2009-12-23 12:46:08
終わりよければすべてよし!
Theme: 悟り=”勝手な思い込み”
年末にもかかわらず、ものすごく忙しい毎日を過ごさせていただいております。
ありがとうございます。
さて、世の中には
「はじめよければすべてよし」という言葉と
「終わりよければすべてよし」という言葉がありますが、
わたしは前者には猛反対
だって、結果出せてなんぼでしょ。
はじめがどんなもんでも、終わりがぐだぐだじゃ、なんの意味もない。
よく、女性は結果ではなく、その過程を重視する、とかいいますけど、
わたしは女にもかかわらず、過程うんぬんには猛反発します。
誰がなんと言おうと、結果が出せてなんぼです。
だって、時間はどんどん過ぎていくし、歴史はどんどん塗り替えられていきます。
そんなときに、
「だってわたし、がんばって○○やって、□□したんですよ~」とか言ってる暇はありません。
あんたのしたことなんか、誰の記憶にも残らない!
女ばっかりで何かするときには、結構こういうシチュエーションになってしまうんです。
結果を想定して話し合うとかあんまりできなくて、
その状況だけに集中してしまうというか、楽しんでしまうというか。
今のわたしたち、がんばってるよね~的な。
ま、これはごく一部ですけど。
ようは、何かをやって、それを形に残して、人の記憶に残してこそ、はじめて過程が報われるってなもんです。
じゃあ、あんたはその「人の記憶に残せること」何かやったんかい?
って猛烈な質問を浴びそうですけど、
少なくとも、その自負はあるつもりです。
別に大きなことを成す必要はありません。
ノーベル賞を取る必要もありません。
ただ、誰かに
「ありがとう」
と一言言ってもらうだけで、全部OKだと思います。
自分の思い描く結果を出せなくても、ありがとう、と言ってもらえるだけでOKだと思います。
なんか話が矛盾してるような気もしますが、
どんな話にも矛盾はつきものです……。
(自分の考えでもの言ってる時点で自己中心的)
人によっては、そのありがとうが「結果の過程」だと言うかもしれませんけど、
「ありがとう」こそが結果だと思います。
「ありがとう」なくして結果なし。
今日の一言です。
多くの人が「何か大きなことを成し遂げる」ことを人生の目標にしています。
確かに、何か大きなことを成し遂げるという目標があったほうが、仕事もがんばれるし、生きる意欲もわいてきます。
でも「何か大きなことを成し遂げること」は、世の中の一部の人が奇跡的にできることであって、
すべての人がそうではないのです。
こんなこというと、夢のない人間、向上心のない人間、だと思われるかもしれませんが、
違います。
わたしが言いたいのは、何か大きなことを成し遂げることだけを目標にして生きるのは、ちょっと間違いなんじゃないの? ってことです。
何も成し遂げなくても生きている価値はある、ということです。
何も成し遂げられずに死ぬ人を否定なんかできない、ということです。
あの人にはお世話になったよな~
いっぱい助けけもらったよな~
あの人がいてくれたおかげで今のわたしがいるんだよな~
とか思ってもらえるだけで、万々歳です。
小さいときには、誰だって「○○になりたい!」と大きな声で言います。
でも、少し大きくなれば、それがちょっと無理なことだと分かってきます。
全能感は幼いときだけの特権です。
中には小さなころの夢を確実にかなえる人もいますが、生きていく中で、人はその夢を否定し、修正し、変更していきます。
自分自身を否定し、修正し、変更してこそ、今の自分があるわけです。
なんか、話が紆余曲折。何が言いたいのか分からなくなってきました……。
まあ、ようは、
大きな夢抱いて無駄に挫折感味わう必要なんかない。
今の自分こそが結果。
その結果に「ありがとう」と言ってくれる人がいれば、もう生きる意味は果たしたも同然。
気楽にいこうぜ!
