Facebookにこのような記事を投稿しました。

 

感情が自分を苦しめるのではなく、自分以外の外部からの刺激によって発生した感情は、コントロール出来ないので苦しい。


それは、空腹になったのに、お前これを食えって言われている感じで、それは自分に選択権がないので不自由さを感じ、苦しくなる。


じゃあ、外側からの刺激ではなく内側から生まれる感情はどうだろう?ワークなどで体験してもらえると分かりやすいのだけど、


 

たとえ悲しみでも寂しさでも孤独感でも、自分の内側から生まれる感情は自分のものだから、苦しくない。悲しいのに苦しくない。寂しいのに苦しくない。それは感じ終えたら、消えてゆく。それが、感じ切るということ。

 


みんな、外部からの刺激によってうまれた感情に対してどのような対応をしたらいいか分からない。だから敵対視して、どうにかしようとしながら、戦うか、無視するか、しまい込むか、する。
でも、そもそもどうすることもできない。

 


外部の刺激から生まれた感情は、感じ切るのではなく

流す。


開いて流して自分の外から出す、という対応をすることが重要なので、その練習が必要だよね。そういうの、中学生の頃くらいから練習できないかなぁとたまに思う。


感情はとても大切。素晴らしい音楽も芸術も、感情から生まれるから、それらは素晴らしいクリエイションにつながる。


でも、内側から生まれたのか、外側の刺激から生まれたのか、見極めて対応を変えることができると、なおよい。


外側からの刺激によってうまれた感情は、流すに徹するのみ。解決などしなくてよいのだ。

自分が悪いとか思わなくていいし、原因追求もいらない。流せ流せ足から指から頭の上から。

 

 

 

そう。

 

自分の内側からの感情は、どのような周囲であっても

 

それを味わうことができます。

 

 

しかし、外部からの影響によって生まれた感情は

 

実はどうすることもできません。

 

 

潜在意識メイキングでこの手のワークをするとき、

 

わたしは外部からの影響によって生まれた感情に対して

 

流すことを体感的に覚えてもらうワークをするんですね。

 

 

 

 

それと同時に、

 

内側から生まれる感情とはどんなものなのか?

どんな感じなのか?

それも味わってもらいます。

 

すると皆さん、驚くんです。

 

 

 

悲しいのに、悲しくない

 

寂しさって、苦しくない!!

 

 

じゃあ、外部からの影響による感情って、何でしょう?

 

 

具体的にいうなら

 

 

*人の言葉によって生まれる反応・反射

 

*誰かの行動・行為を通して生まれる反応・反射

 

*自分以外の何かによって生まれたとはっきりわかる感情

 

などの類。

 

 

 

電車やバスの延滞にイライラしてしまう、なども、外部からの影響によって生まれるものです。

 

そういった類のものは、コントロールすることができません。

 

だから、それに意識を向けすぎて

解決しようとするよりも、流していくことが大切。

 

 

流す上で重要なのは、ここ

 

 

 

 

潜在意識メイキング理論を投稿しているこちらで

 

すでに配信した内容と合わせてご覧くださいね。

 

 

潜在意識メイキング理論③

潜在意識メイキングでは、身体の感覚を通して意識を変化させるトレーニングをたくさんします。
  
基本的には、下半身をしっかり調整した上で上半身にアプローチしていくのですが、
 
そのワークの中に、呼吸法を通して”胸をひらく(第四チャクラをひらく)”という手法があります。
 
例えば、ホッとする瞬間。安心した時。
 
「胸をなでおろす」と言いますよね。
 
実は、このとき、胸がひらいているのです。(もちろん、実際にではなく比喩ですが)
 
胸がひらくと、”受け入れる”ことや”受け取る”ことが可能です。逆に、胸がひらいていないと、どれだけ法則を学んで頭で『受け入れることって大事だよねー』ってわかってても
 
・・・無理です(笑)
 
感情が発生し、胸がひらいていないと、喉周りにあがり、それが目の周りや顎関節、首筋あたりの緊張に繋がります
 
そして、後頭葉が閉じるのでイメージやヴィジョンが湧かなくなり、最終結果として前頭葉が暴走するの(苦笑)
 
 
そうすると人は、思考ぐるぐる・理性ぐるぐる、感情を頭で処理しようとしてしまいます。
 
 
感じきろう〜とかいうのは簡単なんです。
 
 
しかし、感じ切れるようなフィジカル、意識の使い方、実際に感じ切ることができるくらいの、リラックスやゆるみを作れるかが重要。
 
 
私は、感情が発生したら、まずは胸をひらき、エネルギーを喉あたりから胸の中心、さらにみぞおちまで降ろします
 
 
そのようなことを習得するために必要なのが、呼吸法(腹式呼吸)のワークなのです。
 
 
胸をひらく、練習したい方は添付した写真の、黄色い丸のところらへんの力みを、
 
(1)吐く息とともに抜き、
(2)腕の内側から指先まで流れ
(3)指先から無駄なエネルギーが流れていく
 
そんなイメージレッスンをしてみてくださいね。

 

 

レッツ、トレーニング星

 

流せ、流せー爆  笑

 

 

 

 

2017年の過去記事です!

