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高校生×OL
私は運とタイミングが悪い。
それはもう。
とてつもなく。
梅雨も明けて夏も本番を迎える週末の夜。
日々募る仕事のストレスを発散すべく、同じ部署の同僚と女子会だ!と繰り出したオシャレな居酒屋。
上司のセクハラ気味な発言への愚痴に始まって、社内の男性社員の噂話。
取引先の営業マンのついて…。
女子の話は尽きることを知らない。
「社外でナンバーワンは寅間物産の村雨さんだけどぉ~。社内だったら断・然!営業の不破さんですっ」
力いっぱい力説するのは、受付の美森ちゃん。
その言葉に私はビクッと肩を震わせた。
「ホント、美森は男を顔だけで選ぶわねぇ」
「あの男は女グセ悪いわよぉ~」
「そうそう。社内の女の子手当たり次第よ」
美森ちゃんに次々と忠告するお姉さま方の声が、同じテーブルに着いている筈なのに遠くに聞こえる。
『営業部の不破尚』
それはつい先日まで自分の恋人だと思っていた男の名前。
☆☆☆
「もぉぉっ!!ほんっとうにツイてないっ!!」
深夜の公園のベンチで、周りも気にせずに大きな声で叫んだのは、私が相当酔っぱらっていたからだと思う。
あの後、自分の元カレについて、何も知らない彼女たちから明かされる悪行の数々に素面で聞いていることが出来ずに、ひたすら飲み続けた。
「あ~い~つ~!『皆にはナイショな』とか言って、他の子に手を出すためだったのねぇ!」
怒りに任せてドスドスと脚を踏み鳴らしながら歩いた結果、買ったばかりのお気に入りだったパンプスのヒールがポッキリと折れた。
全てのことにタイミングの悪い自分が嫌になって。
右手に握った踵の折れたパンプスさえも憎らしくて、思いっきり投げた。
「痛っ!」
誰もいないと思っていた公園の片隅。
暗がりでよく見えなかったけど、どうやら人がいたらしい。
「これ、あなたのですか?」
低くて、それでいてやたらと心地のいい声が聞こえて、こちらに向かってくる人物を見上げる。
手には私が投げたパンプスを握りしめているところを見ると、どうやら私が投げたソレが当たった相手のようだ。
「ご、ごめんなさいっ」
いくら酔っていても申し訳なさと恥ずかしさは健在で、慌てて駆け寄ろうとした。
「きゃあっ」
「危ないっ」
片足に靴を履いていないことを忘れていた私がよろけると、目の前の男の人の長い腕が身体を支えてくれる。
「…大丈夫?」
「か、重ね重ねすみませ…」
抱きとめられた腕の中、大きな胸に顔を埋めるような体制に恥ずかしくなって身体を離そうとしたら背中と腰に回った腕に少しだけ力が籠った。
(…いい香り)
甘く爽やかな、それでいてどこかで嗅いだことのある香りが鼻を掠めた瞬間、全身の力が抜けた。
☆☆☆
「ん……」
夏だというのに適度に空調の効いた室内は、身体に巻き付くシーツの感触も気持ちいい。
そしてそれ以上に、自分を包み込む甘く優しい香りと温もり。
あまりの心地よさに、ここは天国じゃないかと思う。
(ああ、私まだ夢をみてるのね。それなら…)
トクトクと聞こえる規則正しい音が心を穏やかにしてくれる。
気持ちいい感触を存分に堪能しようと、その温もりに腕を回してぎゅううっと力をこめた。
「!?」
自分を包み込んでいた温もりが身体を締め付ける感触に驚いて一気に覚醒した。
(なっ、なっ…!?)
見開いた目の先に広がる一面の肌色。
規則正しく上下する熱い胸板に、視線を上げれば恐ろしく整った彫刻のような美しい寝顔。
大声を上げないように自分の口を塞ぎ、必死に昨夜のことを思い出す。
『キョーコさん…』
甘く蕩けるような艶やかな美声が耳に残っている。
思い出して一気に体中が赤くなるのが分かった。
暫く静かに悶絶した後、自分が何も身に着けていないことに気づき、そっと彼の腕の中から抜け出す。
床に散らばる自分の服を掻き集めている拍子に、見覚えのない鞄を倒してしまった。
「!?」
鞄の中から飛び出したモノを拾い上げて、息が止まりそうになる。
〖○○予備校 夏期講習日程表〗
え…どういうこと…?
更に小さな手帳を捲る。
〖私立LME高等学校 3年1組 敦賀 蓮〗
(生徒…手帳…?)
手にしていた手帳が滑り落ちて、パサリと音を立てる。
「んぅ…」
ベッドの中でまだ眠る彼が、寝返りをうった。
慌てた私は、大急ぎで衣服を身に着け、逃げるように部屋を後にした。
☆☆☆
週末は最低だった。
飲み会でしこたま飲んだ身体は二日酔いで、翌日は頭痛に苦しんだ。
酔った勢いで一夜を共にした相手は実は高校生で、罪悪感に居た堪れなくなった。
心身共にリフレッシュすることが出来なかった重い身体を引きずって何とか仕事を終え会社を出ると、学生服に身を包んでスポーツバッグを肩にかけた彼が立っていた。
(そうやって制服を着ていると、高校生に見えなくもないわ)
なんて呑気に眺めていた私に気づいた彼『敦賀蓮』が、長い脚を存分に駆使して凄いスピードで私の方に向かってきた。
「キョーコさん」
「な、なんで…私の職場…」
酔って曖昧な記憶を辿っても自分の勤め先を明かした覚えはないが、あの夜私は彼に教えたのだろうか。
自分の迂闊さを後悔しながら問う。
「この会社、俺の父さんの会社なんだ」
「へ…ええっ!?」
驚く私にお構いなしで、彼は私の左手を握っている。
「あの…手…離して」
「離したら逃げるでしょう?…あの朝みたいに」
「そ、そんなこと…」
ギクリと狼狽えて否定するけど、私の手を掴む力は緩まない。
「高校生の俺と『あんなコト』しちゃった責任、とってくれるよね?」
そう言ってニコリと笑ったその顔は、道行く人々が思わず立ち止まって見惚れるほどに美しいのに、何故か私は背筋が凍るほどの悪寒を覚えた。
ああ、私は本当に運が悪い。