ということです。
こんなんでよございましょうか。
やっぱり最初から読み返したら、話矛盾してるかも。
上野クリニック
日本調剤ファルマスタッフ
クリスタルクララ
神奈川クリニック
品川美容外科
ありがとうございます。
さて、世の中には
「はじめよければすべてよし」という言葉と
「終わりよければすべてよし」という言葉がありますが、
わたしは前者には猛反対

だって、結果出せてなんぼでしょ。
はじめがどんなもんでも、終わりがぐだぐだじゃ、なんの意味もない。
よく、女性は結果ではなく、その過程を重視する、とかいいますけど、
わたしは女にもかかわらず、過程うんぬんには猛反発します。
誰がなんと言おうと、結果が出せてなんぼです。
だって、時間はどんどん過ぎていくし、歴史はどんどん塗り替えられていきます。
そんなときに、
「だってわたし、がんばって○○やって、□□したんですよ~」とか言ってる暇はありません。
あんたのしたことなんか、誰の記憶にも残らない!
女ばっかりで何かするときには、結構こういうシチュエーションになってしまうんです。
結果を想定して話し合うとかあんまりできなくて、
その状況だけに集中してしまうというか、楽しんでしまうというか。
今のわたしたち、がんばってるよね~的な。
ま、これはごく一部ですけど。
ようは、何かをやって、それを形に残して、人の記憶に残してこそ、はじめて過程が報われるってなもんです。
じゃあ、あんたはその「人の記憶に残せること」何かやったんかい?
って猛烈な質問を浴びそうですけど、
少なくとも、その自負はあるつもりです。
別に大きなことを成す必要はありません。
ノーベル賞を取る必要もありません。
ただ、誰かに
「ありがとう」
と一言言ってもらうだけで、全部OKだと思います。
自分の思い描く結果を出せなくても、ありがとう、と言ってもらえるだけでOKだと思います。
なんか話が矛盾してるような気もしますが、
どんな話にも矛盾はつきものです……。
(自分の考えでもの言ってる時点で自己中心的)
人によっては、そのありがとうが「結果の過程」だと言うかもしれませんけど、
「ありがとう」こそが結果だと思います。
「ありがとう」なくして結果なし。
今日の一言です。
多くの人が「何か大きなことを成し遂げる」ことを人生の目標にしています。
確かに、何か大きなことを成し遂げるという目標があったほうが、仕事もがんばれるし、生きる意欲もわいてきます。
でも「何か大きなことを成し遂げること」は、世の中の一部の人が奇跡的にできることであって、
すべての人がそうではないのです。
こんなこというと、夢のない人間、向上心のない人間、だと思われるかもしれませんが、
違います。
わたしが言いたいのは、何か大きなことを成し遂げることだけを目標にして生きるのは、ちょっと間違いなんじゃないの? ってことです。
何も成し遂げなくても生きている価値はある、ということです。
何も成し遂げられずに死ぬ人を否定なんかできない、ということです。
あの人にはお世話になったよな~
いっぱい助けけもらったよな~
あの人がいてくれたおかげで今のわたしがいるんだよな~
とか思ってもらえるだけで、万々歳です。
小さいときには、誰だって「○○になりたい!」と大きな声で言います。
でも、少し大きくなれば、それがちょっと無理なことだと分かってきます。
全能感は幼いときだけの特権です。
中には小さなころの夢を確実にかなえる人もいますが、生きていく中で、人はその夢を否定し、修正し、変更していきます。
自分自身を否定し、修正し、変更してこそ、今の自分があるわけです。
なんか、話が紆余曲折。何が言いたいのか分からなくなってきました……。
まあ、ようは、
大きな夢抱いて無駄に挫折感味わう必要なんかない。
今の自分こそが結果。
その結果に「ありがとう」と言ってくれる人がいれば、もう生きる意味は果たしたも同然。
気楽にいこうぜ!
ということです。
こんなんでよございましょうか。
やっぱり最初から読み返したら、話矛盾してるかも。
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日本調剤ファルマスタッフ
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