ライフストーリーを

振り返って光を見つけるシリーズ。
まだまだ第三弾です。
 
大学を卒業し
テレビ番組へ衣装を提供する会社へ
採用が決まったけれど、
気が進まないので、
引き続き入れそうなところを物色していた。
 
 
 
 
たまたま新聞の求人欄に
俳優のマネージャーを
募集している劇団が
あったので面接に行ってみた。
 
中央線沿線の創立直前の
その劇団は
時折テレビで見かける
新劇の役者さんが代表者で
3〜40人くらい団員がいただろうか。
 
都内の大きな劇場での
旗揚げ公演に向けて
稽古に励んでいた。
 
代表者と話して
すぐに採用されることになった。
ものすごーい薄給だったけれど、
でもまあ、いちおうお給料
もらえるからいいやと。
 
配属された映画放送部は、
俳優のマネジメントをする部署で
チーフマネージャーと
デスクの男性が1人ずつ。
 
私はそのチーフの部下として
テレビ局やら制作会社やらを回って
ドラマに自分の劇団の役者さんを
キャスティングしてもらう
交渉をするわけです。
 
いつも、チーフと
「TBSテレビのロビーに10時に」
みたいに待ち合わせして
連れて行ってもらいました。
 
そんなことが何回かあって、
行く先々で
チーフが私を
「新卒の担当です」と紹介してくれた。
 
1980年代ですから、
今や有名な
大物テレビ演出家の方々が
まだ新人だった頃。
そういう人たちに
役者売り込んでいたのです。
 
でも、元々、
営業に向いている訳ではなく、
何せ芸術学部出身ですから
当然と言えば当然で。
そしてまだ世間を何も知らない23歳。
 
初対面の人や
テレビ局の偉い人たちに
気軽にお話ししたり
雑談したりできるはずもなく
ドキドキおどおど。
 
まして、小さな劇団なので
企業のように
接遇や営業の研修なんてのも
ありませんでした。
 
当時は、どの会社も
今よりセキュリティが甘かったので、
テレビ局も守衛さんに
「おはようございます」と言えば
ズカズカと入れて
担当デスクのところに
行けたんだけど、
なんだか、場違いみたいな、
役者の説明以外は
何話していいかわからなかった。
 
「アルバム(役者たちの写真やプロフィールの)を
交換に来ました」
だけで、そそくさと帰ってしまったり。
 
ディレクターのおじさまには
「何?ダスキンみたいだねぇ」
とか冷やかされたりしていた。
 
お給料もらうために
仕方なく入ったけど、
この仕事もなんだかなぁ〜と
思い始めた頃。
 
ある日、いつものように
テレビ局で待ち合わせた
チーフがやってこない。
まだ携帯もないので、
事務所に何度も電話して確認するも
全く連絡が取れず。
その日は帰ったけれど
だんだん劇団でも
チーフと会うことが
少なくなっていった。
 
おかしいなあ。
どうも、
意図的に避けられてるような気がする。
どうしたんだろう。
何か気に障ることしちゃったのかな。
 
いや、
前から、
うすうすおかしいとは
思ってたけど。
だんだんその秘密が
明らかになってきた。
 
私を避け始めた
件のチーフマネージャーは
 
なんと
 
なんと
 
 
女が嫌い!!!
 
 
だったんです…
 
 
「女になんか、この仕事が勤まるわけない。
女は不浄のもの」
なのだそうです…
 
だから、
自分が足で開拓した仕事先を
いくら部下でも
女なんぞに紹介したくないわ!!
 
ってことらしいです。
 
あちゃー。
 
今でこそ、
LGBTが市民権を得ているけれど
当時はまだまだ社会の
偏見があったし、
そのチーフの個性として
特に女は敵みたいな
感覚があったのでしょう。
 
私にはむしろ、
高校の同級生で
絵描きをしながら
プロのゲイボーイになった
友人もいたりして
そっちの方には
普通に受け止めていた
つもりなのに。
まったくです。
 
そうこうしいているうちに、
旗揚げ公演も無事に終わって
打ち上げのとき。
有名な俳優さんたちも
お祝いにきてくれて
その中に、
女優の藤田弓子さんがいました。
 
弓子さんは
ずいぶん前に、
HNKの連ドラでデビューされて
以来中年になってからも
明るいキャラでおなじみです。
写真はネットから借りました。
 
代表が
うちの新しいマネージャーと
私を紹介してくれました。
そうしたら、
弓子さん、
開口一番
 
「まあ、あなた、女優やればいいのに」
 
代表「ねえ」
 
わたし「はあ…」
 
その言葉に後押しされて
その劇団での
マネージャー業に見切りを付けて
改めて演技者として別の劇団を
受けてみようかと
思い始めました。
 
事務所の隣の稽古場では
毎日、ドタバタ、わーわー、
旗揚げ公演の稽古をしています。
 
やっぱり
わたしが
行くのは
そっちの
稽古場ではないかという
想いが日増しに強くなってきて
ある日思い切って代表に言いました。
 
「あの、わたし、やっぱり役者やりたいので、
劇団辞めさせてください」
 
代表は、あっさりと
「そうか、じゃあ、明日からこっちへ移ればいい」
 
いとも簡単に映画放送部のマネージャーから
演技部の俳優へ移ることになったのです。
 
そこで、何本かのアトリエ公演に出て
1年後、自分の劇団を立ち上げるために
退団することになりました。
 
きらきら私の光
サインを見逃さない
 
次回に続く。
 
 

「ライフストーリー」から

”光”(リソース)を

見つけていく個人セッション

「光のセッション」受付中です。

 

内側の女神が目を覚まします。

 

 

詳細はこちらです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 
AD