俺よりクソな奴に会いに行く

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私はよくパチンコの演出を掴まえて「クソだクソだ」と言うが本気で思っているわけではない。

メーカー様が、どう考えてもツッコミ待ちとしか思えないヘッポコ演出を披露してくださるので義務として「はい、クソ~」と突っ込んでるだけである。

相手のボケに対してツッコミを放棄することは「ボケ殺し」と呼ばれ、礼儀を欠いたスゴイ・シツレイな行為でありセプクものだ。
ご飯粒を残すとお百姓様にブチ殺されるのと一緒である。

要するに私はマナーとしてツッコミをいれてるだけであり、本当にイラついてるわけでも怒ってるわけでもない。

「賢くないオランウータン」の通り名を持つ私レベルのパチンカスに高学歴のメーカー開発の方々がレベルを合わせようとすると、どうしても歪みが生じてしまう。そのズレをエンタメとして楽しめるだけの余裕が今のパチンコを打つのに必要なものだろう。


しかし、こんな私でも一度だけあまりのクソっぷりにブチ切れた台がある。というか私が忘れてるだけで、すでに散々ディスってるのかも知れないが、そんなもんは関係ねぇ。
あの台を思い出す度にいつだって新鮮な気持ちでブチ切れられるからこそ、こうしてスマホをペチペチ叩いてる所存である。

マックスバトルスペックなので、もはや設置はないだろうし、甘デジもじきに撤去されてしまうだろう。画像は一切ないのでご容赦いただきたい。(あとマニアックな例え話が出てくると思うが説明はしない)


その台とは「CRスーパーストリートファイターⅣ」

ルパンが出てくるルパンの台と、ルパンが出てこないルパンの台しか作れなくなってしまったメーカー、平和が世に出した全身全霊のクソ台である。



まず最初に言っておきたいのだが、私がこの台をクソだクソだと、くさしたくてたまらない理由のほぼ全てが「確変中の演出とゲーム性」にあり、そこ以外は特に語ることはない。

もちろん通常時の演出も普通にクソだと思うが、あの頃は


見渡せば

辺り一面

クソ野原

と、一句詠んでしまうほどの群雄割拠の時代であり、わざわざ語るまでもないと思うからである。

むしろ「通常時はクソだけど確変に入ればまぁ面白い」みたいな脳が死んでる人の感想すらも否定する、「通常時はクソだけど確変中はもっとクソ。キングオブクソ。クソからクソへと続くロードトゥクソ。クソとクソに挟まれた俺はビトゥイーンクソ!」と脳細胞を活性化させてしまい「こんな台を打ってた俺が一番クソ!!」と自傷行為に走ってしまう恐れがある。

それにクソな部分を全部羅列して説明していると三国志とか銀河英雄伝説みたいな量の文章になってしまうかもしれない。

なので確変中のクソさだけで十分なのだ。




この台のクソは一言で表すなら「意外性」。

ストリートファイターでバトルスペックなら多分確変中はこんな演出だろうな~。と、子供の頃ストⅡを夢中でプレイしていた人たち百人を集めて予想させたとしたら、

百人が百人、「思てたんとチガウ!!」と叫ぶはずである。

むしろ小学生に3分で考えさせてもこの台よりは面白くなる確信がある。なぜストⅡ × バトルスペックでこんな演出を選んでしまうのか、本当に理解できない。





まず確変中の演出はチャンスキャラバトルとピンチキャラバトルに別れている。チャンスキャラバトル発生なら勝利or継続。ピンチキャラなら敗北or継続だ。(稀に逆転勝利)

もうこの時点で雲行きが怪しくなってくるが、チャンスキャラバトルの内容はこうだ。


「ダルシムやエドモンド本田がノーガードで突っ立ってるのでボタン連打でボコボコにするだけ」


まさに何を言ってるのか分からねぇと思うが、俺も何が起こったか分からねぇ状態であり、ボタンをペシペシ叩く度に期待感に満ちていた心が音を立てて崩れ落ち、クソとなってジーパンの裾からポロポロと零れ落ちていたと思う。

なぜ彼らは「この俺が相手だぜ!」と勇んで出てきたにも関わらず棒立ちで突っ立っていられるのか、主人公のリュウもその状況に一切の疑問を抱かずにボコボコに殴り、トドメに波動拳をブチ込めるのか。

世界観が意味不明な上に、無抵抗な人間を殴り殺すという倫理観まで問われるゲーム性に失禁を禁じえない。

そもそも画面がおかしい。ストⅡといえば、いや、格ゲーと言えば横スクロールの画面が基本であり、臨場感を演出するにしても相手と自キャラが画面に収まっていないといけないだろう。

しかしこのチャンスキャラバトルは全画面に相手が映ってこっちを見ているだけであり、ボタン連打でボコボコにされる際のリアクションを眺めているだけである。ゴエモンインパクトのボス戦かよ。


ストⅡのパチンコを打っているハズなのにストⅡのパチンコを打ってる感がゼロなのだ。むしろ画面の構図と演出的にパンチングゲームの「ソニックブラストマン」にしか見えない。


