Body Rolling Hawaii

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March 13, 2010 テーマ:OLYMPIC 2010

2.メダルを確信したトレーニング

ジュリアが一番のどん底を経験したのが、去年のフランスでの世界選手権です。

複合(スーパーコンビネーション)の滑降では、コースの途中であきらめて止まり、そこからコースの脇を泣きながらスキーを抱えて歩いて降りてきました。


テレビのコメンテーターはジュリアの滑りを見て「あれでは、バンビが難所をこわごわ降りているようなものだ。」と言ったぐらいです。


「負け犬になりたくないけど、これじゃ負け犬同然・・・・。どうしたらいいかわからない・・・。」と泣きじゃくるジュリアがいました。


確かに、2009年2月の時点で、彼女は体力も、気力も、底をついていました。


どうしてこんなことになってしまったのか?


コーチ達は、夏の練習不足の結果と言いました。

それも正しい見解と言えば、見解ですが、私は根本は2006年の股関節の手術後の結果と、その後のケアに問題があったと思います。

このことは、またの機会に書きたいと思います。

なぜなら、ここには若い選手が知らぬまに痛みや不快感と戦っていることによってモチベーションをなくしていることがあるからです。

痛み、違和感は想像以上に精神的にも、そして身体そのものへもストレスだということです。


昨シーズンは9月のキャンプで腰痛が発覚し、そこからは治療、腰痛の様子を見ながらトレーニング、スキーを行ってきました。


私が彼女と合流したのは、7か月振りの10月のヨーロッパ合宿でした。

カナダのトロントで治療を得て、そのままヨーロッパ入りしましたが、その状態はひどいものでした。


仙腸関節、股関節の可動域は極端にせまく、背中の張りは右側と左側で極端に違っていました。

そして、「足」。 歩いたり、走ると、アーチがつぶれ、明らかに脚(きゃく)の筋肉達が正しく使われていないことが分かります。


この時点で、治療師でない私にはどうすることもできず、その現象を目の当たりにして、「とにかく、このヨーロッパで治療できるドクターを探すしかない。」と考えました。


なぜなら、これからシーズンが終わる3月中旬までの時間をここヨーロッパで過ごし、そして明らかにシーズンを通じて治療が必要な状態だったからです。


私達は10月の3週間で4人の鍼灸師・理学療法士を訪ねました。その中で、この人なら治せるかもしれないと思える人が1人いました。


彼の意見と、治療方法に、ジュリアと私は直感的に可能性を感じたのです。


私とジュリアは治療・トレーニング方法について、多くのことを話あってきたと思います。

と言うのも、ジュリアは誰よりも独立した考えの持ち主で、常に自分で様々なことを開拓して行きました。

トレーニングも、今行っていることだけではなく、常に経験したことがないことにも興味を持ち、試してみます。

なので、この3年間私達はトライ&エラーで様々なことを試しながら、この治療は、この部分に優れている。このトレーニングはこの部分に優れているとメリット・デメリット、その深さを話あいながらコミュニケーションを深めて行きました。


始まったシーズンは練習不足の上に、故障持ちでは手も足もでませんでした。

このことによって、ジュリアは小さなミスでコースアウトしたり、転倒することが増えてきました。これは彼女の苦しみに輪をかけるようにして、自信を削りとっていきました。

そして、転倒は彼女の痛んだ身体に追い打ちをかけるように、青あざ、腫れとなり、治療にさらに時間が必要になっていきました。


1月の試合では、毎試合ゴールで泣くジュリアの肩を抱くことしかできない日々が続きました。


2月の世界選手権で、とうとうジュリアはある意味、2009シーズンに対してギブアップ宣言を私達スタッフの前ですることになりました。これは、彼女にとっては大きな出来事でした。

今の状態で挑戦し続けるのは、無理があることを認めたわけです。

そして、ゴールを2010シーズン・オリンピックに向けることに切り替えました。


残りの試合を2010シーズンに向けてどう戦うか。

スキーテストをどうするか。

夏のトレーニングプログラムをどうするか。

私達スタッフはジュリアと共にその内容を2009年の2月から考え出しました。




2009シーズンの総合成績は27位 (過去最高 3位)


滑降        24位  (2位)

スーパー大回転 27位  (4位)

大回転       17位  (4位)

回転         42位  (22位)

複合         36位  (4位)


※順位はシーズンを通じた総合順位です。



2005シーズンから2008シーズンまでの4シーズンでは常にトップ10を維持していたわけですから、数字だけ見てもいかに苦しいシーズンだったかが分かると思います。


全ての種目でトップ15位から外れ、私達には後がありませんでした。


ただ、オリンピックディフェンディングチャンピオンと言う、強いプライドがジュリアの中にはしっかりとそこにあることを私達は受け止めていました。



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