私がNYに戻った日に、ヘティは急変して亡くなったとのことでした。確か私の父と同い年、四半世紀のお付き合い、楽しい会話の中からいろんなことを学びました。

 

今日は葬儀と聞いていたので、言われた通り朝10時半頃、雨の中(NYは20℃)をヘティのビルに赴きロビーで待っていたら、一人のフランス婦人、二人のオランダ婦人がやって来て、手配された個人タクシーで片道70分はあろうかという郊外に連れて行かれました。
国立墓地(軍の兵士たちの墓。ユニフォームのように同じ白い墓石が何千も整然と広がっている)と隣接する広大な墓地で、一般の墓地には墓石は立っておらず、土地に埋め込まれたプレートだけで示され、一見芝生だけが広がっているように見えます。...
そこで、ヘティの55年来の友人と彼の3人の子供達(ユダヤ人)が合流しました。
葬儀はなく、棺はすでに蓋が打ち付けられていて、生まれて初めて西洋式の「埋葬」に立ち会いました。埋葬時は雨が一段と激しくなりました。死んだ後とはいえ、あんな地中深く埋められるのは、断然ストレスです。深すぎる。
その後、ほぼほぼ初対面同士で、「精進料理」ならぬイタリアンで会食(こういうのは日本の葬式と同じ)。彼女の旧友から、ミッドタウンでお別れの会を計画したいので、その時ピアノを弾いてくれるかと頼まれたので、喜んで、と言いました。
私のレパートリーは、ほぼ全部彼女の前で弾いている。何が好きだったかな、思い出しましょう。

70分の道のりをまた車に揺られてNYに戻る際、小雨の中に浮かび上がるように見えてきた摩天楼全景が印象的でした。

で、時差と寝不足と今日の緊張で死ぬほどクタクタです(あたりまえ)
ここ2年、身近に「死」がはびこっていて、親しい人達がどんどん去っていきます。

残された者は、またいつもの日常を生き続けて行かねばなりませんね。
明日からレッスン再開です。

 

ガンバリマ~ス。

 

 

 

 

 

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夏前半のご報告 

テーマ:

モネです。

パリ・オルセー美術館で撮影。

(本文とは関係ありませぬ)

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

6月末から5週間ほど帰国をしておりましたが、先日、ニューヨークに戻ってきました。

長らく行き来しておりますと、どちらにも「戻る」「帰る」という表現になってしまいます。

 

今回は、うちの新しいお墓の開眼供養と、父の納骨と三回忌を行うのが一番の目的でした。真夏日の灼熱の中で行われましたが、それまでの母の奮闘準備の甲斐があり、素晴らしいお経で厳かに、そしてその後は和気あいあいとした雰囲気の中でのお食事で、とても良い日となりました。

 

さて、帰国中は、本当に忙しかったです💦💦

 

一番嬉しいことは、沢山の方にレッスンが出来たこと。

よくよく練習して臨まれる方も多く、レベルの高い演奏や楽曲は、レッスンする方も大変に楽しかったし、例えば趣味でやっていらっしゃる方々の頑張りには触発されることもありました。

 

今回は、特別な出会いもありました。

エヴァンゲリオンの「残酷な天使のテーゼ」の作詞家、最近は御本を出されて作家としてもご活躍の及川眠子(ねこ)さんと「差しで」お食事をする機会がありました。

六本木(というか麻布十番あたり)での熟成肉のレストランのお食事も洗練されていて美味しくて、なかなか聞けない貴重なお話と相まって、特別な夜になりました。

気さくなお話の中にも、女一人で、才能ひとつで、大成功の経験を持つ人の静かな自信を感じました。実業家(お金で成功しようと頑張る人達)とは違うタイプの成功者ですから、いろんな面と稀な経験をお持ちで興味深かったです。(最新の著書「破婚」にそこのところが描かれています、一気に読みました♪)

 

数十年ぶりで会える藝大時代の先生やお友達など、懐かしくて死にそうになる(笑)素晴らしいひと時もありました。

NY時代に楽しい時間を共有した素敵な方々との再会もありました。

皆、共通して、本当に美味しいものがお好きで、美味しい処でばかりお会いして、こちらの舌も肥えましたがな。

 

帰国中は、一年ぶりともなるとやるべき用事も満載で、会いたいと言って下さる方々全部とお会い出来ないのが残念ですが、言ってもらえるうちが花と、そのお気持ちにはいつも感謝しています。

