自分に貼ったレッテル

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テーマが「元jw2世」だし、タイトルもタイトルだし、

重~い内容になることは、予想が付くかと思います。

(jw=エホバの証人という、カルトな宗教組織)


何日もこの記事を書こうか書くまいか、本当に悩みました。

闇に葬ろうと思ったことも、一度や二度ではありませんでした。

それで酒に溺れました…は言い訳です(爆)


時々、元jwさんと思われる方々が覗きに来て、

「元jw2世」のテーマをさかのぼって下さる方々もいらっしゃるので、

もしこの場所で、「あるある~」と共感できるなど、
何か一つでもココロが軽くなるものを、お持ち帰りしていただけたらな…


そんな思いから、公開してみることにします。

ただ本当に重過ぎるので、苦手な方はスルーしてください。



スイッチは、大好きなV系ゴシップの楽曲からでした。


「十三歳のカルテ」より


あの日 【私】に暮れていた痛みは愛情だと知り信じつづけた

なのに どうしてそっぽを向いているの?

羽をもがれた 鮮やかなトラウマ

これは身体的、かつ言葉による心理的な虐待がテーマのようですが、

虐待していた親がよく吐く台詞。


「しつけのつもりだった」


暴力を与えているという自覚がある親もいることでしょう。

その中で、自己防衛のために上のような言葉で、責任逃れをする親もいることでしょう。

あくまでも、「子どものために」「いたしかたなくした」ことだったと…


私のようなアラフォー、そしてアラサー世代が子どもの頃、

その親たちが、狂信的なjwだった場合、

独自に聖書を解釈した、矛盾した基準に少しでもそぐわないと、

道具などを使って、文字通り「鞭による懲らしめ」をしてきました。

それは家畜に対するものに等しい行為でした。


もうかなり昔の話で、今は話題に上るかわかりませんが、

jw夫婦による激しい折檻の末、お子さんが亡くなった事件もありました。


「エホバの証人「せっかん死」事件の報道」より


私はトラウマかPTSDなのか、自分の体験とリンクしてしまうので、

それ以上は苦しくなって調べられなかったのですが…


その他にも「祝い事」は、

イエスキリストが人類のために犠牲になった死を記念する「記念式」のみだったので、

自分の誕生日や家族や友達の誕生祝も禁じられ、

その他、国民的行事や学校行事などのお祭りごとも、一切参加できませんでした。



至上の支配者は神なので、人間を崇めてはならないという理由だったか、
(信仰がなかったので、もはやうろ覚え(苦笑))
国や地域の選挙はもちろんのこと、
学校の生徒会の選挙すら、投票に参加することを許されませんでした。

偶像崇拝に当たるとして、有名人に入れ込むことも禁止されていました。
歌う曲も見る番組も、いわゆる「ふさわしくない」ものは、禁止でした。
(バカらしい(笑))

とりあえず高校までは許可されましたが、その後はjwの布教のために、

jwを生活の中心とした進路を求められました。


大学進学やフルタイムの正社員に就くと言えば、「霊性が低い」(信仰が薄い)という目で見られました。

質素に暮らすことが「美徳」のような感覚でした。

浮世離れした意識、これまたバカみたいでしょ。



明らかに身体的な虐待はもちろんのこと、

すべてはjwという独自の基準に添わなくてはいけないため、

(聖書を元にしていると言いますが、解釈は人間目線の矛盾して自己中心的なものです)

自己の意思を折って意欲をなくさせる、「アイデンティティーの喪失」(自分を見失う)という、

心理的な虐待も、与えてきました。


でもそれを科している親も上の立場にいる人も、

それを「虐待」だと、全く認識していないところが、jwの罪深いところなのです。


「子どものため、子どもを愛してるからこそ」

「カラダやココロに痛みを与えるのも愛。

 そうして矯正することで、この世の終わりが来ても、あなたは救われるのよ」


そう信じて疑わない人たちの集団だったのです。

だから周りのjwの大人たちも、止めないんです。

むしろ「良く訓練しました」って、賞賛をされるくらいなんです。


(先の「せっかん死」の中にも、長老夫婦が鞭を推奨していたことがわかる記述があります)



一方的に理不尽なことを、上から力で押さえつけて、

それに従わなければカラダにもココロにも「痛み」を加える。


それは親にとっては「愛情」なのかもだけど、
子どもにとってみれば、極度の緊張と恐怖の毎日。


そんな子どもたちへの「恐怖」の植え付けもあり、

「自分が受けた痛みは、自分が悪いからだ」と、

自分に「悪い子」レッテルを貼り、

「いい子にしていなければ、痛い目に合う」し、「親を喜ばせたい」から、

自分のやりたいことや言いたいことも満足に言えない環境。



実は「親を喜ばせたい」は、
親に対する、子どもの健気な愛情なんですよね…

そこに「信仰」なんてものはありません。

だって「恐怖」と「親の顔色」の中で、従っているだけなのですから…


でもそんなことがいつまでも耐えられるわけもなく、

自活できる年齢になると、離れてしまうことも多くあります。

私も多分に漏れずでした。


ただ当時の私は、「jwが偽りの宗教であることに気付いたから」と「覚醒」したというよりは、

「jwからの逃亡」の方が正しいと思います。


わざと排斥(破門)の既成事実を作りました。

ただ排斥されて家も出た者は、家族と口もきけないばかりか、
挨拶すらもしてはいけないという、「忌避」といわれるシカト、
そして縁切りという仕打ちが待っていました。



過去にも何度も書いていますが、穏やかで大好きだった父は、
私が中学生の頃、病のため他界し、
その後母はjw仲間と再婚してるので、特に私は「もういない者」、
もしくは「いらない者」、「汚点」のような存在でした。

なので日常はおろか、幼少だった姫が入院した時も、病院で24時間付き添いを求められたため、
お金の意味ではない援助のお伺いを立てましたが、

「あんたは排斥者なんだから、お母さんは助けることはできない」と、
あっさり断られました。

ある方へ送ったメールのコピペになりますが、

「自分は“親に従わなかった悪い子”なので、jwだった過去を隠して、

 地下で暮らしていくような気分にならなくてはいけないと、信じて疑っていなかったのです」


なのでずっとずっと、

「母=恐怖」「痛み=親の愛」「自分=悪い子」の図式が解けず、苦しんでいました。


本当に「jwって、間違っていたんだ」「“痛み”は愛情じゃなかったんだ」、

だから「私は“毒親”に“虐待”されていた、“アダルトチルドレン”なんだ」と思えるようになったのは、

ごくごく最近のここ2年くらい。


それまでは本気で、

自分の親は「毒親」とは無縁と思っていたし、

自分に「虐待」されていた自覚もなかったし、

「アダルトチルドレン?」なにそれ、私には関係ないでしょ

って思っていたのです。


(恐ろしい認識、そして洗脳…)


2014年正月早々の1月2日「不惑の年…」の記事で、

初めて元jw2世だったことをカミングアウトしています。


昔のjwが基準にしていた1914年という年号から100年が経過したのに、

「jw以外は助からないよ~」という、これまた恐怖教育をしていた「この世の終わり」の話は、

どうなっちゃったのかという疑問もきっかけでした。


1914年の解釈の結果は…

皆様が知っている通りの、今の迷走状態です(苦笑)


私の「自分は悪い子」というレッテルは、

たとえjw組織や家を出ても、40になるまで解けなかったのです。


「この人生、どうやって返してくれる?」


自分の存在を憎み、自分の生まれてきた環境を憎み、そして自分の母をも憎みました。


だから本当に「ごめんなさい」なのですが、

私は母を愛することはできません。



モラハラ前夫はそんな私を責めました。

「親を愛せないとか、親が生きてるのに交流がないなんて、普通じゃない」と。


だから私も自分を責めました。

「私が“悪い子”だからだ」と。


でも違うんです。

自分が「悪い子」だというレッテルを貼らせたのは、

他でもない、親なんです。


「親はいつでも正しい。あなたが間違っている」

そいういう独裁的で支配的な認識を、ずっと小さな頃から植え付けられていた呪縛が、解けなかったのです。


だから…

私が親を愛せないことは、本当に申し訳ないことなのですが、

私にとっては仕方ないこと。


本当は羨ましいのです。

仲睦まじい家族や親子が。


そういう人たちは、家族を大切にし続けてほしい。

だけど私には自分の親を、そう思うことはできない。


できるときがいつか来るかもしれないけど、

少なくとも今はできない。



でも「羨ましい」と思うということは、
本当は自分だって親を愛したい。
なのにできない私は、異常な人間なのかもしれない。

そんな葛藤や苦しみもあるのです。
自分を含めた元や現のjw2世が、精神的に病んでしまうことが多いのも頷けます。


ある方のブログに「わたしはおやを」という、独自の新しい賛美歌が掲載されているのを見つけました。


かなり前の記事ですし、その方のリンクの了承は取っていないので、

「わたしはおやを」の歌詞のリンクのみにしておきます。



「わたしはおやを」より



わたしは 親を愛せない わたしは 親を愛さない

(間奏)

1.いのちを与えてくれた それは事実だけど わたしは愛されなかった 傷つけられてきた

2.親からいのちを受けた それは事実だけど わたしは痛め続けられた 殺されてきた

わたしは 親を愛せない わたしは 親を愛さない

3.心のやさしい人たちが言う 「それでも つとめて愛しなさい」と 「その日がきたなら きっと愛せる」と ああ、そのやさしさがわたしをえぐる わたしの痛みに 誰も寄りそおうとしない

わたしは 親を愛せない わたしは 親を愛さない

4.聖書が戒めている それは事実だけど 父母を敬い 生きるなんて わたしにはできない イエスさま、イエスさま どうすればいいの? わたしは冷たい人間なのでしょうか?

5.主イエスが わたしに 語りかける 「あなたの 苦しみは わたしが 一番知っている 恐れることはない 覚えておきなさい わたしは あなたを愛してる」

6.「あなたが受けてきた その苦しみ ゆるすことで 暴力が 肯定されるなら ゆるしてはならない 覚えておきなさい わたしは あなたを愛してる」


1番や2番のように、親から心身を傷つけられ痛めつけられ、

そして心や自分の意思を殺されてきた人は、

いくら親から命を受けたとはいえ、「親を愛することができない」というのが本心です。

そう言い切ります。


3番にあるように、

「つとめて愛す」?

