お腹の中の思い出その2

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ちびがお風呂で


「おかあさん、ボクがお腹の中に居たときにお風呂にはいってたときどんなだった?」

「どんなって・・・フツウに今と同じようにはいってたけど?」

「あのね、お腹のなかで、ボクはこうして

(ボクサーが顔をまもるようにして)

顔の前に手があって、

そこからこのすきまから横目でちらっと

お母さんを見ようとしたんだけど、

お母さんの顔は見えなくて、おへそのところと、

お風呂のドアしか見えなかったんだよね~

早くお母さんのお顔をみたかったんだよね」

と言ってました。


お腹の中は紫でぐにょぐにょしていて気持ち悪いから

早く外に出たくて

2週間早く出てきたと前は普通に語ってましたが。


ボクサーみたいなポーズがリアルでした。

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あれから12年経ちました。

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12年前、ダウンタウンが司会をしていた26時間テレビのとき、

まさに、前駆陣痛と闘っておりました。


金曜日夜に病院に行っておさまって帰されて、

土曜日夜も軽い陣痛っぽいのがあったけどまた帰されるのが嫌で、

ずーっと26時間テレビをみながら様子を見ていて

(早朝の浜ちゃんのゴルフとか)

結局ゴルフが終る頃にはおさまって・・・。


で、26時間テレビ(まさに、台風の中でやっていた)が終って、

今度こそ陣痛がきて、

翌月曜日の朝8時半に促進剤の点滴して

午後2時前に生まれたのでした。

3人産んでいるけど

産まれた時のことは、3人とも

鮮明に覚えている。

ほんのついこの間のようで、もう12年かあ・・・。

ちなみに、長男と一番仲良しかいのママは

ちょうど一回り違う。

私の年までまだ12年もあるのに、

一人っ子の長男がもう12歳って

人の人生はいろいろだなあ。

(5歳のチビが12歳になるまででも、まだ7年もあるのね~。そんとき長男は・・・。19歳~。私は・・・うっ)


それがもう、6年生・・・。

148センチ。声も代わりすっかりおっさん。

早いなあ。

長男は、でも、ほとんど昔と同じキャラ。

ホントにまっすぐに育ってます。

ホントにたくましくていいやつだ。


お誕生日か~。12歳か~。


今日は仕事が忙しく、夜中までかかってますが

テレビではさんまさんと中居くんと紳助さんが盛り上がっています。

そろそろ寝れそうです。


しかし、明日はお茶当番。

午後は野球の合宿打ち合わせ・・・。

昼ねしたいなあ・・・。


健康第一ですよ。

まじで。

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お産のしづらい世の中

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会社の元同僚のマサキチより出産報告あり。


おめでとー。

なんでも、逆子をぐるんとしたりと大変だったとか・・・。

帰省直前に会社に遊びに来てくれたので、所長とともに、一緒に名前を考えていたのだが、

うちの次男の時にもあがった(自然にまつわる名前で勇大な感じで・・・

「河太郎」

というのにしたのだが、どうなることやら。


さて、実家に帰って地元新聞を読んでていてびっくりした。

うちの長男長女を出産した昭和伊南病院(駒ヶ根市)がもう分娩していないとな!

医者不足で医療を集中させるために、分娩は伊那の中央病院に集約したらしい。

いや、昭和伊南の分娩数、半端じゃなかったよね・・・。なんでも伊那の中央病院は、6月で去年の数を上回っているとか・・・。

(位置関係でいうと伊那から駒ヶ根までの分娩を一ヶ所でしかできないってこと。)

助産院も、いまやすごい数の分娩数らしい。


ちなみに、次男を産んだ東京の病院も、すでに分娩を扱っていない。(帝王切開のみ)


少子化問題も、おととしあたりに比べれば話題としては減っているけれど、現実問題として、よい方向に向かっていることと、逆のことが同じくらいあるんじゃなかろうか。

出産がどんどんとメンドウで大変なことになったりしないことを祈ります・・・。

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11年前、前駆陣痛のため、二晩くらい陣痛のようなものが起きては朝におさまる、を繰り返した。

