魑魅魍魎なるこの世をば はすにながめて楽しんで 憂い顔して 刻む かりそめの時……

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人気blogランキングは? 「書きとどめておかねばならない」…「ことば」を紡ぎながらそう思ったのは、遅かれ早かれ、それらの「ことば」は、たちどころに容赦なく失われていく現実を、このところ、ひやりとした感触を背中に感じながら、ちょっとした焦燥感にさいなまれることが、なんだか多くなっているからだ。
 それは、私が生きていることに突きつけられた切っ先鋭い「やいば」のように、チクチクと私の感覚という感覚を、まるで楽しそうに笑いながら、ひっきりなしに刺し続けている…。
 「神」と言えば「神のことば」、いや、意地悪な正体なき「悪魔のささやき」といえば、そうかもしれやしない。
 「生きた痕跡をできるだけ残したくない」という例の誘惑が機能していたのだろうか、めっきりと「ことば」を描きとどめることをしなくなっていた私は、己ではどうすることもできない「生理」のように、それを感じている。
 すべて、とりもなおさず「私自身」のためだ。読者や聴衆を想定しないノンフィクションを生み出していると納得すればいい…。
 ペソアの一節を引用する。
 「夢そのものが私にとって懲罰となる。夢をとてもはっきりと見ることができるようになったので、夢で見るすべてのものが現実に見えるほどなのだ。そのため、夢としてそれらを価値づけるすべてが失われてしまう。たとえば、有名になる夢を見たとしよう。するとすぐさま、栄光に伴う超然とした態度を感じる。と同時に、プライヴァシーや匿名性を失うなどと感じ、栄光は耐えがたいものになってしまうのだ。」(澤田直氏の翻訳だ)
 この「夢」は、私がさいなまれている「ことば」に置き換えてもいい。…いや「夢」そのものだって、このところの私には、ズバリ当てはまる。
 ノアの洪水の後、人間はみな、同じ言葉を話していた。それを、今日の世界のように多様な言葉で混乱させたのは、天まで届かせようと「バベル(混乱)の塔」を建てようとした人間たちのその「傲慢」を、神が裁いた結果だという。
 ユヴァル・ノア・ハラリは言う。…「ホモ・サピエンスが世界を征服できたのは、何よりも、その比類なき言語のおかげではなかろうか。」(サピエンス全史)…ウーンすべて、「言語」から…。おそらく、その「ことば」の多様性こそ、人が今を生きる力だと、私は思う。神は、慧眼にして全知全能なのである。
 さてこの私は、このところ、それを私の「ことば」=「日本語」で出来ることの幸せをつくづく思う。
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 流れゆく「ことば」に、やさしく心地よく包まれる…。
 誰彼にとっては、ほとんど取るに足りぬつまらないことでさえも、「これって夢じゃないかしら」と夢現の狭間を朦朧と行きつ戻りつしているような時でさえも、ときに定かに理解できない漠然とした形象に対してすら、私ときたら、「ことば」を繋ぎ合わせ紡ぎながら、おぼろであてどない何かを知ろうと、思い考え、思念し、想像し妄想している。
 私は考えることを途絶えさせることが出来ない。
 人々も、おそらくそうであろう? が…私は、ちょっと偏執狂的におかしいのかしら…わからない。
(C) JULIYA しかし、そうすることは、「この世に、生の痕跡などこれっぽっちも残さず、ほとんど自然に還るように消え去りゆく」ことこそが理想であり、唯一の望みである私にとって、確かに「ことば」は、私の唯一の「生の力」であり、まぎれもない「今在ることの証」であるわけなのだから…(まッ、言ってみれば、こうして書く行為自体が生の痕跡ではあるけれど)。
 それは、「ここに今在ることをしか信じられない」という、どうしようもない、そのように生まれてきた「さが」を背負ったとしか言いようがないが…。
 えェなにも、「cogito命題」なんて高尚なことを言いだしたいわけでは、もちろんない。
 「こちらから、あちらへ、すーっと移りゆく」ことが「私の死」…もしも、そんなことがあるなら、痛みも苦しみも、ましてや、心地よさも楽しさなどなども、てんでなく…「ここはどこ?」「私は、誰?}なんて思ってみたら、私は「あちら側」にいたなんてのがいい。
 つまり、私が「わたし」であることの自然、それを「神(…の存在を言っているのではない)」のポジションに置いて、おそらく私は生きているわけなのだから…私は、「私」を俯瞰しながら、「ことば」を紡ぐことを止められないのだろう。
 けれど、いかな私とて、かつて幾度といわず、「迷い」にさいなまれたことはある。…そこで、考える「ことば」の呪縛から解き放たれてみようと、私は意図して故意に、「迷い込んだラビリンス」の確かめ得ない空間のさすらい人になって、時の流れに「ことば」を手放し、ひたすら「思うことなく」「存在もなく」「無」に「空」に…。
 しかしだめだ。そのように意図すればするほど、まるで幽体離脱したような「私」は、すぐさま「ことば」 を懸命に引き寄せようとする。それはまるで「獣の本能」のように…。
 おそらく、実体も、実感すらもないはずの「場」「ポイント」が、なんとか「ことば」によってしか、私たちの中(どこにいうわけではない)に顕在化しないからだろう…。
 実に不条理なことだ。