「その日がきたなら きっと愛せる」?


失礼だけどその心優しき人たちとやらには、
「はぁ~? 何言っちゃってるの?」というのが本心です。

それは「綺麗事」というものです。


虐待を受けた人は、「綺麗事」では片付けられないものがたくさんあるのです。


「わたしの痛みに 誰も寄り添おうとしない」こと。

それが親を愛せない子どもの傷を増やしているのです…



何年も前に友人から言われた言葉も、心の奥がえぐられました。


「誕生日くらい、親に感謝して」


…ごめん、無理だよ。

その言葉、もう何年もナイフみたいに突き刺さって抜けない。

だって生まれてきたことすらも、感謝できない。

そんな自分を、「やっぱりひどい人間なんだ」「異常な人間なんだ」と痛感してしまう。


「こんな家に、どうして生まれてきちゃったんだろう」

そう思うような家だったから、いつでも生まれ直したいって思ってた。

「どこから人生やり直したい?」と聞かれたら、「生まれる前から」と、本気で思ってる。


その後もちょろちょろ悪意のない、だけど受け入れがたい言葉たちが積み重なって、

もう彼女からのメッセージを受け取るのが怖いんです。


「わかってほしい」なんて思わない。

わかるわけはないから。

だけどわからないなら余計なことは言わず、そっとしておいてほしい。

私のワガママだけど、これ以上痛みは増やしたくないから。



きっと同じように、世間の意見に傷つき、
自分に「悪い子」レッテルを貼ってしまっている方は、

いっぱいいると思います。



「親を愛せない」


その気持ち、そのまま受け止めて良いんです。



「そんな私が間違ってる」とか「自分はおかしい人間なんだ」とか、
否定なんてしなくて良いんです。

「悪い子」レッテルなんて、貼らなくて良いんです。


「自分のありのまま」の気持ち。

それを守ってあげてほしいな…って思います。


だって私たちは、たくさんつらい思いをしてきたんだから、

「つらかった」「苦しい」「泣いちゃいたい」って思っていいんです。


そして「自分」を大切にしてあげてください。

やりたかったこと、やれるようになったら、どんどん人生楽しんじゃってください♪


だって誰のものでも、ましてや親のものなんかじゃない、「自分の人生」なのだから、

自分の意思で自分の道へ進んでいくことを、誰も咎めることなどできないのですから…



長文かつ重い内容の文章を、最後まで読んでくださった皆様に、感謝いたします。
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TCカラーセラピスト講座でセルフリーディング

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先日、ハーティーカラーズの藤野先生 の元で、

TCカラーセラピスト講座を受講してきました。


(藤野先生の記事は「このメンバーでお集まりの意味~~~@TCカラーセラピスト養成講座 」より)


まずカラーについて、私はっぴぃが感じてお伝えしたいこと。


普段から、「カラー」と「気持ち」って、密接な関係があると思うんです。


たとえば、

「ブルーな気分ダウン」・「人生バラ色~ブーケ1」・「もぅ真っ暗闇ドクロ」とか、

人を表すのにも、

「太陽のような人晴れ」とか「あの人、キラキラしてるキラキラ」とか、

「タンポポ黄色い花」とか「ひまわりヒマワリ」「スミレあじさい」とか「桜桜」とか、花にも重ねたりもします。


それらって、すべてカラーを連想するものです。

だから人は無意識に、物事や感じ方をカラーでも捉えているということ。


ということは、感情や思考はカラーと繋がっていて、

そこから読み取ることもできるということ。


意識していたり、すぐにわかることは簡単。

でもその顕在意識は、その人の中の10%でしかなく、

あとの90%は潜在意識(80%)や本能的なもの(10%)で、自分の中の無意識の状態にあるそうです。


ということは、今自分で理解している顕在意識は、氷山の一角。

せっかく90%もの潜在意識と本能いう情報があるのに、

その引き出しがなかなか出てこないのはもったいない。


(jwの「進化と創造」の本に、脳はたくさんの情報を取り込んでいるが、

 表面に出ているのはそのごく一部という内容で、挿絵もなかったっけ!?w)


そこで潜在意識から情報を引っ張り出してくる助けをしてくれるのが、

無意識や直感でカラーを選んで、そのカラーからのメッセージを読み解く、

カラーセラピーだと感じました。


ただ実は今回の講座は、はっぴぃにとっては、

直感で選んだカラーから読み解くということだけでなく、

自分のことをすご~~~~~~くよく知るものとなりました(笑)


なぜこの記事のカテゴリーを「元jw」にしたのか。

それは自分を知る上で、jw時代の影響がすごく色濃く出ていたから。


今回は、藤野先生との一対一ではなく、

一緒に受講された素敵なMさんという方がおられました。


「ではお互いにセラピーをしてみましょう」

という練習段階になったとき、はっぴぃは、

「メッセージを伝えるだけなら簡単♪」と思っていました。


だってjw時代に、たくさん伝道してきて、常に見ず知らずの人に証言してきたし(笑)、

神権学校だってなんだって「話し上手。書き上手」って言われてきたもん(笑)


…が、その経験が見事に打ち破られるとは(自爆)


セラピーされる側になると、自分のコトは話しやすいものの、

というか、藤野先生やMさんが上手に私の話を導いてくれたので話しやすかったのですが、

いざ自分が誰かをセラピーする立場になった時、

伝えるメッセージにばかり意識が行って、

セラピストとして一番大切な「傾聴」=人の話に耳を傾けること

ができなかったのです。


相手の話を聴いて、まずするべきは、

相手の気持ちを引き出すために、合いの手のような導きとなる一声をかけること。


なのにはっぴぃは、相手の言葉をメッセージと結び付けようと必死で、

半ばパニくっていました。


そこで思い出したのは、伝道の時に家の人から反論された時に浮かんだこと。

「『論じる』の本には、こういう時なんて言うって書いてあったかな…」

と必死コいて、頭の中で「論じる」の本をめくる自分www


(「論じる」の本には、jwの布教の際に、交わされる会話のシュミレーションみたいな事が書いてある、

 jw布教マニュアル本みたいなものw)


その時の心理状態と全く同じと、あとで回想しながら気付きました(爆)


伝道の時は、相手にjwの出版物の受け売りを伝えまくって、

相手に口を挟ませないし(爆)、

相手が反論しようものなら、「論じる」の受け売りを伝えまくるだけ(更爆)


言葉のキャッチボールとか、コミュニケーションとは程遠い、

ただの押し付けですwww


ってかはっぴぃ自身は、jw出版物の受け売りを伝えるだけのアンドロイドでした。

jwはみんな、jwアンドロイドかもw


だからはっぴぃの辞書に「臨機応変」とか「融通」はないのです(自爆)


セラピストならば、相手の話を聴き、

相手が自分の中から答えを見つけ出せるような、導きある言葉をかけてあげなくてはいけない。


そういうことをしたことがないはっぴぃにとっては、

もぅパニックレベルの練習でした(自爆)


「書き上手・文章上手」も同じ。


神権学校ではお題を与えられ、

はっぴぃは女だから公開講演をしたことがないけど、

講演者になると筋書きを与えられ、そこから講演を作るというもので、

はっぴぃに頼まれたとしても、そつなく作ってしまいそうな気がするw


でもそれもすべて、jw情報の受け売りに肉付けしているだけで、

限られた範囲内の情報を伝えるだけのアンドロイド。

自分の思考なんて、ご法度です。


そんな文章訓練をしてきたもんだから、

以前にしていた執筆は、それはそれは表現だけは素敵でも、

中身はスッカスカなものでした(自爆)


言い回しや表現だけをこねくりまわして、

心の内面には何も響かない言葉ばかりをただ並べただけ。


それを自覚した時に、執筆をしていましたが、書くことを中止しました。


元々の思考がアンドロイドなもんで、

話すことも書くことも、インプット済みのもののみ。

面白みゼロです(自爆)


そして思春期のはっぴぃは、さらなるアンドロイド養成を強いられていました。


ココから書くことは、はっぴぃが元jwだとカミングアウトした初期のころに、

メッセをやりとりしたほんの数人の人にしかお話していないことです。

たぶん桶さん にも話してないかも。

(桶さんは勝手にはっぴぃのカウンセラー的存在w)


今まで書かなかったのは、レアケース過ぎて身元バレを恐れていたから。


でも今となってはすべて過去の話。

今は幸せに自分の道を歩いているから、

誰かに何かがバレたとしても、一笑一蹴で終わりですwww


実ははっぴぃが高校受験直前の秋だったかに、

母は排斥されているのです。


確かに今排斥されているのは、私はっぴぃですが(自爆)、

はっぴぃが中学の時排斥されたのは、はっぴぃじゃないですよ(爆)

母です。


まぁ今の義父も関わっています。

ってか義父も同じ処分でしたが。


母と義父は復帰の願いが強い人たちでした。

なので復帰した時に神権家族でいられるよう、

なんと受験生のはっぴぃに、まだ小学校低学年だった妹を託したのです。


…今考えても有り得ねぇ..._| ̄|○


だって自分が信じてるおかしな宗教を、中学生の子どもに押し付けるのも尋常ではないし、

ましてや妹の宗教の世話まで頼むとは…


そのくせはっぴぃが従順でないと、排斥関係なくしてムチで殴られていましたけどね(苦笑)


受験直前で親排斥、

妹押し付け、

受験のために「塾に行きたい」と言っても、

「学校でちゃんと聞いてれば、勉強はわかるはず」と一蹴され、

「うちはお父さんが死んじゃって、お金がないんだから、公立高校にしか行けないんだからね」と

妹を押し付け、塾も行けない状況でプレッシャーまでかけられ、

もぅあの状況の中で、よく不活発にもならず、グレず、

学校でもイヤなことばっかだったのに不登校にもならず、自殺せずに、

無事に公立高校に合格し、

その合間にもきちんと休まず妹と集会とか奉仕に行っていたなーと、

我ながらあの頃の自分を抱きしめてあげたいですwww


その間約3年。

途中で本気で壊れそうになったりキレそうになりました。

その時もムチの矯正でした。


えっ!?

今こうやって書くと、すごい虐待とか毒親じゃね!?

