節分の日の昨日、
産土神社の「須賀神社」に行ってきました。
豆まきの時間とは合わなかったので
人が少なく、ゆっくりとお参りできました。
 
 
 
 
「一陽来福」も仕事部屋の壁にしっかりと貼りました。
 
 
ここが、わたしの産土様と知って、
矢も楯もたまらず飛んで行った須賀神社。
 
出生地からしてここしかないという確信があったので
懐かしく、ふるさとに帰ったように
温かい気持ちに。
 
幼い頃に来たかどうかは、
今では調べる方法がないけれど、
たまらなく親しみを感じるのは、
やはり、自分がここで生まれた事実があること。
幼稚園まで過ごしたこと。
この土地が身体と魂に合ってるからだと思う。
 
この懐かしい気持ちは昨日も。
帰り道の路地さえ、愛着を感じてしまいました。
 
「産土様は須賀神社で、
そこに行くと懐かしくて嬉しい気持ちになる。
大好きな神社なの」と
周囲の人に言えば
産土様がそれを聴いて
関係が一層近くなるような気がします。
 
言霊を軽視してはいけない。
発する言葉はいつもどこかで聴かれている。
 
例えばほめられたとしたら
素直に「ありがとう」。
「いやあ、そんなことないです。
こんなこと誰だってできます」
とか言ったらほんとにそうなるし、
「またまた、お世辞がお上手と」とか言ったら
きっと、それはお世辞になるでしょう。
それは、自分を認めてない人がよく言う台詞。
 
何かができた時に
「すごいね。よかったね」と周囲から言われて、
「いやあ、大したことないです」とか
「たまたま、まぐれです」とか
謙遜して言うのをよく聴くけど、
それは、本当に
「大したことのない、まぐれ」になってしまいます。
 
これは、自分にも
今でも戒めとして言いたいこと。
 
いつも気にかけてくれる
あの人やあの人。
仕事をしましょうと声をかけてくれる人。
あれこれをお願いしたいと頼んでくれる人。
セッションを受けたいと連絡をくれる人。
講座やワークショップに申し込んでくれる人。
ほんとうにありがたい。
 
長く続けていたり、
うまくいってきたりすると
無意識のうちに傲慢になることがある。
 
売れて忙しくなってきたら
やることや人への接し方が
雑になる人もいる。
 
そういう時こそ、
人の真価が問われる。
言い古されたことだけど、
いつも感謝の気持ちがあれば
顔にも声にも言葉にもそれが現れるから
上の人はそれを聞き逃さないし
人も敏感にキャッチする。
言霊、大事です。
 
 

 

 

 

 

 

 

 

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