ハラスメント体験記 被害者編 [9]
それから.
私は機械の納品に連れて行かれるたびに,常務たちの傍で待機します.
ただひたすらに,常務たちの作業と言葉に意識を集中させます.
道具を取ってこいと言われれば,その道具を.
後片付けをしろと言われれば,後片付けを.
部材や道具を車に積み込めと言われれば,積み込みを.
モタモタしてると怒声が飛んでくるので,一秒でも早く終わらせようとしました.
その焦りが思考を空回りさせ,急ぐあまりに仕事が雑になります.
その結果….
常務: 「いつまで探してんねん!」
常務: 「片付けがちゃんとできてへんやないか!」
主任: 「ちゃんと積まれてへんやろ!アホか!」
…といった怒声が飛んでくるのです.
確かに,常務たちの仕事振りは素晴らしいものでした.
仕事をきちんと理解できていない私から見ても,それがわかります.
だからこそ,私はこう考えるようになりました.
(私が仕事をすると叱られる)
(常務たちの仕事は凄い)
(だから,間違っているのは私)
(だから,常務たちに指示を仰いだ方がいい)
(私が間違った仕事をするよりはずっといい)
私は次第に,自分が信じられなくなり,逆に常務たちを盲信するようになったのです.
もちろん,「私がミスるとお客様やK社に迷惑がかかる」という想いはありました.
しかしそれ以上に,「帰れ」という主任の怒声が耳にこびりついて離れなかったのです.
実習先から追い出された新入社員.
実習すらできない新入社員.
実習先に迷惑をかけ,J社に恥をかかせた新入社員.
そんな人間を,J社がどう扱うか…想像したくもありませんでした.
私自身,それなりに夢と希望を持ってJ社に入社したのです.
まだ夢が始まってもいないのに,ここで潰えたくはありませんでした.
そのために「K社に忠誠を誓い,忠実な社員として業務に臨む」を徹底しようとしたのです.
忠実な社員.
全ての指示に従う部下.
私にとってのそれは,わかりやすく言えばYESマンです.
しかし当時の私の姿は,主人に付き従いながらも,その顔色に怯える犬のそれでした.
そして,機械の据え付けに取り掛かっている常務の傍で待機することしばし.
常務: 「お前何してんねん」
私: 「はい?」
常務: 「さっさとドライバーを渡せ!」
私: 「は,はい!」
私は慌てて,道具箱の中をかき回すような手つきでドライバーを渡しました.
私: 「どうぞ」
常務: 「考えて動け!」
私: 「はい…」
吐き捨てるように言う常務に対し,私は力なく返事することしかできませんでした.
――そして別の日.
常務: 「おい,穴埋め用のパテ持って来い」
私: 「はい」
私は先日言われた「考えて動け」という言葉を思い返していました.
(思い出せ.パテを使った後はどうする?)
(…そうだ.周辺の仕上げに雑巾を使っていた)
(じゃあ,それも一緒に持っていこう)
パテと一緒に固く絞られた雑巾をつかみ,作業場に戻ります.
私: 「パテを持ってきました.ついでに雑巾も」
常務: 「んなもんいらんわ!」
……一蹴されました.
私なりに考えて動いたというのに.
考えて動けといったのはそっちなのに.
それを頭ごなしに否定されて,私は混乱していました.
…そして.
常務: 「もういい!言われたことだけをしろ!」
私: 「すいません…」
また最初の指示が繰り返されました.
今から考えてみれば.
使う道具にはタイミングというものがあって.
必要な時に必要なものだけあればいい訳で.
後で使うものを今持ち込んでは邪魔なだけ.
常務が叱ったのはそういうことだったのかもしれません.
しかし,当時そのような説明は一切ありませんでした.
単に「考えて動け」「言われたことだけしろ」という言葉のみが繰り返されたのです.
常務にとっては,「言われたことを基に考えて,無駄なく動け」ということだったのでしょうが.
考えて動いた結果がこの怒声です.
(自分から動いても叱られる)
(動かなくても叱られる)
私には,もうどうすればいいのか,わからなくなってしまったのです.
混乱した頭で考えた結果,私は動かないことを選択しました.
(私が勝手に動くことで,余計な手間をかけさせてしまう)
(なら動かない方が,結果としてK社の皆様にご迷惑をかけなくて済む)
当時そう考えていました.
つまりそれは,自分で考えることをやめるということ.
そしてその結果,ますます判断力が低下していったのです….
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