金曜日の晩、それで病院から家に帰された。

土曜日の晩、また家に帰されるのかなあ、と前駆陣痛の記録をとりながらまんじりともせず見ていたのがまさに27時間テレビ(当時は24時間)で、ダウンタウンが司会をしていた。まさに台風が来ていている中での24時間テレビだった。


そして、24時間テレビも終わり、日曜日の晩、今度こそちゃんとした陣痛!ということで病院に行き、月曜日に生まれた。


あれから11年。

息子11歳の誕生日おめでとう。


夜中の鶴瓶が見たくて録画しておいたら

「なんか誤作動してたみたいで、夜中の番組がとれてたから削除しておいた」

と言ってわざわざラジオ体操の前に録画を削除して、

「なんで、そういういらんことをするんじゃ!」

「当然、そういうことは確認してからだろう!」

と朝から怒られる長男・・・。


ふうー。

時々、意味不明な思い込みによる行動があって、怒られる長男。

おおむね順調な成長ぶりではあるが。


きのうと今日は、ちびをつれてじゃぶじゃぶ池に。

混んだ時間を避けたら、ほぼ貸切状態に・・・。

いつも兄と姉についていくばかりなのでゆっくり母と2人で遊んだのでした。


祝!4歳。

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うちの次男も4歳になりました。


どうしても、朝起きて紙パンツにおしっこをわかっていながらしてしまうことをのぞけば、概ね順調に育っています。(あ、サイズは順調すぎて、もう105センチ19キロ、足のサイズも17センチと年長レベルですが。)


そんな次男、きのう父に

「おとうさんが、ゆめにでてきたんだよねー」と言ったので父が

「へえ!いいなあー。どんなゆめ?」

と聞くと

「あのね、おとうさんがトイレでながされていっちゃったの」

「・・・」


バレエの帰りに三鷹のANTENORでケーキを買い(でもお日柄的にmothers dayと書いてあるケーキ)、それにやおやナイスで土曜日に箱買いしたいちごを大量に乗せて、お祝いしました。

兄が

「てん君、家族の中で一番誰が好き?」(ってそんなこと聞くなっつーの)

と聞くと全く迷わず私を指差す。

うーんかわいい・・・。


は!だから父はトイレで流れていっちゃったの?

そういえば野球の話とか父としていると

「しゃべっちゃだめ!」

と口を押さえられるが・・・。


娘も私のことが大好きで困ります。

こんなに怖いかーちゃんなのに。


そして、母の日だから、とカーネーションをくれました。

「ありがとう!来年はカレー作ってね」

とお願いしておきました。

本当にありがとうね。


あれから4年。

てん君が生まれた病院は、助産婦不足らしくついに通常分娩はなくなったしまいました。


45歳になって思うことは、やはり年をとると、自分の身体も若い頃とは違うので、出産にはどんどん向かなくなるなかで、41歳でてん君を生んだのは今思うとぎりぎりだったのかな、と。この4年間で、前歯が折れたり、老眼になったり、腰痛が悪化したりと、若い頃なら「どんなことも治る」と思っていたけど、もう「治らないから付き合っていく」という考え方に変わったなあと思う。

今から出産はとてもとても恐ろしくてできない。


そういえば、私の身体で先天的な異常が今更ながら見つかって、それを実家の母に伝えたら

「ちゃんと生んであげれなくてごめんね」

なんていわれてしまった。もう45歳ともなると、改めてそのように言われるとびっくりしてしまうのだが、私も長男の足のつめのこと、長女のアレルギー体質(次男は今のところないなあ)など、たしかに、「ちゃんと生んであげれなくてごめんね」と思ってしまうので、いくつになっても母親とはそういうものなのだな、と思ったのでした。



出産の準備物

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会社にまもなく出産の同僚がいる。

さて、出産にあたって、事前に準備したものってどんなものだっけ?と古い記憶をたどる。

ほんの三年前だがなんだかものすごい昔のことのようだ。


購入したもの

<衣類・布類>(アカチャンホンポにて)

