一年を振り返って | 孤独な音楽家の夢想

一年を振り返って

 今年のビッグニュースは、何と言っても、「夢の車」を買ったことだろう。

 正月に突然思い立って、即、購入。そして、オペラ「Jr.バタフライ」の富山・東京公演を無事に終えて、晴れて納車となった。

 夢にまで見た車を、実際に運転してみると、何ともぎこちなかった・・・。それもそのはず。それまでの車と、ドアの重さや乗り降り、アクセルやブレーキなど、すべての勝手が違っていた。しかし、それも次第に慣れていくと、乗車していて、いろいろな意味で、こんなにも心地よい感覚はない・・・と思えるようになった。

 ・・・こんな日が来ることを、ずっと僕は、夢みていたのだ。

 

 僕は一日の大半を、車の中で過ごす。・・・ということは、一年の大半が、車と共にあるということ。テニスに行くのも、仕事に行くのも、遊びに行くのも、家に帰るのも、そして空き時間もすべて・・・。そう、僕は1年間で、何と40,000キロも乗ってしまったのだ。

 僕はこの車を購入する前に、心配だったことがある。それまで乗っていた「リビングのソファー感覚」が特徴で、女性に人気の姉の車にくらべると、僕の欲しい夢の車「スポーツカー」は、スピードは出るだろうけれど、毎日乗る車としては、どれだけ居心地がいいのだろう・・・、と。

 しかし、実際に乗り出してみると、僕が心配するような居心地の悪さはなかった。それよりも、格段に乗り心地がよかったのだ。まず、長距離を運転していて、まったく疲れない。そして、意外に車内がゆったりしていて、足も伸ばせ、荷物も積めるし、リクライニングも充分だ。シートの座り心地や室温管理、オーディオ類やドライビングのためのさまざまな機器など、感覚的にとても気持ちがいいものだった。

 この車は、まるで、僕の動くもうひとつの部屋なのである。しかも、ずいぶん上質の・・・。

 

 乗りはじめた頃のぎこちなさや違和感はすっかりなくなり、いまや、僕の身体や生活、そして人生の一部とさえなっている。もし、僕が催眠術をかけられ、君は誰だ・・・と尋ねられれば、僕は間違いなくこの「夢の車」の名を言うだろう・・・。

 

 今年は、この車のお陰かどうか分からないが、僕自身がずいぶん飛躍したように思える。

 

 まず、趣味のテニスについて振り返ると、今年2月に、目標としていた大会で初優勝をした。これは、僕のプレーにおける最高の形で勝ったものだった。・・・まず得意のサーブで崩し、早いテンポですぐに展開して、フィニッシュはネットプレーでとどめ。このプレー・スタイルは、上手くいけば最強であり、もっとも相手が嫌がるものであろう。・・・でも僕は、このプレーにまったく満足できていなかった。

 僕は実は、この優勝を境に、自分の得意のプレー・スタイルを封印したのだ。・・・それは、苦手なプレーを克服するためであった。僕は、ネットプレーではなく、本当はストローク戦で、ポイントを重ねてみたいのだ。・・・しかし、それを習得し、自分のスタイルとして試合でプレーするようになるまでには、かなりの時間と根気と、執念が必要である。人は、得意を伸ばすことは容易であるが、苦手を克服し、更に得意とするところまで持っていくのは、至難の業であろう。でも僕は、自分の満足のために、この闘いに敢えて臨んだのである。

 

 しかし、僕はこの挑戦のために、試合でまったく勝てなくなってしまった。勝てる試合も、簡単に落とした。あまりにできなくて、恥ずかしい思いもたくさんした。・・・でも、この自分への挑戦を、試合でやり続けることは、「できない僕」にとって、とても意味があることだ・・・と信じている。正直、辛い。メンタルはズタズタだ。あまり負け続けるのも、負け癖がついて良くないとも思う。

