ブログにお越しいただき、ありがとうございます。


さて、ブログでは、勝手にいろいろと書いていますが、


書いている時にある特定の人のことを実名で上げて


書いていることもあります。


その記事をその人が読まれていて、

メッセージを頂き、

変な事書いてなかったかな!?と確認しといてみたら、


内容的には大丈夫だったかなということが、今起きました。


下手な事は書けませんが、


広まってもらえるといいことは、書いといてもいいかなぁと感じるところです。



ま、ほどほどに。



さて、


ネットを回っていると、ある一線から、闇の世界、という方向に行くことがあります。

政治、スキャンダルの裏に隠された・・・。



今、そこから戻ってきたところ。





私の知る範囲ではありませんが、


私の知らない部分はたくさんある、というところです。




目と手の協調、という言葉は


私が臨床実習のときから、すでにありました。


小児の領域では、当たり前のような言葉。


一方で、


目、ということ一つとってみても、


弱視、斜視などの問題。


斜視においても、内斜視、外斜視、両眼視、立体視など、


小児における問題もありますが、


視覚については、臨界期というものもあり、
将来的に、治療可能なものかどうかを診断してもらうことが必要になってきます。

そのそれぞれは、その学生実習を含め、授業でもあまりやらなかった部分です。
(授業のせいにするわけではないですが)。


小児に関わるときに、


目、についての知識はもち、


その点に気づけるセラピストでありたい、と思う、
今日この頃です。


まだまだ、白帯で、反省です。





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さて、

関東でも暑い日が続き、みなさまいかがお過ごしでしょうか。


私の関心ごとはころころ変わりますが、


病院に勤務している手前、


医療費のことについては関心を寄せています。


医療の世界は、

日本では、国民皆保険という制度があり、


カード一枚あれば、どこでも医療を受けられるという状況があります。


この制度は、現在、非常に危うい状態にあると警笛をならしていますが、


たとえば、


医療費の高騰などという表現。


それを使う人の意図はどこにあるのか、それを知らないと、


ついついその人の思うままに、あるいは、知っていても、知らなくとも、


思うままに流れているのかもしれません。



話はちょっと変わって、



生産性という表現があります。


一人の人が時間内で出せる生産量。


工場であれば、一日何個製品が作れるか。


理学療法であれば、一日何人患者さんを見られるか、という視点になるのかと思います。



理学療法の世界では、単位数を時間で設定されていますので、


生産性はある意味、限界がある。


一日、24単位まで、という制限、一週間で108単位までという制限があります。


これを、


1単位で、一人の患者さんの機能回復を最大限に高める。という視点と、



3単位で、一人の患者さんに時間をかけて機能回復を最大限に高める、という視点と、



今は、比較的後者の視点があるかと思いますし、


ただ機能回復をどう評価するか、という視点の問題もありますが、



生産性という視点を考えるならば、


前者の視点があってもしかり。


一方で、


前者の視点の背景には、


人手不足がかならず伴います。


人が余っていれば、生産性の向上をする必要はありません。


生産性向上があれば、給料の向上もあってしかり。



つまりは、



今の理学療法の世界は、



病院勤務においては、充足しつつある、という見方がでてきているため、



生産性向上、という視点がなかなか持ちにくい、という現状もあるかと思いますし、


給料、所得、という面でも、その影響はでてくるかと思います。





暗いイメージの文章ですが、

その中で、どうもがいていくか、というところなのかと思います。




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古武術と理学療法

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さて、

古武術という言葉が出始めたころ、

いつものようにそれに魅せられはしたものの、

あまりそれを体験しないまま、はや何年・・・。



巷では、


武術家の方とコラボする理学療法士の方もいて、

これまた、素晴らしいやら、羨ましいやら!?


先日、お会いした


合気柔術系の先生は、


30代のころ、


木刀素振りを一日5000回くらいやられていたとのこと。


そのころ、肩が軽くすぎて、あるのか、ないのか目で確かめたぐらい、だったそうな。



うむ。勝負して勝てるレベルではございません・・・。



古武術を理学療法にリンクさせる一つの魅力は

身体の使い方があるかと思います。


今回は、そこはさておき、


合気柔術で、関節を決められたときの私の反応は、


「力が入らない、、、」


というもの。



軽くかけられたものの、



技を解かれたあとも、私の腕は力が抜けたような感じがありました。



関節を決められると、ここまで出力もでなくなるのか、と。



これは、整形外科の術後の方などでも、


同じではないですが、


怪我、あるいは、術中操作により、


関節が決められているような状態に不意に陥っていることがあるかもしれないな、と。



それを、解除することも、一つの介入のきっかけになるかな、と。


患者さんの体をみるときの、一つの見方にはなるかと思われます。



では
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