーを組んでた時代に、札幌にいらっしゃることもあって、この2on2のバトルとかは、自分も現場で見ていた。    ここまで書いて、結局何が言いたいのかというと・・・・  実際にマイク持ってみたり、現場に行って、その人に実際に関わってみたりしないと、わからないこともたくさんあった、ということだ。   実はバトルにも、デビュー戦以降、何回か出場しているのだが・・・ 緊張のためか、ステージに立つ直前になると、毎回足が震える。 無意識のうちにガクガクしたり、足に微妙に血液が回らなくなるのか、足がつってしまうような感覚を覚えることもある。 これも、実際にマイクを持ってみないとわからないことだった。   ・・・最近はあまり現場には行ってない。 バトルを動画で見るのは好きだけど、自分はやっぱり、他人のことを理由もなしにDISることが出来ないなということにも気付いてしまったので、最近はバトルにも出てはいない。 (それでも出たくなったら出るかもしれないけど。来年以降かな・・・)   一度始めたら続けなきゃいけないということもない。止めたくなったら、いつでも止めたらいい。 まずは「気軽に体験してみる」というのも、大いに結構なことだと思う。 やってみて、実際にそこに関わってみて、結果としてどうか・・・自分で体感してみて、そこからわかることもたくさんあると思う。   実はパソコンを選ぶ時の話とも共通してる部分がある。 時々、「WindowsとMac、どっちがいいんですか?」という質問をされることがある。 自分の答え方としては、大まかにそれぞれの特徴(Windowsは手に入りやすく、Macはどちらかと言うとプロ仕様・・・とか)は答えはするんだけど、結局のところ、最終的には「自分が触ってみてどうなのか?」という結論になってしまうのが、正直なところである。  実際にお店に行くなりして、実際に触ってみないとわからない部分も、たくさんあったりする。 メーカーによって、操作性・キーボードの感触・重さ・形・色・・・いろんな部分が細かく違ってる。 その中で、一番自分に操作しやすそうなのはどれか?や、自分に必要な機能が入ってるのはどれか?などを見ていく。 結果として、その観点が、余分な費用を抑えることに役立つこともあるし。  「見てるだけ」でも、それで満足出来るんならいいだろうけど、実際にやってみた方が面白いことも、存在するのだけは、間違いなく事実であると、自分はそう考える。   ↓数年前にUMB出場した時の写真が、全国販売されてたDVDにも収録されてます。(今は売ってるのかな・・・?)この時は1回戦勝てたんだっけ。2回戦でボコボコにやられたけど。    

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  • 24 Jul
    • ”元いじめられっ子”は一生幸せになってはいけないのか?

      自分はずっと「一発逆転」を目指し続けていた。  幸せというものが自分の手元には存在してないと思い続けて、ずっと外の世界からの評価を求め続けてしまった。  今は、ずっと大昔に乗り越えていたはずの「他人からどう見られるのか」というトラップに引っかかってしまって、ちょうど弱点にもヒットしてしまったようで、動けなくなってる状態が続いてしまってる。   今までにも何度も言ってきたかもしれないが、中学~高校と自分はいじめを受けてきた。 それ以前に、家庭環境も、自分にとっては「幸せ」と言えるものではなかった。 (他人の家庭環境はどうかは知らないし、知り得ないのだが。)   ・・・自分のベースの部分にはずっと「不幸」が染みこんでしまっていて、幸せになろうとしている自分の足が引っ張られ続けてるような感覚を覚えることがある。  「こんな自分でも幸せになれるんだ」と、自分を変えたい・変えようとして、そのために、今思うと無謀過ぎる行動や発信をしてきてしまったんじゃないかと思う。  ・・・結果としては、”一瞬”だけ、何かしらやり遂げた”その瞬間”だけは、「幸せ」を感じることは出来た。  ・・・その後の事、特に「自分に対してどういう評判が立つのか」までは考えてなかった、というか予防策を講じるという発想が無かった。   最近は、いじめられてた時の自分を思い出してしまうことが多々ある。  自分を守るために、何も行動を起こすことも出来ず、その場で怒りとかの感情を出したとしても、それが相手に認知出来る訳もなく、ただ「いかに対象の相手を茶化して、自分が”快楽”を感じるのか」にしか、焦点が当たってないことが、当時からよくわかってた。  ・・・ネット上でこのように発信してきた中でも、そういう雰囲気を感じ出してしまってからは、なかなか動けなくなっている。  良かれと思ってやろうとしたチャリティ企画でさえ、結局はその雰囲気を感じてしまってからは、続けることが難しくなってしまった。   自分自身に問題がないのかというと、そうではない部分も多少はある。  世の中の全ての人に、正当性とかを持って、認められようとし過ぎてたのかもしれない。  どんなに自分が労力を費やそうと、決して頑なに理解しない人は、理解することは出来ない。    ただ、それでも、過去にどんなことがあったとしても、どんなものを抱えていたとしても、人間は幸せになれるし、幸せに生きられるはずなんだ・・・と、自分は今だに信じ続けている。  「諦められない」「諦めきれない」というのが正確なところかも知れない。  何か不足してると感じるものがあるんだったら、誰か他の人を頼ってでも、それを補えばいい。  何も理由が無くても、必要なら誰かに助けてもらっていい。   ・・・たとえ、今後一生、誰にも見向きもされなかったとしても、目の前の人に対してだけは、こういうことを伝え続けたい。  この世界で自分に出来る事は、さほど多くもないし、大きくも無いかもしれない。  だからこそ、目の前の人や近くにいる人と、自分は幸せを共有していきたいし、もっと何かしら関わっていきたい。  辛い時には無理して1人になろうとしなくていいんだ。  過去にどんなものを抱えていたとしても、今から幸せに生きていって、それで大丈夫なんだ。  