と、また改めて実感www


ついでに子供の頃の自分が頑張ったコト、

もぅ一個書いてイィはてなマーク(笑)


受験やら母たち排斥やらの約一年前に、

父が癌で亡くなったのだけど、

その時は中学の林間学校真っ最中でした。


林間直前まで悩みました。

「お父さんがもぅ危ない。林間に行くか行かないか」


そして林間学校の一日目の夕方に、父危篤の電話。

「ひとりで戻るか、それとも林間の最後までいるか」


母は私の意思に任せました。

親としてはそれしかできなかったのでしょう。

そこはわかります。


でも中学2年で、それらの決断は結構キツかったスよ~


結局一生に一度の中学の林間だから行ったものの、

その一日目の夕方に危篤の連絡が来て、ひとりで帰る決断をしました。


何個県をまたがった帰路だったか。

電車を乗り損ね、特急を逃しました。

大きな駅に着いた時は、もぅ終電がなくなっていました。


26年くらい前のこと。

当時は携帯電話などありません。


先生からは電車賃やら予備にたくさんのお金を持たせてもらいました。


大きな駅で父のいる病院へ電話しました。

「特急に乗り損ねて終電をなくした…」


のちの義父が、大きな駅まで迎えに来てくれていたようでしたが、

携帯で随時連絡を取れなかった時代、特急に乗り損ねたことは知らなかったので、

見つけられずにまた帰ってしまったとのこと。


仕方がないのでタクシーで病院まで乗せてきてもらうよう、指示されました。

タクシーだと、どれくらいの時間とお金がかかるか未知数でしたが、

お金は病院へ着いたら払うから、心配するなという言葉を信じ、

同じように終電を逃した人たちが長蛇の列を作るタクシー乗り場で、

順番を待ちました。


その時乗ったタクシーの運転手さんに恵まれました。

個人タクシーだったようで、2時間以上かかる目的地まで、

当時やはりナビなどなく、場所もよくわからないところまで、

途中のコンビニなどで道を聞いてくれながら、送り届けてくれました。


後で母に言われました。

「普通そんな遠くて場所もわからないところなんて、嫌がる」って。


でもちゃんと無事に送り届けて下さった運転手さんには、

今でも感謝しています。


病院に着いたけど…

間に合いませんでした。


自分を責めました。

「あの時、特急の乗り方が分からなくて、乗り損ねたからだ」と。


…ヤバい、泣いた(苦笑)


母から受けた傷について書いた時は泣かなかったのに、

父の最期のところは泣いた。


もぅとうに消化したと思っていたのに…


やっぱり経験したことは、消え去るものではなく、

奥の引き出しにしまわれてるだけなんだね。


その引き出しをまた開くきっかけが、

カラーセラピーにあったようです。


はっぴぃ自身が選んだカラーではないけど、カラーのメッセージの中に、

「インナーチャイルド」というワードがありました。


はっぴぃにとっては初めて聞く言葉でした。


藤野先生に「インナーチャイルドって何ですか?」と聞きました。

「自分の中にいる子ども」と教えてもらいました。


もしかしたらインナーチャイルドを癒すのは、はっぴぃ自身なのかもしれません。

子どもの頃の傷を、解放して癒してあげることが必要だと気付いた気がします。

それが今のはっぴぃには、こうやって表に書き記すという形になって表れたのかもしれません。


ネットでも「インナーチャイルド」について検索すると、たくさん出てきます。


参考に…

「インナーチャイルドヒーリング」

「インナーチャイルドの基礎知識」



話は脱線しましたが、これもセルフリーディングなのでw


さてそんなワケで、はっぴぃは人の心を読み解く経験がなかったため、

個々の方と向き合う「傾聴」や「コミュニケーション」は、

非常に苦手だと自覚いたしますた(自爆)


「自分は人の心がわからない」

「自分は人が“普通”というものがわからないし、備わっていない」

「コミュ障かも」


そう感じていた理由が、何となくわかった気がします。


jw時代に言われていた言葉。


「はっぴぃちゃんは、頭の回転が速い」

いや、熟考タイプw

実は講習最中には流してしまったことを、

家に帰ってきてからすごく思い返して、気付いたことや思い出したことがたくさんあります。


jwの伝道中、頭の中で常に「論じる」の本のページを高速検索していたこととかは、

自分が人の話を聴けないのはなぜかと考えたときに、

じわじわ思いだしたことだもん(笑)


はっぴぃを「頭の回転が速い」と言ってくれた人、

当時大好きだった兄弟で、甘い想い出も苦い想い出もたくさんある人だったけど、

はっぴぃのコト、見る目なかったねw


あと、のちに再会した、同じく排斥者のおねーさん姉妹には、

「はっぴぃちゃんは、スポンジのように人の感情を吸収し、聞き上手」

いや、流されやすいタイプなだけ。

聞き上手じゃありません(自爆)


どうして聞き上手と思われていたか…

相手が話したいように話させていたから(爆)


合いの手は全然入れてませんでしたよ(笑)

相手を勝手にしゃべらせて、相手が勝手にしゃべりながら納得していっただけw


実は今でも相手から話を聴きだしたり、

相手に質問したりはしません。


ナゼなら、自分のコトを聞かれるのがイヤだから~www


自分が話したいことは話す。

だけど話したくないことは触れないでほしい。

だからあなたに余計なこと聞かないから、私にも余計なこと聞かないでってw


いわゆる自己防衛ってヤツですwww


そして自分の予想しない事態になるのが怖いんです。

どう対応してイィかわからないから。

これも自己防衛ってヤツですw


だからよく自爆するのは、自爆して相手を自分のペースに巻き込もうとしてるのです。


…って、昨日気付きましたw

コレって結構アブナイヤツ(自爆)


今回のカラーセラピストでご一緒したMさんが教えてくれました。


「『主張』と『伝える』って違うんです。

 『主張』は自分の意見を押し付けて、相手を変えようとする。

 だから相手は変わらない。

 でも『伝える』は自分の思ってることを伝えたら、

 それは自分から手放して終わりで相手に押し付けない。

 相手が変わったように見えるのは、自分から手放したので自分の見方が変わったから」


もぅ目から鱗でした。

そして気付きました。

はっぴぃが今の今までしてきたことはすべて「主張」だったのだと。


前夫の中で大嫌いだったもののひとつに、「押し付け」がありました。

それがイヤでイヤで仕方なかった。

そしてはっぴぃ自身も「主張」をしていました。

前夫に変わって欲しくて仕方なかったから。


…合うワケないですね(苦笑)


今の主人と一緒になった当初、今よりケンカをしてました。

ってか、今はほぼケンカとかしてませんがw


それはナゼか?


今の主人と一緒になったばかりの時は、私は自分を「主張」するクセが抜けきっておらず、

主人に押し付けをしていました。


いつもは温厚な主人だって、押し付けはイヤに決まっています。

それで怒らせたことが何度かありました。


でもすぐに主人が怒った理由がわかりました。

ストレートに「それ、押し付けじゃん」と言われましたしね(苦笑)


主人との関係は、「押し付け」=「主張」を気を付けるようになったので、

2度目の結婚は離婚に至らずに仲良くやっていますがw

セラピーの練習の時には、幼少の頃からのクセが抜けきっておらず、

(自覚したの昨日だしw)

つい主張ばかりをして傾聴ができず、自分なりには「できねぇ」と凹むほどでした。


傾聴した時に対応できない恐れが、

主張という自己防衛に結びついたのだと思います。


自己防衛といえば…


前の離婚前後や、母の叔父の世話のことでいざこざだった時、

相手が太刀打ちできないように用意周到に準備して、

相手を攻撃しまくっていました。


それは自分に攻撃されないようにするため。

だって攻撃されたら、返し方わかんないもん(苦笑)


あととある被害に遭った時の加害者や、前夫の前妻の関係者が、

どちらもカタギではなかったので、

それらと対決するためにも、虚勢を張っていなければならない時期がありました。


前夫と前妻とはきちんと離婚して、しばらくしてから出会ったので、

はっぴぃには全然関係ありませんが、

前妻が離婚後も前夫にカネをせびってましたw

なので当時の現妻として、対応したまでのことですw


少しでも弱さを見せたら足元をすくわれる。

それならば殺られる前に殺る。

過剰防衛レベルの臆病者の自己防衛です。


はっぴぃ、どんだけーサバイバルな生き方をしてきたんだか(自爆)


やられたくないというプライドの高さと、

やられたら対処できない恐怖のために先手を打つ臆病さを持ち合わせた、

醜い人間だなーと我ながら思います。


臆病さは自分の自信のなさからも来ています。


セラピーを求めるのは、迷ったり悩んだりしている人が多いので、

「…と思います」というメッセージの伝え方より、

「…ではないでしょうか?」とか、言い切っちゃうくらいの方が、

クライアントも踏ん切りがつくようです。


でもはっぴぃは、なかなか言い切りができません。

それは実生活でも同じです。


自分がこんな人間だから、

言い切るなんて畏れ多くてw


自分に自信が無いから、自信を持った発言ができない。

いつもヘラヘラしているように見せかけて、

実は攻撃されないように身構えている、小動物みたいな存在ですw


そして自分も信じられないのだから、

他のものも何も信じられない人間です。


神とかそういう存在のみならず、

傍にいる人さえもです。


今傍にいる主人でさえも、

100%信じても、裏切られた時のダメージが大きくて立ち直れなさそうだと、

無防備に信じているわけではないです。


傷付きたくない、傷付けられたくない。

これもそんな自己防衛からです。


姫のことも、「子どもを信じる」というのは親のエゴではないかとさえ思います。


もちろん「悪いことをしない」と信じたいですが、

一線を越えるのは本人次第。

越えないように教育するのが親だと思っています。


それに子どもに「信じている」というのは、プレッシャーをかけている気がして。

親の「信じてる」は必然的に、

「親の敷いたレールから外れないと信じてる」と言っているようでイヤなんです。


…自分自身が親からそういう意味での「信じてる」を言われてきたからですけどねw


でも思いっきり親のレールから外れてやりますたwww


不思議と今は親への憎しみは薄らいでいる感じです。

だからと言って、感謝や愛情は皆無だと言い切れますがw


最近までは母やjwに対して、憎しみの炎がメラメラでしたメラメラ

昨秋なんかは酒を呑んだくって呑んだくって、

意識して肝臓を壊そうと、本気で思うほどイカレてました。


燃やして燃やして燃やし尽くした結果…

灰になりますたw


先日のマグネシウム工場での火災は、記憶に新しいかもしれません。


マグネシウムは水をかけると爆発する危険があるから、

燃え尽きるまでマグネシウムに対する消火はできませんでした。


その筋に詳しいダーリンに、他にも大規模な山火事や消火活動ができなさそうな場所での火災、

水では消えないような火災はどうするのか聞いたことがあります。


「どうもできません」と。

「燃えるものがなくなれば消えます」


…確かに。


なので憎しみの炎も、燃やして燃やして燃やし尽くしてしまったので、

燃えるものが消滅してしまって、火が消えて灰になってしまったのかもしれません。


火災現場だとそのあとの荒れ地に、雑草とか植物が生えてきて、

命の恵…とかあるけど、

はっぴぃ母娘の間には、まだそういうものは芽生えなさそうです(苦笑)


