この前、ELMプログラムインストラクター研修をしていて、あるワークをやったのです。

そのワークは、ネガテイブな反応や心のブロックと呼ばれるような反応にアプローチをかけて、

潜在意識の深いところにある目的を見つけるワークなのですが

そのワークを通してわたしの中から衝撃的な思い込みが出てきたのです。






それは、、、








わたしがハッピーだと
みぃーんな幸せになる


(と、潜在意識の深い部分に書き込まれてて超ウケた。笑)



それはまるで、
3歳児のように。



あ、これわたしの3歳くらいの写真。
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へんっなおっじさん♪の踊りしてるの。

この頃のこと思い出した。



わたしが笑顔だとみぃーーーんな笑顔になる。
わたしがケラケラ笑うとみぃーーんな喜ぶ。




あぁ、そうだね、そうだね、そうだったね。


わたしは、ここからスタートしてるんだったね、って。



---------


あなたのことが嫌いな人は、
あなたが幸せでも、あなたが嫌いだし、
あなたが不幸であっても、嫌いなのだ。


だけど、


あなたのことが好きな人は、
あなたが笑顔だと嬉しいし、

あなたがキラキラしていると
同じようにキラキラするし



でも、
あくまでも、
あなたのことが、好きな人は、ね。




自分がハッピーだと
周りもハッピーになるって、
そういうことだと思う。


でも、自分のことが嫌いな人は
どうだって、嫌いなのだ。


だからわたしは、
わたしのことが好きな人の前で、


たくさんのハッピーを
まるで飴玉が飛び出して溢れて止まらないように、ばらまけたい。


 
どうしたって自分を嫌いな人はいるけれど、
(または、嫌いじゃなくとも無関心だったり)



どうせなら自分がハッピーだと
つられてハッピーになれる人のそばにいることを選ぶの。




潜在意識の深い深いところで


自分の幸せは
みんな幸せにする


って、誰もが実は、知ってるし
信じてる。




でも、思い出せないだけ。

喜ばないひとがいることも、もちろん知っている。



だからこそ、選んだらいい。





嫌いな人に好いてもらうためにエネルギーさくよりも、嫌われるんじゃないかとか考えることにエネルギーさくよりも。




















オチが見当たらないので
大事な書類が見つからなくてガビーンな顔で〆る。

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自信がありません、どうしたらいいでしょうか?

 

と聞かれることがたまにあるのですが、

 

自信というものは、あるかないか、ではなく、

 

 

”湧いてくるか湧いてこないか”のようなものです。

 

 

なので、誰にだって自信はあるし

誰にだって自信が湧いてくるときと、そうでないときがある。

 

 

◎◎には自信が湧いてくるけど、

××には自信が湧いてこない。

 

ただそれだけなので、

 

”ない”と思って悩むことはありません。

 

 

^^^^^

 

ここですこし、潜在意識の超基礎的な仕組みについて。

 

わたしたちは、

 

①普段からよく知覚する(認識する・わかる)感情や考え、感覚

 

と、

 

②普段、ほとんど感じることや気づくことのない感情や考え、感覚

 

の両方を持っています。

 

 

簡単に言えば、

 

①は顕在意識

②は潜在意識

 

 

 

よく感じるのが”不安”だったとしても、

それは”不安がよく顕在化する”ってだけです。

 

”安心”が水面下に潜ってなかなか顔を出さないだけで、

それがないわけではありません。

 

 

 

 

顕在意識はお皿のような役割なのでね、

皿の上に乗っている料理は見えるし食べられるけれど、

 

冷蔵庫の中に入っている素材などはわからないよね、

っていう感じだとイメージしてみてください。

 

 

でね、

 

 

先ほどの自信の話でいうならば、

自信がない、と感じる人はただ単に、

 

 

”自信”というものが冷蔵庫とか冷凍庫に入ったまま

使われない食材となっているよ

 

ってことなんです。

 

 

 

冷蔵庫の奥に入っていて

ずーっと使われなくって

だんだん忘れ去られて

取り出すのも困難・・・的なゲッソリ

 

 

 

 

逆に、自信が”ある”と感じる人は

その食材を使うことができるし、使い慣れている。

 

 

しょっちゅう使う。

だから、割と常に

”自信”はいつも料理として出てくるし、食べる。

 

^^^^^

 

 

