この記事のテーマは「親・支援者の課題」としました。


私たちの親族は、家庭で夫婦で子供のしつけや教育に対する方針を決めてそれを社会でも実行していくために、学校の方針と合わずに説明に苦慮することがあります。今回、都心に住まう家族が2か月かかって、ようやく理解を得られたので、そのストーリーを書こうかなと思います。



この親族の子供は新一年生です。公立の普通級となりました。支援級希望でしたが、WISCでIQが高めに出てしまい、この地域の決まりでは支援級に入れないということで、親は困ったのですが、入れないものは入れないので仕方がありません。


ですが集団社会で、ごく一般的な新1年生が取れる「集団行動、ルール」というものをまだ身につけられていない段階でした。自閉度が高く、まだ外に目を向けていく成長度合いがかなり遅く、そのため夫婦で「こういう事態になった時には、こういう風に対応しよう」と決めておくことになりました。


入学早々、親の予想したように、少人数の加配が付いた幼稚園とは違い、大集団で、システム化してなるべく先生の手間がかからないように統率をしていく小学校では組織の形も全く違い、大人と子供の接触程度も少なく、そのために求められる子供の自立度も格段に上がります。


一般的な小学生は多少無理してでもそれを会得して、数日もしくは数週間で大人数の生活に慣れます。ですが親族の子供は、いくら頭脳がIQ120に近くても、意識の育ちが遅いため、まだまだ自分の内側にしか目が向いておらず、頭の中で生活している状況です。そうするとどうなるか、ですが・・・


まず、座っている状態で何か頭で思うことがあると、それを実行しに席を立ってやろうとします。鳥が鳴けばそれを確認しようとしますし、ロッカーに置いたものを「今使いたい」と思えば取りに行きます。鉛筆を触って手が汚れれば、すぐに手を洗いに教室を出てしまいます。


初日から付き添った親は、それを確認して「支援級でゆっくりと、普通級の状態を子供の目で確認させながら、集団というものの理解を促していきたかったけど・・・これでは誤学習だけが積み重なっていく」と感じ、翌日から対応を変えました。


登校2日目、席を立った時点で「全員が座る」絵を見せて、座らないといけないと伝えます。それを嫌がるそぶりを見せたら、いったん教室の外に出します。その上で「この部屋では、座らないといけない時間が45分続きます」と時計や絵、スケジュールを見せながら粘り強く説明しました。理解していないように見えますが、一回で理解できないからと言ってあきらめていては、この先何か月も「わからないまま」席を立ってうろうろしてしまいます。


それを、3日、4日と続けました。


担任の先生や校長先生は、あまりに途中退席が多く、教室に入れない状態が続いたため、「あまりに厳しいのではないですか。新一年生ですから、最初は立ち歩いても仕方がない。長い目で見守ればいいのでは」と親に教室での立ち歩きをしばらく許そうと何度も持ち掛けていました。ですが親は、


「この子は『しばらく見守る』が通用しません。今していいことは、この先もずっとしていいと思い続けます。いつかやれるようになるだろう、というのはもう少しこの子の意識が成長してからでないと、今はまだまだ難しいです。与えられたルールをきちんと身に着けるように指導されれば理解することはできますが、『いつか自分でそのルールに気が付いて守るようになるだろう』という定型の子供の自主的な学びは、まだできない成長度合いです。その遅れがこの子の障害です」


と説明して、先生方の理解を求めました。ですが、なかなか「親が意固地すぎる」「子供はもっとおおらかにみてあげないと」とかわるがわる、アドバイスされる毎日でした。


ですが、親として、幼稚園で積み重ねてきた子供の力というのを知っていますし、また誤学習した時の「修正がなかなかできずに、逆に混乱させてパニックに陥るつらさ」というのも理解しています。ある日突然だめだと言われたり、「そろそろできるようになろう」と突然、大人から「今までしてきたのはダメなこと、これからは正しくやろう」と言われるその節目は理解できないのです。「今だけを生きている」子供にとって、これまでのパターンを大きく変えようとはしないですし、変えられそうになると混乱して大パニックを起こします。


だからこそ、最初から「ここはこういうルールだ」と教えてあげることが、その先何年も安心して過ごせるということになるんですよね。


親の主張が理解されはじめたのは、学校がはじまって3週間目ぐらいからです。いつものように立ち歩きをはじめてすぐに、親が「今は座るときです」と絵カードと時計の「今の時間」と「歩いていい休み時間」の絵カードを見せると、席に戻って座るようになりました。教室から出て、説明をしないといけないようなケースがどんどん減ってきたわけです。ルールがその子の頭の中に入り始めた証拠です。