・長着、短着を各5枚づつくらい

・ロンパースを3枚ぐらい

(ただしうちはみんな5月~7月生まれだったので、出かけるとき以外はロンパースなどは着ないで長着、短着で過ごしたものだ。冬だと、おくるみとか上着も含めもう少しいるかも。)

・布のおしめ派だったので、布のおしめを20セットくらい(母と縫った)と、おしめカバーを5枚くらい

・夜寝るとき用に紙パンツ(うちはみんなでかいので新生児用は一瞬でした・・・)

・よだれかけ(5枚くらい)

・ガーゼのハンカチ(10枚セット)授乳や沐浴で結構使う

・バスタオル(未だに長男のときに買ったミッキーのバスタオルを次男が保育園の昼ねで使用している)


<寝具>

・子供用の敷布団と掛け布団と綿毛布(現在も使用中)

・おねしょシート

・スウィングラック(じじばばが買ってくれた。家事をしているときは便利。また、2人目以降は床に寝かすと踏まれるから


<授乳グッズ>

・哺乳瓶(私はヌーク派)大きいのと小さいのをそれぞれ2,3本。母乳でしたが、搾乳したものをいれたり、風呂上りの白湯や果汁、ちょっと出かけるときにミルクを飲んでもらうため。

・粉ミルク(外出しているときにばーちゃんに飲ませてもらったり、疲れた時用。外に出るときには200用の粉ミルクが便利でした)

・電子レンジでチンして哺乳瓶消毒するやつ(もらった)とはさむやつ・・・どうもあの消毒(ミルトン)の匂いが嫌で・・・。

・搾乳器(会社用)

・おしゃぶり(うちはみんな結構おしゃぶりしてた)長女は5歳まで・・・。


<その他>

・B型ベビーカー(2人目で破壊され、3人目では再度購入。しかし、先月また壊れた・・・もう3歳半だからあまり載らないとは思うが・・・)

・抱っこひも(首までのやつ)

・ベビーシートとチャイルドシートとジュニアシート(車用)

・クーファン(退院するときに運んだり、風呂上りに置いたりした。)

・お風呂用の斜めに座れる赤ちゃん用の椅子(そこにおいてあらってた)。これはめちゃくちゃ便利だった。特に二人目以降、上の子を洗わないとだったりする間待たせたり。

・赤ちゃん用のツメきり


レンタルしたもの

・ベビーベッド(上2人は実家だったので使いませんでしたが、3人目は上の2人が暴れるので危なくて)

・ベビーバス(2ヶ月くらいからは内風呂に入った)

・A型ベビーカー(生後半年だから)

・計量器(授乳前に量り、終って量り、その差でどれだけ飲んだかを量ってた。これが楽しみだったかも・・・)

・新生児期間の横抱き抱っこひも(でもうちの子は大きくて、借りたものの、使えなかった・・・)


あとは徐々に様子を見ながら買い足したような気がする。

あとは、自分の服かなー。マタニティではでかいけど、前の服が着れるサイズになるまでの服が意外となかった(だんなの服を着てたような気がする)。

がらがらとか。


余談ですが、私は臨月までバレエをしてたので、レオタードを無理やり着ていたんだけど、のびちゃってもう今はきれまっせーん。


あーなんか懐かしいなー、いいなー新生児のあのくにゃくにゃした感じ・・・。

もっとも、うちは3人とも3700クラスだったので、でかかったですけどねー。

先日こちらにコメントをくださったkurukokoさんは、産後エクセサイズ&セルフケアの講座 をやっているらしい。

もっともっと、こうした講座が気楽に受けられたらいいのに!と産後毎回思ったものだ。kurukokoさんの講座は6ヶ月までの赤ちゃんは一緒に受けられるのがうれしい。


お産して、1週間病院にいて、あとは家に帰って赤ちゃんのことで頭がいっぱい。

でも、ホントはケアしなきゃいけないのは、赤ちゃんだけじゃなくて産後のママの体やココロなのだ。


(ひとり目出産でもともと悪い腰を悪化させ、スポーツ整形のリハビリに半年も通う羽目になった私としては)骨盤的な意味でのケアは重要だなーと思う。&子宮のケアも誰かが何かを教えてくれるわけではないけれど、きっとんもっと「子宮にやさしい」方法があったんじゃないかなと思う。

