日本の古代探索

古事記・日本書紀・万葉集の文や詩を通して我々の先祖の生きざまを探ってゆきたいと思います。


テーマ:

 

今回も旅人の「酒を讃える詩十三首」の中からです。

 

三百四十三、中々二 人跡不有者 酒壺二 成而師鴨 酒二染嘗

 

  なかなかに ひととあらずば さかつぼに ならしてしかも さけにそめなめ

 

訳:とても 人でなかったら 酒壺に ねかせて(熟成させて)しかも 

酒に味をつけることなどできなかっただろうね

 

お酒を飲む人ならば誰でも、酒は熟成させると美味しくなることを知っています。

この詩を従来「酒壺になりたい」と解釈していたとは奇想天外ですね。

 

**「なかなかに」は「中途半端はダメ」の意。「そめなめ」は「そめ(染む、下二・色を

付ける・この場合は、味をつける)の連用形+完了の助動詞(ぬ)の未然形(な)+推量の

助動詞(む)の已然形(め)」で逆接的用法。

 

三百四十七、世間之 遊道爾 冷者 醉哭為爾 可有良師 

 

よのなかし あそびのみちに つめたきは えひなきするに あるべかるらし

 

訳:世間は 遊びの道に冷たいね 酔って泣き言いうしかないよね

 

ここで言う遊びの道は、酒の道でしょか、いや、遊女などとのものだと思います。

 

従来「冷」を「すすしく」と読んで訳の分からない解釈が横行しているようです。

「冷」は「すずし」で「すすし」ではありません。もし、「すすし」と読んで意味がすっき

りしているのなら、そんなこともあるのかなと思いますが、

その結果の従来の解釈はちんぷんかんぷんなのです。

 

一例を挙げて見ます(中西進氏の解釈)

「世間でもてはやす風流の道になまじ励むよりは、酔い泣きすることがよいらしい」

(「すすし」は「進む、或いは、賢し:賢明である」。「すすしきほふ」は「進んで競り合う」)

 

**「つめたき」は「冷たき:冷酷」の連体形。「は」はとりたてて限定する意の係助詞。

「らし」は強い確信を表す助動詞で(~にちがいない、まず~だろう)。

 

三百四十八、今代爾之 樂有者 來生者 蟲爾鳥爾毛 吾羽成奈武

 

  このよにし たのしくあるは きおふもの むしにとりにも あはねなりなむ

 

訳:今の世で 何が楽しいかって(楽しいことは) (それは)惚れられることだよ 

蟲にも鳥にもなった気分で 私は飛び上がってしまうでしょうよ

 

ここまで、従来の解釈を否定し続けましたが、このブログのように解釈しなおせば、従来の解釈では見えない旅人の素の人間性が透けて見えてきたと思います。

酒を飲む人がすべて洒脱だとは申しませんが旅人の愛すべき人間性、身近などこにでもいそうな粋な好感の持てるオジサン的な大納言は多くの人に慕われたのだと思います。

 

**「きおふもの」は「き:気・恋慕の情・心配り」、「おふ:負ふ・身に引き受ける・被

る」「もの:者」で「惚れられた男」。「あ」は「我」。

「はねなりなむ」は「はね:撥ぬ・躍り上がる」

の連用形+「なり:~状態になる」の連用形+「なむ:完了の助動詞(ぬ)の未然形+

推量の助動詞(む)で、(~てしまうだろう)」。

 


テーマ:

 

今回も旅人の「酒を讃える詩十三首」の中からです。

 

三百四十一、賢跡 物言從者 酒飲而 酔哭為師 益有良之

 

  さかしくと ものいふよりは さけのみて えひてなかせし ききめあるらし

 

解釈:(俺は)賢いのだぞと(言わんばかりに) 物を言うよりは 酒を飲んで 

酔わせて泣き言を言わせた方が 効き目があるようだよ(話を聞いてやれ)

 

この詩のやり方は酒の好きな旅人の得意技なのでしょう。

 

上司と言うものは何かと若い部下に対してあれこれ「指導」めいたことを言ったり、自分

の「成功体験」や「失敗」を語りたがるものですが、旅人は「酒を一緒に飲んで、相手が

酔っていろいろ愚痴るのを聞いてやる方が、よっぽど相手のためになるようだったよ」と

言っているのです。

 

**「さかしくと」の「さかしく」は形容詞の連用形。「と」は接続助詞。

「えひてなかせし」の「せし」は使役の助動詞「す」の連用形+過去の助動詞「き」の連体

形。「益」は「ききめ」。

 

