#161 「死んだらどうなるか」、ハッキリするから命は重いのですよ
テーマ:自分学・命は重いんですよ 『大人たばこ養成講座』で知られている、寄藤文平さんが、次のような本を出していらっしゃいます。
私・浅路
もひと通り読みましたが、イラストが多く、そして様々な宗教や土着信仰で考えられている「死んだらどうなるか」を、また多くの歴史上の人物の死を取り上げ、読みやすい仕上がりになっています。寄藤文平さんは一方で、前回お話ししましたキューブラロスの言葉
を一番の参考にしたと述べていらっしゃいます。
それにしても、「死んだらどうなるか」、たくさんの考え方があることがこの一冊で知れます。生き返ると考えたり、ワタシはそのまま死後の世界で生活を送ると考えたり、火・水・木・土などになると考えたり、無になると考えたり。果たして死後の世界はワタシが拠り所としている宗教や思想でこんなに変わってくるものか、おかしな気分になりました。
それは同時に、「死んだらどうなるか」をハッキリ知っている人がいないことを示していると言えそうです。幼い子どもになら家族や友達が死んでしまったら、「今どこで何をしているのか?」という疑問に何と説明すればよいか迷います。ですがワタシは大人になっても、同じ「今どこで何をしているのか?」という疑問は晴れないままではないでしょうか。お墓にいるのであれば今は何をしているのでしょうか?
死ぬことは取り返しのつかない一大事、しかも「死んだらどうなるか」ハッキリしていない、分かっているけれどあまりにも大きな問題すぎて、「考えても仕方ない」「死んだら死んだ時」と放棄しているのかもしれません。ですが、仕方ないと言っても問題は未解決です。そのままお先真っ暗な世界へ飛び込むことが潔く出来るでしょうか。知識や理性ではなんとも乗り越えられない壁があるから潔く死ねない、また一方で様々な考え・個人的な想像が生まれ、取り返しのつかない一大事が本当に一大事なのだという認識が薄れている
のではないでしょうか。
では「死ねばどうなるか?」の疑問はハッキリするのでしょうか?ハッキリする、しかも生きている現在ただ今ハッキリする、そしてハッキリすれば「この一大事が重いからこそ、ハッキリさせるという大問題の解決ができる全ての人の命も重いのだ」と、なぜ命が重いのかもハッキリするのだ、と教えたのが、世界の3大宗教・2大宗教と数えられても抜きに出来ない仏教です。ですが残念ながら自分学の領域を超える話になるためここでは仏教を紹介するにとどめ、「じゃあどんな教えなの?」という疑問のある方はメールでのみ受け付けることにして、「命は重いんですよ」のテーマを締めくくります。





『死にカタログ』/寄藤 文平
1 ■☆★☆コメント☆★☆
俺様の「好きにやらせろ!」 Ⅱ
を書いていらっしゃいます、HN:俺様 さんからコメントを頂きました。
以下、コピーして持って帰ってきました。ありがとうございました。
■>浅路さん、
こんにちわ、初めまして。TB頂きましてありがとうございました。馴染み深いイラストとともに、珍しく一日かけずに一気に読み終わった本ですが、浅路さんがおっしゃっている『「考えても仕方ない」「死んだら死んだ時」と放棄』するのは違うなぁ、と思いました。正面で向き合い辛い事だからこそ、真剣に受け止める事だと思いました。 WE ARE ALL ONE & ***