2017-03-23 03:04:15

クェゼリン慰霊の旅・7

テーマ:ブログ

(承前)

 

 ポンペイ国際空港の待合室は、いくつかの棟に分かれており、無機質で粗雑な雰囲気のメインのロビーと、奥のゆったりしたログハウス風のロビー、そして独立した喫茶室があった。喫茶室には、民芸品や手作り弁当、スナック菓子、カップラーメンなどが売られていた。ある旅人は、カップラーメンにポットからお湯を注ぎ、ある旅人は、椅子に座って荷物を降ろし、ペットボトルの水を飲んでいた。

 約1時間、特に何もすることがなく、僕らはこのターミナル・ビルで待機し、また同じ飛行機に乗り込んだ。

 

 

 離陸すると、ポンペイ島は美しいサンゴ礁に囲まれている「裾礁」であることが分かった。何万年も経つとこの島は海底へと沈んでいき、チューク諸島のように「堡礁」になり、やがて、美しいまでの完璧な「環礁」になるのだ・・・。僕の死んだずっとずっと後に・・・。

 ・・・僕は、池澤夏樹の詩集『塩の道』の「環礁」の一節を思い出していた――「沈船は身の内に錆を養うばかり 船艙の暗い一隅にまんまとかくれて ゆっくり揺れている幸福な死体・・・」。・・・いったい、死体の主は何者なのか・・・。文明によって殺された島民なのか、それとも死んだ日本兵か・・・。なぜ、死体は幸福なのか・・・。幸福なまま死んだのか・・・。それとも、現在の状態が幸福なのか・・・。まさか、平穏な海底に溺れる死体は、魚と共に、夢を永遠に見続けるとでもいうのだろうか・・・。揺れている。揺れている・・・。

 ・・・僕はまた、1時間の深い眠りに入ったようだった。

 

 

 ・・・どちらにしても、ここでたくさんの人が死んだことは間違いない。

 日本による委任統治の時代を経て、太平洋戦争がはじまると、「チューク諸島」「ポンペイ島」「コスラエ島」「ヤップ島」といったミクロネシアの島々に、「植民地防衛」のため、日本兵がたくさん送り込まれた。そしてそれは、「本土防衛」に直接繋がるものだった。ここが落ちれば、次は本土が攻められる・・・。だから、彼らは与えられた島を、ぜったいに死守しなければならなかった。彼らが公に発言するとすれば、「神の国」を穢されることは許されなかった・・・と言うだろうし、ごく個人的に語れば、ふるさとの父母を、この手にかけて、どうしても護らなければならなかったのである。

 

 両軍初の陸上戦となった「ガダルカナル」に勝利したアメリカ軍は、二手に分かれて、いよいよ日本本土を目指す。一方は、パプアニューギニアからフィリピンを辿る左回りの北上ルート。もう一方は、ギルバート諸島から島伝いにマーシャル諸島・ミクロネシアと辿り、グアム・サイパンを目指す右回りの北上ルート。

 中部太平洋を横断する右回りの北上ルートは、「飛び石作戦」という戦法がとられた。(奇しくもこの作戦は、グアム・ハワイ間を往復する便と同じく、アメリカ軍に「アイランド・ホッパー」と呼ばれている。)この作戦は、それぞれの島をしらみつぶしに攻撃するのではなく、ある時は素通りして、兵力を温存する形で軍を先へ進められた。

 ・・・しかし、これには日本軍は、拍子抜けだった。ミクロネシアの各島を死守すべく、島を堅固に要塞化して、敵を待ち構えていたのである。アメリカ軍の圧倒的な艦砲射撃、陸上部隊上陸時の激しい水際作戦、そして洞窟やトーチカを利用した日本軍の得意とする持久戦・・・を覚悟し、それに備えていたからだ。

 アメリカ軍は、この作戦によって無駄に戦力を消耗することなく、グアム・サイパンを最短で目指したのである。

 

 ミクロネシア地域は、ほとんど地上戦が行われなかったそうだ。その代わり、圧倒的なアメリカの航空戦力をもって、激しい空襲が行われた。トラック島にも、ポナペ島にも、クサイ島にも・・・。

 この戦いで、日本の輸送船は、アメリカ軍の潜水艦や航空戦力によって、次々と撃沈された。これによって、島に駐留していた日本兵は、完全に食糧や物資の輸送を遮断されてしまう。こうして、ほかの島から完全に孤立した彼らの多くは、終戦を待たず、餓死することとなってしまったという。

 ・・・いまでも、島の周りには爆撃を受けた多くの船(軍艦はもちろんのこと民間の輸送船も)が沈没したままになっており、戦車や高射砲は、それを操る主を失ってそのまま山に放置され、軍服や銃を身につけた遺骨は、ジャングルに置き去りになっている・・・。・・・僕は、『TIO’S ISLAND』(写真:竹沢うるま、物語:池澤夏樹)の「海の向こうに帰った兵士たち」を読み返す度に、彼らの想い――還りたかったけど、還れなかった・・・――を、けっして忘れてはいけない・・・と、改めてこころに刻み直すのである。