なんたって、土壌が悪いもんね~w

生えるもんも、生えねーわwww


たぶん今の段階で、たとえば親が病気とか経済的に困窮とかで援助を求められても、

見捨てます。


断言できます。

「見捨てます」と。


憎しみは消えても、連動的に愛が生まれるわけではない。

そう感じています。



こうやって色々自己分析=セルフリーディングできたのも、

もちろん藤野先生のおかげでもあるし、

ご一緒させていただいたMさんの影響もとても大きなものでした。


カラーはすべて「波長」なのですが、

ココでMさんと感じたことを「波長」として表現すると、

「波長が合う」「波長が合わない」というイメージになってしまいそうなので、

オーラという表現をしたいと思います。


Mさんが発するオーラのカラーと、

はっぴぃが発するオーラのカラーは、

全然違うものだったと思います。


でも実は今思えば、

お互いの足りない部分を補う、補色のような関係だったような気がしてなりません。



色相環ボトル


これは講座中、色相環に並べたボトルです。

(色相環…色相を順序立てて円環にまとめたもの)


補色は、対極に位置している色になります。

たとえばレッドの補色はグリーンとか、イエローの補色はパープルとか。


これは実際昨日感じた補色効果ですが、

最近のはっぴぃは、ワケのわらからぬアクティブなエネルギーが内面から溢れ出しそうなほど、

ギラギラした感じでした(笑)


ココであえてカラー名は言いません。

「ギラギラ」=「特定のカラー」を言ってしまうと、先入観が生まれそうだから。


ギラギラから感じるカラーは、人によって違うので、

はっぴぃのギラギラカラーが、読んでいる人に影響を与えたくないので。


とにかくそのギラギラカラーがもぅ限界まで眩くなって、

振り切れそうなレベルになり、

頭の中でチカチカしてギラギラに疲れてきたときに、

クールダウンを求めて全然違うカラーが浮かびました。


そのカラーはギラギラカラーの補色でした。

その時補色の意味がわかった気がします。


対極に位置していても、それを補うもの。


Mさんとのイメージで言うと、

はっぴぃは自分を「主張」するのが得意(というか強すぎw)、

Mさんは「伝える」のが上手。


でもはっぴぃは「主張」が強すぎて人の話を聴けないし、

Mさんは「伝える」の中でも、苦手分野がある。


そこをお互いに見つけあって理解しあえた、

本当に有意義な時間でした。


藤野先生も異なる二つのオーラを包み込んでくださったので、

とても楽しく実りのある講座にしてくださったのだと思います。


藤野先生が言っていました。


「手放すって、ぎゅっと握りしめていたものを、

 ポ~ンと放り投げることだけではなく、

 握りしめを少し緩めるだけでも、手放すことになるんだって。

 だからちょっとの変化でも手放したって思ってもイィんだーって」


手放すことは決してハードルが高いことなのではなく、

少し変わっただけでも褒めてあげてイィものなのかもしれません。


「手放す」で思い出す、jw時代の例え話。


「手は親で、その掌の上に乗せたバネは子どもだとします。

 ギュッとバネを握りしめていたら、バネはじきに弱ってしまうし、

 だからと言って握っていた手を、パッと放してしまうとバネはどこかへ飛んで行ってしまう。

 手をそっと開くことにより、バネはそのままの形で留まっていることができるのです」


だから子どもが成長するにつれての親のさじ加減みたいなものは、徐々にしましょう、

みたいな例えじゃなかったっけ!?

(大事なところが曖昧w)


いつも適度で適切なバランスを保てるのがベストなのだろうと思います。


なかなか難しいけどねw



はっぴぃがカラーに興味を持ち出したのは、

さかのぼれば幼少の頃からかもしれません。


元々絵を描くのが好きでした。

上手じゃないけどw


絵の具を使うようになってからは、その混色に惹かれました。


小学校時代、輪郭を描いた中を点々で塗っていくように教わりました。

その点々の一つ一つの色を変えるようにとも。


はっぴぃ、マジでそれを実践してました。

もちろんウルトラ時間がかかるので、絵のためにいつも居残り、

でもその時間さえも幸せでした。


たとえば背景に花壇のサルビアを書いたとします。

咲き誇る無数のサルビアには、当然無数の葉があるワケで、

その一枚一枚、すべて違う色の点で埋めますた~www


葉は一言で言ってみれば「緑」とか「グリーン」だけど、

その色の中にも黄色っぽかったり青かったり、明るかったり暗かったりと、

色々種類があります。


絵の具による混色で、ビリジアンや黄緑に、少しずつイエローやブルーや、

時には黄土色や茶色や藍色や黒なども足して、

色々な緑を作って点を落としていった記憶があります。


もちろん簡素化として、同じ色の点々をいくつか他の葉へ落としてはいましたが、

多分同じ葉に同じ色は落とさなかったと思います。


忠実すぎんだろ、はっぴぃw


そのおかげか、県の展覧会では、何度か入選しました。

でもデッサンが狂ってる、拙い絵だったので、

買われたのは色彩の深さだったのでしょう。


県のどこかと学校内に飾られて返却された数枚の絵は、

いまだにはっぴぃが大切に持っています(笑)


無意識にカラーの原点だと悟っていたのかな(笑)



はっぴぃは一対一のセラピストとしては、有能ではないと思います。

まだコミュ障の気質が残っているから。


でも色々な経験や情報を元に、ココから発信するのが好きなので、

読んで下さった方が、何か「あるある」を受け取って、

気持ちが楽になったり、心強く思ってもらえたりするものがあればイィな~

と思っています。



おうちでTCカラーセラピー


おうちに帰ってきてから、姫にもやってあげました。

姫にやり方を説明してあげたら、姫も自分でセッティングして、

セルフリーディングをやってましたよ~

しかもその日は数十分おきに(笑)

でも数十分で気分は変わるものですね~

姫はかなり直感が優れているので、

ポンポンと気持ち良くカラーを選ぶのですが、

いつも新しい組み合わせです。


そこで姫もカラーからのメッセージで、

色々見つめ直してるみたいですよ~



さてさてかな~り長くなりましたが、

懲りずに最後まで読んでくださった方、

ありがとうございました m(_ _ )m


もぅはっぴぃは、編集する気力が残っておりませんため、

ヘンな文章や読みにくいところもあるかと思いますが、

お許しください。


また明日は姫の学校で三者面談に行くので、

ご訪問が遅れるかもしれませんが、

ご了承ください m(_ _ )m

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2世家族

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また元jw(元エホバの証人)話題です。

すみません。


でも私は、今の教義を指摘するほどの知識はもぅ持ち合わせておらず、

その矛盾を指摘して、現役の方を覚醒させる能力も持ち合わせていないので、

私ができることと言えば、自分の体験を書いて、同じような思いをした方と寄り添うことくらいです。


ということで、そろそろ過去のネタはなくなります(笑)



さてまたいきなり分類から始まりますが(笑)

jw2世の家族も、数パターンあると思います。


両親共にjwの神権家族、

母親のみがjwで、父親は未信者(私が現役の頃は未信者という言い方だったけど、今は非信者?)、

その反対の父親のみがjwって、あまり見なかったなー(笑)

(父が先にバプテスマを受けて、母が後からってパターンは一例のみ)


きっと多いのは、母親のみのパターン。


元jw2世さんの子どもの頃の記憶の記事を読むと、

集会などから帰宅した際や、俗に言う世の行事の時、

「お父さんが怒ってお母さんとケンカして、家の中がぐちゃぐちゃ…」

という痛ましい思い出を数多くお見かけします。


一般の子は普通にやっている、

誕生日やクリスマスやお正月やバレンタインや雛祭りやこどもの日や父の日や母の日や敬老の日や成人式などのありとあらゆる行事は、

元jw2世には全然縁がなくて、ほかの子が羨ましかったし、jwという環境が恨めしかったのですが、

きっと未信者の父親も、同じように普通の行事は普通にやりたかったのだと思います。


誕生日とクリスマスくらいは、ホールのケーキを買ってきて、子どもの喜ぶ顔が見たかったり、

父の日や勤労感謝の日にも、何か気持ちみたいなものをもらったとしたら、

とても嬉しいのに、それも全然なく、

成人式に娘の晴れ姿も見れず、

(私は着物をすっごく着たいタイプでしたからねー(笑))

今は集会が減っているのかもしれないけど、週の2回は夜の集会、日曜日も半日集会で、

家族で過ごす時間も減らされ、

父親としては、「こんな家族にするために、家族でいるわけではない」と憤るのも、

当然の事と思います。


家庭を壊しているのは、jwの母親自身なのに、

それを「主人は反対者で…」などと被害者ぶって、

挙句子どもの将来までも棒に振って、人格形成にも悪影響を及ぼして、

マジでウルトラ腹立たしいですむかっ


元jw2世がjwから離れて大人になってから、

未信者の「お父さん」を気遣っておられる方も多くいらっしゃいます。


jwで洗脳されている子ども時代には、理解することさえも咎められていた未信者の父の気持ち。

jwを抜けて父と同じ立場になって、それまで以上に父の耐えてきた苦しみを理解してあげられるようになったのかな…

と思いました。


実は私には、想像でしか書けません。

だからもし間違っていたら、ごめんなさい。


私の家は、最初に母がjwになり、その後父も研究してjwになり、最後はしもべでした。

父に信仰があったかは定かではありません。

私が中学の時に父が亡くなった時には、私はまだ洗脳の最中にいて、

父の信仰については考えたことが無かったですから。


ただただ穏やかで優しい父でした。

母のことも愛していました。

だから母が「良い」と勧めれば、母と一緒に何かをする人でした。

そして母は、表では「おとなしい姉妹」と思われていましたが、

家の中ではかなり気性が荒く、気が強い人でした(爆)