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  • 14 Jul
    • 「ネット」や「その中での批判」とかについての、自分なりの仮説。

      いきなり言ってしまうけど、「ネット」の世界は必ずしも、全てが”安全”とは限らない。  精一杯”自己開示”とかしてみたり、その人自身が勇気を出して行動に起こしてみたことだって、心ない人たちによって、「批判」や「からかい」などにさらされてしまうことは、自分に対しても含め、往々にある。  そして、「ネット」の世界は”完璧”でもないし、ネットを使ってるからと言って、「全て認知されている」とも限らない。 ネット上では広まってるように感じたことであっても、意外と「リアル」の世界では、それを全く知らないという人もたくさんいたりする。   ネット上の中でも、「発信する側」と、「発信を見て、それを”評価”(もしくは批判)する側」に、乱暴に見ると、その2つに分かれてしまってるような気もしてる。 その2つにも、あまりにも大きな隔たりがあり過ぎて、どうしたら良いのだろうか?とずっと考えていた。 「発信する側」が何らかの批判を受けたとしても、「それを無視しましょう」「気にしない」としか、言うことが無くなってしまってるような気もするのだ。 そして、それによって発信活動をする勇気を無くしてしまったり(自分も含め)、いざという時に自分で行動を起こすことが出来なくなってる人が、世の中にあまりにも多くなってしまってるような気もするのだ。   「批判する人」にも、何らかのその人の事情はあるのかもしれない。 それは自分にもわかる。 ・・・・ただ、それによって、「発信して目立ってる人」を、”自分の基準””こうするべき”に合わないとして、罵詈雑言をぶつけても良いことには、決してならないはずだ。   「発信する側」の人が増えていけば良いのだろうか? 確かに”そっち側”の人が増えれば、やりやすくもなるし、仲間も出来やすくなるのだろうが・・・ メリットだけになるとは思えない。そして「どうしても無理」という人もいて、必然的に「見たり」「批判したり」する人も、それでは”消えない”と思う。  自分が実現させたいのは「互いに尊重出来る環境を作ること」だ。「発信する側」も、「発信しない側」も。 別にただ見てるだけでもいいし、もしどこかで共感出来ることがあれば、その時はシェアとかしてくれればいい。  あとは・・・先日にFacebookでシェアしたみたいに、「安全な場」を用意して、その中で自分の話をスピーチしてもらうというのもアリかもしれないと思ってる。  「安全な場」とは、決して個人情報や秘密とかが漏れないで、決してその人が「批判」されたりすることがないような場だ。 これは、カウンセリングやセラピー関係の、セミナーやワークショップなどで、”ルール””約束”などとして設定されてることも多いと思う。  何かグループとかを作ったりして、そのグループから抜けた人が出たとして、その抜けた人の個人情報や秘密を、抜けた瞬間にSNS等で暴露したり・・・そういうことをしてる人は、自分は実際に何人も見てきてしまったのだけど、そういったことは「常識的に考えて」、「普通の頭や感覚を持っていれば」、決して間違っても”やろう”とは思わないはずだし、あってはならないことだと思う。 (自分的にはどちらもあまり使いたくないフレーズなのだが・・・)  今書いてること全ては、自分自身が小学校後半~高校にかけて、ずっと”いじめ”を受けて来てしまった影響も強く出てしまってるのかもしれないけど・・・  それでも、法律的に”明確な違反行為”がある訳でもないことに対してまで、その人の”考え”にそぐわないからと言って、その人がただ”ストレス”を抱えていたからと言って、「集団リンチにしか見えない”批判”」「それが殺到することによる”炎上”」が発生していいはずではないと、自分は考える。   ・・・”考え”とかに合わないからと言って、「集団リンチ」して良い訳ないだろ。単純に考えて。 個人対個人だけじゃなくて、「特定の個人が発した考え方」に対しても、「リンチ的な批判」が発生することもあって、自分はそれは絶対に許さない。   そして、その抱えてしまってる「不満」は、果たして本当に「その人にぶつけさえすれば」スッキリするのか? ・・・他に、本当に言いたいことがあるんじゃないか?”本当に言うべき人”に対して。   際どいことばかり書いてしまったかもですが、ブログ上では誰ともコミュニケーションを取る気はないので、コメント欄・メッセージは全て封鎖しております。m(_ _)m  