 

ここからしばらくは、疲労の回復と時差ボケとの闘いになります。

幸い、NYの夏は、日本より少しばかり過ごしやすいので、通常のレッスンに戻りながらも、少しのんびりすることにいたします。

 

 

皆様も、暑い盛りには、暑さを上手くしのぎながら、少しのんびりとお暮らし下さいませ。

 

 

 

 

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二日ほど前、陽が落ちる直前に、マンハッタンの空に虹がかかりました。

外側に薄く、二重目が見えますね。

ダブルレインボーと、夕陽に照らされているビル群のコンビネーションが、大変に美しかったです。

 

マンハッタンにこれだけの虹が大きくかかるのは珍しいことです。

それもダブルなんて、30年近くいて初めて見るんじゃないかしら?

 

もしも外出していて、ミッドタウンの摩天楼の下にいたら気づかなかったと思います。自宅に居てラッキーでした。

 

この虹の30分前までの夕立は凄まじく、雷が轟いて、滝のような大雨が降ったのですが、それが上がったと思ったらコレです(^^)/

 

すごい変化💦

 

 

人生だって、

どんなに悪い事が起こっても、それが永遠に続くことはなく、

その後にこうして無事晴れて、虹が見られるようなこともありますよね。

 

なんとなく、そんなことを感じながら眺めていました。

 

 

 

 

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これもモネ(だったと思う (^-^;)

パリ、オルセー美術館の展示にて。

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

人のことを偉そうに言えるほど、私は立派ではありませんが、

ひとつ、なんで?とすごく不思議に思うことがあります。

 

使用度のめちゃくちゃ高い日本語についてです。

 

こんにちは、とか、こんばんは、の最後は、

「わ」と発音するが、書く時は「は」になる、というような

あまりにもあまりにも基本的なことです。

 

理由は、元は「今日は、お日柄もよく・・・・」のように使うことから

「今日は」だけが挨拶として残ったもので、元の助詞が残ったものだったのですよね。

そんな説明をするまでもなく、小学校で既に「正しい日本語」としてきっちりと習っていて、小中合わせて9年間の間には、あまりにも当たり前のこととしてほぼ9割9分の生徒たちが使えていた日本語です。

たまに「こんにちわ」などと書く人は、それこそ、ごめんなさい、余程お勉強の出来なかった人に限ったもので、かなり軽蔑の対象になる存在だったと思います。

大人になってからも、私の周りには、こんにち「わ」などと書く「人種」は一人も存在しなかったのです。

 

が!

 

このところ、「こんにちわ」「こんばんわ」を見かけるようになって、とても違和感を感じています。

私の直接の友人知人たちではないところの人々なのですが、どう見ても「絶対にアホでもなさそうで、感じも良い方」なのに、へいちゃらで「こんばんわ」とか書いてくる・・・・。

 

あれ、どこでどうなっちゃったんでしょうね。

私の「どこかで軽蔑するココロ」が頭をもたげてくるのですが、

(何せ、今の私の周りには皆無だし、私の通ってたそこいらの公立小中学校でも1%に満たない人しか間違わなかった)

何か理由があるような(世代の違いなどで)気もしているので、今のところ黙殺しています。

 

あとは、「すみません」と「すいません」、ね。

口語では「すいません」と発音するのは間違っていません。

でも、書き言葉では「すいません」は間違いです。

で、元々は、どちらも目上には使いません。

今でもお仕事の場面などでは、目上に使わない方が良い言葉です。

 

元々が「済みません」(「申し訳なくて、私の気持ちが「済みません」などという意味での済みませんです)からきているのですから、書き言葉の時は「すみません」しかありえないのです。

 

「すいません」は、「吸いません」ですね。

何を吸えへんのじゃ、となります(笑)

 

しかーし!

