例えば、

踊りたいと言う人がいたとして。

ただ踊っていると魂が安らいで幸せになる。

ただただ踊りたい。

そこに魂の喜びがあるので

踊りたいという意欲は

純粋なものです。

 

踊りの技術を向上させて

人を集めて見せたい。

さらに、有料で人に教えたい。

そのためにはどこで何をして

何人集めないといけない。

いくら収入を得られる…

ーーーそう思うこともあるかもしれません。

でもそれは純粋な意欲ではなく

別の目的なのです。

 

 

その踊りがあまりに素晴らしかったら、

踊ってほしい、教えてほしいと

人が集まるかもしれない。

人に教えられるようになるかもしれない。

 

 

ひたすら踊りつづけた後に

自然発生的に起こることがあるかもしれません。

それは天の計らいなので

素直に従うといいです。

自分で計画的にすることではないのです。

 

2017年の前半、

自分の場所とすることは見つかったでしょうか。

それが確信できるのは、

純粋な意欲に沿って行動している時です。

魂の喜びを感じたときです。

 

自分の人生で

どんなふうに在りたいか。

何をなし得たいか。

それは純粋な意欲の元に発せられていますか。


 

 

 

 

私自身は、

今年の3月で

イベントやリトリートのオーガナイズを

すべてやめました。

自分が発信したいことは

もちろん何かの形で行いますが

だれかを招聘してするようなイベントは

お休みしています。

 

 

純粋な意欲に沿うために

そうすることが最善の方法だったからです。

何かを得ようとすると

魂は無表情で無口になります。

それを感じたのです。

 

 

得るとは、手に入れたいということ。

それは6つの欲です。

これを手放すと

それまでしていた計画もいらなくなります。

 

それは

お金

名声

賞賛

自信

安定

安心のこと。


でも決して、

これらのこと求めることは

いけないことではありません。

必要なことでもあります。

でも先に設定する目的ではありません。

 

元からある光を輝かせるとは

魂の声を聴いてできること。

それは得ることではなくて

声に従ってみることです。

 

 

「得るための計画を手放す」

そうすると何が起きるか。

 

その気づきについて

それぞれみんなが、

それについてどんなふうに感じているか。

自由に話して聴く、シェアする会を

来月行います。

 

 

7月29日(土)

13:30〜16:30 

「トーキングサークル

ー魂の喜びの声を聴いて、得るための行動を手放す」

 

洗足区民センター

参加費:ドネーション(恩送りとしてご自由にお収めください)

協力費:会場、お茶菓子代として1000円

申し込み:こちらから

 

 

 

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