小学校に入学するにあたって、「わが子に向いた環境」を考えていったほうがいい、つまり環境調整をしたほうがいい、というのはこのブログでよく書くことです。


中学や高校とは違い、小学校は


「幼稚園あがりの6歳、もしかしたらスキルが低い部分は発達年齢が3歳や4歳かも?」


という発達具合に遅れがあり、同級生と同じように世間の荒波に入り込んでサバイバルしていける基礎力に欠ける未熟な状態の子が入っていく所であり、しかも保育園や幼稚園とは格段に違う環境であり、学業や行事などマルチタスクがたくさん山積みにされているハードルの高い集団社会であるので、最初はできるだけ、いきなりくじけて玉砕しなくてすむように・・・とハードルを低く、低く構えていくのが私たちの親族のスタンスになっています。


この環境調整を説明するときに難しいのは、私たち非定型の人間が「定型の集団社会」に対して不満や敵意があるのではないか、子供のことを低く見積もりすぎではないか、過剰に心配しすぎではないか、と解釈されることです。これは学校関係者や定型の保護者の方と話すときに気を付けないといけない点として考えています。


非定型である子供の立場に寄り添いすぎるために、学校の先生方と話すときに、例えば普通級の環境ではやっていけないから支援級を希望する、という場合の理由をあれこれと具体的に説明する場合においても、例えば子供が



・ おちつかない入学したての同級生たちが授業で大声で話したり、立ち歩いたりするとマネをして、つられて不適切言動をするようになる、また自分のやりたいことに気持ちが強く向くため授業に関係のない言動をする可能性が高い(つまり授業妨害をする可能性が高い)



ということを説明したとします。定型の側からすると、それは未熟な子供なら入学当初であればだれでもする可能性のあることであり、非定型や定型だからと言えない。学校側できちんと指導していきます、信頼していただかないと困ります、心配しすぎです、と言われる場合もあります。幼稚園での環境調整がうまくいき、落ち着いていて問題がないという報告が小学校に上がっている場合は特にこうした事を言われがちです。


そして、一つ間違えば、「立ち歩く同級生がいるからうちの子は刺激されて悪い行動を取るから、支援級に隔離したい」という風に考えられてしまい、


「それこそ、集団でして良いこと、悪い事は伝えていきますので、もまれてみんなで学んでいくものです」と先生から叱られてしまう場合だってありました。



ですが、一つの視点がそこには抜けていて、


非定型の子は、定型の子とは違う思考回路があり、それゆえ定型の子達ができる自然な学びが身につかないという傾向が強いケースが多々あります。そこは医師や心理士に書面で特性の説明をなるべく素人が読んでもわかるように書いていただいて用意しておき、「なぜ普通級でもまれながら、先生の指導を受けても、なおかつそれでは我が子にのみ無理なのか」を的確に説明できるようにしておく必要がありました。



よくこちらのブログで書いているように、定型集団のベテラン先生は定型の子供たちのプロの先生であり、発達障害の子供たちの指導に慣れたプロ先生ではないことが多いと私たち親族は感じています。そのため、発達障害の子供の「指導のあとに子供が取る行動」についてもあまりご存じではありません。ですから、可能であれば専門家による特性の説明書と、親から具体例を口頭で説明していく、という作業が必要になることが多いです。


説明の例ですが、



定型のお子さんはスタート時点では未熟で悪い言動もすることがある。けれど先生の指導やお叱りで「してはいけないこと」と理解してすぐに修正をかけて正しい言動をしないといけないのだ、と意識することができる。


ですがわが子は定型のお子さんとは違い、注意されても「してはいけないこと」とすぐに意識できる力が弱く、伝えられたことを本当の意味で行動修正にまで持っていけるまでに定型の何十倍の時間がかかります。これは家庭でしつけをする際にも、一つのことをしつけるのに数か月かかったり、時には何年も継続して指導する必要があったりします。


また、注意され、時間がたてば、日数が過ぎれば成長してしなくなるのではなく、感覚刺激に弱く、面白い、やりたいと感じたら衝動性が乳幼児並みに強いため、周りが見えなくなりさっと言動してしまいます。それが立ち歩きにつられるということであり、定型のお子さんが悪い見本をしたから悪いということでは全くなく、たまたまそれが刺激となって自らたち歩いただけであり、それを快適と感じれば、周囲のお子さんが全員座れるようになっても「疲れた」「気分よくしよう」と思うと、強い欲求のままに立ち歩いてしまうのが現実です。