 けれど、僕は見据えているのだ。いまよりも一段も二段も上のテニスをしている僕の輝ける姿を・・・。「夢」は、なるべく見るほうがいいだろう。そして、それが叶うように努力するほうが、尚いいだろう。そうして、「夢」は、自分では気が付かないうちに、いつの間にか叶っていたりするものなのだ。

 

 まだまだ道半ばではあるが、今年、すこしずつ、できないことが、確実にできるようになってきた実感がある。来年も、自分の感覚を頼りに、しっかり「夢」に向かって練習していこうと思う。

 

 音楽に関して振り返ると、僕は音楽を、より好きになったように思う。そう思うようになったのは、たぶん「できる」と「わかる」が増えたからなのだろう。僕は、ようやく自分の音楽に対して、手応えを感じはじめている。「歌」に関しても、「指揮」に関しても・・・。

 そう思うようになるまで、どれくらい年月がかかっただろうか・・・。しかし、その回り道のすべてが、無駄になっていない。回り道があったから、その都度、克服してきたことが自分のものとなり、それが自分の音楽の土台となって、いま、揺るぎないもの・・・と思えるようになっているのだろう。最近では、こうした実感が、「確信」とも思えてくるようにさえなってきた。

 

 いま、ここに書いてしまうのは、自分としては少しはばかられる思いなのだが、今年2月から再スタートした「ロクダンZZ」や、4月からスタートした「シダックス」でお世話になっている三枝さんに、先日、言われたことがある――「僕は、君のことを、弟子だと思っている」。弟子・・・。僕は声楽家であり、指揮者である。三枝さんは作曲家であり、経営者である。・・・弟子とは、専門の分野だけの先生と生徒の関係を言うのではない。人生そのものの師弟である。・・・三枝さんの言葉は、これまでの僕の過程を踏まえた上で、僕の今後に期待をこめて言ってくれたものだった。

 僕は、三枝さんの背中を見て、本当にいろいろなことを教わっている。音楽観については、尚更である。もともとの音楽的な相性ということもあるし、それぞれが置かれている立場ということもあるが、僕がいま、はっきり思うことは、もちろん足元にも及ばないが、三枝さんの音楽観を、一番理解しているのは、僕だと思うし、一番引き継いでいるのも、僕だ・・・と思っている。

 2006年の広島「川のうたコンサート」の晩、「君は、何もわかってない」と、一晩中、とあるバーでお叱りを受けた。・・・それから10年、先日の広島「ディナーショー」を終えた晩、「君のつくる音楽は、素晴らしいと思う。今後、君のような合唱指揮者が増えることを願っている」・・・。これは、敢えてここに書く必要はなかったけれど、僕の本来持っていた音楽性の蕾みは、三枝さんによって成長して膨らみ、そして、いま、三枝さんのもとに開花した・・・と、この言葉を聞いて、改めて思った。

 

 いま、僕の身体の奥底から、音楽をする欲求が満ちてきている。それは、「愛」と同じである。枯渇したこころは、愛を提供することはできない。愛を享受することでしか、自らのこころを満たすことはできない。しかし、こころに自然に涌き上がってくる愛が満ち、やがて溢れ出るようになると、ようやく人に愛を施すことができる。

 ・・・僕の音楽が自らの内に満ちてくるまで、長い年月がかかった。しかし、自らの内に音楽が満ちてきたいま、ようやく人に音楽を伝えることができるようになってきたと思う。40歳を迎える来年、ますます音楽することが楽しみになってくるのではないか・・・と、いまからワクワクしている。

 

 テニスにしても、音楽にしても、いいイメージを大切に、これまで培ってきたことを土台にして、自信をもって取り組んでいこうと思う。

 

 今年一年、本当に多くの方にお世話になりました。感謝してもしきれません。また来年、一歩一歩、一打一打、一音一音、着実に積み重ねていけるように頑張っていきますので、どうぞよろしくお願いします。

 

by.初谷敬史