 

旧帝大を出て、別の旧帝大で教授をしているとある男性が、

メールで「すいません」と一度ならず書いてきた時は、私は、仰天したのでありました。

 

ちなみに彼は私と同い年。

 

いやいや、彼はどこでどうしちゃって、こんな基本中の基本でやらかすことになったんだろう、と思いました。

 

ちなみにその方は、ニューヨークに短期間滞在していました。

会うたびに、ニューヨークについての歴史的うんちくを私に語るのでありましたが、ある日、彼の住む場所から大して離れてもいないエンパイアステートビルを指差して、「辰巳さん、ちなみにあれは何というビルですかね」と言った時には、私は腰が砕けてその場に突っ伏しましたよ、ホント(笑)

 

かように、誰にでも「どこかふと抜けちゃう常識中の常識」というものがあるのかもしれず、「すみません」と「エンパイアステートビル」が、優秀な彼にとって、たまたまの「抜け」だったのだと思っています(笑)

 

国語と音楽が秀でていた私は、そちらの分野で「細かくうるさく」なりがちですが、私の「抜け」は理数系に集中していて、というより、ほぼ「完抜け」ですので、人のことは、やはり、そう偉そうには言えないのです(笑)

 

 

 

 

今回の《音楽の集い》には、珍しく黄色いバラを選びました。

お花屋さんで見た時に、この黄色が、鮮やかなのに優しかったのです。

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

久々に、全員新メンバーの新グループでの最初の集いでした。

 

皆様の雰囲気が、黄色い薔薇に似た明るさで、ついついお話がベートーベンからそれる時もございます。

それとて、基本は音楽関係のお話なのですが、「それた時が爆笑タイム」と言われているのであります(笑)

 

同じタイトル、同じ曲を扱っても、もちろん大事なポイントは全部押さえますし、史実やエピソードの内容自体が変化することはありませんが(したら大変だ!)、その時のお客様によって、まず判で押したような同じ内容になることがありません。

ベートーベンのお話を少しずつしながら、どこかでお客様の反応を見ながら、話題を切り替えて行っているようです、これは無意識ですが。

 

噺家さんが、落語の最初にお話をする「枕」と呼ばれる部分があるようですが、その枕の時に、お客さまを「読む」んだそうですね。どういう内容でどれだけの反応があるか、ということでしょうね。

私のも、そんな感じです。

音楽経験の有無、ピアノ経験の有無、そして大事なのは感度の良いお客様かどうか。

 

昨日に限ったことではありませんが、同じことを聞いているのに、ひとりひとり、本当にお顔に出てくる反応は違いますね。

で、終始むすっとして反応が低い方が、実は楽しんでいらっしゃらないとも限らない、というのが興味深いところです。後で、個別に大変温かいコメントを下さったりするのが、意外とこの「睨むようにして聞いている派」です(笑)

しかし演者としては(芸人かい!)、そこそこ反応して下さるとやはりありがたいものです。

 

昨日は、この黄色い薔薇のような自然に明るく温かい感じが伝わってきて、ホッとしながら、こちらものびのびお話させて頂けました。

 

こちらが話を切り替えると書きましたが、お客様の持つエネルギーの質や雰囲気によって、(合った)話が引き出される、と言えるかもしれません。

 

引き出されて自由に回りだすエネルギーは、我ながら不思議で興味深く感じています。

 

 

 

 

 

 

先日の夕方、ワーナーブラザーズビルからイーストサイドを臨む。

ここは4階か5階分思いっきり吹き抜け、前面は総ガラス張りで開放感いっぱいで気持ちが良い。

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

あっつい 💦💦

 

一昨日から、朝から30℃を超える真夏日が続いています。

今季、2度目の真夏日群。

明日まで続いて、水曜日からストンと落ちる(またか)らしい。

 

今週半ばからゲストが多いため、今回の真夏日群に際し、

そそくさと冷房機を窓に取りつけました。

 

ストンと気温が落ちても、石のビルは熱の保温力がスゴイから、外は涼やかな風が吹こうが、中は数日前の熱で暑い場合が多いのです。

 

気温のupdownが激しいのは、身体にこたえるわぁ。

 

この時期、梅雨がないのと、今は日本より湿度が低いので少しは助かっていますが。7月に入ると湿度も高くなってきます。

意外と蒸し暑いニューヨークの夏。

 

私ニューヨークに来た頃(1988)は、冷房機を付けても、日がな一日つけっぱなしの日はのべで2週間もありませんでしたが、さて、今年はどうでありましょうや?

