リトリーブサイコセラピー®であなたの生き辛さを解決する
神戸の心理セラピスト日吉マリコ ですインコ?

 

 

 

 

先日100均で店内をうろうろしていると、面白そうなものが目に入りつい買ってしまいました。

 

 

 

「大人が楽しむぬり絵」

 

その名の通り、大人も楽しめるような絵柄のぬり絵です。

 

 

 

 

 

 

 

 

このぬり絵にですね…、見事なくらいはまってしまい若干寝不足なんです…(笑)

 

 

 

 

 

 

 

 

塗り終わった絵を眺めていると「私ってやっぱりスプリングなんだなぁ…」としみじみと思います。

 

 

 

 

↑色使いが、まさにスプリングカラー!

 

スプリングカラーを意識的に選んで塗っているわけではなく、使いたい色を使って塗っていたら自然とこうなるんです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さてぬり絵ですが、あなたはどんな風に色を塗りますか?

 

実はこのぬり絵の色の塗り方にも、パーソナルカラーの特性が現れるんですよ。

(またマニアックな話を始めます…)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私はスプリングですが…

 

スプリングの人はカラフルな色使いが好きで、明るくきれいな濁りのない色を好みます。ビタミンカラーと言われるような元気な色が好きです。

 

 

↑まさにスプリングの人が好む色使いそのものですよね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

サマーの方はあまり色を沢山使うことをせず同系色のグラデーションのような、水彩画のような淡い色使いを好みます。上品です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

オータムの方は色を混ぜて使う深みのある塗り方を好みます。油絵のような重厚感のある色使いです。影を付けるのも好きです。

 

 

 

 

 

 

 

 

ウィンターさんは輪郭をしっかりと縁取ってから中を塗るという塗り方をする方が多いです。色は混ぜずに原色使いをするのが好きです。

 
 
スプリング以外あまり参考にならない画像でごめんなさい…。
 
 
 
 

 

 

 

 

 

こんな風にパーソナルカラーのタイプごとに、ぬり絵の色の塗り方にまで違いが現れたりするんですよ。

 

パーソナルカラーって面白いですよね。

 

 

 

あなたはどんな風に色を塗りますか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

名前

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神戸の心理セラピスト日吉マリコ ですインコ?

 

 

 

 

 

 

 

一昨日の夜はFacebookメッセンジャーのビデオチャット機能を使って、リトリーブサイコセラピーのセラピスト(とその卵)たちとの勉強会をしました。

 

セラピスト役の人がクライアント役の人から解決したい問題を聞き

 

何故その問題が起きているのかを、質問によって解き明かしていくという…

 

セッションの要とも言える、とてもとてもとても大切な部分を交代で行ないました。

 

 

 

 

 

 

そこで一番最初にクライアント役をしてくれた方が持ってきたテーマが、私にはとても興味深かったのです。

 

その方が今困っていることというのが、「自分の名前の漢字を間違って読まれるとすごい怒りが湧いてくる」というものでした。

 

 

 

 

 

 

 

 

仮にその方の名前を「ゆうこ」さんだとして話をしていきますね。

 

 

 

 

 

 

ゆうこさんの名前は、漢字で「友子」と書きます。

 

だけどその漢字を見たほとんどの人は、ゆうこさんの名前を「ともこ」と読みます。

 

そして時にはメールなどで、「裕子」と間違った漢字で名前を書いてくる人もいます。

 

するとその間違った相手に対して、激しい怒りの感情が湧いてくるそうなんです。

 

 

 

 

 

 

 

 

私はこの話を聞きながら、懐かしいな…と感じていました。

 

 

 

 

私も昔から、名前を間違って記載されるということが頻繁にありました。

 

私の名前は「マリコ」と片仮名で書きます。(本名です)

 

「コ」まで片仮名ってなかなか珍しいかと思います。

 

だけどこの私の名前、「マリ子」と、「子」を漢字で記載されることがとても多かったんです。

 

 

 

 

そして「マリ子」と書かれると、何だかこの名前が自分の名前だと思えなくなってくるんです。

 

私という人間はここにいるのに、みんなの目に映っている私は、私が思っている私ではないような感覚。

 

本当の私がこの世界に存在していないかの様な、頼りない、危うい感覚…。

 

 

 

 

 

 

 

この感覚の正体が一体なんだったのか、今の私にはわかります。

 

昔の私は「存在してはいけない」というビリーフ(幼少期に主に親との関りの中で身につけた思い込み、信念のこと)を持っていました。

 

「こんな私が生きていてはいけない」という罪悪感、罪の意識を抱えながらも、それを感じないよう生きていました。

 

だけどいくら感じないように生活していたとしても、日常のふとした瞬間にその「生きていてはいけない」という思いが顔を出すんです。

 

それが顔を出す瞬間のうちの一つが、私にとっては「名前を間違われた時」でした。

 

 

 

 

もともと「こんな私が生きていてはいけない」という思いを抱えていながらも、それを感じないよう生きていた私が

 

誰かから名前を間違われた時に、自分の存在の希薄さに気づき恐怖を感じていたんです。

 

 

 

 

「生きていてはいけない」と自分自身が思っていると自覚する恐怖って、まさに「死の恐怖」です。

 

そんな恐怖は何としてでも感じないように阻止しなくてはいけません。

 

だから私は怒りを使って恐怖を閉じ込めるということをしました。

 

名前を間違った相手に、凄まじい怒りを向けました。

 

 

 

 

そうやって、自分の中にある「生きていてはいけない」という恐怖を感じないで済んでいました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

友子さん(仮名)のその話を聞きながら、私は

 

私の中に、その怒りの感情がすっかりなくなっていることに気が付きました。

 

毎年、年賀状の宛名の1/3は「マリ子」と間違った名前で書かれてくるんですが…(笑)

 

私はここ最近、宛名の「マリ子」を見ても全く反応しないどころか

 

私の中では、手紙の「マリ子」も私の一部であるかのような自然な感覚になっていたんです。

 

 

 

 

 

名前ってその人そのものを表すものなので、色々な感情が刺激されるものでもありますね。

 

実は、私は昔自分の名前が嫌いでした。

 

今でこそ「マリコ」なんて特に目立つ名前ではありませんが

 

私が子供のころは、めちゃくちゃ目立つ名前だったんですよ。

 

名前をネタに、何度いじられたことか…(−_−#)

 

今でいうところの「キラキラネーム」とでもいうのでしょうか…!?(ちょっと古い???)