だから、自信がないのではなく

 

それが自分にとっては慣れ親しんだものではないから出てこないだけ。

 

あるいは、自信というものに気づかない必要があるだけ。

(ないほうがメリットがあると思っている時。)

 

または、自信というものを感じるときとそうでないときがあるのだけど、

 

「自信がないな」というときだけ敏感に反応してしまって、

 

自分は自信がない人であると、

 

勝手に勘違いしているだけ。

(これも、自信がない人でいるほうがメリットがある時。)

 

 

 

 

 

これは、自信に限ったことではありません。

 

”自己愛”もそう。

 

”自己肯定感”もそう。

 

 

すべて、”ある”んです。

 

それが、潜在していて出てくるか、出てこないか、だけ。

 

ない、と思う人は

 

それが出てこないようにしている

何かに対する勘違いや思い込みがあったりします。

 

 

でも、それはなんなのか?何が原因なのか?ブロックなのか?

 

と探すのって、もういいんじゃないかなって思うの。

 

 

 

 

 

シンプルに、まずは

”ある”んだって思うこと。

 

 

その上で、

 

”今は出てきていないだけ”と思うこと。

 

そして、そんな自分を

まるごと受け入れてあげてくださいね。

 

 

 

 

そのあとは、出てくるまでしばし待て。

 

 

 

 

自信がないから、そんな自分はダメで、

だから自信をつけたい・・・これは本末転倒。

 

自信があればうまくいくはず、でも自分に自信がないわたしは

だからうまくいかない、、、それが理由で自信をつけたいのも、

本末転倒。

 

 

スタート地点を、まずは整えましょう。

 

ないからダメ、ないから欲しい、ではなく。

 

ない、と今は認識している。

ない、と今はそうとしか思えない。

 

でも、ほんとうはあるのだろう。

ほんとうは、隠れているだけで

自分にもあるのだろう、とね。

 

 

 

 

人は、知るべきことを知るべきときに、

気づくべきことを、気づくべきタイミングに、気づくようになっています。

 

 

だから、焦るよりも

まずは、とことん今の自分に気づいた上で、

 

潜在意識には”ある”と、思ってみてくださいね。

 

 

^^^^^

 

余談ですが、

 

潜在意識には「すべて」あります。

 

 

顕在意識がお皿なら、

潜在意識は情報の倉庫です。

 

膨大な情報がそこにはあります。

 

しかし、お皿の大きさは限られているので、

 

今の自分が気づける範囲には限界があります。

 

 

 

今、◎◎ができないと思っていても、

 

それはたくさんの情報のうちのたった数パーセント。

 

今、◎◎がわからないと思っていても、

 

今お皿の上に「わからない」がのっているだけ。

 

 

 

自分のお皿に何がのるか

つまり、

 

 

自分の頭の中にひびく言葉や声、

湧いてくるイメージや映像、

物事や他者・自分に対して抱く感情、

 

なんていう情報たちは、

全体のうちのごくわずかな情報です。

 

 

 

そんなちっぽけな皿の上にのった料理だけで

自分のことをジャッジするのは、はやすぎる!!

 

まだ前菜しか出てきていないかもしれないよ!?

 

まだメインが出てきていないかもしれないよ!?

 

今の自分の頭の中にある情報だけで

 

自分をいちいち評価するの、

やめいやめい!

 

 

 

潜在意識の仕組みを知ることによって、

そのごくわずかな情報にアタフタすることが

心からバカらしくなってしまって、

 

もっと大きな可能性を信じてみようという気になります。

 

 

今イメージできなくても、

あなたにはすべてをイメージする力はもともと備わっている。

 

今わからないと思っていても

あなたにはすべてがわかる力が備わっている。

 

 

それくらい、

ほんとうは可能性って、すべての人に常に平等にひらかれているのです。

 

 

 

だから、今すごく苦しくて

すごくたいへんだったとしても

 

自分のちいさな脳みそのごくわずかな部分で認識していることだけで、

どうか自分を判断しないでくださいね。

 

 

 

今、自信がなくたって

お金がなくたって

恋人がいなくたって

どうであったって、

 

 

”どう生きるか”

”どういう人でいるか”

 

は、常に自由決めてもいいように、なっている。

 

 

あとは、その自由さと、

自分の持つ力に気付けるかどうかだけ。

 

 