 

 

 

 

金曜日はミッドタウンでレッスンです。

沢山の方々に来て頂いて、楽しい時間です。

レッスンしまくって(笑)ようやく終わって外に出ると夜7時過ぎで

6月のニューヨークだとこの明るさです。

 

初夏でも「ニューヨーク名物、道路からの蒸気」(笑)

このまま真っ直ぐ西に進むとハドソン川とニュージャージー州に沈む夕陽が美しく見えます。

 

これが冬だと、この時間は真っ暗で寒くて、「一日がとっくに終わっちゃった感」が強くて気持ちも落ちるのです。

今は仕事が終わってもこれだけ明るいと、身体はクタクタ(もうね、それはクタクタ 笑)なんですが、気持ちはホッとします。

 

摩天楼の先っぽの上に広がる青空は、とても綺麗です。

 

だからお勧めするんですね、6月のニューヨーク (^^♪

 

 

 

 

 

 

ニューヨーク大聖堂(セント・ジョン・ザ・ディヴァイン大聖堂)にて。

 

10カ月近く忙しくて連絡出来ていなかった長年の友人の誕生日に電話をかけたが、電話が転送されてしまって誰も出ない。

嫌な予感がして人伝に探してみると、4か月前に老人ホームに送られたという。

数日前に行ってみたのだけれど、ああ、私はダイニングルームにいる女性が彼女だと分からず、彼女は私を認識しなかった。

 

こんなに急に、こんなに人って変わり果てるものなのか!

 

家族のいない彼女と2時間ほど一緒にいて、とぼとぼと帰宅した。

 

まだどこかで呆然としている・・。写真はその老人ホームの目の前にある教会。

 

ヴィレッジにあるニューヨークに唯一(たぶん)残る

老舗の珈琲専門店 《Porto Rico Importing Co》

 

扉を開けると、店内はむせ返るような珈琲の香りが充満しています。種類が多くて壮観でした。

手前の赤いラベルのものは「フレーバー珈琲」です。

ヘーゼルナッツ、シナモン、チョコレートなど、いろんな風味がつけられています。時々飲むとアクセントになって楽しい。

 

人生50年以上、珈琲をブラックで飲むことが皆無だったのですが、

増えすぎた体重を少し元に戻したいと思った時、食べ物の質が大事だと分かり、正しい食物を選択するには、舌を整えるという意味で純粋な形でのブラック珈琲を飲むことが良いという説があって乗っかってみています。その延長線上で、老舗珈琲店の扉を初めて開けることになったというわけ。

 

Bleecker streetからダウンタウンの1ワールドトレードセンターを臨む。空が高くて、いつ見上げても雲の様子が綺麗でした。

最高の6月です。

 

近くには、ニューヨークで一番古いカフェ《Cafe Reggio》があり、久々に寄ってみました。1926年創業だそうです。

ガーシュウィンの「ラプソディ・イン・ブルー」(1924)、「へ長のコンチェルト」(1925)とまさに同時期で、オンボロ具合も愛おしいです。

 

ヴィレッジのこの辺りは、昔からイタリア系の名前のカフェがひしめいていましたが(フィガロとかダンテとか)、数年ぶりに訪れると、マンハッタンの常でありますが様変わりがすごくて、昔からの古いカフェが随分と消えていました。

ですからこうして残っているのは、本当に貴重でありがたいです。

私はニューヨークが好きなくせに、新しいものより古いものに俄然興味とありがたさを感じる人間なのです。

 

大きなカップのカフェオレでした。

お店の名前入りのお砂糖入れがレトロです。

 

久々の、お散歩タイムでした。

 

 

 

というわけで、6月のおついたちの記事を書いた後は、

少し近くに買い物に出かけ、足りないモノを全部補充して、その上、ずっと探していたグリーンのクッションのペアで気に入ったのをやっと見つけました。

 

 

帰宅後は、ゆっくりと生ハムのサンドウィッチなんかを食べながら、

コール・ポーターの一番の代表作ミュージカル《Anything goes》 のブロードウェイ舞台版をゆっくりと鑑賞しました。

もうこれは、ほぼ最高の時間の過ごし方で満足しています(^^♪

 

皆様には、私が観た中から、有名なナンバーをいくつかご紹介します。サットン・フォスターの伸びの良い声は、余裕があって気持ち良いです。

 

どうぞ、コール・ポーターの作品をお楽しみくださいね。

 

《You're the top》

 

こちらはタイトル名にもなっている《Anything Goes》

長いタップダンスが魅力です。

 

名優 ジョエル・グレイとの《Friendship》 グレイが超可愛い!