HouseとHomeの違い | 半三本のカンフル日記

HouseとHomeの違い

私は中高時代,生意気盛りでした.

今から思えば,反抗期だったのでしょう.

納得できないものには従わない.

理解できないものには真正面からぶつかる.

時には屁理屈を振りかざし,親に手を上げたこともありました.

そのせいか,よく体育教師に殴られたものです.


…でも.


「常識」を「常識だから」で片付けたくなかったんです.

「ルール」を「そういう決まりだから」というだけで,従いたくなかったんです.

どうしてそれが常識なのか.

なぜそのルールに従う必要があるのか.

それを知りたかったんです.

納得の行く答えを,見つけたかったんです.


「なぜ?どうして?誰か答えを教えて!」

ガキなりに答えを探し,もがきあがいて,そう叫んでいたのだと思います.




私の父は当事,いわゆる仕事人間でした.

朝早く出勤し,夜遅く帰宅する.

酔って午前様になることもしょっちゅうでした.

週末でさえ自宅で書類を作成していました.

当然,家族としての会話らしい会話もありませんでした.

もちろん,私が反抗期だったこともあるのでしょうが.


母は,そんな父を待ちながら眠りに就くことが多く.

子供心に,それが不憫でなりませんでした.

母は父の帰りを待っているのに,父は酒を飲んで午前様.

それって,何か間違っているんじゃないか?

納得できない,そう思ったのです.


また,両親は共働きでした.

そのため,私が部活から帰ってきても,家はシンとしていました.

「ただいま」の声に帰ってくるのは,暗く冷たい静寂.

台所には,丼物の具と「暖めて食べてね」のメモが一枚.

メモを握りつぶし,冷めたままの具をご飯と一緒に一人モソモソと食べる私.

まるで他人が共同生活しているだけのような,そんな感覚に囚われたのを憶えています.


そしてある週末.

久し振りに家族全員で昼食をとります.

テーブルに並べられた,母の手料理.

多すぎたのか,少しだけ器におかずが残ります.

それらを父は私たちの取り皿に分けてこう言うのです.








「よし,じゃあこれだけが一人のノルマな」








私は,このノルマという言葉がたまらなく嫌いでした.

家族の食事が,仕事という作業になってしまったように思いました.

家族の領域が,仕事に侵犯されたような気がしました.

父が仕事に染まりきってしまった…そう感じました.


ある日,私は父と兄の酒盛りに混ざっていました.

当事,私は高校生.お酒に慣れているはずもありません.

でも,どうしても参加する必要がありました.

お酒の力を借りる必要がありました.

そして,ある程度酔っ払ったところで,こう言ったのです.








「家に仕事を持ち込むのは構わない」

「でも,家庭に仕事を持ち込むのはやめて欲しい」








今から思うと悶死するような青臭いセリフです.

父の都合も気持ちも考えない,身勝手なセリフです.

どう言い繕ったところで,何も知らないクソガキが,酒の席で垂れ流した暴言に過ぎません.

しかし私にとって,納得できないことに対し,真正面からぶつかっていった結果なのです.

そして父は,そんな私の言葉を真剣に受け止めてくれました.


食卓から「ノルマ」の言葉が消えました.

ほんの少しですが,父の帰宅時間も早まりました.

家族の会話も,ちょっぴり増えたと思います.

私はガキなりに,そんな父の態度の変化を感じ取っていたと思います.


家庭に仕事を持ち込むな.

そんなガキの青臭い言葉を,父は守ろうとしてくれていました.

私は言いだしっぺとして,そんな父の態度に応えようと思いました.

何もできない無力な子供でしたが,子供なりにできることを最大限続けようと考えていました.

何より「家族」というものを守ろうと考えていました.

自分も「家族の一員」なのだから,と.


私は当時,まだまだ子供でした.

父の代わりに働きに出ることも,母の代わりに家事をすることもできませんでした.

そんな私ができることなど,たかが知れていました.

散々悩んだ末に私が選んだのは…挨拶.


私は当時,夜遅くまで問題集を開いていました.

決して優秀とはいえない成績だったため,少しでも遅れを取り戻したかったのです.

そんな時,微かに聞こえるドアノブをガチャガチャ回す音…父です.

私は机から飛び出し,母の寝る居間を突っ切り,玄関まで駆け寄るとドアを開錠します.

そして父の鞄を受け取り,こう言うのです.








「おかえり」








当事,父は家の鍵を持っていませんでした.

鍵が閉まっていれば,インターホンを鳴らすでしょう.

そしてインターホンを鳴らせば,居間で寝ている母が起きてしまいます.

母が父の帰宅に気付いて起きてしまう前に,父がインターホンを鳴らす前に,

私が父を出迎える必要がありました.


部活の帰り.

「ただいま」と言った直後の静けさ.

「おかえり」という言葉が返ってこない虚しさ.

玄関を開けた時に誰にも迎えられることのない寂しさ.

「咳をしても一人」ではありませんが,そんな想いを父には味わって欲しくありませんでした.

私の青臭い言葉を律儀に守ってくれていた父に,そんな想いをさせたくはありませんでした.

仕事と家事で疲れている母に,夜遅くにわざわざ起きて欲しくはありませんでした.


1時になろうと,2時になろうと.

勉強で起きている時は迎えに出て.

寝ていても,ドアノブが回る音がすれば跳ね起きて.

仕事と家事で疲れている,母が起きる前に跳ね起きて.

母を起こさないよう,静かに居間を駆け抜けて.

ドアを開け,鞄を受け取りながら言うのです.








「おかえり」








私の挨拶は反抗期だったこともあり,ちょっとぶっきらぼうだったとは思います.

しかし,ガキンチョの言葉を律儀に守ってくれた父親に対し,

ガキンチョなりに,小さくてもきちんとした感謝の気持ちを伝えたかったのです.




…それから随分経ちました.

今,父は単身赴任のため,週末しか戻ってきません.

でも,家に戻ってきた時の父は上機嫌で.

会話も,少しは増えた…と思います.

最近では,晩酌に付き合うことも増えました.

逆に,晩酌に付き合わないと拗ねるようになりました.

いい年して拗ねるなよ,とも思うのですが,そこはそれ.

ちょっと可愛いと思ってしまった時点で,私の負けです.

随分心地良い負け方もあったものです.




父は,判っているのでしょうか?

――家に帰るのではなく,家族の元に帰っているのだと.


父は,感じてくれているのでしょうか?

――ドアを開ければ,家族が出迎えてくれることの喜びを.


父は,知っているのでしょうか?

――帰る先は,家(House)ではなく,家庭(Home)だということを.


…そして.

――私は,父にそう感じさせることができているでしょうか?




最近は母が出迎える為,私が出迎えることは減りましたが.

今週末は,私が出迎えるのもいいかもしれません.

その時はやはり,鞄を受け取りながら笑顔で言うのでしょう.















「おかえり」 …と.








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