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研修会に参加すると、
なんかできる気になって、実際の臨床でも結果がでるなどして、
 
仕事も面白くなり、研修会に参加すること自体は
私は好きな方でございます。
私の年齢では、参加する人は少ないというか、
どちらかというと、前で講義している年代なので、ちょっと、ちょっと、ですが。
 
 
一方で、研修会に参加することが、
なにか違うものを求める、逃げのような、
研修会迷いのように、注意されることもありますので、
私の場合は、こちらも注意が必要です。
 
ちなみに、
 
とあるブログに、
 
○○は体に悪いから、取らない。
とか、
○○の言葉を使うと、水がおいしくなる、とか
 
という表現をしている人は、
かわいそうな人である、というように書いてありました。
 
それも、私にちょっと当てはまるところもあるかもなぁ、と感じます。
 
それはそれとして、
 
研修会にでると、ちょっとできる気になる。
本を読むと、知識を得て、なにかできそうな気になる。
それは、それで、その本の魅力でもあり、いいのかもしれませんが、
 
先日ご紹介した、
 
気剣体一致「創」見えない動きを体現する武術的身体の創成
 
を読んで、
 
 
久々に、愕然としたというか、失望したというか、
無理だなぁ、と感じたというか、要は、落胆したのでした。
諦める、というか、
「軸」を作る、だの、なんだの、自分でも考えていましたが、
 
次元が違う、とはこのことなのだなぁ、と感じたところです。
 
なので、
 
 
もうやめとこう、と言えばいいのですが、
 
やっぱり、
 
まずは、足音がしないように歩くことからスタートです(^◇^)。
 
この本文の中の記述で、
黒田鉄山館長が砂浜で歩いた時、
自分の足跡がほぼ均等で、つま先や踵などの一部が沈み込んでいる、
ということがなかったそうです。
そして、
お釈迦様の足跡はまったく平だったそう、という弟子の話が紹介されています。
お釈迦様も踵の踏みつけも、つま先の蹴りもなかったそうです。
 
私はもちろん、ペタペタペタ~・・・。
 
 
お釈迦様の心境に一歩近づくために、
まずは、足音から~。
 
 
では。
 
 
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さて、

 

セラピスト、あるいは一部の理学療法士の中で、

 

古武術、あるいは、武術、武道的な動き方(私の中でこの定義が曖昧な状態ではあります)が

 

施術の結果に影響する、という視点を指摘される方がいます。

 

 

私もそのように思います。(思うとできるはもちろん違います・・・)、、

その武術的な身体の動きが、もしかすると、

人の本来の動き方にも通じるところがあるのかもしれず、

 

いわゆる、基礎運動学のような動き方だけでない、

動き方があるならば、それが患者さんの動き方のアドバイスにもなるかな、

とも感じるところです。

 

 

その中で導入しやすい一つの動き方は、

「胴体力」という関係の書籍になるかと思います(これを古武術、武術とするかはわかりません)。

 

 

一方で、

 

古くから伝わる、武術として、

 

著書 気剣体一致の「創」見えない動きを体現する武術的身体の創成

の 黒田鉄山館長の内容を読むと、

 

武術的身体を手に入れる、などとは、簡単には言えないレベルというか、

 

私の軽い気持ちで、武術的身体を手に入れて、

それで、私もセミナー講師にでもなって、人に教えよう、などとは、

 

到底浅はかなレベルなのだなぁ、、、、

 

と、ガックシ、くる内容です。

 

一方で、

すっきりする、あるいは、

律せられる感じも致しました。

 

 

「見えない動き」本の中では、「消える身体」などとも表現されます。

「消える」と言うと、遠隔テレポーションなどができる、という人を思い出しますが、

この本を読むと、消える身体(相手が見えない、認識できない身体の動き)が

 

あるんだろうなと、脳科学的にも感じるところです。

 

 

では。

 

 

 

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さて、先週、ちと下腹部に痛みを感じました。

私は、肝っ玉がおこっちゃま、ですので、

 

なにか、よからぬ病気でも・・・・。と考え始めると、

 

体全体の雰囲気が、火曜サスペンス(今もやっているのだろうか・・・)

のような音楽というか、色合いというか、そんなものを帯びだして、

 

どんどん、そちらの方に行こう、行こう、としている、というのに気づきます。

 

そして、私の体が緊張しているのを感じます。

 

 

で、

 

 

他には、

 

 

しまった、しくじった、などと思うこと(どんなこと?)

があったときにも、火曜サスペンス(だったかな)のような深刻っぽさを出しながら、

あたかも、しくじった現実をより深刻にしていこうとする、私がいることに気づきます。

 

 

なんか、そうなった方がいいのか、そうなりたいのかはよくわかりませんが、

 

なんか、そのモードに入るようです。

 

で、どうするか、というと、

 

そのモードに入っているんだ、と気づいて、

それで、とりあえず、なにもせず、次に流れるBGMでも待つかのように。

 

 

すると、次には結果が自然と変わっていたりすることが、

 

あるかいな!?

 

 

 

臨床で、患者さんに施術をした後に

 

「痛みはどうですか?」と聞くときに、

 

自分がなにモードに入っているかを

 

たまにチェックするようにしております。

 

 

しばしば、火曜サスペンスモードに入りたがりますので、、、。

 

 

 

では。

 

 

 

 

 

 

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