なので未信者の父親を持つ元jw2世さんの苦しみは、想像でしか考えられないので、

失礼なことや理解していないことを書いていたら、ごめんなさい。


父が亡くなったあとは、少し珍しいかもしれないケースになりました。

珍しいというか、jwの中では数が少ないと思われる形。


父がもう手の施しようのないほど全身に転移した癌だとわかったのは、

ちょうど今の私と同じ年齢の頃でした。


余命3ヶ月。

でも余命を1ヶ月早めて、父は亡くなりました。


父の生前の闘病中から、会衆内の色々な兄弟姉妹が母や私や妹を支えてくれました。

が、母はその頃から年下の2世の兄弟と、心を通わせていたのではないかと思います。


父が亡くなるとほどなくして、その2世兄弟と付き合い始めました。

「結婚したい」とも言いだしました。


でも私はjwの教えで、

「楽園になったら死者が復活して、お父さんも復活してくるんだから、お母さんが再婚したらお父さんはどうするの?」

と、ずっと反対でした。


でも連日の母のお願い。

私は何年も反対しましたが、ついに折れました。

母の泣き言を聞いているのも、ほとほと疲れたというのもあります。


そんな母には中学時代まで、柱に縛り付けられて、ムチで殴られてました。

(完全にSMの世界www キモッ( ̄へ  ̄ 凸)


なのに自分の希望だけは、子どもにゴリ押しで頼むとかw

母の人格がわかると思います(笑)


そしてめでたく母と年下2世兄弟は入籍したワケですが、

入籍した途端「今日から“お父さん”なんだから、『お父さん』と呼びなさい」とか。


私の中の父は、亡くなった父だけでした。

2世兄弟を「お父さん」と呼びたくなくて、最初は呼ぼうとしなかったのは、

照れとかではなく、心底呼びたくなかったからでした(爆)


でも母は表の顔、見せかけの「幸せな家族」という虚像を大切にしていたので合わせました。


そんな義父である2世兄弟からも、ハタチ前に殴られました。

さすがに尻ではないけどw


太ももに何日も内出血が残るほど、何度も平手打ちされました。

当然、ますます嫌悪感を抱きました。


そういえばここでちょっと余談ですが、

スマホのアメーバのマイページで「自分のブログはどんな言葉で検索されてる?」みたいなのが出ていて、

今月のを見てみると…



Screenshot_2014-02-10-15-24-25.png


「jw」「エホバ」「2世」「ムチ」

そんなワードが多くなってきました(苦笑)


それだけjw2世は、体への痛みの記憶が心の傷となっていて、

関心が高いのかもしれません。


親からのムチですら、充分トラウマなのに、

赤の他人からの暴力は、本当に傷害で訴えてやりたいくらいです。


もぅ時効ですけどw


ちなみにふたつめの余談。


子どもが思春期の再婚は、私自身もしています。

私の場合は離婚と再婚なので、姫には悲しい思いをさせました。


初めて今の主人に姫を会わせた時、

姫は緊張やら人見知りやらで、会うことにビビッていたものの、

一目見て一言話した瞬間、主人のことを「優しくてカワイィ人←?笑」というイメージを持ってくれたそうです。


姫の実父には感情的に怒られ、いつも嫌みばかり言われて、不快な思いをしていた姫。


今の主人が姫について気になることがあっても、姫には直接言わず、

私に助言して、私からの指導になるので、

無意味に父親風を吹かせて威張ったりすることもなく、ましてや暴力なんて一切無縁なので、

姫も安心して主人に敬意を払っています。


そして私も主人のことを、「好きなように呼んでイィよ」と言っているので、

姫は主人のことを、主人の下の名前に「さん」づけで呼んでいます(笑)

(その呼び方は私と同じ(笑))


はたから見るとヘンとか?

そんなこと、全然思いません(笑)

だって所詮呼び方は呼び方。


「お父さん」と呼ばなくても、姫が主人に「カワイィ。おっきなクマみたい(笑)」とベタベタし、

「いつもたくさんのことをしてくれて、ありがとう」と、「チューキスマーク」でもしそうな勢いで接してくれるのは(笑)、

主人に心を許して、主人のことを好ましく思ってくれているから。


そうやって見せかけじゃなく、本当に仲良しになってくれているなら、

もぅ私は他には何もいらないほど幸せなのです。



さて閑話休題。
話は排斥のことに移ります。


母の家族ごっこに付き合って、

jw2世の上に敷かれた「高校卒業後は開拓者」というレールに乗っているのも、

嫌気と疲れで長続きはしませんでした。


二十歳を過ぎた頃、自然消滅をしようと目論見ましたが、

周りが放っておいてはくれませんでした。


家に来て私の様子を伺ったり、同年代の姉妹たちからお誘いがかかったり。


もぅこれは、強行突破しかないと思いました(笑)

「排斥されることをして、悔い改めなければ排斥される!!」という破天荒を、

マジで実施しました(自爆)


審理委員でも、悔い改める気はさらさらないと示しましたwww

ってかオッサン長老の前で、あんなことやこんなことをしましたとかしゃべるとか、

今考えても恥ずかしすぎますっ(自爆)


そしてそこには過去に私と一悶着あった若き長老が、シレ~っとした顔でメンバーにいましたwww

恥ずかしいので、そこまでぶちまけなくて良かったし、彼も救われたことでしょうw

(でもしばらくは、本当はぶちまけてやれば良かったとも思っていた(笑))


jwなんて、その程度の組織です(嘲笑)


jwから排斥(要は破門)されると、その家から出ると全くの赤の他人とみなされ、

連絡も行き来もできなくなります。


我が家は、母と義父の2世兄弟共々バリバリ洗脳夫婦だったため、

私が家を出てからは、私は「いないもの」とみなされました。


家を出るときに、こっそりと古いアルバムから剥がしてきたものがありました。

それは私の実父が元気な頃の家族写真。
みんな穏やかな笑顔で、母も「楽園にいるみたいな写真で好き」って言ってたけど、
もぅ母には必要のない写真。

他の姉妹が撮ってくれたからネガもない写真。
それでもその写真を選んだのは、父への想いと母へのささやかな抵抗でもあります。

今でも私の部屋に大切に飾ってあります。
私の一生の宝物のひとつとして…

そんな母でしたが、私が姫を宿した時は、母は自分の孫にあたるので、喜んでくれました。

それでも私を受け入れてはもらえませんでした。


でもやはり孫会いたさもあったのでしょう。

娘が生まれてから時々は、平日に遊びに行けるようになったので、

「このまま自然に受け入れてもらえれば…」と思いましたが、

そんなには甘くはありませんでした(苦笑)


数度の実家帰りのあと母から、

「お父さんと話し合ったんだけど、アンタは排斥者だから、必要がない付き合いをするのはふさわしくないって…」


とぅとぅ年下の2世兄弟の洗脳にまでかかりましたか~www

どんだけ~、洗脳されやすいタイプなんだよ、うちの母(爆)


義父の2世兄弟にとっては、私は所詮赤の他人。

だから私の娘の姫も、孫ではなく赤の他人。

「別にどうでもイィし~」って存在なのでしょう。

母以上に義父は、私への気持ちはなかったと思われます。


ってなワケで、娘の物心つくころにはもぅ、ほとんど行き来してません。


その後、姫がまだ年少よりも幼い頃に入院をしたのですが、

年齢が小さいため、必ず誰かの付き添いを求められました。


私は職場の上司に無理を言って休みをもらいましたが、

仕事が休めない前夫とふたりでの付添いは、無理を感じました。


その時にも母に援助を求めたのですが、

「こっちも自分の生活があるから…」と断られました。


親と子、そして孫。

jwの教えだけで頭を洗われている母と義父には、

そんなものは一切関係ないようでした。


そして前夫は大黒柱や夫や父親として、「…汗」だったので、

週末や休日でもほとんど母子家庭状態でした。


周りには知り合いがおらず、学生時代の友達もまだ結婚も出産もしておらず、

親からの助言ももらえなくて、子育てには苦悩の日々でした。


なので地区の子育ての集まりなどにも行ったことはあります。

でも娘は赤ちゃんの時から今も少し「みんなで何かをしましょう」ということが、非常に苦手なので、

「みんなで歌って踊ろう♪」が始まると、体をのけぞらせてギャン泣きし、

抱えて家に帰っていました(苦笑)


そのうち自分も負担になるので、行かなくなりましたし、

公園デビューも、娘も私も輪に入るのが苦手で、

友達はあまりできませんでした。


子ども時代に世の人との交わりがなかったので、
うまく溶け込む術を知らなかったのもあると思います。

今ならネットとかで、同じ境遇の人を見つけたりして、

前よりは共有しやすくなった感じがします。

(アメーバでも「ぐるっぽ」とかあるし)


ただ15年以上前には、今よりネットはメジャーではなかったので、

ひとりで抱えているものが多くありました。


前夫の協力や理解もあまりなかったしね(苦笑)


そこで「愛深し♡」 の記事で書いたように、ノイローゼや薬物中毒や過呼吸、

そしてその記事には書かなかったけど、失語症も結構頻繁になっていました。


そんな中でも母方の祖父母の死、葬儀、相続。


祖父母の娘である母が、葬儀に関することは何もできないため、

母の兄の手伝いをしました。

相続も、母の兄と母だけでは埒があかないため、

間に入りました。

母の兄も年配になりつつも独り者だったので、私が面倒を見ようと思ったけど、

働かない母の兄からは、カネを無心されました(苦笑)


そんな私に、葬儀を手伝えば「背教者になって…」と言われ、

相続を手伝い、母の兄と養子縁組をしたと聞けば「カネに汚くなった」と言われ。


そこまで言われて、そこまでされて、母を憎まないワケがないです。

憎まないようにする何かがあるなら、教えてほしいです。

まぁ私には、受け入れられんけどwww


祖母の自殺も、私は母が原因と見てますしね(ボソッ)

おばぁちゃん言ってたよ~

年下の2世兄弟と結婚するときに、2世兄弟の親からひどいことを散々言われたって。

でも母は、自分が悪いとは微塵も思ってないみたいだから~(苦笑)


身元バレ?

