1年前の記事に加筆しました。



------





小さい頃、とっても自信満々に書いた作文が、
先生にとってあまりよろしくない内容だったらしく、


怒られはしなかったものの
先生の個人的な意見を
赤ペンでかかれました。




そこには、わたしの作文への感想よりも
先生の個人的な意見の比重がおおく、


こどもながらにちょっと残念だったことを、
ふと思い出しました。




そのような教育や先生方を否定しているわけではありません。



しかし、あの時のわたしは、

ただ、自分が書いた
作文を読んでほしかった。

どのように考えるべきか、
どのようにふるまうべきか、ではなく


わたしはこのように感じたよ!
あなたはどのように感じた?


作文を通して、
そのような交流がしたかっただけなのです。



-------



今の自分にいつだって100点をあげること。

それほど大人のわたしたちにとって
難しいことはありません。





今の自分にいつだってマル!をあげること。
それほどわたしたちにとって
恐ろしいことはないのでしょう。






なぜなら、

今の自分なんかに
100点をつけてしまったら、





「あの人」が怒るから
「この人」の意見とは違うから
「ふつう」じゃないから




究極は、




「だって、お父さんとお母さんが怒るから」






だから、できるだけ今の自分の評価を下げて
他者との関わりの中で傷つくのはやめよう、と。

できるだけ自分のことを低く見積もって、
あとから後悔するのを防ごう、と。


そんな風にしてどんどん減点方式が
自分を幸せにする方法になってしまうのです。


---


わたしは、今の自分に常に100点をあげるようにしています。




しかし、100点をあげるといってもそれは

自分を褒めるとか、
素晴らしいと評価するとか
何か特別なことをしたことへ
ご褒美をあげるとか、

そういうことじゃなく。




逆に、
そういうのは100点+◎◎点

ですね。





今までは100点が満点だった。

でも、これからは100点満点から、
スタートするの。






だから、自分を評価しての100点ではなく、
評価せずの、100点。



その感覚は、

ただ自分の今あるすべてに、
ただ気づいている感覚に
ちかいかもしれません。







何か目標や指標をかかげると、
減点、もしくは増点、となりますが



目標や指標を一旦舞台からおろすと
何事も評価することが
できないとわかります。




しかし、目標や指標がないと生きづらかったりも、する。


だから、バランス良くやるのです。



100点満点からスタート。

何かやれたことがあるなら、150点。
何かできないことがあったら、150点から-50点で100点。


スタートはいつも100点満点だから・・・


マイナスをつけて自分を安心させて小さくまとまろうなんて、

そんな悪趣味は、もうやめたのです。


---

これを本気で意識しだしたのは、たぶん2年前くらい?かな。

それでも習慣で、自分をマイナスにしてしまうこともありました。



でも、自分を批判したり、卑下したりしても、いいのです。

100点満点をゼロだとしたら、そこまで戻ったら、もういいの。



いつもがんばっている自分がいるなら、
その自分は180点かもよ。

でも、ちょっとできないことがあったり、
失敗したことがあったり、
だらけてしまったりしたなら、

その180点から引けばいい。


で、100点満点になったときに。
もうマイナスはおしまい。


またそこからスタートをすれば、いいですよね。



基本的に、ずっとどんな状態でも
わたしたちは、
そのままでいて常に100点満点なのです。









リブログ(3)

リブログ一覧を見る

コメント(2)