咳が酷くなって辛いです。という前提で。

(からだの声的に、咳き込むことは『ストップ』の意味があります・・・さてさて何を止めているのでしょうか?)

 

 

 

なかなか一歩を踏み出せない。

 

まさかコレができない自分だとは気がつかなかった。

 

自分のことは自分が一番見えていないし、いつも一緒にいる家族(特に夫)は『別にそれできなくっても生きていけるし』と思っています。

 

 

どうしてなのか?

 

長い長い人生のどこに置き忘れてしまったのか?

 

自分なりに振り返ってみました。

 

 

あの頃はまだマシだったはず。

 

 

決定的に変わってしまったのは結婚してからで・・・

 

 

ある人が話していたのを思い出しました。

 

『あの精神薬を常用続けると、大事な人のことを思う気持ちを失くしてしまう』

 

 

 

(@Д@;

 

 

だからできないのか。

 

 

自分と同じく大切だと考えられなくなってしまう(>_<)

 

 

 

 

 

100%薬のせいではないのかもしれません。

 

 

愛情云々より、成長することを妨げると言う方が近いかもしれません。

 

 

薬を揶揄する方々は『その薬は(某先進国では)兵士達に飲ませて戦場に行く恐怖心を失くさせる』と言います。

 

私も服薬中はあることに対して恐怖がなくなっていました。

 

断薬して恐怖の対象ががらりと変わりました。

 

人間に近いものになったと思います。

 

 

でもなかなか完全には戻りません。

 

 

たくさんの精神薬が存在しますが、医師の基準と経験値で薬を処方します。

 

『こういうタイプの精神的困りごとにはこの薬がいい』

 

判断の基準はもしかしたら症状だけでなく患者のプロファイル的なものが無意識に刷り込まれていての判断かもしれません。

(例えですが、毎晩悪夢にうなされる、この患者さんはいじめられた子供の頃を思い出して辛がっている、そのような患者さんにはこの薬がいい、という勝手な経験値)

 

 

 

乗り越えるなら今しかない。

 

どこかに忘れていたなら取りに戻ってチャッチャ帰って来なくては。

 

 

 

 

 

そんなことを思いながら買い物してたらなぜか泣けてきました(>_<)

 

やれないくやしさではなく、大切な心を置き去りにしてしまっている私に気がつきました。

 

 

 

 

頑張れ十文字。

 

やれなかったらどうしよう、自分が一番大事、という考えをお止めなはれ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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