娘が突然

「世帯数ってなんやねーん!」
と言い出した。

「先生はお兄さん(多分 お姉さんも先生言ったはず)がいない人って言ったし、ずっと自分も(娘)手を上げていたけど、私って世帯数?」

どうやら娘、自分が世帯数の当事者に当てはまるのか疑問に思ったようです。

というのも、昨年は息子が6年、娘が1年であったが 同じ手紙を二人とも持って帰ってきた事が何度も?ほとんどに近いほどあったのです。

多分、

先生 「世帯数の人ー!」
娘      「(よーわからんけど) はーい!」

と手を上げていたに違いありません🤣

ちょいと 学校生活にも慣れてきた娘はこの
「世帯数」
が気になったようです♡

ともすれば、子ども達に伝わっていない「コトバ」は案外たくさんあるのかも、、、爆笑


相手に伝わるコトバ使っていますか?



私は語彙力が少ないため、オノマトペを多用しております笑い泣き
今年は語彙力をサンタさんにお願いするしよっかなぁ、、って、他力本願かい!!



先日 小学校のPTA総会をもって、PTA母親代表兼副会長を次の方に無事引き継ぐ事ができました。

1年という任期で、ようやく楽しさや先生との関係もできてきた頃に終わり。もうちょっとやりたかなぁ〜と、ちょうどよい期間だったと思います。
(実際に任期が伸びたら それはそれで🤣名残惜しいくらいがちょうどよい。)

母代(母親代表の略)の仕事は、講演会や研修に行くことや、うちの学校の場合は男性が会長という今時なルールがあるので、縁の下の力持ち的なPTAメンバーとのクッション役というか橋渡し役というような役割があったなぁと終わってみて思います。


母代に決まった私は、兼ねてから子ども達に経験して欲しいと思っていた"貿易ゲーム"をどのようにしたら 当時小学6年我が息子の学年にもっていけるのか?を考えた。

実際は9:1の割合で 息子は難しくても、娘の時にでも、、、とどちらかといえば 自分で結論を出していたような。

"息子に経験してもらうために、(今から)先生や保護者の理解を得るのは(時間がたりないから) 無理だ"

そして、それを口にしていたし、その事案が通るための「手段」とか「協力」とかってことを どうしていいか分からなかった。

だけど、実際自分が貿易ゲームを体験してみたら、すごい勇気が湧いて 今振り返っても 何で 全てが自分のイメージした通りに動いたか分かんない!!!けど、保護者にも息子の学年の子ども達にも届ける事ができたのです。

もちろん、先生や保護者の理解があったのは言うまでもなく、多くの人の協力があったからこそです。


何がそんなに多くの人を動かしたのか、、、?

"楽しさ" "なんかいい事そう" "熱意" 

目に見えない何かが相手に映ったのだろうか?



この貿易ゲームは、私の成功体験です。

「たくさんの人を巻き込んで、自分のやりたい事・伝えたい事ができた」

そして成功体験として喜びつつも、"私(先生)が"だけでは上手くいかないという、保育士としても大切な考え方に気づかされたことでもありました。


「先生が」になりがちだけど、
「先生は」「先生も」「先生と」など色々あって、「子ども(相手)が」あってこその「先生(私)が」いるってことです。これは、子どもに媚びるとは全く違います。

貿易ゲームの中でも、誰一人として 相手に媚びるような方はいませんでした。
お互い、できる事やできるようになるには?を少しずつ話した結果だったと思います。


全て 自分の人生経験につながっていくことの怖さと😅「人と生きる」とか「人を育てる」って一体何かを感じている今日この頃です。


登校ってすごい!

