おすすめ過去記事だぬん。
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「ゆかちゃってさ~、
いつもヘラヘラしているけどさ~・・・(以後ほめ言葉につづく)」


この前、とある方にそう言われて
びっくり。


『あなたがそれを言いますかっっっ!!!』


と思うほど、
おなじくらいヘラヘラしている人に言われたもんで
思わず大爆笑してしまったのですが(笑)

きっとブログや単発の講座、単発のワークショップでしか
わたしを知らない人は驚くかもしれません。



そう、


けっこう、

いや、

かなり!


ヘラヘラしています。笑

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特にこの1、2年は
ヘラヘラしています。

基本的に、適当が上手なんだと思うのです。
「ちょうどいい」が好きなのかもしれません。
だからこそ、仕事モードの時は
がっつりこれでもか、というくらい集中できます。






そんなヘラヘラしたわたし。

とにかく、いつもゆるんでいることをベースに生きています。




頭のゆるみ

心のゆるみ

身体のゆるみ



他のことはあまり考えていません。
いつも難しいことを考えていそうだと思われているようだけど、

基本的に
「ゆるめる」ために、すべてのことをしているようなものです。


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頭がゆるむと、

まず、何かに対してぎゅーっと考え込んだり
ずーっと同じことをグルグルしたりすることがありません。

頭をゆるませる、
ということはそれだけ

「やるときにやる」

「集中する時に集中する」

ことが出来るので、普段の生活にも、もちろん仕事にも影響はないのです。




心がゆるむと、

「まぁ、いいか」が増えます。笑

この数年、かなりの回数「まぁ、いいか」と言ってきました。


心がゆるむと、そこはクッションのようになり、
自分の中に摩擦がすくなくなります。

他者との対立はもちろん、
現実との対立も

すべて自分の中で起きていることだとしたら、


心がクッション状態だと、
もはや何かと反発しあうことができません。
心がたたかえないのです。



いつもハートをマシュマロみたいに保つ、
ってこと。


身体がゆるむ、というのは
上半身にチカラがはいっていない、と同じことです。


丹田ちかくやお腹周り、
そして足にはチカラを込めますが

基本的に上半身のチカラをぬいて
いつも下半身を伝い、下に流れて出ていくイメージを持っています。


だから、身体もゆるゆるなのです。

(それによって慢性肩こりの症状、だいぶ治りました)


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ヘラヘラする、っていいことだと思うんです。
何も考えないって、いいことだと思うんです。



自分と向き合いすぎないって、
心の健康を保ちます。


判断を手放す、って頭を楽にしていきます。



このね、
全体的にゆるむ、っていう技。


どのようにお伝えしたらいいかな~と今日イメージしていました。

そしたら出て来たのが…


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全方向からの幸せ


というキーワードでした。





例えば、たくさんお金を稼いでも、
家が汚ければわたしは嫌です。

たくさん友達がいたとしても
仕事が好きじゃなければ嫌です。


権力を持っていても
心のやすらぐ場所がなければ嫌だし、

どれだけ美貌をもっていても
人を本気で好きになれないなんて、いや。



幸せとは特定のなにかを指差すことではなく、

全方向をしっかりと見据えることだ、

とわたしは思っていて。



何かに偏ることなく、
何かの現実に囚われてがんじがらめになることなく

ゆるんでヘラヘラ、それでも常に
変化をし、挑戦をし、進化をしていくためには、


この


「全方向の幸せを祈る」ことが大切だということなんです。


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例えば、あなたには変えたいと思う人がいたとしましょう。

恋人でも、夫婦でも、人間関係でも、
その間の関係性を崩す一番のきっかけは


「わたしは変わりたくないけれど、あなたが変わってくれたら
幸せになれるのに」



という想いです。


あるいは、

「わたしが変わればいいのだろうけれど
あなたも変わってくれないと幸せではない」


という気持ちです。


これって、


自分に対しても、
相手に対しても


「全方向からの幸せを祈る」

ということにはなりませんよね?



「特定」しすぎてしまっているのです、
自分の幸せ、相手の幸せ。




それが、緊張を生みます。
それが、思考のノイズを生みます。
それが、受け取れない状態を作ります。


それが、不幸をつくるはじまりです。




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人間は、条件付けのいきものです。


◎◎をするには、△△がまず必要。
だから、わたしは△△を手に入れたいのだけど、
そのための××を持っていない。


だから幸せじゃない。
だから不幸だ。
だから問題がある。
だから大変だ。






だからなに?








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全方向からの幸せを祈る、

というのは、


自分の幸せを特定してそこに向かって突き進むことにより
ひそかな安堵感と安心感を得ることではなく。


今あるすべてを見渡して、
自分なりの「幸せの調合」をするみたいな感じ。




そう、

今あるすべてを見渡して、
あるものを調合しあってちょうどいい幸せを知る。




足るを知る、もそういうことなのかもしれませんね。








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