視線とストレス
テーマ:たわごと本当に忙しくて、気がついたら6月も終わろうとしてる・・・・
私去年の今頃何やってたかなぁ~とふと考えてみた。
一年後の今、就活とかが頭の中にちらついてきて、守りに入ってるような。
家と大学の往復生活をしてると、この世の中があたかも半径5キロの世界だけで構成されてるかのよう。
東京で生活してると息が詰まりそう、っていうのは私のわがままなのかな?
ドイツとかNYに行ってリラックスできるのも、そこが「自分が本気で生活していかなくてもいい場」だから?
結局そこで本気で食っていこうって思いながら生活してる人と、「旅気分」の人の感覚は違う。
じゃあ東京の暮らしの何が不満なのか・・・・
といえば、それは「視線」がストレスになるってことだと思う。
東京にいると、あまりにも人が周りの視線を気にしてることに気づく。
「それ、マジありえない」 とか 「ういてる」 とか 「空気よめ」 とかね。
誰が何しようと、いいじゃん。 っておもう。
それはもちろん、それぞれ好き勝手に行動していいってことではないけど。
でもね、具体的にいうなら「外見」については、どうでもいいと思うのよ。
髪型とか、服装とか、体型について
人にとやかく言われる筋合いはないし、人をあれこれ批評する必要もないと思う。
だから、たかが大学に行く程度で格好を考えさせられることに、
考えなきゃいけないと思わされることに、
腹が立つ。
じゃあ、逆に外国にいったら「視線」がなくなるかといったらそうでもない。
普通は「外人」として奇異でみられることの方が多いと思う。
常に好奇の目にさらされるのも、ストレスがたまる。
私がNYをこよなく愛するのは、「外人」として見られることがないから。
ついたらその日から、誰もがnew yorkerになれるから。
自然がなくてのんびりできないかもしれないけど、
そういう誰もを飲み込んでしまうパワーのあるNYに魅力を感じてやまない。