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      テーマ:
  • 09 Jul
    • 身体を動かすのか、頭を動かすのか。

      *本題の前に、少しお知らせを。  ①先日お会いした方へ。「名刺の裏に書いてあるアドレス」のブログを復活させてます。(ブログのアドレス変えたと言いましたが、今日先ほど、そのURLを取り直しました。) いろいろと更新情報は当面、FBの個人ページに流そうと思います。  ②このブログ、「いいね」だけは復活させました。(コメント・メッセージは・・・まだ全てを受け付けてられるほど、自分は強くなれてない。) 「いいね」を止めてたのは、自分に対して快く思ってない”アメブロユーザー(つまり、ここで「いいね」を押せる人)”が、わざわざ自分のブログに対して「いいね」を押してきて、その人のブログの内容を見てしまって、激しく苛立ってしまったことがあったから。 次にまたそういうことがあったら、再度「いいね」は停止して、ひたすら”一方通行”で書いていきます。  ③このブログ自体の”書き方”というか、”テーマ””スタンス”みたいなのは、昨日書いた通りの感じで行きたいと思ってます。 ・・・「ブログ」自体をテーマ別に分けて、3つのブログを運営して、書くことにしようかな、と・・・。 ここは別に、何かやるときは、お知らせとかはするかもしれませんが、特に「収益目的」とかそういうのは全く無いので。   (本題が異様に短くなりそうだな・・・)   「働く」という言葉を聞いた時。  ある人は「身体を動かす」=「働く」ということを想像するかもしれない。  また、別なある人は「頭を動かす」=「働く」と考えるのかもしれない。  人によって、全く定義が違う以上、下手に言葉をぶつけたりとかすると、「押し付け」と取られてしまうことだってあるかもしれない。  自分たちに必要なのは、「その人が何を得意としてるのか」を”見極める”、その力というか”目”のような気がしてる。 

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      テーマ:
  • 07 Jul
    • ブログって、いったい何のために書くのだろうか?

      試しにアメブロを再稼働してみる。(まだ、気分次第で続けるかどうか・・・の段階だが)  ・・・一時期、あれだけ書きまくってたFacebookでさえ、全く投稿出来なくなったことがあった。  いったい自分は何のために発信を続けてきたのだろうか?  某掲示板の”ウォッチ対象”になって、自分が真剣に考えて実行しようとしたことでさえ(チャリティやろうとしたんだけど)、「揚げ足取り」の対象になったりもして、”批判(というか、完全に誹謗中傷)”が公開してたフォームを通じて、何件も届いたりもして・・・ (実際に送ったのが何人かは知らないが、少なくとも5件以上は届いた。)  ・・・・正直、これがあって、完全に心が折れてしまった。   そこから、Facebookを含めた発信を控えるようになって・・・自分はいろいろと考えてた。  確かに、法律に反してないとはいえ、「世間一般が良かれとすること」から外れて、「おかしいだろ」と言われても仕方のないことを、自分はしてきたのかもしれない。 「普通じゃない」「ぶっ飛んでる」ことをウリにしようとし過ぎてたのかもしれない。  ・・・ただ、その中で自分が求めていたことは、その当時の自分が必要としていたり、心から求めていたりしたものだったかもしれないのも事実で。(ただ、それは自分の中にある”不足感”から出てきてしまったもので。)   その後で、最近になってようやく、「自分自身が本当に求めていたもの」に対して、”率直な行動”を起こせるようになったと思ってる。  (それは「人と”時間”を共有すること」だったり、「信頼しあうこと」だったり。)  Facebook・Twitterだけだけど、少しずつ発信も再開し始めた。(それでも、まだビビりながらだけど。)   ただし、今の自分にはもう「ぶっ飛んだこと」「世間一般から外れたこと」をやり続ける必要はなくなった。  (”生活環境”というか、”生き方”とかは、まだ「ぶっ飛んでる」のかもしれないけど。そんなに「過激なこと」はするのは、もう求めることもなくなった。) (今はひたすら、「平和に」「地道に信頼を積み重ねていく」という感じ・・・)    これからも、ひたすら自分と向き合い続けながら、自分なりに幸せに生きていこうと思ってます。m(_ _)m

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プロフィール

八日市屋智史(ようかいちやさとし)

性別:
男性
誕生日:
1989年04月02日8時半
血液型:
AB型
お住まいの地域:
北海道
自己紹介:
旅するデジタルアーティスト。 東京生まれ・北海道在住。

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