 

 

 

^^^^^^^^^^^^^^^

 

誰かに嫌われたくないって気持ち、どんな人の中にもありますよね。
 
嫌われたくない、というより
”批判されたくない”という感じでしょうか。
 
自分の悪いところやダメなところを
突かれたくない、言われたくない、怒られたくない、拒否されたくない。
 
”嫌われたくない”そのこころ、
 
噛み砕いてよくよく見てみると、
実に多種多様な”嫌われたくない”が存在していることがわかります。
 
 
 
 
 
嫌われたくない、に限らずですが
こころの感情や動きの中で
不思議だなぁ、どうなっているんだろうなぁ、と思ったものを
 
噛み砕いて細かくして
ひとつひとつの粒を確認するようなクセが、
わたしにはあります。
 
そのようなクセのおかげで、
こころの動きや感情の成り立ち、仕組みなんかに敏感になり、
 
結果的にそれは自分の感情と仲良くなるきっかけにもなりました。
 
 
さぁて、嫌われたくない。
 
噛み砕くとどんな粒によって構成されているのでしょうか?
 
 
^^^^^
 
まず、嫌われたくないという気持ちの
大元にはなにがあるか。
 
それは、
 
”わたしは嫌われたことがある”
 
という前提です。
 
 
 
 
な、なにを当たり前のこと言ってんだ!
とおもうかもしれません。
 
しかし、この大元にある前提が実は一番重要な部分です。
 
 
 
みなさんは、嫌われたことありますか?
(まぁ、あります、となりますよね)
 
思い出せる限り一番ふるい
 
「あ、わたし嫌われたな(嫌われているんだな)」
 
と思った体験や経験は、どのようなものでしょうか?
 
 
 
嫌われたくないこころには、
嫌われたくないというよりも、
 
”再現したくない過去”があるんですよね。
 
 
もっと言うならば、
 
”あ、わたし嫌われたわ”とその時に思った自分自身が
 
まだ、自分自身に嫌われている。
 
 
 
 
ん・・・?どういうこと?と思うかもしれません。
 
つまりですね。
 
 
 
^^^^^
 
 
大元にある”誰かに嫌われた”は、
 
他者であることが普通かと思われます。
 
 
 
しかし、違うのです。
 
 
 
大元にあるのは
 
”一番最初に自分で自分を嫌った”
 
その瞬間、その体験、そのものなのです。
 
 
 
 
だからわたしたちは、触れたくないのです。
 
 
自分が嫌った自分の姿を思い出したくない。
自分が大嫌いな自分に触れたくない。
自分が醜いと決めてしまった自分の行為を知りたくないし見たくない。
 
 
 
わたしたちが”他人”に嫌われたくないと思うのは、
 
人の目を通して、
自分で自分を嫌いだと思ったそのときのことを、
思い出してしまうから。
 
 
 
^^^^^
 
ということは!
 
仲直りのチャンスですね、いつだって。
 
嫌われたくない!と思ったときほど、
自分が自分の大嫌いな部分を見たくない!と思っているとき。
 
 
情けない!と思っている自分や、
頼りない、ダメだ!と思っている自分のこと、
 
他人にまで言われてしまったら
もうどうしようもないから
 
という感じで、ビビっているわけ
 
 
 
 
どうせわかっているから
人にまで言われたくない
どうせ知っているから
人にまで嫌われたくない
 
 
 
ってなっているのです。
かわいいね、自分
 
^^^^^
 
 
じゃあそれがわかったらどうするのか。
 
 
 
自分で自分を嫌っていることに気づいて欲しいというよりは、
 
 
”自分で自分を嫌っている要素を
好きだと思えるようになること
そのものを諦めてしまっている”
 
 
わけ。
 
諦めてしまっている
 
ここがとても重要なポイントです。
 
 
だから、
 
好きになろうなろうとがんばったり、
許そう許そうとがんばったりするよりも、
 
まずは、
 
 
”諦めちゃった自分をヨシヨシしてあげよう”
 
ってこと。
 
 
 
 
 
自分が嫌いな自分がいて
それを好きになることを諦めちゃった(ちゃっている)
 
 
今の自分を、
ヨシヨシ、ナデナデ。
 
 
 
してあげてくださいね。
まずはそこからですウインク
 
 
 