従来解釈の中には「賢そうに物を言うより酔っ払って泣く方が勝っている」としているも

のがありますが頓珍漢な解釈でしょう。

 

三百四十二、將言為便 將為便不知 極 貴物者 酒西有良之

 

  いはむすべ せむすべしらず きはまるに たふときものは さけにしあらし

 

解釈:どう言ってよいか どうしたらよいかわからず 結局のところ 一番よかったのは 

お酒だったようですよ

 

この詩は前の詩の念押しです。

部下がいろいろ相談に来た時、どう言ったら良いかわからなかったけれど、結局のところ

お酒を飲んで話していたら解決してしまいましたよと、言っているのです。

**中西進氏の解釈のように、お酒の貴さを詠っているわけではありません。

*「たふとし」は「あがめ重んずべきである」。「あらし」は「あるらし:~だったようだ」

 


テーマ:

 

今回は大伴宿祢旅人の詠んだ詩とされる「酒を讃える詩十三首」の中からご紹介いたします。

 

太宰帥大伴卿の酒を讃える歌十三首

三百三十八、験無 物乎不念者 一坏乃 濁酒乎 可飲有良師

 

  しるしなき ものをもはねば ひとつきの にごりしさけを のむべかるらし

 

この詩の出だしの「しるしなき ものをもはねば」の解釈がポイントです。

従来は「しるしなきものをもはずは」と読んで、「甲斐の無い物思いにふけらないで」とか

「考えても仕方ない物思いをしないで」と解釈されています。

即ち「酒は気晴らしの手段」と言う考え方です。

しかし、酒の好きな人は決して「何かを忘れる」のために酒を飲むのではありません。

 

「もは」は「思(も)ふ」の未然形ですから、「ね」(打消しの助動詞の已然形)+ば(接続助詞)で「~ので」と言う意味です。

又、「ものを」の「を」は格助詞で「~と」と言う意味です。

 

即ちここは「効果のないものと 思わないので」と解釈する処です。

即ち、旅人は「自分で期待する気持ちがあるので」と詠い出しています。けっして「何かを忘れるための気晴らし」ではないのです。

ですから最後は「のむべかるらし」は「のむべくあるべし」で「当然飲むべきなのだ」となっていて、「飲みなさい」とは進めていないのです。

 

意味:なんの良いこともない 物と思わないのだから 一杯の 

濁り酒を 飲まなければならないのだ

 

即ちこの詩は「(楽しい)体に良いから 酒を 飲むんだよ」と言うことでしょう。

 

正に旅人は「酒飲みとして自信にあふれている」と言ってよいでしょう。

 

次の詩も「のん兵衛」の面目躍如たる詩です。

落語に出てきそうなご隠居さんが酔っ払って語り合っている姿が思い浮かびませんか。

 

三百三十九、酒名乎 聖跡負師 古昔 大聖之 言乃宜左

 

  さけのなか ひじりとおひし いにしへを おほひじりこれ ことのよろしさ

 

最初の二句は倒置法のようです。即ち「ひじりとおひし さけのなか」で

「聖と言われてるのは酒のことだよね」を「酒」を強調するために倒置法を取ったのでしょう。「か」は問いかけの終助詞です。

「古昔・いにしへ」は「しっかりねかせた(熟成させた)古酒のこと」。

「之」を「これ」と読みました。「おほひじりし」でも良いのですが6音になってしまうのと、

漢文調に「これ」の方が(7音になって)語調がよいと思いました。

 

訳:お酒のことかな 「ひじり」と言うだろう 

古いの(酒)を 「おほひじり」とは うまいこと言うね

 

愛すべき酒飲みの大納言旅人の楽しい人柄があふれていると思いませんか。

 

従来の解釈を一つご紹介いたします。

「酒の名を聖となづけた、昔の大聖人のことばのよさ」(中西進)

即ち、「昔の大聖人(おほひじり)が酒のことを聖(ひじり)と名付けた」は、いくら何でもつや消しでしょう。

 

Ameba人気のブログ

Amebaトピックス

    ブログをはじめる

    たくさんの芸能人・有名人が
    書いているAmebaブログを
    無料で簡単にはじめることができます。

    公式トップブロガーへ応募

    多くの方にご紹介したいブログを
    執筆する方を「公式トップブロガー」
    として認定しております。

    芸能人・有名人ブログを開設

    Amebaブログでは、芸能人・有名人ブログを
    ご希望される著名人の方/事務所様を
    随時募集しております。