2人目以降は本当に腰痛が怖かったので、ものすごく自分でいろいろな本を読んで、骨盤を締めるベルトを長くしていたり、体操をしたりしたものだ。

イメージだが、骨盤がしまらないと、そのまま下腹が緩んで脂肪が落ちない感じで、骨盤がしまってくると自然と下腹も内側に入り込むような気がする。


3人目は、臨月までバレエを続けていて、産んだあと1ヶ月でもう踊っていたので、体の筋力があまり落ちなかったことは産後の肥立ち的にはとってもよかった。ただ、バレエは骨盤を外に開く運動なので、半年くらいは、骨盤が「かくかく」していたように思う。股関節を痛めたのもこの時期'(産後1年くらい)にちょっと無理して踊ったことが影響したかもしれない。

でも、おかげさまで、スタイルという点では、バレエのおかげで、子どもを3人産んだわりには崩れていないと思うのですが。


単純に、産後の体にいいストレッチのような体操をするかしないかだけのことかもしれないが、自分の独学でやるのはあの時期ものすごく大変。近所でそういう「場」があったらいいのになー。スポーツジムや整骨院に国が補助金だして、地域ごとにやってくれないかなー。3ヶ月検診とか6ヶ月検診にきたついでに保健所でできるとか・・・。

そういう「文化」が根付いてほしいなあ。

子どもを持つという選択

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私は24歳のときに、営業途中の新橋駅かなにかで急におなかが痛くなり、ひどい貧血を起こしてしまった。その数ヶ月前に盲腸の手術をしていて、自分の体力を過信して、仕事にすぐに復帰したために、盲腸の治りが悪かったのだろうかと医者に行ったところ、

「盲腸の方は順調に治っています。むしろ婦人科に行かれた方がいいと思います」

といわれ、婦人科に言ってつげられたのは

「子宮内膜症ですね。おなかに、ピンポン玉くらいのチョコレートのような血のかたまりができています」

との結果だった。

原因はわからないが、営業で地方に行くことも多く、なかなかトイレにいけないために、生理中に長時間無理をしたりすることが影響していたのかもしれない。


その頃はもちろん独身だったし、自分が結婚するのか、子どもを産むのかもまだ全然ぴんときていなかったし、今から20年も昔のことなので、子宮内膜症についても、

「子宮筋腫とは違い、どうやら子宮の内膜と同じようなものが卵巣や卵管にできて充血していまい、生理のときにその血が身体の外に出ないので行き場がなくなり血の塊が残ってしまう」

程度の知識しかなく、

「生理を止めましょう」

という治療方法しかなく、ピルを飲み

「でも、薬の副作用で太ったり、更年期障害のような症状が現れますよ」

という言葉どおりに、副作用がやってきて太ったりのぼせたりしていた。


その後、スプレキュアという鼻から吸引する薬が出たり、漢方を試したりしながら、子宮内膜症とつきあって、いいときもあれば、悪い時もありながらも、仕事が忙しい毎日でそれが妊娠出産につながるとかあまりイメージできずに、医者からはなんとなく

「子どもはできにくいかもしれない」

という情報と

「内膜症は出産によって改善されるケースが多い」

という情報を与えられていた。

中でも、卵管が詰まっているかもしれない、という時の卵管造影の検査は、ものすごい痛みだった。


30歳手前で結婚してしばらくは、やはり仕事も充実していて、子どもはまだいいや、と先送りにしながらも、すでに長い付き合いになっていた婦人科医からは

「子どもが欲しいなら、結婚もしているんだし、早い方がいいですよ」

などといわれていた。

ぼんやりと、子どもができないとしたら私はどうするんだろう・・・なんてことも考えていた。


で、漢方薬などで身体の状態を整えて、チョコレートのような血の塊(私の場合は左の卵巣あたり)が小さくなるような治療を続け、子どもが欲しいと思ってしばらくしてすぐに、無事長男を授かった。産婦人科医は、もう少しできにくいことを心配していたので、すごく喜んでくださったのを今でも覚えている。今から10年も昔のことなので、不妊症だとか不妊治療といった言葉がまだそれほど世の中に出回っていない時代である。