テーマ:
長文です。


息子の時には考えたこともなかったかもしれない。

☆友達といっぱい遊ぶこと
☆勉強を頑張ること
☆人の話を聞くこと
☆何でも一生懸命やること

こんな事を息子には小学校で学んでほしいな。。
だったと思う。

でも、これって「学校に登校している」事が大前提にあって、「登校していることが当たり前」でないと考えつかないことばかりだったことに今思う。
息子は1日欠席のみ、精勤賞の子どもからは見えなかったのです。(現在 息子中1)

娘は小学2年生に進級しました。
この娘が 親の私に新たな視点を教えてくれました。

娘は偏食です。
食事の好き嫌いの事って、その人その人の主観で解釈するので、理解されにくいと感じています。

娘で言えば、説明のしようがないくらい 食べる食品数が少ないです。
保育士という仕事上、好き嫌いのある子は多く見てきた中で、そのうち食べられるようになっていったり、家では食べないけど園では頑張る!子どもたちは多くいました。

しかし、娘は一向に食べられる物が増えていかず、家でも「一口ルール」で、ほんの少しは食べてみる経験を今も行なっていますが、大きな改善の兆しはありません。

そこで娘の壁になったのが給食笑い泣き
アレルギーではないので 診断書もありません。
入学し給食が始まって 1ヶ月たたない位にストライキがありました。
担任の先生には 特に話しはしていませんでした。
学校という環境が変われば もしかすると食べられるようになるかもしれないし、ちょっと様子をみていたところ、「学校へ行きたくない」と。。。

全然 違う理由でお休み理由を言ってくるけど、どうも 辻褄が合わないし お休み前提で支度をする中でよくよく 聞いてみると

「給食が食べられない、、」
とポツリ🤣あえて、元気に
「そんな事は大丈夫、先生と話をするよ」ことと、
「自分でも先生に伝えることをしてね」
という話をして、私と遅刻で登校し担任の先生にも話をさせてもらい 全品一口から始まり、1年間無事に楽しく登校する事ができました。

進級し、給食開始3日。
ストライキです🤣
担任も変わり、早速 給食ルールも変わって本人 頑張りましたが どうにも、、、そして、今回は

「絶対に行かない。」
ということで欠席。

その日に担任の先生と話をして、今週は登校する事ができました。半分以上減らしてもらっても 残してしまっている事は娘自身も気にしていて

「 牛乳の量をもっと減らせば食べれる気がする」
とか、毎日 試行錯誤をしているようです。
その事も後日 担任に伝えたところ、「本人なりに努力しているのですね」と少し分かってもらえた感じを受けました。


一応 昨年には受診をして病院の先生に相談しました。
先生の話の中で印象に残ったのは

「給食は9年間。そのあとは 自分で自分の食事を管理していくことになります。この9年間の中で、嫌なことばかりに向かうのではなくて、人と食事をする楽しさや 嬉しさを持ち続ける事が大切です。なぜなら、あまり好き嫌いを咎めることにより、家族との食事も一緒にとれないなど、人と食事をとる事が怖くなり 夜中にこっそり食べるなど、孤食になってしまう事が少なくありません。」
との事でした。

好きなものだけ食べていれば良いとは思いませんし、いつか食べられるようになるとも思っていません。
でも、これから娘が社会の中で安心して生活し、多くの人たちと一緒に成長し楽しく生きていって欲しいな。が親としての願いであり、そのために 毎日学校に登校できる事って 本当に幸せなことだったと気づきました。
(もちろん、学校での人間関係や勉強のこと 自分の内面のことなど様々なケースがあると思いますので、全ての場合だとは思っていません)


今回の娘のケースも、先生に親の私が伝える(これ、私にのとって割と試練)ことや、娘自身にも自分のことは、自分で伝えることなど、一人ひとり(娘・担任・私)が少しずつ 「給食」を通して歩み寄れたのかな?と感じます。そのおかげで、"給食登校ストライキ"が今のところはありません。

結果。

"子どもが毎日 気持ちよく登校できること"

って実は非常に難しいことであり、当たり前に登校している子どもらに救われてるなぁ、私たちでした。(親も先生も、子どもに関わる全ての人)

登校できたら、何かしら日々学ぶものは必然的に転がっているのだから、それ以上の事はないんじゃないかな?ということです。