 

 

 

 

今では大好きな名前ですが、自分の名前が好きだと思えないというのもちょっとしんどいですよね。

 

自分の名前が嫌いだった時の話も、書いてみたくなりました。(機会があれば…)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

名前、名前…と書いていたら、頭に浮かんできたFayrayの「名前」という曲。

 

 
 
切なくて好きな曲です。
カラオケ行きたくなってきた…(笑)

 

 

 

 

 

 

 

このブログを読んで、自分の中にも

 

「ふとした瞬間に自分という人間の存在が不確かに感じられる」

 

という感覚があることに気付いた人は、セラピーを受けてみることをおすすめします。

 

 

 

↑画像をクリックで詳細ページに移動します↑

 

 

 

 

 

 

 

 

まずはその感情を認めてみる

 リトリーブサイコセラピー®であなたの生き辛さを解決する   
神戸の心理セラピスト日吉マリコ ですインコ? 

 








昨日の夜は、Facebookメッセンジャーのグループビデオチャット機能を使って、北は仙台、南は鹿児島という、日本全国にいるリトリーブサイコセラピーを勉強する仲間たち6人と勉強会を開催しました。

リトリーブサイコセラピーのセラピスト(またはセラピストの卵)たちは、本当に勉強熱心です。



最近ちょっと元気がない私なのですが、全国の仲間の熱気に触れて、少し復活しました。

やっぱり私は、このリトリーブサイコセラピーが本当に好きなんだなぁと思いました。








さて今日は、セラピーを受けて下さったクライアントさんから頂いた感想を紹介したいと思います。









ご感想

マリコさん本日は有り難うございました(*^^*)

人生初の心理セラピーを受けて色々衝撃を受けました

セッションのお部屋に入るなり魂が「来て良かったよ」って感じたみたいで涙が出そうでした

自分の中に閉じ込めていた怒り、寂しさ、辛さを涙や言葉にして出すって大事な事ですよね。
知らず知らずの内に心に蓄積されて大人になった今
まで、ずっと引きずってきたんですね。

場面や相手が違うのに同じような結果になっていた意味がわかりました

セッションが終わったら不思議と抱えていた恐怖心はなくなっていました

幼き頃の自分は小さいながらに頑張っていたんだなぁって抱き締めてあげたくなりました

これからは自分を大切にして、自分自身が求めている事に耳を傾け歩んで行きたいと思います

本日は有り難うございました






悲しみ、怒り、恐怖、嫉妬、妬み…

いわゆるネガティブといわれる感情って、みなさん感じたくないと思いますよね。





例えば怖い感情が沸き上がってきた時、あなたならどうしますか?

「怖くない、怖くない!」って心の中で自分自身に言い聞かせたり…

怖いと感じる対象のことを考えないようにしたり…
(でも、考えないようにしているはずなのに、より一層そのことが頭から離れなくなったり…)

と、いうことをしている人は多いと思います。





これって「怖い」と感じている自分の感情を、「出てくるな」と言って無理やり押さえつけているだけなんです。

感情を抑圧しているという状態です。






抑圧されて心の中に閉じ込められた感情はどうなると思いますか?

心の中に閉じ込められた感情は、時間の経過とともに消えてなくなると思いますか?






抑圧された感情は、決して消えてなくなることはありません。

恐怖なら「怖い」と、悲しみなら「悲しい」と、怒りなら「腹が立つ」と

その感情のままに表現されるまで、心の中にとどまり続けます。

そして日常のふとした瞬間に、出てこようとする感情を押さえつけるためには、常に身体に力を入れて緊張状態にしておかないといけないため、肩こりや頭痛がある人が多いです。





さらには心の中に閉じ込めた感情と、似たような感情を感じそうな人や場所や場面を避けるようになります。

これが何度も同じような、困った行動を繰り返す原因のひとつでもあります。







心理セラピーでは、自分が何を感じているのかを自覚してもらうために「怖い」とか「悲しい」とか「腹が立つ」という言葉を、クライアントさんに言ってもらうということをします。

長年禁止してきた感情を言葉にした瞬間、その感情を止めるために全身に込めていた力が抜けていきます。

言葉に出して感情を表現したため、出てこないように力を込める必要がなくなるからです。

人によっては感情を言葉にした瞬間に涙が溢れ出す人もいます。





日本は感情を我慢することが美徳であるかのような風潮もあるため、大人になるにしたがって感情を感じないようになっていく人が多いように感じます。(私もそうでした)

そうやって感情を感じないように生活をしていると、段々と嬉しい感情や、楽しい感情、幸せな感情まで感じないようになってしまい、なんとも味気のない人生になってしまうんです。(もちろん私も経験ありです…)



自分自身がなにを感じているのかを自覚することって、幸せな人生を歩むためには欠かせないことなんですよ。









とはいえ過去のあなたが、特定の感情を感じないように決意した背景には、感じないようにしないとどうしようもなかった大きな理由が必ず存在します。

そこはセラピストと一緒に見ていくことをおすすめします。







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