 

 ・・・またもや、大きなバウンドの衝撃と急ブレーキに叩き起こされた。もうそれは、驚きや恐怖や疑問を通り越して、僕らの日常になっていた。きっと、パイロットは、とても優秀なのだ。彼は雨の日も風の日も、週に3回もここを往復しているのだから・・・。・・・いや、これは、一種の儀式に違いない。この衝撃の洗礼を受けることなしに、外部からの侵入者が、島へ入ることは許されないのだろう。・・・僕らはこの衝撃とともに、この島のことを深く記憶する。・・・そう考えれば、この儀式も悪くないと思えてくる。

 窓の外を見ると、切り立った山が霧をまとって頭を覗かせており、それによって、島の神秘的な雰囲気が演出されていた。

 ミクロネシア連邦「コスラエ島」(旧称「クサイ島」)の「コスラエ国際空港」に降り立った。僕らは例によって、手荷物をもって飛行機を降りた。

 

 

 朱色の二段屋根を真ん中に一段屋根が左右に対をなす小さなターミナル・ビルへと向かった。近づいてみると、二段屋根の建物には壁がなく、空港の外から入れる総合ロビーになっているのだろう。そこで、島の子どもたちが色とりどりのTシャツをきて、こちらを見ていた。幾人かの子どもたちは、コンクリートの仕切り壁の上に元気に座っていて、ビーチ・サンダルをブラブラしている。そして、めいめいにこちらに手を振ったり、笑ったり、友だちとおしゃべりしたり、まるで、お祭りのような賑わいだった。

 ・・・彼らが待っているのは、一体誰だろう。島に還ってくる人、島を離れる人、そして通過するだけの旅人たち・・・。

 

 

 そういえば、飛行機の中で、ひとつ気になったことがある。・・・ミクロネシア人と思われる人びとが、頭に「花冠」をのせていたのだ。男も女も、老いも若きも一様に・・・。

 草花の種類や組み合わせ、そして編み方など、それぞれ個性があり、それらは、本当に美しいものだった。きっと家族や村人たちから、「はなむけ」として贈られたものなのだろう。彼らは花冠を、とても誇らしく頭にのせている。・・・けれど、それを機内で被っていると、本当は厄介であろう。まず、座席の背もたれに、頭をもたれさせることができないし、茎や葉っぱなどですこしチクチクして、時おり頭を掻いたりもしている。しかし、それでも彼らは、花冠を取らずにいる。

 

 ・・・僕は、機内で花冠を大切に被っている島民の様子と、空港で大切な人を見送ったり、そして、今か今かと還りを待ちかまえたりしている子どもたちの嬉しそうな笑顔が、重なって思えてきた。彼らは、同じ気持ちを共有しているのだろう・・・。

 ・・・島では、人は、自らの自由や個人的な幸福を追求する一個人である前に、家族や集落といった共同体の一部として生きているのだろう。共同体では、個人の幸福よりも、全体の幸福が優先される。共同体における全体の幸福とは、共同体の維持と繁栄である。その共同体の意志が、世界とどのような関係をもってくるのか・・・ということになると、とても複雑になってくるが、単に、島の共同体そのものを見たならば、僕たち現代人が忘れかけている生活が、まだここにある・・・と言えるだろう。

 かつて、ここにやってきた日本人も、彼らと同じだったと思うのだ。だから、彼らは、ふるさとに還らなければならなかった。・・・なぜ、いまも、海の中で死体がゆらゆら揺れていなければならないのか・・・。なぜ、いまも、ジャングルの中を魂がさまよい続けていなければならないのか・・・。

 

 コスラエ国際空港の待合室は、これまでの空港以上に小さく、簡素だった。・・・僕は待合室の売店へ急いだ。コスラエの名物「タンジェリン」を食べてみたかったからだ。

 しかし、売店には、赤い布の上に、平べったい形や餃子の形をしたパイ包みのお菓子、饅頭やかりんとうのような手作りお菓子が並んでいるだけだった。僕は、花飾りを頭につけた売店の女性に聞いてみようと思ったが、先客であるパイロットも、財布を片手にとても残念がっている・・・。優秀なアメリカ人パイロットも手に入れることができないのだから、仕方がない・・・。

 お菓子の並んだテーブルの下のブリキのゴミ箱に目をやると、食べ残しの緑色の皮が捨てられていた。「タンジェリン」とは、緑色の皮をした「みかん」のことで、委任統治時代に、なんと、鹿児島の人が持ち込んだものだそうだ。皮がゴミ箱に捨てられているということは・・・、帰りにもう一度、チャンスがある・・・。

 

 

・・・つづく・・・

 

by.初谷敬史

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