 
 

感情を味わい切るコツ

テーマ:

2015年のメルマガバックナンバーより抜粋してお届け。

 

感情を味わい切るコツについてです。

 

 

 

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■感情をコントロールできるようになったとき、「わたし」は死んだ。



・・・のっけから強めのことばを吐きましたが、
どうか、閉じずにこのまま読み進めていってほしいと思います。



この新刊を出したことで、よりいっそう、感情というものに敏感になりました。

 


本にも書いたのですが、むかしのわたしはとにかく
「感情を考える」ことが大の得意で、
いかにもそれで感情をマスターしているつもりでした。


本屋さんにいくと、たくさんの「感情整理本」が売られています。

 


「感情に振り回されない」「感情をコントロールする方法」
という類の本がたくさんあり、わたしもたくさん読み、そして実践しました。


どうなったか?


結果的に「感情についての理解は深まったけれど、感情を頭で判断するようになった」のです。


そうすると、わたしの中にあった「感情へのジャッジメント」が発動します。
学べば学ぶほど、


・悲しい感情が出てきたら、すぐにそれに対する原因について考える
ようになったり、

・切ない感情に触れたら、それにたいする問題を見つける
ことをしたり、



何かを感じたときに、

その感情をすばやく処理するマシーンのようになっていきました。

 



ある意味、結果的にはよかったかもしれません。
でも、とても大切なものを失っている気分でした。

確かにむかしより感情的になることはなくなった。

ただ、「生きている心地」がしない。


何を見ても、何を考えても、何に触れても、何を言われても

 


「感情的に考える」ことはなくなったけれど、
「感じるこころ」さえなくなってしまって、


結果的に「わたしは何のために生きているのだろう」となったのです。



■スーパーの中で泣き出したはなし。


ちょっと話は変わりますが、むかし、あるクセに気づいたのです。

 


他人が、ちょっと強いパワー(怒りとか、支配とか、責めとか)
でこちらに対して向かってくると、

 

わたしは一気にシャッターを閉める、

 

というクセでした。



そして、シャッターを閉めると

 

相手にたいする暴言、スネ、責めの言葉、そして批判が出てくるのです。



・そんな風に接するなら一生関わらないからね!
・あなたって、なんなの?
・バカじゃないの!近寄ってこないで!
・反省してよね!謝ってよね!
・あなたが悪い!

 



ただ、それはわたしの声ではなく、シャッターの外側に貼った張り紙のようなものでした。
 「わたし」はシャッターの内側にいるのです。



でも、シャッターの外側には、そういう言葉が並べられています。
むかしのわたしなら、そのシャッターを問題視していたことでしょう。

その外側に貼られた張り紙の内容に気を囚われて、冷静になった時に、

「わたしったら、なんで・・・」と自分を責めていたかもしれません。



しかし、「わたし」はシャッターの中に、いるのです。
触れてみます。



怖かったんです。悲しかった。


おじいちゃんにたいする想いが出てきました。
親愛なる人たちの怒った顔が出てきました。

こわかった、かなしかった、

でも愛おしかった、彼らが愛おしくもあった。



わたしが泣くとその人たちはさらに怒り出すので、

シャッターの中で泣くしか、なかったのです。



わたしは、シャッターの中で、泣きました。感じました。


想いを巡りました。

怒り、かなしみ、愛おしさ、いろんな感情を一周します。



シャッターの中で泣いているわたしと一緒に、わたしも泣きました。


スーパーのおとうふ売り場でひとり、

今日の晩御飯はどうしようと考えながら。



■たいせつな軌跡、あなただけの防衛。

このようなクセは誰にでもあります。
誰にでも、自分を守る防御の仕方があります。


人によってはそれは、シャッターを閉じないで逆に戦うことを選ぶ人もいれば。
わたしにように、シャッターの中でしか泣かないようにする人もいれば。


でも、シャッターの中にいるわたしは泣きながらも、強くいました。

「泣き終わったらあけるから、ちょっと待っててね」と。



その中にいるわたしは、自分の感情と素直に同調し、
そしてそれを親愛なる人に迷惑をかけないよう(人に邪魔されないよう)

シャッターで隠し、近づけないために暴言の張り紙をしていたのです。


「わたし、強くなるから。味わいきったら、シャッター開けるから」



これが、大人になってもずっと同じパターンでした。
ただ、シャッターの中にいる「わたし」のことは完全に忘れてしまいましたが…

でも、わたしはこれを問題視はしていません。
それが、わたし。これがわたし。あるがままのわたし。
大切な軌跡。

 