 

もっというなら、

 

自分はいつだってほんとうは、

 

パワフルな存在なんだって、認めてみるのです。

 

 

 

弱者でいる必要はありません。

また、勝者でいなくたって、愛されるのです。

 

 

負けたって勝ったって一緒なら、

戦わなくたってよかったりする。

 

 

パワフルな存在であるということは、

強い存在であるということではなく、

 

自分には

”ある”んだって気づいているかいないか、だと

 

わたしはそう思います。

 

 

 

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2105年の過去記事再更新

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尊敬していない人の影響を受けない。
わたしは特にこれを意識しています。



嫉妬の気持ち。
イライラする気持ち。
批判したくなる気持ちは誰にでもありますが、

「その対象」がとても大切で、


嫉妬や
イライラや
批判が必ずしもダメ、
というわけではありません。





ちなみに、

わたしにはものすっごい嫉妬している女性がいます。
苦手意識さえ感じるくらい(笑

ご本人にもお会いしたことがあるのですが、
そのときにも強い嫉妬を感じました。

正直、あの場から逃げたいくらい、

とにかくもう、その女性にわたしは
ぎこちなさを感じていたのです。



でもそれは

果てしなく尊敬もしているから。

わたしは彼女のことを心から敬愛し、
尊敬し、
そして見ていたいと思う反面、

それが自分の内側を刺激するのが耐えられません。


だから、逃れようとする。
できるだけ遠くへと、
突き放そうとしてしまうのです。




表面上だけ見れば

それは「拒否」や「否定」になるかもしれません。


しかし、

わたしは彼女に対して抱くこの思いを
そのままにしておくことを選択し続けています。


嫉妬し続けることを、選択している。
なぜなら、彼女を尊敬しているから。

そんな人だからこそ、
負の感情や反応を抱かされても、別に構わないわけです。





あるとき、あるクライアントさんから
彼女が嫉妬している人や、
イライラを感じる人について
相談されたことがありました。


彼女の話の3分の2以上が、
その相手の話でした。


自分のことを話したかと思うと、
すぐにその人の話になり、

自分のやりたいことや生きたい方向性を話すたび、
またその人の名前が出てきます。



そこで、聞くのです。


「あなたは、その人を尊敬していますか?」と。


彼女は

「いいえ、尊敬していません」と。



だから、こうです。



「尊敬していない人を、
どうして人生にそれほど投入しなければいけないの?」

「尊敬していない人の影響を受けたいかしら?」と。



答えはNOですよね(笑
どうせなら、尊敬する人の名前を出し、
尊敬できる人に嫉妬したいものです。

愚痴を言うのはOK。

でも、

尊敬していない人に影響を受けて愚痴を言うのって、

それ、ほんとうに、もったいない。




だって、尊敬できないひとに
エネルギー使ってるってことなんですよね。

それは意識的に使い分けなきゃ、


というのがわたしのやり方です。




もちろん、ふいに、全く尊敬できない人に囚われて
意識が奪われちゃうことがあります。


「いいなぁ・・・」と思ったり
「なんだよあいつ」と思ったりすることがわたしにもあります。


でも、そういうときにいつも

「その人を尊敬しているかどうか」

を想像するのです。




ちなみに、


嫌いだからといって尊敬していないわけではない、
ってことがよくあります。

好きだとしても尊敬していない人もいます。


ですから、

尊敬していても、嫌いでいたり
嫉妬したり、してもいい。

大好きになってベタベタして近づく必要はない。



でも、


嫌いな人だとしても尊敬できるなら、
その人から受け取れる恩恵はたくさんあります。


人は最終的に、
好き、嫌い、ではなく
尊敬できるかどうか、感謝できるかどうか、
で人を見ているからなのです。






あなたの人生において
あなたが関わることを許可している人の中に

尊敬できない人はどれくらいいますか?


日常の中で話す他人の話、口にする他者の名前の中に

尊敬できない人、
尊敬できる人、

はどのくらいの比率なのでしょう。




尊敬できないなー

と思う人の話を延々とし続けたら、
そこでストップ。


自分の人生にかけるエネルギーを、
尊敬できるものへ込めるように転換してみましょう。




悪口でも
不平や不満でも、構いません。



ただただ、


その人を尊敬できるかどうか。

それを一つの見極めポイントにしてみてくださいね。