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人気blogランキングは? 林(秀彦)先生が満寿屋の原稿用紙に、モンブランの黒インクで書いてよこした一文字一文字を、私は、今、なぞるように読んでいる。懐かしさにはやる心をなんとか抑えつけながら…。

 「どんな風に思われ、言われようとも、児玉君、私は密かにハリウッドのオムニバス映画の一本で、役をもらって出演したんだよ。…このことは、妻だった真奈美にも、オーストラリアで見事に私を置き去りにしてくれたあの女にも、ちょっとばかり誇らしく思っていることなんだ。うん当然のことだけれど、このことは、誰にも言っていない…とりたてて私が言わなければ、誰だって気づきはしないんだがね。まァ、言わなきゃならないことでもないんだがね…ホラ黒光りしているピアノの傍らに、ちょっとその反射光で見えにくくはあるんだけれど…土気色の埴輪のような後姿で立っているのが、実は私なんだ…ちょっとしたスリルを味わいながらね…」
 いつも感じてしまうのだけれど、林先生のいまにも踊りださんばかりの太い文字の筆跡や筆圧には、「ことば」では、どうしても伝えきれない「もどかしさ」や、心をそのまま映せない「やるせなさ」が、鬱々とこもっている。
 こうして書いている私の「ことば」が、そのまま「読み手が」読みながら分かったり感じたり、それによって生じるその他諸々の現象と、ドンピシャ同じってことは、あり得ない。
 だから究極のところ、私の「ことば」は、私の中で、永遠にグルグルと消費されているだけのことだ…つまり、オナニストの快楽にしかすぎないことを、少なくともこの私は、ごくごく自然にやっている。
 林先生も、先刻、そんなことは承知の上で、それでも、それは「書く人」の宿命のような具合に、「自動筆記」の筆の運びを自らどうしても止めることができない…に違いない。
 それにしても、よりによってこの私に向けて、なぜ…?
 私が、原稿用紙を手に立ちつくしているそこは、薄く透き通っただだっ広い部屋で…なぜだかわからないけれど、「万病に効く不思議な灰」のCMが、アコースティックな響きの音に満たされ、大スクリーンに映し出されている。
 私の母と姉のようだ…が、その「灰」に手を伸ばし、掌の上で、ためつすがめつしている。
 「どんな病気にも効くなんて、どうせ嘘にきまっているわ」
 「嘘だから、何にでも効いちゃうのよ」
 「そういえば、こうして生きてるうちは、効いてる証拠かもしれないわ」
 「ネェ母様、これは、私たちより、きっと、あの子に飲ますべきものね」
 私は、そんな光景を、それもスクリーンに映し出された映像のようにして観ていたのだけれど、ハッと気がついたように、また読みかけにした部分を原稿用紙の行中に確かめると、「そんな灰を飲まされたらかなわない」…この広間から立ち去るべきだと、後生大事にガサゴソと原稿用紙をポッケに入れ、スクープを撮ろうと待ち構えていたカメラクルーに、めざとく追いかけられながらも、その古びた家のきしる廊下をたどりながら、裏手に回り込んだところにある茶室のような部屋にもぐりこんだ。
 「児玉君、さっきから読んでるの何?背中が喜んでいるよ」
 突然声がして、振り向くと、プロデューサーの神田聡さんが、あの人の良さそうな好奇心いっぱいの細い目を、一層細くし、原稿用紙を覗き込んでいる。
 「林先生が、時折、寄越すんですよ…」
 「エッ…もういないんだぜ、随分たってる…?」
 私は、そこで、林先生は、すでに「あちら側」にいる人だと気づくのだけれど、降って湧いたようなこのストーリーがどのような意味をもつものかわからない。…それにしても、「先生らしい」ことだと、全て現実にあり得ることだと、ストンと納得してしまっているのが、なんだかおかしい…。

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 若林先生のことを、連載していたある新聞に書いたことがある。人気blogランキングは?
 …もう15年以上も前のことである。

 