で、その後2人目、3人目と子どもは続くわけなのだが、上と3番目が7歳もあいてしまったのは、なかなかできなかったからである。ああ、また今月も生理が来てしまった・・・という落胆を繰り返し、特に3人目は、もういっかあ、とあきらめて仕事の研修なども申し込んだ頃にできた。

(これは自分の感覚なのだが)二つある卵巣のうち、片方からの排卵の月は生理が重く、もう片方の月は軽かったので、2ヶ月に一度のチャンスしかなかったのかなあなんて、勝手に思っている。


幸い、不妊治療とまで行くようなことをせずに子どもを授かったのだが、自分が子どもを「3人」持ったのは、なかなかできにくいからこそ、「子どもが欲しい」という気持がより明確になったことも大きいように思う。

また、妊娠やお産の辛さも(特に私はつわりがひどかったのだが)、それでも「子どもができた」という喜びが勝っているし、育児をしてしんどい時でも、ふと、ああ、子どもを3人持ててよかったなあ、としみじみ思う瞬間がある。

まだ未婚のうちから、婦人科のあの「内診」という治療を受けていたことは、その後の精神的ダメージを軽くしていたかもしれない。(やはり婦人科の敷居は独身女性には高いですよね・・・だからどんなに生理痛がひどくても医者にいくのをためらう人も多いんじゃないかなあ…)


妊娠中+授乳で、それぞれ1年半生理がこないこと、お産でいっきに子宮の中の掃除ができること、などが理由なのか、長男出産後、現在まで10年近くは、子宮内膜症は治療が必要な状態にはなっていない。ただ、3人目は自分の加齢もあって(41歳になってましたからね)、内膜症はたいしたことはないが、「筋腫ぎみ」と言われながらのお産だった。


子宮内膜症という経験や&Rhマイナスなので、お産のたびに検査だの注射だのいざというときのための準備(血液の確保)などあったのですが、そうしたことは、私の「子どもを持つという選択」に大きな影響を与えたなあ、と最近しみじみと思うのでした。

出産の危険性

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昔、お産は命がけだった。お産の歴史という本を見ると、なかなかリアルで怖い。


現在でも、妊娠中毒症などは危険なので、妊娠中の体重の増加や、塩分の取りすぎなどは指導される。

34歳、37歳、41歳と三度の出産を経験したが、もともと持病はないものの、加齢とともに、自分の体質として弱い部分が妊娠中の抵抗力や免疫力の低さによって増進されていたように思う。私は、低血圧&貧血なのだが(イメージと違うとみんなに言われますが…)、一人目より二人目、3人目の方が貧血の値は悪く、3人目の最後は特にふらふらだったので、後期は特に貧血で倒れると危ないので遠出はさけていた。また、もともと風邪を引きにくい私であるが、風邪薬を飲めないこともあって、本当に治らなかった。


出産にあたって、特に持病がなくて、血圧も高くなく、逆子でもなければ、普通の病院でいいかもしれないが、何か心配なことがあれば、やはり、お金がかかっても大きな病院でお産をした方がいいと思う。特に最近は、高齢出産が増えてきているので、リスクヘッジは必要だな、と思う。友人は40歳初産で聖路加を選んだが、後に

「贅沢かと思っていたんだけど、やっぱりいざお産の時には、いろいろあって、結果的に聖路加でよかった」

と言っていた。


私は、「Rhマイナス」という特別な血液型なため、「なにかあったとき」のために、上2人は、実家の長野県で、隣の市の大きな病院で出産した。3人目も、都内で家から徒歩5分とはいえ、小児科もある総合病院で産んだ。親戚の赤ちゃんが、生まれてすぐに大学病院に運ばれて緊急手術になったという出来事もあって、慎重になっていた。結果的に、三回とも幸い何もなかったが、出産は、普通なことでありながら、「日常生活よりは何かが起こりやすく、さらに何かあったときに、取り返しがつかない」ことだとしみじみ思う。