どうせ過去の話だからイィんですw

「もしかして○○姉妹?」と思われても、今は「赤の他人」なんですから~(爆)


これで少し思い知ればイィ…

いや、あの人たちが、思い知るワケないよな(笑)


今までの記事の中で、「親と縁がない」と書いてきた所以は、

このようなことだったのでした。


ちなみに姫が保育園の頃、偶然同じ保育園に、

元同じ会衆の元まぁ仲の良かった元姉妹の娘さんが、

同じ年で通っていたのには、ビックリしました(笑)


彼女も排斥者ではありましたが、バツのあとの実家住まいでしたので、

やはり感覚というか、色々違いました。


子どもに習い事とかをさせないで、自分の美容代にお金を使う、

子どもを親に預けて、男と遊びに行く、

だから子育てはほとんどが親で、自分はほとんど子どもと接する時間が無い…etc(苦笑)


挙句私が心身ともに傷付いている時に、

私の話を聞くより、自分の男の話をして帰っていきました~www


なのでいくら現役のころに仲が良くても、そんな彼女とは色々合うわけがなく、

境遇が似ていて共有できるかと思ったけど残念な結果で、

私から距離を置いて現在に至ります。


でもそれだけ排斥者とか、元jwとかは、

その辺にゴロゴロいるかもしれないんですよね(笑)


今や私は、排斥者だろうが、何も恥ずかしくはありません(笑)

だって世の中にいると、jwの方が恥ずかしかったもん(爆)


なので、排斥なり断絶なり自然消滅なりで親元を出、

親との交流を絶たれている方も、それなりにいらっしゃると思います。


でも今、自分の家庭を築いたり、自分の生活を築いたりしていているなら、

すごい勇気を出して、そしてとても辛い思いをして、jwを越えてきたのだと思います。


「頑張ったね」

そう言ってあげたいです。

たくさんの傷を背負った、元jwたちすべてに…


そして自分なりの幸せを、これからどんどん見つけて掴めるよう、

切に願います…


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愛深し♡

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まず最初に…

元jw(エホバの証人)についての私の考えについてが主な記事で、
しかもそれ以外にも話題満載なので長文です。

今回は最近元jwの方々とメッセージやコメントをしてきた中で、
ずーっと考えていたことを、やっとなんとか記事にできそうで、
色々書くから長文になりますし、
元jwについてはあまり興味のない方も多いかもしれないので、
「小分けに出すより一気に一記事にまとめたれ」
という思惑もあります(笑)


さてここでご注意です。

プロフィール、PC版メッセージボード共に記載しておりますが、
元jwに対して批判的な方は、メッセージなどをいただいても削除とブロックをさせていただきます。

人を傷つけ、生き方を壊す間違った組織の教えを、
神の教えだと勘違いしている人には、何を言っても聞く耳を持っていないと色々見て感じました。

聞く耳をもたない会話は、何の実も結ばない不毛なもの。
平行線をたどるほど、ムダに疲れてアホらしいです(笑)

なので擁護派は、即刻お立ち去りください。



さて本題に入ります。


もぅ20年以上前、もしかしたら30年くらい前とかなのかもしれません。

まだ私がバリバリ現役jwだった頃、四つの愛について取り上げられた内容があった記憶があります。


分類が大好きな私は(笑)

(そしてこの記事の後半あたりにも、別の分類が出てくると思います(笑))

その四つの愛はとても興味深いものでした。

ただ「愛しい」と思うだけでなく、種類があるんです。

なんかおもしろいと思いました。


ですがかなり昔のことなので、もぅ知識も曖昧で上手に説明できるとも思えないので、

ヒーリングサイトからですが、まぁわかりやすい感じで四つの愛の愛が書いてあったので、

そちらもご参考に。


「性愛、家族愛、友愛、人類愛」 


このタイトルだけで、すでに四つの愛が日本語解釈として出ています(笑)

ありがたや(笑)


ひとつめの「性愛」と書かれているのは、もっともよく知られている「エロス」

そして本能的で肉欲的な愛で、皆きっとよくご存じだと思うので、詳細はこの場ではスルー(笑)


ふたつめの「家族愛」は「ストルゲー」

これも字のごとく(笑)


みっつめの「友愛」は「フィリア」

友達だけでなく、近所の人とか同僚とか先輩とか後輩も含まれてるもの。

一番有名な話は、「走れメロス」か?(笑)


よっつめの「人類愛」は「アガペー」

神が人間に対して抱かれる無限で無償の愛と言われていて、

人間も神に対してこの愛が求められていたと思います。


「エロス」は本能的なものなので、意識しなくても示せそうな愛ですし(笑)

家族愛の「ストルゲー」も、親子間であれば当然最初から備わっているものだと思っていました。


ですが今のはっぴぃ家族は「ストルゲー」を感じているとしても、

正直母に対しては、全く愛を感じることができないのです。


「虐待」「毒親」「アダルトチルドレン」

このような言葉が社会の中で良く聞かれるようになった頃、

ごく最近まで自分には全く関係ない単語だと思っていました。


正月早々に書いた「不惑の年…」 ではほんの一部ですが、

母からの虐待や毒親っぷりを披露しています。


ベルトや布団たたきや物差しのムチは、日常茶飯事でした。


今もシンガポールやマレーシアやイスラム諸国で行われている鞭打ち刑をご存知ですか?

ググると痛々しく悲惨な画像がたくさん出てきます。

苦手な方も多いと思いますので、検索は自己責任で。


もちろん色々裂けて流血する、あれほどの外傷にはならなくとも、

物差しや布団たたきやベルトやホースなどで叩かれると、

みみずばれを通り越して、皮下出血やあまり同じところに当たると実際に出血もします。


そして数日以上、イスに座る時に痛い(苦笑)

ってか、イスに座る時だけでなく、常に「そろそろ」としか動けない状態(苦笑)

(パンツ履くのも命がけw)


そのようなムチは、子どもに対して行われる場合、

該当する国で行われているムチに匹敵するくらいの衝撃があると思います。


それを、jwの教えにそぐわない(要は「親に従順」でない)という理由から、

自分の子どもに下す親。


傷跡が体操服の半ズボンから出ることはすごく恥ずかしかったです。

それは「親から叩かれた痕」というものは、

「自分が悪い子」であることの証明のようだったから。


実際は「虐待」であったのに、

「親」という権力を振りかざして子どもを委縮させ、

「虐待」を子ども本人には認識させずに、罪と屈辱の意識だけを植え付けたため、

私は20年近く、虐待という認識が無かったのでしょう。


「権力」や「委縮」は、体への虐待だけにとどまりませんでした。


母が感情的になって、「ぎゃーぎゃー」まくし立てている時に、

よく「まただんまり?」とさらに怒られていました。


…だって「ぎゃーぎゃー」まくし立てられて、

何が言い返せますか?(苦笑)


そこで何か言ったとしても、その言葉に逆上することはわかっていました。

だって感情的な母の気が済むことはなかったのですから。

だから黙ってしまうと、それはそれでさらに怒られる。


正座させられて怒られて、黙ってると太ももとか顔とかも、平手打ちされたり。

もぅ何やっても、その体罰からは逃れられない絶望感。


…書いててすごい恐ろしい場面だったんだなぁと実感(苦笑)

だから気が重くて書き進められなかったんだ。


編集画面で単語の断片だけを散らばせては、

PCやスマホがフリーズしないうちにこまめに下書き保存して、

全然進みませんでした(苦笑)


でも母のおかげで、反面教師になりましたよ。

姫が本当にしてはいけないことをしたときには、

どんなに小さくても、「なぜそれがいけないのか」理由を滔々と説いて、

教え諭すように心がけるようになったから。


だって「ぎゃーぎゃー」怒ってるだけじゃ、

その鬼みたいな形相と怒鳴り声しか記憶に残らなくて、

ナゼ怒られてるか、理由が全然わからなかったもん(苦笑)


だから「だんまり」にもなっていたんだけど。

返答しようにも、わからなくちゃできないからね~(苦笑)


小さい頃の姫は、「教え諭し」も、正確には理解できなかったと思います。

だけど「理由を教える」ということはとても大切なことなので、

今も指導の際には滔々と…


あれ!?

アクビをかみ殺してませんか~!?(自爆)


でも私は怒りませんよ(笑)

だって姫がアクビしたくなっちゃうほど、まだ心には響かせていなんだから。

私の教え諭し方が長すぎて、要点がわからなくなっちゃうことが多いので、

私はこれからも指導の仕方を改善する必要があるのです(笑)


あとね、この際だから書いちゃうけど、

冗談で母から、

「アンタは橋の下から拾われてきた」とか、

「アンタはできそこない」とか。


その場では笑っていたけど、

幼い時は「お父さんとお母さんの子どもじゃないのかな…」と本気で傷付いていたし、

いくら私がjwの教えや親に従順でないのだって、それは一般の反抗期と同じだし、

体が弱かったりするのなんて、私自身がどうにかできるものでもなかったのに、

自分の子どもに「できそこない」はないでしょ(苦笑)


母は私を生んだことすら、否定してるみたいだよ。


だからね、

ショコラ♪さんの「人生リセットボタン」 の記事を読んで痛烈に思ったのです。


私がずっとずっとリセットしたいと思っているのは、

あの母から生まれてくる前のところだって。


「あの母じゃなければ…」

普通親にそんな感情なんて、抱きませんよね。


でも私は、あの母じゃない人から生まれたかった。

だから私には、母娘間の「ストロゲー」なんて存在しないのです。


…ちょっと苦しくなってきた。

けどまだ書く(笑)


「母が私を生んだことを否定」から連想すること、

本当は書かないつもりだったけど、今後の記事で書くのも嫌なので、

書いてしまおう。


母から自分の存在を否定されていると感じていたから、

私自身も「自分は必要のない人間」と捨て鉢になっていて、

自傷行為は普通にしていました。


元jwの方の中には、心を病んでしまった方も多くいらっしゃると目にします。

私もその一人でした。


だ~っと列挙すると、

リストカット、神経症(ノイローゼ)、安定剤と睡眠薬の多量服用、過呼吸、救急搬送、呼吸停止、安定剤と睡眠薬の薬物中毒…


華原朋美が薬物中毒の時に「安定剤をポリポリラムネみたいに食べていた」という話があったけど、

私もまさにそれでした。


しかもアルコールで流し込むっていう (^^;



その薬は、自宅でまどろんで抜きましたが、
それがどれくらいの期間だったのか、一日の中でも朝なのか夜なのかわからず、
そのときに書いていた日記の字はグニャグニャ、
記憶もほとんどありません。

肝臓?