 「食」をめぐっての話題にはこと欠かないが、昔は食品アレルギーの人がどれほどいたのだろうか?
 食品売り場に行けば、ありとあらゆるグルメや食材が色鮮やかに並び、未知の珍しい輸入野菜が山積みされている。
 外で働く女性が増え、在宅で仕事をこなす男が急増している昨今だが、重宝なことこの上ない。
 食料自給率(カロリーベース)およそ4割という現実も、「飢え」の感覚などというものも、今どきの若者たちには理解しがたいだろう。広い世界の随所には、今なお飢餓に苦しんでいる子供たちが沢山いることを思うと胸が痛む。
 そんな「飽食日本」で、スローライフ志向の高まりにともなって、ここ数年来、「スローフード」が注目を浴びてきた。
 イタリア北部のピエモンテ州ブラ(現在、全世界におよそ8万人の賛同者を擁するスローフード協会国際本部がある)で、1986年に始まった一つのムーヴメントだが、日本では、各地にあったコンヴィヴィウム(支部)が統括され、2004年10月、スローフード・ジャパンが誕生した。
 ファーストフードやファミリーレストランが暮らしの一部として定着したとはいえ、家族や仲間と食卓を囲んで、「身体が欲しがる食べ物」を「旬の自然素材」で調理し、会話を楽しみながら食べることを、一方で誰もが欲してはいまいか?

 

 
 「おいしい!」が基本


 ナチュラルで美味な料理を愛好してきた人は、昔からプロアマ問わず沢山いる。また、「スローフード」の実践者は、おしゃれに対しても「独自の哲学」を持っている人が多いとか。
 料理作家の若林仏蘭さん(わかばやし・ふらん、33年、鎌倉市生まれ。主な著書に、『ソーセージ台所工房』『ハム・ベーコン台所工房』…雄鶏社などがある)もそんな一人である。
 「おいしくなければ食べ物じゃない」というのが、長年にわたる彼の口癖だ。
 
若林仏蘭ハム・ソーセージの「昔作り」にこだわり、「無添加・無着色で、おいしくヘルシーなホームメイド」の普及に努めてきた。
 「スローフードは、自分と家族や地域社会、自然との関わりの中で食べ物をとらえていくということなんです」
 まず自分がおいしいと感じることが何よりも大切だと言う。
 「おいしい」は、料理をする人や食材の生産者たちとの関わりと信頼があって初めて言えるからだ。
 かつて長野県上田市に移り住んで8年半もの間、生産者と共に創作郷土料理を開発するなど、「食」を通した街おこしを手がけたのも、そんな思いからだった。

 おしゃれもスローフード派

 
若林仏蘭まだ小学校に入ったばかりの頃、海軍の御用商人だった父親に連れられて、仏蘭さんは横須賀の水交社(すいこうしゃ=海軍の将校クラブ)で、当時は珍しかったパン付きの食事をした。ソーセージとの出会いもそこでだったが、将校たちのスキのない装いには、子供心にも感動した。
 “二十歳(はたち)の青春”を三田で過ごした慶應ボーイの彼は、当時(50年代)、一世を風靡した太陽族やカラーシャツの流行ファッションには、ほとんど関心がなかったと言う。
 「流行には敏感でしたが、料理で言えば、おいしいと感じなかったのです」
 神田にある遠縁の羅紗(らしゃ)問屋で買った生地を、テーラー(紳士服の仕立屋)に持ち込み背広に仕立てた。
 「スキのない背広姿への憧れがあったんです。それに、身近な所にある良い素材や、巧みな技術を活かして着こなすというのが、当時は何となく愉快だった」
 特別仕立ての背広で大学生活を送った後、就職したのが、石原裕次郎人気で全盛期を迎えようとしていた日活だった。
 やがて、そのプロデュース能力が買われサービス関連の事業部に移り、あるホテルをまかされた。
 レストランの売り上げを伸ばそうとアイデアを巡らしている時、厨房で興味をひかれたのが、肉の燻煙法(くんえんほう)。…そのルーツをたどって世界各国に足を運び研究するうちに、もともと好きだった料理にはまり、「衣」への感覚も磨かれたとか。
 インタビューの日は、英国製生地でオーダーメイドしたグレーのジャケット&パンツ、インナーには、カシミヤのハイネックセーター、そして斜(はす)に被ったベレー帽と大きめのサングラスという上品でスキのないスタイリングだった。
 「ファッションに関してもスローフードを通してきました」
 今でも、彼のその姿勢は変わらない。