親の粘り強いルールの説明を続けた結果、約1か月で、今度は立ち歩きそうになったその子に先生が「今は座る時間です」のカードをちらっとみせるだけで、席にきちんと座りました。入学当初はふらふらとして、全く人の話を聞いているようにも見えず、自分ワールド全開でおかしな行動をとっていた子が、「今はこの時間」「今はこれをします」という指示を出すと、きちんとできるようになったのでした。


それで先生方の対応が変わりました。親が、立ち歩き意外にもトイレに行くタイミングや、体操服に着替える時の手順、ロッカーの使い方、椅子と机の向きが斜めになったり大幅にずれないようにする方法(床にカラーテープで正しい位置に机と椅子を置くように目印をつけています)、ノートをとる時の先生の合図の受け方など、一つ一つ、


「自分で、この教室で、みんなと同じルールで、過ごすことができる方法」を身に着けていきました。毎日、毎日、1時間目、2時間目、3時間目・・・とずっと粘り強く続けるのです。定型の子がすっとできることを、一人だけ教室の一番後ろの端っこの席で、親に指導されながら、毎日、毎日、同じことを繰り返しながら、やっと2か月かけてマスターしたのでした。


「今日から親の付き添いを1時限目だけにして様子を見ます」と先生と話し合い、独り立ちしましたが、その日からちゃんとできました。


「与えられたルールをきちんと身に着けるように指導されれば理解することはできます」



というのは、こんなに手間も時間もかかることなんですね・・・でも、きちんとできるようになるんですね。と、先生に言われたそうです。それが、発達障害の子供の乳幼児期、児童期の特徴です。大変なのはこの2か月だけで、あとは親が付き添わなくても、学校中で最初に親が2か月で導入したルールづけに従って、自分の理解できる範囲で自立してやっていけます。


休み時間にトイレにいくこと、自分で机の中に入れておいた1日のスケジュールを示した絵カードをひっくりかえして、「トイレすみました」の状態にすることができます。帰る時の「持って帰るもの」の絵を見ながら、自分でロッカーや机から本やノートを出して、ランドセルに入れることができます。


全部、パターン化して、自分でやることルールとして苦労して2か月かけて覚えたからこそ、これから5年と10か月は、親の手を必要とせずただそれが「やるべきこと」「ルール」として、自分でできるのです。


6月はずっと、一人で学校ですごしています。立ち歩きゼロです。障害特性があるからこそ、ルールや方法を身に着けると、それを逸脱しようとは自分からはしなくなる傾向があるからでしょう。特にこの子はその特徴が強いです。


これから、また補足して新しいルールを身に着けていくことはもちろんあります。その時はまた親の出番が来るでしょうが、心身が成長してくると、今度はそれを先生や他人が伝えても「聞ける」ようになってきます。いつまでも「親じゃないと教えられない」子供のままでいるわけでもないです。毎日同じパターンで席に座り、みんなと同じことをすることで、確かに学んでいくことも多いのですよね。ですがそれは、こうして「心身共に落ち着いて過ごせるから」意識が外に向く余裕ができ、興味が芽生え、意識が育っていくのです。


これからの成長が楽しみだ、と先生もおっしゃってくれるようになりました。クラスのお友達も、入学当初の姿を知っているだけに、今のこの子の落ち着きぶりに安心し、それまでにしつこいほど同じことを言い続ける親と頑張っていた事にも一目置いてくれたようです。休み時間に話しかけてくれたり、大好きな恐竜の絵本を一緒に見たりしてくれているようです。


親はぬきうちで時々、様子を見に行っています。そうしなくても、担任の先生や主任の先生、校長先生から電話や連絡帳で「今日も何事もなくいつものようにやれていました」という報告をくださるようになっています。学校と家庭の良い関係も築けたようです。


発達障害の子供の理解というのは、話して伝えるだけではなかなかしてもらえないことが多いです。ですが、こうして親が子供に家で毎日しているようなことを学校でもやってみせることで、「ああ、こういう風にこのお子さんには対応していけば、こんな風に大丈夫なんだ」と、子供を安定させられる良い方法を見て知ってくださることがあります。


また親が一番この子供のことを知っているのだという圧倒的な経験値も評価してくださり、わからないことがあると「次に~という行事を予定しているんですが、どういう風にしていけばいいですか」と相談がくるようにもなります。定型の子供のように見守っていればじきに安定していくる、という順番ではなく、非定型の子供は最初に手間をかければ、あとでゆっくり見守るだけになる、というパターンの違い、育児やしつけの大きな違いも理解していただけたことでしょう。


学校も、やりやすい方法が理解できれば、それでやっていこうと思ってくれるものなのです。最終的には、子供がおちついて小学校生活というものを送れる安定期がやってきて、先生や親もそこそこ安心して「見守れる」ようになりました。


似たタイプのお子さんがいて、今現在まさに学校生活で困ったことになっている場合は、こういう方法で落ち着いた生活を送れるようになるかもしれません、という1例として参考になればと思います。




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