たぶん壊れてます。脳も(苦笑)


今でも安定剤の作用が少しでも入ったものが体に入ると、

ぐにゃぐにゃになるか、プラスチック製品なら軽く破壊する怪物になります(苦笑)

なので今は医者にも言って、もらわないようにしています。

うっかり出された時には、主人に預けています。


過呼吸は救急搬送された先で呼吸停止したけどすぐ蘇生して、

前夫には「感謝しろよ」と言われたけど、

私は「なんで助けたの」という思いしかなかった。


よくドラマとかでも「助けなくて良かったのに」という人に、

「バシッ」と平手打ちするシーンとかあるけど、

なんで平手打ちされるほど怒られるのか、わからなかった。


だって「助けてくれなくて良かった」「なんで助けたの」という人間側でしたから。


…バカですいません m(_ _ )m


いつもいつも「死」に憧れていて、それで楽になりたかっただけの、

バカな逃避人間なだけです。


でも今はその逃避も消えているので、大丈夫です o(^-^)o

えぇ、私は思考がお子ちゃまなのです(自爆)

年だけは一丁前に取っていってるのに、アタマがついて行っていない「アダルトチルドレン」なのです。


私は以前主人に、
「子どもの頃、普通のことを教えてもらわなかったから、いまだに常識的な考えができない。
以前の環境もダメダメだったから、私は子ども並の思考しか持ち合わせてなくて、
これからあなたに教えられて成長していく」
と、何度か言ったことがあります。

個人的にメッセージをしている方が、

それをとても納得できる計算式にしてくれました。


少し言葉は違っちゃってるけど、

親がjwを始めるまでの年数+自分がjwから離れてからの年数

それが、いわゆる普通の人としての常識的な思考や感覚を持った年齢に当たるのではと。


私の場合、私が4.5歳ごろに母がjwの勉強を始め、

自分がjwをやめてから19年くらいなので、

単純計算すれば、25歳前後の思考のはずなのですが…

申し訳ないのだけど、前夫と過ごした15年間は、

前夫にも自分にも色々あって、ほぼ成長率がなかったので、

やはり私は今の主人と一緒になってから改めて育ててもらっていることから、

まぁ10歳前後のアタマしかないワケなのです(自爆)


前夫が出てきたところで、

今まで言っておきたかったことを言っておこう(笑)


このブログはもぅ8.9年前からやっているので、過去には時々前夫が出てきましたが、

良いところ“しか”書いていません(笑)


ブログなんて、そんなもんよねw

はい、前夫についてはおしまい(笑)



そんな荒れ果てた心の持ち主である私が、

愛など持ち合わせているわけがないと思っていました。


ですが少しずつ気持ちの整理をしていくにつれ、

そして色々な方と色々な話や共鳴をしていくにつれ、

「愛」とは、意識して作るものではなく、自然な気持ちから出るものと教えていただきました。


わかりやすい「好意」とか、

沸き立つ「大切」「大事」という感情だけじゃない。

無意識のうちに出る「ありがとう」や、
自分が悪かったら謝る「ごめんなさい」も、愛だと知りました。



「アガペー」って「神的な愛」と考えてしまうから、

「自分には神的なものなんて無いし~」と思ってしまうけど、

「無限で無償の愛」と考えると、自然な気持ちから出る気持ちこそが愛なのだろうと思います。

ココまでネコ好きさんで読んでる方がいるかな?


複数匹のご病気のネコさんを飼ってお世話しておられる、

うにゃさんの過去の記事「ホ・オポノポノ*ホタ・ポノポノ」 は、

そんな感じなのかな…と思いました。


その記事では

「ホ・オポノポノは、ハワイに伝承するセルフ・アイデンティティー・ヒーリング」

とあり、それをするには、

「ありがとう。ごめんなさい。許して下さい。愛してます。」

と、思いを込めて言葉をつぶやくのだとか。


「愛」という形についてこだわったり、構えたりするのではなく、

常に人に対してこのような思いを抱くこと、

そして無意識のうちに、そのためのことをしてあげること、

それこそが「愛」なのかもしれません。



うにゃさんのこの記事は、一年半前と少し古いのだけど、
ちょうど期限内に引き取り手が見つからないと殺処分されてしまう多頭ネコの拡散記事が出て、
涙ながらに主人に一匹でも何とかならないかと訴えて、
そこでトラちゃんを引き取ることが決まった時期で、
色々思い出と、そして愛の溢れるうにゃさんの思いとが重なって、
ずっと今でも心に残る記事なのです。

そして、「愛を知らない」「愛が無い」と嘆く私に、

「愛」を気付かせてくれた桶さん、本当にありがとう。


桶さん のブログでは、2世の苦しい心情を理解して下さっている記事もたくさんあるので、もしよろしければ。

(特にたくさんの記事へのリンクも貼ってある、ダイジェスト的な感じの「悲しすぎる…」 は、

私にとってはとても有益でした。勝手にリンクして、ごめんなさい)



でも先程も書いたように、私は最初から、こういう考えになったのではありません。


最初はjwという異常な環境のせいで、いわゆる「不幸な子ども時代」を過ごしてきたこと、

そして「大人」という年になっても、ずっと苦しんでいることに、

jw組織に対しはもちろんのこと、

その取り巻くすべてのもの、聖書とかエホバ神とかへも、すべて怒りと憎悪を感じていました。


でも今は少しだけ、考え方が変わってきたように思います。

そこで私はjwに関わった人には、三つのタイプがあるのではないかと考えるようになりました。

(ここで再び分類好き(笑))


ひとつめは、私の昨秋に再覚醒した当初のように、

統治体へも聖書へもエホバへも、すごい嫌悪感を感じるタイプ。


2世は過去のムチや様々な規制や就職問題や心の病など、様々な苦しみを抱えているので、

もぅ何もかも大嫌いになることが多いかもしれません。


ふたつめは、悪いのは聖書の解釈と神の姿を捻じ曲げて、

jwたちに自分たちの人間的な見解と基準を押し付ける統治体であって、

聖書には良いこともたくさん書かれているし、

神についてもjwが宣べ伝えている「エホバ」という姿は間違っている思ってるタイプ。


jw組織の「組織的な間違え」に気付いた人は、

現役だろうが離れた人だろうが、とても多くいらっしゃいます。


私はまだ、「信仰」というものは無いけど、

確かに聖書で良い教えの「霊の実」は、あてはめれば有益だと思うし、

(いや、まだあてはめられてないけどね(笑))

ある方のプロフィールを見て感動したのは、

様々な自然の美しさを感謝するという一文。


確かに人為的に造られたものではないものが、地球にも宇宙にもたくさん。

それに人間だって、進化とか創造とか論議もあるけど、

たとえ何かから進化したとしても、

(だからといって進化派というワケではない)

その何かの一番最初は、動物であれ植物であれ、すべて命あるものが起源であって、

命あるものなんて、自然に偶発的にできるのかな~

と思うのです。


朝陽が昇って、夕方には陽が落ちて、

緑の葉や色とりどりの花、川のせせらぎ、水の飛沫、etc…


いつもは普通すぎて忘れてしまう自然たちのありがたみ。


もしそれをどうにかしてくれた存在があるのなら、

「感謝」という思いを抱かなくてはと思い出しました。


話は脱線しましたが、


みっつめは、統治体の教えを、

聖書や神の言葉だと勘違いしているタイプ。


もぅこれは言わずと知れた…ですね(苦笑)

jwを離れた人にはいないタイプです。


ということは、jw信者の引き算方式で言っても、

やっぱり一番の間違いは統治体って答えが出てくるのですが(笑)


最初はひとつめのように、そして昨秋の私のように、何もかもが嫌悪と憎悪にまみれているのは、

当たり前だと思います。


そこで「違うよ」なんて、絶対に思いません。

だってそれだけの気持ちを植え付けられる組織だったのだから…



この記事の内容を書くに当たって、

「可哀想な子」で「構ってちゃん」と思われることが、一番恐れています。


私がこの記事や、「元jw2世」 というテーマでカミングアウトしているのは、

もしかしたら元jwの中に、私と同じような思いや苦しみや悩みや忌々しい過去などを持つ方がいるかもしれない。


そのような方と少しは記憶や気持ちが共有でき、「ひとりじゃない」という心強さや安心感を抱いて、

気持ちが楽になってくれれば…

という思いがあります。


でもむしろこの記事で苦しくさせてしまった方も多くいらっしゃると思います。

その方には、本当にごめんなさい。

本来ならコメント欄を開放して、
気軽に「私も同じです」と書いていただいても良いのでしょうが、
(いや、そういうことは人目があるところでは、あまり気軽に書けないか?(笑))
時間の都合などでコメントのお返事ができない状態が続くとプレッシャーに感じる性格みたいなので、
(元jw記事に限らず)
コメント欄は開けていません。

ですが苦しい思いを打ち明けたくなったら、
メッセージでも大丈夫です。

お返事がゆっくりでもお許しいただけるなら(笑)

最後にこの記事でかなり消耗したので、

やはりメッセージとかコメントとかご訪問とか、ちょっとお待ちくだされば嬉しく思います m(_ _ )m



そろそろ夕食作らなくちゃなので、とりあえずの更新につき、

あとで加筆修正があるかもしれません。


時間無くて読み返してないよ~(苦笑)



姫語録 ~キッチー編~

テーマ:

前々の記事「不惑の年…」 で、キッチー(キチガイ)じみたjw時代のことをカミングアウトしましたがw
自分がキッチーな環境にいて、キッチーな育ち方をしていたと自覚して、
ヘコんでいたはっぴぃに、姫が一言。

「種類は色々だけど、みんなキッチーなところを持ってるんだよ。

でもみんな、それを隠して生きてるんだよ


確かにみんな「オカシイ」とか「ヘン」な部分は持ってるよね。

そっかー、
自分だけがヘンじゃなかったんだーwww

ただみんなは、自分のヘンなところを見せないようにしてるだけ。

だから自分だけオカシく感じて、
他の人はオカシく見えなかったんだーw

キッチーな母はっぴぃ、
不惑の年にして姫に教えられるw

こんなはっぴぃに育てられても、
こんな素晴らしい姫ってスゴいキラキラ

jwネタが結構続いたので、
そろそろフツーのネタにしようっとw
まぁほぼ「なぅ」記事だけどwww

不惑の年…

テーマ:

 子曰く、

「吾  十有五にして学に志し三十にして立ち四十にして惑わず

五十にして天命を知る六十にして耳順い

七十にして心の欲する所に従いて・のり・を踰えず」。


 意味:
孔子は言う、

「私は15歳学問に志した。30歳で自信がつき自立できるようになった。
40歳で心に惑いがなくなった。50歳で、使命自得・知り得る・ようになりました。
60歳では、にどんな話が聞こえても動揺したり、腹が立つことは なくなりました。

70歳になると、自分が行うすべての行動は、道徳の規範・きはん・から 外れることはなくなった。」

  この節は、論語の中でも、最も有名です。
15歳を志学・しがく・、30歳を而立・じりつ・、40歳を不惑・ふわく・、

50歳を知命・ちめい・、60歳を耳順・じじゅん・、70歳を従心・じゅうしん・、

と呼ぶ。


孔子の論語のサイト より)



☆*゚ ゜゚*☆*゚ ゜゚*☆*゚ ゜゚*☆*゚ ゜゚*☆*゚ ゜゚*☆*゚ ゜゚*



まだ誕生日は先ですが(笑)、

先月のどっかのクイズ番組で、40歳は「不惑」と言うと、

「今でしょ」の林修先生が解説していました(笑)


不惑=心に惑いがなくなる


本年直前の昨秋くらいは、

惑いというか、戸惑いが大きくて、酒びたりになっていましたw


この先は元・jw(エホバの証人)に理解のある人以外は、ワケわからん内容だと思うので、

ご興味のある方のみ、お進みください。


(現役jwで、元jwに否定的な方は、固くお断りします。

 jwを擁護するようなメッセージなどをいただいたとしても削除し、ブロックさせていただきます)



物心ついたときからjwとして育てられ、

一家でjw(それを神権家族と言うw)、

そして表向きはjw組織の中では、賞賛のひとつとして見られる開拓者にもなり、

熱心なフりをしていたけど、

常にその組織とそこに属する成員に、矛盾と言う疑問を抱き、

世の中と逆行している組織から、どうしても離れたくて排斥させられるための既成事実を作り、

晴れて組織から解放されたのがハタチくらい。


その時は、まだ「覚醒」とか、意識してませんでした。

ただただ組織から出たくて、jwだったことも恥ずかしくて、

ハタチから昨秋までネット上でも、jwだったことをひた隠しに生きてきました。


まぁ約20年前は、ネットでこんなにも元jwや2世たちが声を上げている環境でもなかったし。


学生の頃、担任の先生などに、

「(巡回)大会で学校を休みます」とか、

「(生徒会などの)選挙には参加できません」とか、

「クリスマスや、おみこしを担ぐようなお祭りには参加できません」とか、

「jwの活動を中心に生きたいので、進学はしません。パートで働きます」とか、

伝道活動で、学区内の知ってる子の家に当たって証言したりとか、

最初の自己紹介で「趣味は聖書を読むことです」と言ったりとかwww

ホント恥ずかしかったトラウマが大きくて、

「私は元jw2世です」とか言ったら、

「キチガイだったんじゃないかw」と周りからドン引きされるんじゃないかという恐怖。


そして毒親(母)のトラウマ。


jwの子ども時代の話として一般的なのはムチですね~

母親は見栄っ張りだったので私に完璧を求め、

少しでもそぐわないと、自分の感情で布団たたきやら物差しやらベルトでぶっ飛ばされる。


お尻や太ももはみみずばれだらけ。

今そんなことやったら、立派な虐待だw


それだけでなく、やっぱり自分の考えに合わないときに、

私に包丁の刃先を突き出して、私を玄関まで追いやり、

「出ていかなかったら刺す」と言われて、外に出されたっけなー


で、外に出されて何時間も家に入れてもらえないの。

家の前の道はフツーに車も人も通るから、恥ずかしかったなー


ある日は何時間も外に出されっぱなしで、

母は妹を連れて夕方の集会か買い物かに出掛けちゃって、

(当然鍵を閉めてw)

当時は歩いて15分くらいのところに祖父母の家があったから、

そこに行って、おばぁちゃんの顔を見た途端号泣したなーw


ってか、うちの母親、

ありえないっしょwwww


なので今は、相手が生きてるのか死んでるのかわからないくらい、

疎遠になってます。


あっ、ちなみに父は、

私が中学2年の頃、癌で死にました。


父も僕になって、でも優しくて穏やかで大好きなお父さんだったんだけどなー

その後、母が再婚した時には、

「楽園でお父さんが復活してきたとき、どーすんの」と抵抗したけど、

結局自分のオンナの欲を優先させた人ですw


まーいーんでしょ、

どーせ楽園なんて来ないって思ってんだからwww



そして組織から出た私は、

「jwを信じる親を悲しませた悪い子」という洗脳がいつまでも溶けなくて、

(なんせ母親から包丁向けられた子どもですからねーwww)

jw組織で過ごしたのと同じくらいの間、ずっと苦しんでいました。


それがふと昨秋、ナゼだか急にjwの世界を覗いてみたくなったのですよね~

これが「不惑」のための準備だったのかw


出てきたのは、私が知っていた「jwは真の組織」ではなく、

約20年前で止まっている私の知識とは大幅に変えられた、

組織の解釈に対する非難。


もぅかなり昔の知識なのであっているかわからないし、

表現の仕方も忘れましたがw


本年は2014年。

1914年からちょうど100年です。


確か、1914年の出来事を覚えていて、

その中で天へ行くことを選ばれた、14万4000人すべてが天へ行く前に、

大患難(この世の終わり)が来るという教えだったはず。


ってことは、天へ選ばれた人はとっくに100歳超。

14万4000人の中の何人が残っているというのでしょう?


もしかしたら昨秋いきなりjwのコトを思い出したのは、

「1914年から100年経つのに、終わりはどうしたの~?」

って疑問から始まったのかもしれません。


しかも天に行く人って、世界中のjw組織全体の長みたいな、

統治体も入ってなかったっけ?


(もはや知識があやふやだがw)


ってことは、統治体のメンバーは、みんなじぃさんなハズ…

というか生きてないかもしれないのに、

ふと目にしたサイトでは、40代のメンバーが加わったとか?


マジどんな教理になっちゃったワケ?


勝手にリンクしちゃいますが、少年カレブさん

神権マンガ 第一話 - 統治体増員 」にはその経緯が、

とてもわかりやすく書いてありますw

語尾に「w」がついている時点で、どういう感情かはわかると思いますw


色々な人が書いていますが、

なんだか「新しい光」だとかで、

結局jw組織は自分たちの都合の良い解釈にコロコロと教理を変え、

末端の成員たちは、それを「真の組織」だと述べ伝えてる、恐ろしい洗脳され集団です。


その真実がわかったとき、

初めて私は覚醒したような気がします(遅すぎーwww)


でもそれを受け入れるまで、時間がかかりましたよ~

だって自分の人生の約半分を、否定されたようなものですから。


ってなワケで、もぅアル中になるかと思うくらい酒びたりになって、

否定された人生を、酒で埋めていましたw


まぁ1ヶ月くらい酒びたりになって、その間にも、

アメブロの中で元jwや元2世として同じように苦しんでいたり、

身近な人がjwにいて、jwの偽りさを示して覚醒へと導いてくださる方がいたりして、

その方々の元で少しずつ自分の気持ちを書き込んだりして、

やっと先月くらいから、気持ちが落ち着いてきました。


ダーリンも姫も私がメンタル的にちょっとアブない状況になっているのを察して、

「お弁当は買うから作らなくてイィよ」とか、

「好きなコトしてリフレッシュして」とか言ってくれたので、

かな~りお言葉に甘えさせていただいて、体の負担もラクになれたし。


(ホント、ダーリンと姫には、いつも感謝です)


さて、jwから覚醒するきっかけとなる書物について、

自己の視点からちょろっと書いてみます。


実は以下の書物、両方とも読んでませんw

が、レビューでなんとなくわかりましたw

ご興味のおありの方は、ちゃんと読んでみてくださいw


良心の危機―「エホバの証人」組織中枢での葛藤/せせらぎ出版
¥3,990
Amazon.co.jp

↑コチラ、jw覚醒書物の中では、ダントツ一位で高評価なのではないでしょうか。


元統治体メンバーの肉声。

これで覚醒した方、多くいらっしゃいます。


そして私も読みたいのですが、なんせ値段がw

なかなか古本でも出てこないしねー

手に入れる機会があったら、読んでみたいと思っています。



ドアの向こうのカルト ---9歳から35歳まで過ごしたエホバの証人の記録/河出書房新社
¥1,890
Amazon.co.jp


「良心の危機」よりも若干リーズナブルなので、気軽に読めそうなコチラ↑


ただ著者は、結構自由度の高いお国と環境でお育ちのこともあり、

どこまで自身に重ねられるか?


また一般的な教会の牧師さん達に言わせてみると、

「キリスト教すべてが、こういう組織ではない。味噌クソ一緒にするな」と感じるらしいです。


でもjw組織なんかにいると、神だとか聖書だとかの教えが、

jw組織しか出された解釈しか知らないから、

どうしても神や聖書に対して、良い見方が持てなくなってしまう。

それもjwの被害かと思います。


元jwの中には、組織から離れても神を愛せたり、

聖書には良いことが書かれていると思われていたりする方も多くいらっしゃいます。


それはきっとjwという組織だけを憎み、

神や聖書の言葉は心に残っておられるからなのかもしれません。


私はjwでこりごりなので、

今はもぅすべてをシャットアウトな感じです。


それだけjwは、人の心に憎悪を植え付ける組織なのかもw


なので私はもぅ、jwや親からの洗脳やトラウマを解いて、

「自分」という道をこれからも探して、歩いていきたいです。


そう思えるようになったのも、「不惑」という年に関係あるのかな…w



…数ヶ月前から、「いつ、どう書こう」と思っていたテーマが、

やっと書けましたw


正月からこんなダークな話題とかwww