少子化で、産婦人科が減っているという。産婦人科のなり手が少ないことや、麻酔科医も少ないという話も聞く。

突然産気づいても近くにお産ができる設備がなかったり、お産の途中に何か起きたときに、受け入れてくれる病院が近くになかったりといった世の中だということを、いろいろな事件で知ると、背筋がすっと寒くなる。

また、私が3人目をお産した病院も、ついこの間から、小児科病棟がなくなってしまった…。近所の子ども3人で働いているママが、先日3人目(1歳)のお子さんが肺炎になり、その病院に入院させられないために、電車で隣の区の大学病院まで通っていた。


「少子化対策」を広義で考えると、本当にいろいろな懸案事項がある。


ちなみに私自身は、お産婆さんの手で取り上げられた3600グラムの玉のような赤ちゃんでした。(父は上が女の子だったので二人めは、男の子が欲しかったらしく、がっちりの赤ちゃんで男の子だ!と喜んだのに、よく見たら女の子だったとか・・・でも結局男の子のような性格に育ちましたが・・・)

お産の歴史

¥720
株式会社 ビーケーワン

出産でもらえるお金

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出産でもらえるお金についてここで整理してみた

産前産後
休業については、産前は本人が請求することで6週間休業を取得できる。産後は8週間(ただし医師が支障がないと認めた場合は6週間)が経過するまで働いてはいけない。産前、産後休業期間中は、健康保険から出産手当金が支払われる

出産手当金
出産日(予定日より遅れたら予定日の)以前の42日と、出産以降の56日までの期間について、一日あたり標準報酬日額の6割が支払われる
ただし、会社が賃金を支払う場合には出産手当金との調整が行われ、賃金が出産手当金の額以上の場合は手当て金は支払われない(健康保険法108条第1項)

*あくまでも、健康保険法の被保険者に限られた話で、国民健康保険法には出産手当金の規定はない。また、パートタイム労働者は一日の労働時間、一ヶ月の勤務日数が通常の従業員の四分の三を下回る場合は原則として適用が除外されてしまう。さらに健康保険が強制適用されるのは従業員5人以上なので、すべての人が出産手当金を受け取れるわけれはない
*今までは、退職後6ヶ月以内に出産した人や、退職後も健康保険を任意継続していた人も出産手当金をもらえましたが、来年度以降はもらえなくなるので要注意

出産時
出産一時金;
健康保険加入者は30万円の出産一時金を受け取ることができる(働いていない人も、夫も健康保険より)
政府の少子化対策により、入院出産時に使えるように給付を前倒し

育児休暇
1歳に満たない子どもを養育する労働者は、子どもを養育するために育児休業を取得することができる。(保育所への入所がかなわないなどの理由であれば1年半まで延長可)。育児休業期間中は雇用保険から育児休業基本給付金が支給される、

育児休業基本給付
雇用保険の一般保険者は(育児休業開始2年間にみなし被保険者期間が通算して12ヶ月以上あることが必要)休業開始時賃金日額の3割相当額を受け取ることができる
ただし、会社が賃金を支払う場合には調整が行われ、休業開始時賃金の日額の80%以上を払った場合には、育児休業給付は支払われない。50%以下の場合は、調整は行われない。50%を超える場合は、80%から賃金額を減じた額が支給される。

育児休業者職場復帰給付金として、休業開始時賃金日額の10%を育児休養期間ついて受け付けることができる

ちなみに、出産にかかるお金は、病院によって違いけど、いまどき30万円ではきかない。私は近所の普通の総合病院だったが40万円。母体が病気を抱えていたり、何かあったときに安全な病院を選ぶと、80万円とか100万円とかだってありうる・・・。
それ以外に、やれベビーベッドだ、洋服だ、ベビーバスだ、ベビーカーだ、チャイルドシートだ・・・。

猪口さんの出産無料化は却下でしたが(極端すぎるかな)、出産にお金があまりかからないためにはどうしたらいいか、考えてほしいものです。