■自分でひっそり、味わいたい。

人にはそれぞれ、たいせつな人との関わり方があります。
それが私たちの特定の防御パターンをつくります。


しかし、その本質はいつだって、愛に基づいているのです。
小さいながら、わかりにく愛に基づき、
わたしたちは自分たちだけの感情の味わい方を持っています。


それを見つけることができたのは、
わたしがシャッターの外に貼ってある暴言の紙ではなく、


その中にいた「わたし」に光を当てたから。

そして、その「わたし」は実は、他の誰かと感情を共有したり、
かなしいという気持ちを他者に見せたいのではなく、

「わたし自身」と、共有したかったのです。



そう、かなしい気持ちも、たのしい気持ちも、

「まずは自分でじっくり」味わいたかった。


だから、

感情が出てくると、シャッターがおります。
それはどんな感情のときも、です。

 


(わたしの場合。本当に喜びを感じるときも、シャッターが降りて、
しばらく誰とも話ができなくなる。 )


■結論よりたいせつなことが、こころにはある。

この話で伝えたかったことは、

「ひとりで、こっそり、隠れながら、味わっても、いい」

ということ。

もっと言えば、

「シャッターを下ろしてもいい、閉ざしてもいい」

という、普段話していることとはちょっと矛盾したはなしになります。



わたしが「閉じてもいい」と伝えた理由は、


結局みんな「だれか」じゃなくて

「自分自身」と感情を共有したいのだ、


ってことなんです。



感情って、自分以外の何かや誰かをきっかけとして起こります。
あの人、この人、あの出来事、この出来事。

・あなたに対してかなしいと思っている!
・あなたに対して怒りを覚えている!

だから、外に外に外に!となってしまい、
わかって!わかって!わかって!となり、

シャッター閉じている意味があるのに、無駄にあけようとする。



感情を味わう秘訣、といいますか、


自分を「味わってもいい安心・安全の状態」にしてくれる特定のパターンに気づき、
その状態の時にとやかく解決しようとせずに、
しばらくその状態でじっとしてみる。


わたしで言えば、「シャッター降りた状態でいる」こと。
その状態を受け入れる、ということでもあります。

多くの人の場合、これを受け入れられません。

つまり、

・不安な状態
・恐れを抱いている状態
・イライラしている状態
・苦しい状態
・葛藤している状態


これはすべて、

 

閉じたシャッターを問題視して、
すぐに開けよう!開けよう!としているのです。



しかし、この状態こそ、ものすごく豊かな時間。

不安になると、目の前のことがあまり見えなくなりますよね。
お天気の豊かさとか、変わりゆく景色の流れとか。


「理解してよ!」って思考すると、
シャッターの奥でまだ感情を味わいたい自分がいるのに
タイミングを待てず、むりやりあけようとする。

(むりやり、結論をはやく出そうとする。)

そうじゃなくて、

「せっかくシャッター閉じて、安心して感情を味わえる」のだから、


しばらく閉じたままでいいから、

中にいる自分と会話してみよう、

 

ってことなのです。


味わい終わったら、シャッターは勝手にあくから。
あいたら、内側でのすてきな体験を、伝えたくなるから。

■閉じこもって、味わって、感謝とともに、表現する。


ちょっと抽象的かもしれませんね。
それぞれの中でイメージしてみてください。

シャッターが閉じる、というのは、不安な状態、思考がうるさい状態、
イライラしている状態、もやもやしている状態でもあります。

あけようとしなくて、いいから、中に入ってみましょう。
不安な状態を解決しなくていいから、閉じこもっている間に与えられた時間の意味を知るのです。


あなたはそのとき、感情を味わおうとしています。
いろいろな感情がでてくるでしょう。



さみしい
すき
かなしい
たのしい
わくわくする
こわい
愛おしい
せつない

シャッターの中にいるあなたは、実はとても豊かです。

シャッターの外側に書いてある、強がりな言葉に気をとられず、
守られた状態で、しばらく味わってみてください。

あなただけのスペースがそこには用意されていて、
そこは、味わい切ったあなたがまたより一層成長する場です。

そして、清々しくシャッターを開けたあと・・・




ぜひ、そのシャッターの中で起きたことを大切な人たちに伝えてみてください。

「わたし、こんなこと感じてたの!」って。

味わったこと、感じたこと、そのときなら素直に表現できるはずです。

もちろん、味わっている間にシャッターをあけて他者と共有することも可能。

でも、それでは「味わい切れ」ずに、そそくさと結論を出してしまい、
未消化な状態がつづいてしまうのです。

素直になれない理由は、味わいきることなく言葉にしようとするから。
はやく結論をだしたくて、シャッターをむりやり開けるから。



孤独とは、愛溢れる自分へのご褒美。


そんなつもりで、シャッターの奥にいる「じぶん」と触れてみてください。

 

 

 

 

 

 

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