 食材も生地も吟味する

若林仏蘭 「一時代前に比べて、街にすっかりテーラーが少なくなりましたね」と仏蘭さんは嘆く。
 そう言われてみると、かつては、どこの商店街にも、ショーウィンドーごしに、裁ちばさみを握りメジャーを首にかけた、職人気質の仕立屋さんがいた。
 ハムやソーセージ料理で、肉をとことん吟味すると同じように、洋服の素材にこだわり、裁断や縫製に納得できる物を求めると、行きつくところは、この世に一着しかない自分にとっての「おいしい服」だ!
 一方、クッキングスタジオでの彼は、いつも白いシャツに、奥さま手作りの首から掛けるシンプルなサロンエプロンと帽子のいでたちである。
 かつて、テレビの料理番組(仏蘭さんが多彩なゲストを招き、アイデアいっぱいのメニューを饗しながらトークする)で初めて出会ったときの印象は、大学病院の、おしゃれなドクターといった装いだった。
                           ◇   ◇   ◇
 彼は、今もっとも必要とされているのが、スローフードの原点となる「おいしい」の感動だと、「味の教育」に取り組んでいる。
 「『食』の世界も『衣』の世界も、自然からの恩恵の中に成り立っています」
 スローフードの先駆者のみが語れることであろう…。

〔PHOTO:若林仏蘭提供 DOMINANT LIMITED〕
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 「若林仏蘭」先生があちら側に逝かれていた。今年3月のこと、83才で…「淋しくなりました」と、いつも先生に寄り添っておられた奥様からの葉書。…この時節になると、遅ればせながら知る私は、いつもズレてしまった悲しい思いに、自らを間抜けなヤツだと思い知るのだ…。
 どんなことでも、できるだけ多くのことを知りたいと願う私だけれど、(これは、若林先生の奥様には、とても失礼なことだ…が)いや、知らないことの幸せも、そんな都度都度に思うのだ。
 手前味噌だが、若林先生はもちろん、江森陽弘、林秀彦、岸本一男…私には、今もみんな生きている。彼らが生きていることが、私が生きようとする「よすが」になっているからだ。私のたどってきた道に、彼らは欠かせない存在だから…。
 以前、このblogに若林先生のことを書いた。それは、そのことの証になるような気がする…。

 料理作家の若林仏蘭先生から、久しぶりのmailが届き、折り返しの電話で、ついつい長話をしてしまった。
 先生とは、私が企画した「トークショー形式の料理番組」(…この種の料理番組のいわば元祖と言ってよい)のメインにレギュラーとして出演していただいて以来の長いおつきあいだ。
 先生のおしゃれは「コンサヴァの鏡」といってよいほど、年季と一本筋の通ったもので、コラムにもご登場願ったことがある。そんな先生が、今、「小説」を書いているとおっしゃる。
 私が知るところだけでも、人生自体が「小説」のような、ちょっと外見のやさしい微笑みからは想像できないほど、奥深い不思議なところを持っている方である。
 エピソードの一つだが、ある日突然、「自衛隊の潜水艦に乗りませんか?」と、先生に耳元でささやかれたことがある。ベールに包まれていた自衛隊の取材は、当時、各局が欲しがっていた「ネタ」の一つであった。にわかには信じがたかった、その言葉の「ウラ」を一つ一つおさえていくと、かなり信憑性の高いものがあった。
日本潜水艦隊

 さっそく企画書を書き上げ、制作プロダクションのプロデューサーとともに、ドキュメンタリー番組として評価の高かった「中村敦夫の地球発22時」(MBS)に持ち込んだ。日テレの「time21」やTBSの「そこが知りたい」、CXの「何てったって好奇心」などと、ドキュメンタリーや情報ノンフィクション系番組が最も盛んに制作され、視聴率もかせいで「鼻息も荒かった」時代である。
 私は、それらの番組に企画・構成で関わったりしていたが 、この企画は、先生にコーディネイトを頼み、「初公開!日本潜水艦隊」としてOAした。
 それがきっかけとなって、自衛隊陸・海・空三部作と言われる、「航空自衛隊最前線」(MBS・同枠)、「日本の特殊部隊」(TBS・そこが知りたい)を企画・構成することになるとは、よもや思ってもみなかったが…。
 写真は、潜水艦「うずしお」に敦夫さんと一緒に乗り込んでロケを行ったときの一枚だ(後列中央が敦夫さん、その右に若林先生、前列に私を含めたTVクルー)。
 自衛隊の潜水艦にTVカメラを持ち込むなぞ、ちょっと言語道断に近いことだったが、それは番組の目玉であり必須の条件だとして、最後まで押し通した。このあたりに、若林先生の「力」があったことは確かだった。しかも、浦賀水道に向けて潜行しての撮影も許可された。もちろん本邦初の取材であった。
 そんなわけで、この番組には公私にわたっての思い出が詰まっている。軍事アナリストの小川和久さん、プロデューサーの神田聰さん(元 株式会社博宣インターナショナル代表取締役社長)、ディレクターの相原英雄(現在、株式会社プラネットエンターテイメント代表取締役)…確かに錚錚たるメンバーだ。
 私は、奇妙な衝動にかられてアルバムをめくり、山と積まれたビデオライブラリーから今やっとその一本を見つけ出した。
 今宵、この一本の番組を道案内に、記憶の周辺を探る旅に出てみよう…。

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