そして、定型の子達が次々と正しい行動を取れるようになり、立ち歩きがおさまっても、わが子だけは理解力がまだまだ弱いため、一人だけ立ち歩きを続けることになります。そうして「一人だけ注意を受ける」ことになると、叱られたことの意味を理解する以前に「一人だけ叱られた」とか「先生が怖い」というように自分への攻撃がある、という部分だけを敏感に感じ取り、パニックになったり、泣いたり、逃げ出したり、時には怒り出したりという「自分だけがなぜ、叱られているのか」を理解できずに取ってしまう不適切言動が出る可能性があります。ここが、定型集団の先生では思いも及ばない「自閉的な思考回路からくる反応」であるわけです。


我が子は、障害として今現在は


・ 先生の一斉指導、注意をはっきりと理解して、間違いを自らただすという行動を、他の子が当たり前にできる中、まだ現時点では発達に凸凹がある状態でありできない


・ 他のお子さんが乳幼児期の衝動性を理性でコントロールできる時期になりますが、わが子はまだその部分は発達が遅れており、衝動性が強い状態です。そのため刺激に反応して授業とは関係ない言動をする可能性が高い


・ 注意されたり指摘されると、定型の子供は自分の言動を鑑みてしまったと察知し、正しい行動を取ろうとしますが、わが子は仮に自分だけ毎回指摘されたり叱られたりすると、なぜ指導されるのかを理解する力は弱いですが「自分は何か叱られている」ということはわかるため、乳幼児のように感情的になり、パニックを起こしたり、泣いたり逃げ出したり、怒りまくって周囲に迷惑をかける可能性もあります。また、同級生から同様の指摘を受けた時にもパニックをしたり怒ったりする可能性もあるということです。



そのため、衝動性をコントロールする理性の部分をもう少し育てて、指導されている内容、言われている内容を理解できる力がつくまでは、支援級で過ごすことが本人にとっても、また学習という要素がとても大事になってくる小学校においては同級生にとってもベターではないかと考えています。



という風に、できるだけ詳しく「個人的な事情」を赤裸々に具体的に話しておくようにしています。これにより、発達障害の子供のことがあまりわからず、定型の子が少し問題を抱えている程度の子供だろうと思っておられる状態から、発達障害の子は、定型の子とは違う発達状況にあり、それゆえやらせようとしてもできないことが「入学したての時期は」あり、また指導すればわかる・できるという次元のものではないのだな、と悟っていただけるのがいつものパターンです。



ここまで話をしておくと、校長や支援級の先生とは入学後の目標や指導方法についての話へ進むことも多く、またあまり先生の転出や移動がなかった場合などではこの時の会話が生きてきて、交流の際にどうしたフォローが発達障害の子には必要か、というのを「定型の子でちょっと困った問題をかかえている子」という認識ではなく「非定型の子」として考えてくださることが多いです。



先生がよくされる大きな誤解は、ほとんどの場合、私たちが


「この子が定型の子達と交わると悪い影響を受ける」とか


「先生の指導が知識がなくて悪い」とか


「とにかく、自分の子はダメダメなのでたくさん支援してほしい」とか


なんというか、定型の子供たちや先生、支援体制に批判的であったり、悪いものにしたり、不満を持っているのではと勘ぐってこられることが多いです。そうではなく、発達障害の子の「特性」というないものにできない部分をどうにかして、小学校という環境で子供と周囲の子供たちと、そこにいる教員の方々が平和で良い関係性で共存できるかを追求していくのが一番だろうと思っていることを伝えます。


未熟な子どもの騒々しさや荒々しさ、残酷さは定型も非定型もなく持つ可能性のあるものであり、それ自体が悪ではなく、「その場にいるわが子は特性上、どう考えて動くか」という、習性そのものを問題として考えているのであり、また注意し指導していただく先生や大人の言動を、これまたどういう思考でとらえて反応するか、という子ども独自の習性を考えてみるのです。定型の子は、ある意味どんな環境でも友人を作り支えあったり、先生に自ら相談したり、兄弟姉妹に聞いてまねたりと自己サバイバル能力を発揮して乗り越え成長していくので苦労を努力で健全に乗り越えていきます。一方、私たちの親族の子達は、苦労を感情的に受け、疲弊して停滞したり後退したりすることが多いのです。



学校の、ある環境が自分の子には向かない、良くない、というのは「そこにいる子達が悪い、その場を指導している先生が悪い」という意味ではなく、「我が子にのみ、その思考回路と習性から好ましくない反応や後退をしてしまうので、望ましくない」ため、「定型の子達が見せるような成長を、わが子も後退ではなく成長していける方向へ導くために、よりこの子のに向いた場所を見つける」という意味合いです。



環境調整と定型社会、発達障害の子の特性について書いてみました。




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