「私のパンチを受けてみろぉ!」


当時のゲーセンを思い出すニクい演出だと思うが、その感情もシンプルな只の憎しみに変わるのに時間はかからないだろう。



最初のよく分からんデブのキャラならともかくとして、棒立ちのダルシムをボコボコに出来るか?
無抵抗で殴られ続けるダルシムなどガンジー以外のなんだと言うのか。まさに「ガンジーでもテレポートして火を吐くレベル」のクソ台である。


私にはボタンを押すことが出来なかった……

タイムアップを迎え、ノーダメージで元気なダルシムを見送ろうとするとケンが横から出てきて昇竜拳でブチ殺した。



これは……もう、なんだろう、お前らどういうルールでストリートファイトに興じているのか教えていただきたい。

例えば相手がシャドルーの下っぱ戦闘員だったり、市民を襲う暴漢だったらこの演出もさほど違和感はない。(ただしソニックブラストマンっぽさも加速してしまうが)

今なお当時のプレイヤーの記憶に残り続ける名キャラクターたちにやらせる役ではないだろう。彼らが何をしたのか?いや、何もしていない。そして何もしない。(無抵抗主義だ)

大人になって再会した彼らは、ただの個性的なサンドバッグに成り下がっていた。悲しさと悔しさと薄ら寒さで胸が張り裂けそうである。

無抵抗な相手をボコボコにし、取り逃がしたら相棒が必殺技でブチ殺す。世界観、倫理観に加え道徳観まで揺らぎ始めるゲーム性。もはやドSとドMがチチクリあっているだけの特殊性癖が集う社交場なのではないだろうか。

というかリュウがただの通り魔にしか見えない。




チャンスキャラバトルのクソさだけでも夜が明けるまで語り続けられるのだが、キリがないので次に移ろう。

ピンチキャラバトルだが、その名の通り大ピンチであり「ボスキャラの必殺技をノーガードで受けてブッ飛ぶだけ」である。

だから何でお前らノーガードなんだ。無抵抗主義なんだ。相手の攻撃は必ず受けるのが礼儀なのか。プロレスなのか。もしかしてストⅡじゃなくて「マッスルボマー」とのタイアップなのか。

疑問は尽きないが、とにかくボスの攻撃で車田ブッ飛びをかました後、立ち上がれるかどうかのゲーム性である。ちなみに立ち上がれば継続だが、リュウが立ち上がれるかどうかはボスキャラさんサイドは興味がないらしく、すでにその場から離れてどっかに消えているし、立ち上がったリュウもまた何事もなかったように歩き出すだけだ。(どこへ向かっているのか)

もはやバトルでもなんでもない。例えるなら「罪無き市民を襲う暴漢が車にはねられたが如く」である。



2つのバトルを見てもらえれば分かるように、とにかくこのバトルモードはバトルをしない。チャンスと呼ぶにはあまりにも圧倒的すぎるし、ピンチとは言ってもあまりに理不尽すぎる。

何もかもが崩壊しており意味不明、全ての格ゲーの礎を築いたと言われるストⅡの待望のパチンコ化は、全てのバトルタイプから鼻で笑われるクソ演出の反面教師になってしまった。

ちなみに主人公はリュウとチュンリーから選ぶことが出来るが、何が変わるかというともちろんダルシムがブランカに、エドモンド本田がザンギエフに変わるだけである。自分のお気に入りのキャラをボコボコにしよう!というサイコパスからのご提案だ。



まだまだまだまだ語り足りないが、流石に長すぎるので終わりにする。

この台を打って思い出を汚された、という人は多かったと思うが、実は「格ゲーのパチンコ化」は麻雀×パチンコ以上の魔境であり、格ゲー界を代表するビッグネームたちはそのほとんどが撃沈している。なにせ私の中で一番評価が高いのが「CRデッド・オア・アライブ」だという意味の分からん結果になっている程だ。

デッド・オア・アライブも原作ゲームを知っている人からするとツッコミ所の嵐であり、全く原作に興味のない人が作ったのだとすぐに分かるのだが、バトルパチンコとしてよく出来ているのであまり気にならない。

結局はパチンコとして面白いかどうかである。

「ユーザーが求めてるのはこういう演出!役物!爆音!」というどこから発信されてる怪電波を受信して今のパチンコを作ってるのか知らないが、メーカーの方には、まず「パチンコとして面白いかどうか」を念頭に置いてもらいたい。

「逆に面白い」のはもういい。お腹いっぱいである。


(おわり)











あ、この「CRスーパーストリートファイターⅣ」が「逆に面白い」台だとは決して言ってない。全てにおいてクソであり、ポジティブに捉えられる面など何一つない。クソである。クソすぎて逆に笑える(笑)などとは言えるかもしれないが、笑いながらもその目は一ミリも笑っておらず怒りを通りこして無の境地に達しているだけだ。クソ、クソクソクソ、ほんまクソ。◯ねばいい。





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