世界は、自分からはじまる ~ソウルセラピスト∞haruco~

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こんばんは。

ハルコです。

 

 

わたし40歳になるまで

ずっと優等生をやめられませんでした。

優等生って言われることは

すごく嫌だったのに、

言うことも、

やることも、

ぜんぶ優等生だったのです。

 

 

 

優等生の悲劇

 

 

 

今日はわたしの闇の部分。

 

 

それなりに友達もいて、

クラスの中では

にぎやかなグループにいることが多くて

ふざけたりもしてた学生時代、会社員時代。

 

 

楽しかったけど、

本当にその友達たちと一緒にいたかったのかなあ。

と振り返って思い出します。

(本当にいい人ばっかりだったんですけどね)

 

あの頃の友達の作り方って

 

「あの人たち人気があるし、

 あの人たちと一緒にいた方が楽しそう。」

 

っていう感じで自然に見ていたような気がします。

みんな、そんなものなのかもよく分からないけど。

 

友達もステータスのひとつ、のように

どこか思っていたのかなぁ。

 

 

いつも誰かからの評価を気にしていたから、

自分の意見を言う時は

 

 

自分の本当の気持ちじゃなくて

その問いかけに対して、一般的に正解と思うもの

を口に出す癖がついてました。

 

だから、いつのまにか

他の人から見たら優等生だったのかもしれない。

 

 

どう?わたし偉いでしょ?

 

 

って褒めてほしいと思う日々でした。

 

 

会社員時代も、褒めてもらえる行動を意識してとってた(笑

朝早く出社して机を拭いたり、

自分から挨拶したり、

電話は一番早くとったり、

面倒だと思う仕事はすすんで引き受けたり。

 

 

いつのまにかそれが習慣になって

優等生が板についてしまって。

 

 

本当は、朝遅く出社したり、

面倒な仕事は嫌だからパスしたかったなー。

 

でも優等生行動をとることで

みんなよりひとつ上にいるってゆう優越感があって

それがやめられなかったんだと思う。

 

 

いつ、それがやめられるようになったか、

やっぱり組織を抜ける決意をしてからのような気がします。

自分についていた最大の嘘は、

そういう生き方だった。

 

 

今は、「わたしはわたし」で強くなって、

肩の力も抜けて、

なんでもいいやって思えるけど、

振り返ると本当に、

なにが私にあれほどの無理をさせてたんだろうって。

 

やっぱり組織にいる限りは

誰かと肩を並べていかなきゃいけなくて

どんぐりの背比べで誰が一番になるかの競争があると

ちょっとでも点数を稼ぎたくなるのかな。

 

 

組織で生きることが悪いことではなく

あの頃のわたしには合わなかったと思うだけ。

 

 

でも、普段いろいろお話していると

優等生を抜けきれない人って多くて、

しんどいのだろうなぁと想いながら

いつか気づいてほしいなぁと思ってます。

 

 

無理をしている時って、

無理をしていることに気づかないから、

しんどさを超えた先に

幸せが待っていなさそうな気がしたら

自分の本音を言えている毎日を送っているかどうか

見返してほしいなと思います。

 

 

 

優等生を演じることに慣れてしまったら、

なかなか抜け出せないのです。

 

 

ニセモノの優等生は、

心の中で誰かのことを批判したりする。

それでも顔で笑って仲良しのフリをする。

 

 

思い当たるところ、ないですか?

人はいつからでも変われます♡

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