青春の思い出

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楽しい美容学校、と魅惑のバーテンダーを終わり三宮の某、そごう百貨店の美容室に勤務することになりました。

何もできないのと不慣れなので、かなりのプレッシャー。

一日の長いこと!

あー、まだ二時やーってかんじでした。

だいぶ慣れてきたとき、父が胃がんでなくなりました。

滅茶苦茶可愛がって貰って育ちました。

一番親友は父だったんです。

母と別居する時迷わず父を選びました。

まず生活苦。

家賃を払って、食べて・・・・インターンの給料では足りません。

最初は仕方なく先輩に借りました。

気持ちわるいのでサラ金で一万円かりてました。

でも足りんもんは足りんので、日雇いに行くことにしました。休みの日。

新開地のガスビルへ六時半頃行くと、手配師が来て「にいちゃんはたらくんか?」

「なんぼですか?」・・・・「六千五百円のちゃぶ付き!」

「行きます!」・・・ちゃぶは昼ごはんです。これが最高の条件だったんです。

でも五千円の時もありました。五万八千円の給料の時ありがたかったです。

十二月の忙しい時、休みの日、全部行ったことっもあります。

マイ地下足袋も持っていました。

電車で同級生の女の子と会って「あんた美容師ちゃうのん?」っていわれて。

「こ、これはバイトやー」っていうこともありました。

どこへつれていかれるかわからないんです。きいたら舐められるから、黙っています。

美濃の山奥へ連れて行かれたときは、「もうタコ部屋、放り込まれて、帰れんかもしれん」って怯えたこともあります。

優しい人、いけずな人、いろいろでしたがだいたいみんないいひとでした。

美濃から帰るとき優しいおじさんは、ビールを買ってくれました。

ちょっとアホでいけずのオッサンは、信号が止まるたんびに「ネエちゃーん!いまからかー!」って叫ぶんです。毎回!

このおっさん、ホンマにアホやから、夕方綺麗に着飾った綺麗な女性を見ると、みーんな、ホステスさんや思っているんです。アホくさー!

でも今はいい思い出です。

こんなんはは苦労だとはちっとも思わなかったです。お金いただく喜びの方がつよかったです。


写真は妻と子供たちの弁当です。



今日もブログ見ていただいてありがとうございます。

全部本当のことですよ、四十年まえの話ですけど・・・・




すみませーん・・・


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